『棒たおし!』 日記

映画祭の実行委員の某・女史から電話があった。
「あのう、『棒たおし!』の撮影日誌なんか、久保さんつけてないですよね?」
「ええ。全く」
「普通、撮影中には書かないものなんですか?」
「書きませんね。そんな時間あったら寝ますよ」
「そうですか。でも何とかなりませんか?思い出してもらって」
「無理だと思います。もうよく憶えてないんですよね、撮影の頃のこと」
「久保さん?何か、思い出したくないことでもあるんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
「宮崎のこと、忘れちゃったんだ」
「そんなことないです。よく憶えてますよ、宮崎好きですから」
「ふふ。久保さん、正確じゃなくてもいいんです。それらしくさえあれば」
「それらしく、ですか」
「ええ、何となくそれ風に」
「何となくそれ風、ですか」
「ひとつでっち上げましょうよ」
「……」
女史は僕の沈黙を了解のしるしと受け取ったらしい。
「ステキです久保さん。じゃあ期待して待ってますから」
「ち、ちょっと」
「宮崎は毎日天気がいいですよお。はは」
女史は明るく通話を切った。
村上春樹の主人公ならここで携帯をじっと見つめるところだ。
気の弱い僕は春樹風にビールをぐっと呷った。
てなわけで、いまここに示そうとするのはクランク・アップから3カ月たった現在からの回想です。
当時のあれやこれやの曖昧な記憶を頼りに
〝それらしく〟言葉をつらねた〝でっち上げ〟に過ぎません。
なので、ひとつのフィクションとして読んでいただければ幸いです。
映画のおおかたの現場が、振り返って見ると〝ウソみたいなコト〟の連続であるのは確かなんですが……。

執筆者・久 保 朝 洋 〔くぼ・ともひろ 演出・脚本〕
●1964年12月31日生まれ●神奈川県相模原市出身●早稲田大学教育学部国語国文科卒●幼少の頃から映画に親しむ。高校時代、『時計仕掛けのオレンジ』『タクシー・ドライバー』『甘い生活』などに出会い映画を志す。大学時代、早大シネ研に一時所属し学生映画の世界にふれる。一方、黒澤組『夢』の現場に飛び込み、14ヶ月に及ぶ強烈なプロの洗礼を受ける。卒業後、日活撮影所に入社。助監督として様々な監督のもとで学ぶ。96年、日活のオムニバスVシネ『ラブホテルの夜・スペシャル』で監督・脚本デビュー。99年、日活を退社しフリーに。主な経歴は以下の通り。
★助監督
『キリコの風景』 (’97 監督:明石知幸 主演:杉本哲太)
『月光の囁き』 (’98 監督:塩田明彦 主演:つぐみ)
『ガラスの脳』 (’99 監督:中田秀夫 主演:後藤理沙)
『EKIDEN』 (’00 監督:浜本正機 主演:田中麗奈)
『かくれんぼう』 (’01 監督:長崎俊一 主演:りょう)
『富江4』 (’02 監督:中原 俊 主演:宮崎あおい)
『アカルイミライ』 (’02 監督:黒沢 清 主演:オダギリジョー)
『荒神』 (’02 監督:北村龍平 主演:大沢たかお)
『棒たおし!』 (’03 監督:前田 哲 主演:Lead)
★監督・脚本
『裸のキッス』 (’96 主演:大高洋夫)

【12月上旬】
某日。
セカンド助監督の小林から新宿の喫茶店に呼び出される。
仕事の話だというが、どうもトラブル含みらしい。
小林の顔つきが冴えない。
ごたごた続きでチーフ助監督が降りた。
その後釜をやって欲しいという。
監督は前田哲さん。
面識はあったが仕事を一緒にしたことはない。
とりあえず台本をあずかる。
タイトルは「棒たおし!」。
××千万という低予算作品。
主演は多忙な少年アイドルグループ。
宮崎オールロケで体育祭の話だという。
実は、夏から秋にかけて二度準備をしかけたが、その都度延期になってきたと言う。
今回、さる事情で急遽再び立ち上げなければならない。
が、何人かのスタッフはすでに抜け、監督の懇願で残った小林にも自信が無い。
当然準備はあまり進んでいない。
が、年明け早々にクランク・インしなければならない。
そんな状況。
ようは、燃料も無いのに無駄なフライトを繰り返し、そのたびに空港に引き返して来たとある旅客機が、
乗客を降ろしきらないうちに3度目の無謀な発進をしようとしている。
機内は大騒ぎ。
旅の日程も目的地も曖昧なまま、パイロットに対する乗客たちの不審がいたずらにふくらんでいく。
燃料は片道分しかない。
比喩的に言えばそんなところか。
相当の苦戦を強いられるな、これは。
「こんな状況なんで、ここは久保さんの力技しかないかな、と。
でも無理にとは言いません」しだいに小林が言いよどむ。
小林、力技なんて無いよ、俺。

【12月13日】
仕事を受けることにした。
この日、始めて都内・某所のスタッフルームに顔を出す。
場所を知らない僕を駅の近くまで小林が迎えにきた。
「すごいところですから、驚かないでくださいよ」
なんだかニヤニヤしている。
「これです」
雑居ビルの3階にそれはあった。
デスク2つにイスがいくつか。
電話、コピー。
一応最低限の物はある。
しかし、どう見ても部屋というより物置スペース。
狭い空間に雑多な荷物が山のよう。
どこにいていいかも分からない。
隣のスペースは若い俳優の卵のための稽古場になっているらしく、色々と出入りが激しい。
そんな中、プロデューサーの松岡氏が電話の応対にてんやわんや。
そのうち、バーンと扉を開けて監督の前田哲さんがやって来る。
「やー、久保ちゃん、久しぶりやねえ。こんな状況で引き受けてくれて、ありがとうねえ」
手を握って抱擁せんばかりの勢い。
これでは旧友の再会シーンではないか。
さすが、人をひきつけ放さない哲さん。
噂に違わぬ登場振りだ。
やがて、もう一人のプロデューサー・橋口氏もやって来て、中心メンバーが揃ったかたち。
もうそこはスタンディング状態。
「このスタッフルーム、どうにかならんの、ねえ」
だんだん不機嫌になってくる哲さん。現状の確認。キャスティングや宮崎関係の段取
りもはかばかしくない。
「いや、ブンカホンポの人たちが頑張ってくれてますから」
みんなの口から何かといえば飛び出してくるこの言葉。
いまだ状況がつかめていない僕にはちんぷんかんぷん。
〝ブンカホンポ〟って何?
 
【12月14日】
渋谷の某・リハーサルスタジオで高校生役のオーディション。
ここは、主演のLeadが所属する大手芸能プロダクションの持ち物。
四階建ての全部のフロア―にスタジオが入っていて、とにかく全ての部屋がキレイで広い。
わがスタッフルームとの差にがく然。
にわかに大作感が漂ってくるじゃないか。
20人ほどの10代の男女に会う。
今までオーディションは散々やって来たらしく、目ぼしい子は中々いない。
懸案は主人公・次雄の妹役と棒倒しのメインメンバー役。
自分について舌足らずに喋りだす男の子に、
「そんなこと聞いとらへんやないか。あなたはどんな人って周りから言われますかって、聞いとんのやろ?」
と容赦なくつっこむ哲さん。が、不思議にキツく聞こえない。
そればかりか、居並んだ子供達の緊張がふっと緩むかのよう。
関西系の技。なるほどね。
抜粋した台本のワンシーンをそれぞれやってもらう。
哲さんの顔が厳しくなり、芝居に心が動くとその子の表情をもっとよく見ようとさかんに動き回る。
「小林―っ、ちゃうやろその芝居」
相手役をおおせつかった小林が突っ込まれる。
これも空気を作るワザ。
帰り際、別件でリハーサルに来ていたLeadのメンバーと初顔合わせ。
あー、まだほんの子供なんだ。
みんな設定よりやや年下なのだが、とにかく初々しい。
まぶしくて誰がだれだかもわからない。
大手プロダクションの担当者を囲み、キャスティングやスケジュールの話をする。
うーん。
手強い。
厳しい。
いずれにせよ、この状況や制約の中で作品を成立させなければならない。
〝成立〟それが何より第一義だ。
 
※ スタッフ紹介 
セカンド助監督 小林大策 お仕事履歴 『アカルイミライ』 『ピストルオペラ』など
ラインプロデューサー 松岡周作 お仕事履歴『洗濯機は俺にまかせろ(脚本)』『バウンスkoGALS』など
プロデューサー 橋口一成 お仕事履歴 『漂流街 THE HAZARD CITY』 など
 
【12月15日】
羽田空港の出発ロビー。
何が何だかわからぬうちに、宮崎でのロケハンに向けて旅立とうとしている僕。
キャメラマンの高瀬さん、照明の赤津さん、美術の龍田さんらと合流。
みんな旧知の仲なので助かる。
顔を合わせて何だかニヤニヤしている我々。
微苦笑ってやつか。それとも放心故の笑いか。
こりゃ、大変なことになるなあ。
よく受けたよなあ。
お互い様ですよ。
あははは。
そんなお互いの気分が言葉なしでもうわかっちゃうのだ。
一方で、内心異常な緊張感を味わっている僕。
飛行機駄目なんだよ、実は……。
我々が乗り込むのは、聞いたことも無いスカイネット・アジア・エアラインという航空会社の飛行機。
何だかいやに小さい機体。
非常に心もとない。
南国的にカラフルなボディーが何かを隠しているよう。
着いた席は窓際。
しかも、翼の真横じゃん。
しかも頼りないほどその翼は細い。
緊張がいやがうえにも高まる。
ふと見ると、哲さんも落ち着きが無い。
もしや、哲さんも?いや違う。
この人はいつでもどこでも落ち着きが無い。
騙されちゃいけない。
おっと走り出した。
何でこんなにガタガタ揺れるの。
宙に浮いた。
翼がバタバタいってんじゃねえか!これは確実に折れる。
降ろしてくれーッ!
ひとり消耗しきった僕を含め、メインスタッフを宮崎空港で出迎えてくれたのは、先乗りしていた製作部の小川さんと若林。
それと宮崎文化本舗の石田さん。
挨拶もそこそこ、車に乗り込んだ。
車窓の風景を眺めるが、宮崎に来たという実感が全然わかない。
そのまま、早速ロケハン。
文化本舗の方々の紹介もあって、おおきなところはほぼあたりがついているという。
メインロケセットとなる学校をまず見る。
日向学院。
こことは既に交渉が進んでいて、ロケ場所としてほぼ決定している。
哲さんは以前見ているが、我々は写真でしか見ていなかった。
穏やかな物腰の教頭先生が案内してくれる。
クリスチャンの学校のせいか作りがユニーク。
レトロモダンというか味のあるデザインで、しかもいい具合に古びている。
広く長い廊下が素晴らしい。
教室とグランドの位置関係など少々問題点はあるが、み納得している様子。
全面的な協力が得られそうな気配が教頭先生の口ぶりからも窺われ、何より心強い。
問題は学校のスケジュール。
撮影予定の1月中に様々な学校行事が入っていて、それが我々の予定と掏り合わせ出来るかどうか。
今後の大きな解決事項。
食後、市内の他の場所をまわり、おおむね滑り出し好調って感じで一日のメニューを終えた。
ホテルに一度入ってから、製作部と僕は宮崎キネマ館に寄り、石田さんたちにあらためて挨拶。
井上さん、この作品の事務をしてくれている万徳さんらに紹介される。
ロケハンに付き合わず、ここで人集め作業していた松岡さんが誇らしげに言う。
「ここが、宮崎のスタッフルームですから」
プラスチックの丸テーブルがいくつかあるだけの映画館前のロビー。
小川さんや若林もニヤニヤしている。
そうか、今度はこうきたか。
夕食は市内の居酒屋。
メインスタッフの団結式的な意味合いも含めて飲む。
途中、万徳女史とこちらは初顔・文化本舗の川添女史が来る。
二人からこの作品に対する意気込みが伝わってくる。
心強い。が、内心はやや不安。
松岡さん、小川さんらと早くじっくり話したい。
この組の現段階での問題点を全てあぶりだしたい。
そのタイミングもつかめず、結局ホテルに帰って服を着たまま爆睡。
 
【12月18日】
3日間のロケハン、まとめの打ち合わせ等々をこなし、監督はじめメインスタッフは一旦帰京。
僕と美術の湊君、製作部、松岡さんは居残りで準備。
この3日間でおおよその全体状況・問題点は判明した。
まずは地元の協力体制だが、これは申し分がない。
みな文化本舗の方々のお陰だ。
ロケ場所探しはじめ製作的な面、美術にかかわる業者や人手などなど、地元の方々が大いに助けてくれている。
本舗の石田さんにしろ井上さんにしろとにかく仕事が早い。
こちらが相談をもちかけると、その場で的確にジャッジしすぐ関係者に話をつけてくれる。
舌を巻く。
湊君などは何だか感動の面持ち。
また、地元のボランティアスタッフ、キャスト、エキストラの募集や取りまとめは川添さんや万徳さんが頑張っ  
てくれている。お金、時間、人手、とにかく全てが足りない状況の中で、文化本舗を中心とした地元の皆さんの
サポートは本当に有り難い。
しかしである。
細かい問題点は山積状態。
製作部にとっては特に、現場を円滑に運ぶための体制をどう作れるかが最大の問題。
車両やそのドライバーをどうするか、という東京であれば何でもないところから悩まなければならない。
また、松岡氏が中心になって受け持っている現地キャスト・エキストラ集めの状況が僕には一番の心配の種。
棒倒しメンバー90人、体育祭のシーンの観衆500人。しかもこれが数日間にまたがる。
簡単なことではない。
募集状況はいまだ雲を掴むよう。
それ以前に最大の懸案。
主演のLeadのスケジュールがさらに厳しくなり、日向学院のスケジュールとどうにも噛み合わない。
これは、この組の存亡に関わる事態だ。
それやこれやの不安を抱えつつ、僕は文化本舗に通い、スタッフルーム?でラフスケジュールを組む一方、
製作部とロケハンに出たり、日向学院に打ち合わせに行ったり、現地オーディションの資料をチェックしたり、
東京の小林と連絡を取り合ったり、大手芸能プロダクションとスケジュールの調整をしたり。
時間はない。
 
※ スタッフ紹介
撮影 高瀬比呂志 お仕事履歴 『木曜組曲』 『<39> [刑法第三十九条]』など
照明 赤津淳一 お仕事履歴 『ナースのお仕事 ザ・ムービー』 『独立少年合唱団』 など
美術・装飾 龍田哲児 お仕事履歴 『blue』 『Returner リターナー』など
制作担当 小川勝広 お仕事履歴 『MOON CHILD』 『アヴァロン』 など
制作主任 若林雄介 お仕事履歴 『MOON CHILD』 など
装飾助手 湊 博之 お仕事履歴 『ラヴァーズ・キス LOVERS KISS』など
 
【12月19日】
一日の終わり、市内の居酒屋で小川さんと若林と合流。飲みながらの打ち合わせ。
懸案は尽きない。腕組みしたべッカム頭の若林がしみじみつぶやく。
「しかし、これって、成立するんですかねえ」
ふはははは。
三人でふ抜けたように笑う。
と、そこへ、いつも元気いっぱいの川添女史が登場。
美人の乱入に男どもはようやく活気付く。
川添さんたちは他に自分の仕事を持つ忙しい身。
なのに、極力時間を作ってこの作品に参加してくれている。
しかも無償で。
襟を正して頑張らなければ男じゃない。
ふと、映画談義となり、「去年のベストワンは断然『ゴースト・オブ・マーズ』ですね」と僕。
「ええ―――っ!わたし、10回以上見たんですよ!」
「あの映画を?それはすごい。あなたヘンですよ」
「ヘンじゃないですよ!わたしあの映画で救われたんです!」
「マジですか!あなた狂ってますよ!でも、カーペンターの最高傑作なのは確かです!」
「カーペンターに乾杯―っ!」
恐るべし宮崎。
こんなところにも映画狂がいた。
だって、人間に乗り移ったゾンビの火星人(何のこっちゃ)が殺人ブーメランで人間の首をちょんぎる映画ですぜ、
あれは。
小川さんと若林の二人はポカンと僕らを見ていたね。

【12月20日】
宮崎サイコ―!やっぱ映画は地方ロケだよね。
もう帰りたくない!
日中は、棒倒しメンバー募集のための市内の高校めぐり。
先生方にお会いして概要を説明するも、中々学校単位で参加してくれる運びになりそうもない。
チラシを置いて帰る。
その他諸々の動きで疲れた。
そんな表情をお互い抱えて夜の打ち合わせに集合した僕と製作部2人。
飲むうちに重い空気に包まれてゆく。
と、小川さんが立ち上がった。
確信ありげにずんずん行く小川さん。
ついていく僕と若林。
僕らは繁華街のビルのエレベーターに乗り込んだ。
小川さんはニヤニヤしてる。
若林もどこに向かっているのか見当がついたようで、嬉しそうにしている。
僕だけ、どこかのスナックでも行くんだろうぐらいに思っている。
エレベーターの扉が開く。
もう、そこは別世界。
広く薄暗い店内に居並ぶ男女達。
スポットライトが当たった各所で、外人トップレスダンサーががんがんくねくね踊りまくっている。
「小川さーん!これですよ、地方ロケはこれでなきゃ!」
と興奮した僕。
「いえええーっ!ショータ―――イム!」
と拳を突き上げる小川さん。
宮崎の男性ならみな知っているだろう有名店だ。
僕らは略してこう呼んだ。
「B・B」。
「キス・ミー・プリ~~ズ!」
ウクライナだかどこだかの出稼ぎ美人ダンサーがチュッ。
舞い上がる僕、小川さん。
舞台に飛び込みダンサーと一緒に踊りまくる若林。
映画が何だあ!。
仕事がなんだあ
!いええーいっ!宮崎、大好きだぜーっ!!
 
【12月21日】
一旦帰京していた哲さんや龍田さんが宮崎に戻ってきた。 
明日は、現地キャストのオーディションがある。
夕食の席でみな合流。
哲さんは腹が減ったとご機嫌斜め。
準備の進捗状況にも不満があるらしい。
宮崎名物のレタス巻きが出てくる。
「これちゃうわ。本式のレタス巻きと。どうなっとんや」
ぶつぶつ言ってるが、それが皆の笑いを誘う。
どこまで行っても憎めない人。
が、僕に対してはまだ距離を取っている様子。
小川さんや松岡さんには遠慮なく物言いもし、甘えもするが。
僕も気安く相手の懐に入り込むタイプじゃない。
さて、どうしたものか。
 
【12月22日】
当初はこんなに宮崎にいるはずじゃなかった。
もう一週間になる。
着替えも尽き、洗濯する時間もなく、汗臭い服をそのまま身につけている。
「そんな訳で全然着替えてないんですよ」
と川添さんに言ってみた。
「そうなんですかあ」
余り気にしないようだ。
その川添さん始め、津田さん、上田さん、林さん、佐藤くん、岡本さんなどの宮崎映画祭メンバー、
そしてボランティアスタッフの未央ちゃんたちが今日のオーディションを手伝ってくれる。
募集役は、主人公のクラスメート役、放送室をジャックする女の子グループ、棒倒しメンバーなどなど。
直前まで応募人数が中々増えなかったが、ボランティアスタッフの街頭での活躍や松岡氏のテレビ出演などが奏効し
たのか、
締め切り時には100人を超えた。
そして当日。飛び込みの参加者が来るわ来るわ。
結局200人以上の若者達に僕らは会った。
若い子、特に女の子に会うのが大好きな哲さんもさすがに疲れた様子。
やはり、Leadのファンの女の子が圧倒的に多い。
中には、真剣に芸能界を目指す男女もいる。
また、この機に自分なりの一歩を踏み出したいという内気な子がいたり。
人それぞれなんだよ。
検討の末、10人ぐらいの女の子をピックアップ。
割り振りは後日ということに。
男の子はやはり少なかった。
こちらも10人ぐらい目星をつける。
でも、今日来てくれたみんなに出演の機会を作ってあげたいもの。
終了後、今日手伝ってくれたメンバーとともに居酒屋へ。
今年大学卒業の未央ちゃんは製作部としてべったり現場についてくれるという。
物怖じしない明るい子。
期待大。
 
【12月23日】
哲さん、松岡さん、そして僕もこの日ようやく帰京。
製作部、美術部らは残留。
明日から東京での作業だと思うと気が重い。
東京でかたづけるべき作業を4、5日でやらなければならない。
あーあ。
 
【12月24日】
渋谷の某・スタジオでLeadメンバー+FLAMEの恭平の衣装合わせ。
次雄役の伸也、勇役の恭平、学役の敬多、アキ役の輝、ナッカン役の宏宜。
5人の区別がようやくつく。
衣装の小川久美子さん、助手の佳澄ちゃん、メイクの百瀬さん、小道具の秋元さんらに始めて合う。
他のメインスタッフもぞろぞろと集まってきて、衣装合わせと打ち合わせと宮崎の報告会とがごちゃまぜに進行。
Leadたちも元気だし、松岡さんや橋口さんの携帯は鳴りっぱなしだし、いやー、何だか賑やかなこと。
これって混乱してるってこと?
哲さんの小川久美子さんへの信頼は絶大。
衣装合わせは多少の宿題を残したものの無事終了。
が、メンバー全員が台本を読んでいないことが判明。
自分の役名さえ知らないのだ。
がくッとズッコケタね。
レコード大賞に向けて忙しいのはわかるけどさ。
この日、演出部にサードとして白石が合流。
哲さんを囲んで演出部打ち合わせ。
その後、次雄の妹・美樹役のオーディション。
他のキャスティングはほぼ固まりつつあるが、美樹役は難行している。
哲さんのこだわりどころなのだが、思うようにならない。
ペンディングになる。
棒倒しの他のメインメンバーは大体整理がつく。
イブの夜の帰り道、渋谷のトンカツやに小林と入る。
何だかブルーになって黙々と食べる。
年も押し詰まった。時間がない。
 
【12月25日】
今日は小川久美子さんの事務所で衣装合わせ。
三浦友和さん、松田美由紀さんの2人のみ。
お2人とも大きな問題もなく終了。
松田美由紀さんがやって来ると、
「あ~~みゆきちゃゃ~~ん」
と哲さんはすかさずハグ攻撃。
うーん、さすがですな。
午後の空いた時間にフォース助監督の吉田と合う。
これで演出部がようやく揃った。
夜、美樹役のオーディション。
決めてなし。
 
【12月26日】
小川久美子さんの事務所で残りキャストの衣装合わせ。
棒倒しメンバーの面々と小百合役の平愛梨ちゃんが来る。
賑やかな一日。
哲さんは棒倒しメンバーの衣装を決めながら、それぞれのキャラクターを本人達と相談していく。
愛梨ちゃんの衣装はやや難行。
中々小百合のイメージに近づいていかない。
宿題がかなり残ったが、年内の衣装合わせは一応これで終了。
小川さんたちは早速衣装を整理して宮崎に発送しなければならない。
やはり年末。
なにもかも慌しい。
それにしても、愛梨、可愛かったぜ!
 
※ スタッフ紹介 
衣装 小川久美子 お仕事履歴 『風花』 『セーラー服と機関銃』 など
衣装助手 小川佳純 お仕事履歴 『パコダテ人』 など
ヘア・メイク 百瀬広美 お仕事履歴 『張り込み』 など
持ち道具 秋元エマ お仕事履歴 『夜の足跡(助監督)』 『月へ行く(撮影)』など
サード助監督 白石克則 お仕事履歴『7月7日、晴れ SEVEN OF JULY SUNNYDAY』など
フォース助監督 吉田直樹 お仕事履歴 『降霊』 など
【12月27日】
年越しを挟んでクランクインまであと10日。
いよいよ切迫してくる。
調布の日活撮影所で打ち合わせ。
高瀬さんや技闘の秋永さんに来てもらって、おもに棒倒しのアクション打ち合わせ。
棒倒しシーンをどう構成するか。
どういうフォーメーションでどのように人物達を動かすか。
仕掛けはどんなものが必要か。
安全対策は。
練習、訓練はどうしたらいいか。
机上で検討したがどこか無力感が漂う。
実際やってみないと埒があかない。
Lead含めたキャストたちも、宮崎の棒倒しメンバーも、棒倒し未経験者ばかり。
結局は年明けに宮崎入りしてから、具体的にひとつひとつ作っていかなければならない。
哲さんが帰ってから小林が疲れた顔でつぶやく。
「これって、やっぱリアリティーないっすよね」
この2週間で何度となく聞いた言葉。
もちろん僕も何度かつぶやいた。
もう、笑いも出ないさ。
宮崎の製作部・小川さんと連絡を取る。
製作の小川さん、衣装の小川久美子さん、その助手の小川佳澄ちゃんと、前田組には小川さんが3人もいる。
小川祭りじゃ。
それは余談で、宮崎の方も年末ではかばかしい動きが最早出来ないらしい。
宮崎の体制作り、東京からの機材の搬入の段取り、それやこれやで製作部も心配の種が尽きない。
懸案の日向学院のスケジュールも年内中の解決見込みなし。
明日、帰京するとのこと。
文化本舗の人たちは相変わらず頑張ってくれているらしい。
宮崎にとんぼ返りして、主に棒倒しメンバーやエキストラ集めに奔走していた松岡さんから報告。
棒倒しのメンツがまだ20人以上足りないと言う。
おいおいおい。
と、各俳優事務所からガンガン電話が入る。
そちらのスケジュールに添えないだの、総合スケジュールはまだかだの。
あーあ。それやこれやの問題を全部抱えたまま、調布のジョナサンに夜の10時ごろ入る。
恒例の総合スケジュール書き。
家では何故か書けないのでいつもここ。パソコンも使わない。
手書きで気合を込める。
深夜のジョナサンの客層は最低。
若い男女が大声で騒ぐ。酔っ払いが寝てる。
行きくれたような中年女がぼーっとしている。
フィリピ―ナと親父が元気に来る。
死にそうな顔をしたバイトの女の子がロボットのように歩く。
やや、隣の席では別れ話。気がつくと明るくなっている。
客は僕だけらしい。
とにかくも書き上がった。
窓外に白々とした空。
 
【12月28日】
ふらつく足取りで渋谷のスタジオへ。
今日は、LeadやFLAMEのスケジュールを何とか取って第一回のリハーサル。
愛梨ちゃんたち他、若人は全員呼ぶ。
哲さんは基本の心構えから始めていく。
演技経験のない子が多いので、これはもう学校だね。
そんな段階からやってる場合じゃないんだけど。
午後はワンシーンづつ動きながらやってみる。  
うーん。
きつい。
哲さんの顔も険しい。
今日から短時間でどこまでもっていけるのか。
年内は後1回しかリハーサル出来ない。
終了後、ぐったりした哲さんを囲んで打ち合わせ。
美樹問題は解決しない。
この結論も年越しとなる。
小林、白石らは衣装、小道具の追い込みでてんやわんや。
 
【12月29日】
日活で演出部打ち合わせ。
哲さんも合間をみて来る。
帰京した小川さんたちも顔を出す。
世の中はもう動いていない。
こちらの具体的な動きも止まる。
 
【12月30日】
一応、今日で前田組仕事収め。
渋谷で年内最後のリハーサル。
若人たちは少しずつ良くなっている。
伸也の目つきや佇まいには芝居を超えた何かを感じる。
それにしても時間がない。
救いは彼らがとても元気で、素直で、芝居をするということ、役を演じるということが分からないながらも頑張って
いること。
とにかく後は来年。
我々スタッフもしばしの解散。
それぞれの年越しのために別れた。
が、それも2、3日の小休止。
年明け3日には演出部・製作部が宮崎に出発。
翌4日にはスタッフ本隊とキャストが宮崎入り。
そして6日にはクランク・イン。
何だかクラクラする。
信じられない。
気休まんないよな、たぶん……。
 
【2003年1月2日 木曜日】
ぷるるるる・・・・・・
けたたましい呼び出し音で目覚めた。
二日酔いの頭で携帯に手を伸ばす。
携帯はきらいだ。
でも、哲さんからかも。
「・・・・・・はい、くぼです」
「前田哲ですう」
「監督、おは」
「久保ちゃん早よう早よう、何しとんの行くでえ、初詣」
という訳で、午後から調布の深大寺へ。
哲さん、僕、そしてこの作品には係わっていないが親しい間柄の製作部・タージン。
『棒たおし!』の成功祈願も含めて3人で出向く。
哲さんは神社仏閣や縁起かつぎが好きらしい。
去年の正月も来たという。
楽しげに人ごみをぐんぐん縫って歩く哲さんのペースに僕もタージンもついつい遅れ勝ち。
お守りをゲットして、厄払いを受けて、おだんごを食べて、お目当ての蕎麦屋で深大寺そばをすする。
哲さんはいつも歩くのが早い。
何をするのも早い。
この日はそれがさらにパワーアップ。
賑わう参拝客の中に哲さんの姿を何度も見失いそうになる。哲さんは宮崎ロケ用の一月分の荷物を既に宅急便で送っ 
ている。
今日という日にすでに憂いはない。
ぐずぐず者の僕ときたら、まだ何の準備もしていない。
タージンのお札壊れてしまってもらい損ねる事件が発生。
厄払いし直さなければならないらしい。
哲さん手を叩いて大喜び。
「タージン、何でえ?何でそんなおもろい目に遭うの?タージン、ねえ」
ぶすっとしているタージン。
もらうまで待ってると依怙地になる。
それでも哲さんに突っ込まれてどこか嬉しそうなタージン。
で、調布駅近くのサンマルクカフェでタージンの帰りを待つことに。
「ここのホカホカのあんぱんおいしいよ久保ちゃん、食べよ食べよ」
うきうきとあんぱんをほお張る哲さん。
先輩。
仕事人。
現場たたき上げのプロ中のプロ。
困難が予想される作品のクランクインを目前に控えた映画監督。
な、はず。が、今この時、そんなあれやこれやは微塵も感じさせない哲さん。
うーん、さすがというか何というか。
「久保ちゃん、これ半分っこ」
残りのあんぱんを2つに割ってくれた。
哲さんは食いしん坊である。
それ以上に、徹底した気遣いの人でもある。
仕事の話はほとんど出なかった。
でも、今日一日の意味、言外の哲さんのメッセージが伝わってくる。
この三週間で、何時の間にか哲さんと隔てがなくなっていたから。
たぶん。
まあ、頑張りましょう。監督。
 
【1月3日 金曜日】
朝の便で宮崎へ旅立つ哲さん、演出部、製作部。
去年から持ち越した懸案難問煩悶かずかずあれど、正月気分と旅立ち気分がそれに勝る。
何となく高揚した気分で飛行機に乗り込む一同。
ただし、僕ひとりは別。
頼りない翼がまた揺れてんじゃねーか!ビヨンビヨン。
降ろしてくれれれ!
宮崎空港から綾町の合宿センターへ直接向かう。
今日からここがベースとなる。
僕は12月中に一度訪れていた。
小林たちは始めてなので、宮崎市内からの距離とその絶景のロケーション(仕事じゃなかったらサイコ―)にたじろ
いでいる。
が、施設としては充実しているし、叔母ちゃんたちもみないい人たちだ。
彼らもホッと荷物を置き、衣装や小道具用の部屋の準備にさっそく取り掛かる。
ロケハンの残りは明日高瀬さんたちが到着してからということにして、市内にみんなで買い物に出る。
哲さんはうきうきしている。
哲さんは買い物も大好きだ。
宿に戻って、軽く演出部打ち合わせ。
監督と僕は棒倒しシーンの役者の動きやコンテ(カット割り)を相談し始める。
まだまだこれから。
現地合流した松岡さんとは現地キャストや棒倒しメンバーの確認、エキストラの募集状況などの整理。
はかばかしくない。
夕食後、Leadのメンバー、恭平、平愛梨ちゃんが合宿センター入り。
関西組、福岡組、東京組と各々直接に帰省先から駆けつけてくれる。
明日からのスケジュールを確認し、今夜のところは休んでもらう。
年末年始たいして休む間もなかったのだろ
う、みなさすがに疲れた様子。
伸也たちはこちらの要望どおり髪を黒く染めてきてくれた。
棒倒しのキャラクターに一歩近づく。
深夜、演出部の畳部屋で助監督飲み会。
黒霧を飲む。
部屋の中で誰が一番いいスペースを取ったか。
白石、お前が一番得してんじゃねえか。
なんて、修学旅行の学生のようなやりとり。
暖房が調子悪いのかちょっと寒い。
これから一ヶ月弱、こいつらと一緒に寝起きするかと思うと何だか侘しい。
でも、チーフで良かった。
下っ端の頃、先輩達と同部屋で過ごす日々のしんどかったこと。
小林が何時の間にかダウン。
明日のことは明日のこと。黒霧さん、明日から助けてね。
 
【1月4日 土曜日】
今日はハードスケジュールだ。
慌しい。
昨日到着組の俳優部は演出部立会いのもと朝一からリハーサル。
午後一便で本隊スタッフ、棒倒しメインメンバーらキャストの面々が橋口さんに率いられて到着。
製作部は出迎え。
僕らメインスタッフは全員揃ったところでロケハンの残り。
監督がいない間、Leadのメンバー達は綾中で棒のぼり練習。
小林担当。
合宿センターでは押しかけたスタッフ・キャスト・機材の交通整理。
若林、そして新人の未央ちゃんがてんやわんや。
松岡さんは文化本舗で明日の棒倒しリハーサルの連絡事務。
ロケハンの宿題は片付きつつある。
が、主人公次雄の家が決まらない。
これは由々しき事態。
他にも目途が立たないいくつかの場所があり、これらはクランクインしてから探しつづけねばならない。
しんどい。
宿に帰って夕食後、再び俳優部リハーサル。
我々もキャストも山の中に監禁されているようなもの。
作品に集中するしかない。
リハーサルにも熱が入ってくる。
小林から棒のぼり練習の成果を聞かされる。
「登り棒や校旗掲揚台でやらせてみたんですど。ぜんぜん登れませんね。普通にやっても無理っすよ」
「だろうね」
二人して深深とため息。
棒に登る。
それが今回の映画のテーマだ。
吹き替えも考えてはいる。
が、主役の伸也にはある程度実際に登ってもらわなければ困る。
この時期に来て、無理と嘆いていても仕方が無い。
今更運動神経や筋力のアップは望めない。
小林の提案で滑り止めのスプレーを導入してみることにする。
後は本人達のど根性に期待するしかない。
公式行事を終えて、演出部・製作部・美術部はロビーに三々五々集まった。
今度はここがスタッフルームだ。
スペースは広いはテーブルや長椅子はいっぱいあるは冷蔵庫はあるはコピーはあるはで、
歴代のスタッフルームに比べたらもう天国。
打ち合わせする者、各自の作業をやる者、一杯やってる者、乱入して来る酔っ払ったスタッフなどなど。
おそくまで賑やか。
龍田さんらと進捗状況を話す。
今回の美術部の準備は大変である。
湊君も太田君も頑張っている。
が、余りにも時間とお金と人手が足りない。
ボランティアスタッフの助けはあるが、如何せん仕掛けが大きすぎる。
仏の龍田さんの顔色にも焦りが見え始めている。
解散して、ひとり表に出る。東京では見られない素晴らしい星空。
ふと見ると、スタッフルームの窓に一人ウロウロする松岡さんの姿。
手振り身振りで携帯に話し掛けている。
松岡さんの業務も手一杯だ。
寒い。
呑むしかない。
 
※ スタッフ紹介 
美術助手 太田 仁 お仕事履歴 『座頭市』 『Juvenile ジュブナイル』 など
 
【1月5日 日曜日】
イン前日。
いつものことだが、ここまで来ると腹が据わってくる。
前日までのイライラよりも、さあ来い、という高揚した気分が勝ってくる。
撮影が始まってしまえばそれまで。
かかって来い。
数ある諸問題はその場その場でやっつけるぜ。
このテンション、この別人格が降りてこなければやっていけない。
よく言われることだけど、映画は結局戦場だ。
アートとか表現とかそんなものではない。
僕ら映画人は所詮戦争好きの野蛮人。
口でいくら平和主義を唱えていても。
が、戦争である以上、死傷者も出るし、様々な理不尽もあるし、司令部と現場部隊の確執もあるし、
戦場の荒廃もあるし、巻き込まれる一般市民も出るし、戦争の意味を見失ってノイローゼになる兵士も出るし、
脱走兵もあるし、戦いの真の姿を歪曲する報道もあるし、戦場の友情も芽生えるし、勝利もあるし、敗北もあるし、
勝ったのか負けたのか分からない曖昧な結末もあるし、突然戦争終結命令が下ることもあるし、
戦争を続けたくても実弾が底をつくことだってあるし、陰で得する奴もいるし、得しなくても心に何かを残す者たち
もある。
この作品の戦いがどんなものになるか。
その総体や全貌は誰にもわからない。
全てが終わっても、わからないだろう。
そもそも敵は何者なのか。
どこにいるのか。敵のない架空の戦争を虚しく戦っているだけなのか。
それでも続けているのは何故なのか。
僕は大げさに考えているだけなのか。
斜陽産業の末端肉体労働者の単なるたわごとなのか。
でも、僕は現場で銃を取る側にいつもいたい。
ブルーカラーの小さなプライドか。
9時からオールスタッフ打ち合わせ。
合宿センターの他目的ホールにて。
全スタッフ、宮崎入りしている全キャスト、石田さん始め文化本舗の人たち、
ボランティアスタッフの主要メンバーなどなどが一同に会する。
自己紹介。
台本に添って簡単な説明。その後、各部署ごとの打ち合わせ。
神主さんを呼んでその場で恒例のお祓い。
午後、日向学院に移動して棒倒しリハーサル。
というか練習。
東京側のキャストと宮崎の棒倒しメンバーが始めて一同に会する。
今日これなかったメンバーもいて総勢80人強。
本番では50対50の計100人の肉弾戦になる予定。
普通科・工業科のチーム分けをして、技闘の秋永さん指導のもと実地練習。
五メートル近い棒を支える〝棒木組み〟を作るだけで一苦労。
Leadたちメインメンバーのチーム・普通科の攻撃フォーメーションをシミュレートしてみるが、
20人以上の攻撃陣の動き、工業科の守備陣との攻防を容易く作れるはずが無い。
安全面に留意してる秋永さんは、演技、フリで、という事を再三注意する。若人達は何か気勢があがらない。
当然だろう。
棒倒しって物凄く単純な競技。
これ、本気でやるから面白いし、盛り上がる。
フリでやってそうそうカタチになるもんじゃない。
その現実を目の当たりに見た。
哲さんも感じただろう。
やがて、どうしたらいいかわからないし、寒いしで、メンバーたちがだらけて来た。
「小林、どうなっとんのや!」
哲さんが棒倒し担当の小林を怒鳴った。
「みんな、こっち並べ!早く!」
自ら子供達に指示を出す。
やばやばって感じで小林も僕も監督に習ってテンションを上げた。
半袖単パン裸足にさせられたメンバーたちはシブシブ従った。
日が傾く。
とにかく寒い。
5時頃終了。
伸也たちに劇用の棒を登らせたところ、太すぎて登り難いことが判明。
美術部に相談して、直径を10センチ細くしてもらうことにする。
龍田さんの顔がさりげなく渋い。
また仕事が増えた。
一方練習の合間、小川さんを含め日向学院の教頭先生と諸々の打ち合わせ。
スケジュール問題を始め様々な問題はいまだ解決しない。
年初めの職員会議に諮らなくてはどうにもならないと言う。
不安を抱えたままで、もうインするしかない。
メインスタッフは綾の合宿センターに車で戻りつつ、車内で初日の打ち合わせ。
コンテを確認する。
途中、綾の「くらし館」に寄って買い物。
宿には三度の食事以外何もないからついつい不安になる。
だから、いい歳したメインスタッフがお菓子なんぞを買っている。
ここが、市内の現場と綾町の宿を往復するだけの日々の、僕らの唯一のオアシスになるとは思わなかった。
スタッフルームで遅くまで翌日の打ち合わせ。
初日なので細かい点まで確認する。
初日、2日目は日向学院のロケーションだけなので、それほどの問題はない。
天気予報もまずまず。
とにかくこの2日間を乗り切ることだ。
目先のことに集中。次の撮休(撮影休みの日)にそれ以降のことは悩もう。
緊張してなかなか眠れない。
撮影ってどうやるんだっけ。
四六時中撮影行為をしている訳ではない僕達演出部。
こればっかりは、身体をその場に投げ込まない限りどうしようもない。
遅くまで飲んで不安を打ち消す。
さあ、撮影ごっこだ。

【1月6日 月曜日】
 6時45分合宿センター出発。
キャストも5時頃から支度を開始、スタッフと一緒に出る。
メイン車に乗り込む哲さん、高瀬さん、赤津さんらメインスタッフ。
小川さんの運転。
助手席に僕。
まだほの暗い綾町の山道を下る。
天気予報はいい。
みなそれぞれにプレッシャーを抱えているはず。
が、車内は冗談も飛び交うリラックスムード。
あとはやるだけ、という不思議な開放感とともに市内に向かう。
初日、2日目のスケジュールはかなり詰め込んだ。撮影分量を少なめにして、軽いシーンから入るのがスケジュール
の王道。
が、この2日間は日向学院の休み期間の最後に当たっている。
で、ここでなるべく学校のシーンを消化しておきたかった。
授業が始まって以降の撮影には当然ながら様々な制約が課される。
クランクイン一発目はシーン65の廊下。
主人公・次雄がひとりぐんぐん歩く。
ライバルの工業科に挑戦状を叩きつけに行くのだ。
本館の二階の長い廊下を使って、パラリンによる引張り
(パラリン=車椅子。引っ張り=後退移動。ようするに、伸也が猛然と歩くのに合わせて、キャメラを担いで車椅子
に乗った高瀬さんがどんどんと引っ張られていく。引っ張ったのは助手の岩崎さん)。
初日の入り方に関しては哲さんと相当悩んだ。
結局このシーンを選んだのは、強いテンションを必要とする芝居をいきなりやらせて、伸也に気合を注入しようとい
う魂胆。
セッティングやリハーサルが進む。伸也の歩きに中々強い意志がこもらない。
何度も何度も歩かせる。
いい顔になって来た、さあ回そうという段階になって問題発生。
窓からの外光が立ち上がらない。朝早い時間、しかも窓は西向き。
ようは光りが足りないのだ。
計算ミス。
考慮が足りなかった。
仕方が無いので、次のシーン66・工業科教室の準備を進めながら光りを待つ。
9時半頃、ようやくシュート。6、7回のテイクでようやくOK。
ホッとする。
何年やってても、初日のファーストカットが回らないうちは地に足が着かない。
初日の緊張感に吐き気さえ感じていたこともあったな。
とにかく次だ。
工業科教室は化学の授業中という設定。
そこに次雄が飛び込んで、ライバル鴨志田に棒倒しでの勝利を宣言する。
40名弱の生徒役には宮崎の皆さん。この日一日、様々なシーンに出演してもらった。
初日のせいもあって、伸也も鴨志田役の載寧君も芝居が硬い。
テンションも上がらない。
哲さんはここでもテストを繰り返す。
「伸也、いくぞ。気合入れろ。よーい、スタート!!」
哲さん自らテンションを上げていく。
監督も監督を演じるもの。
役者もスタッフもそれに引っ張られていく。
自然体の監督なんて信じないよ僕は。
「カット、オッケー!!」
哲さんの気合の入った掛け声。
撮影らしくなってきた。
伸也ら若いキャストたちも次第に硬さが取れてくる。
スタッフのチームワークも徐々に出来ていくだろう。
昼食後、冒頭シーンを含む屋上2シーン。
平愛梨ちゃんの登場。冒頭のシーンはリハーサルを重ねていたせいで、二人ともなかなかいい。
伸也のふっと見せる表情は魅力的だ。
その後、階段シーン7、30。
勇役の恭平登場。
恭平はそつない。
とくに硬さも見えない。
この時点で思惑より一時間以上おしている。
やばい。
本館の二階のステンドグラス前で、シーン31のミュージックシークエンス。
アキ役の輝登場。
ダンスをしているところを勇・次雄にスカウトされる。
ノリノリの生徒達や伸也たちの動きをつけているうちにドンドン日が暮れる。
演出部のチームワークもまだまだで、大勢の子供達を上手く捌けない。
哲さんが苛立つ。
滑り込みで撮り切る。
結局、ミュージックシークエンスをワンシーン撮りこぼす。
夕食後、日が暮れてからでもライティングでデイシーン(昼のシーン)を作れるパソコン室に移動。
シーン34A。
校内放送で普通科メンバー募集を呼びかける勇達の声。
笑って聞いている鴨志田たち。
8時前にOKが出て、本日お疲れとなる。
やれやれといった感じで各スタッフとお疲れの挨拶。
哲さんもホッとした様子。
宿に戻って演出部・製作部で明日の打ち合わせ。
「本当に、始まっちゃいましたね」
若林がさも面白そうに言い、待ってましたとばかりみなで爆笑。
そう、信じられないけど始まっちゃったんだ。
これが始まってみると、「現場」という摩訶不思議なメカニズムが動き出し、それなりに撮影行為が進んでいくから
ヘンなもの。
が、油断はならない。
映画の神様は気まぐれだ。
と、そこへ哲さんが飛び込んでくる。
「いつまでやっとんの?風呂入ろ、風呂」
哲さんは寂しがり屋だ。
もちろん風呂も好きだ。
 
【1月7日 火曜日】
 撮影2日目。
シーン31。
ミュージックシークエンスの体育館。
バスケをしているナッカン役広宜がスカウトされる。
タンク役の石川君もからむ。
朝早すぎるため、ここでも外光問題が発生。
ライティングで何とかカバーしてもらう。
日照時間が少ない真冬の撮影。
どうしようもない。
今回はデイシーンが多いので苦労は覚悟しなければならない。
今日のメニューはミュージックシークエンスの勧誘シーンが中心。
この日までに、宮崎入りしているメインキャストを全員キャメラの前に立たせることがテーマ。が、時
間の問題や哲さんのプラン変更など諸々で、マロン役の大塚君とガッツ役の新海君の出番が後日になる。
ごめんよ。
ワンシーン毎に日向学院内を転々と移動する。
想像どおりこれが時間と手間をくう。
効率のいい番手(撮影順)を考えてはいるのだが、なかなかこれが。
また、撮影上、この教室の鍵を開けてくれだの、ここの電気をつけてくれだの、あの荷物を全部どかしたいだの、各
パートから様々な要望が出てくる。
学校が休みなので、立会いの教頭先生がその一々に一人で応対しなければならない。
先生はニコニコして駆け回ってくれる。
ほんとうに頭が下がる。が、その分作業が手間取るのも確か。
2シーンほどデイシーンをこぼす。
夕食後、シーン33放送室。
普通科メンバー募集を呼びかける勇、次雄、勇にお金でつられた女子軍団。
宮崎オーディションで選ばれた田端さん、三井さん、中津留さん、居積さんら10代の女の子達が溌剌と演じてくれ
る。
7時半頃終了。
 
【1月8日 水曜日】
 快晴。綾町の綾南川橋近辺での撮影。
土手と橋がメイン。
日向学院から離れての始めてのロケーションだが、ここからの移動はないし、分量も少ないし、天気さえ崩れなけれ
ばあまり心配はない。
今日を乗り切れば明日は撮休(撮影が休みの日)。
シーン5の土手。
自転車で下校する次雄を呼び止める勇。
棒倒しに勧誘するが次雄は乗ってこない。
台本で3ページ以上あるこのシーンを、レンズのサイズを替えて長回しで撮る。
キャメラは軽トラに乗せて、自転車の二人の動きに合わせて引っ張る。
運転は小川さん。
これって難しいんだよね。
自転車のペースは芝居如何で早くも遅くもなる。
その微妙な変化に対応しなければならない。
なかなか上手くいかない。
スタッフによるキャメラ車手押し作戦など織り交ぜて乗り切る。
恭平のセリフが聞き取りにくい。
勢いはあるが、口先でもごもご言葉を流してしまうクセがあるのだ。
キャメラ車との呼吸以上にこれが難題。時間を睨みつつも、哲さんはギリギリまで駄目出しする。
「子供達、元気にやってるう?」
ロケーションでお世話になる田中外科の奥さんが差し入れに来てくれた。
キャストの子供達を我が子のように心配する田中さん。
この国富町のチャーミングなご婦人の力によって、その後僕らは大いに助けられることになる。
シーン5が何とかOKとなり、恭平を時間どおり空港へ送り出す。
夕方以降、東京で別件の仕事があるためだ。
こういうのを業界用語で「出し」と言う。
ハリウッドでは考えられない日本のせせこましい慣習。
明日の撮休も、Leadを宮崎から朝一便で「出さ」なければならない事情による。
そうなると、撮るものがないからしかたがない。
橋の自転車の走り。
夕景狙いのカットで慌しくなる。
沈んでいく太陽との競争。
ひやひやするが何とか全シーン撮り切る。
デイシーンいっぱいでこの日は終わり。
時間が早いのでメインスタッフはロケハンの残。
宿に帰ってホーッとひと息。
とにかく3日間は乗り切った。
目の前だけに集中していたので、ある意味楽ではあった。
が、明日は今後のことをトータルに見つめなおさなければならない。
でも、今日は飲むよ。赦してね。
 
【1月9日 木曜日】
 撮休。各パート、準備をするもの、洗濯するもの、市内に遊びに行くもの。
それぞれだ。
メインスタッフはすぐにもロケハンに出たいところだが、如何せんその材料が少ない。
小川さんや若林は朝から下見に出る。
それ以外にも、細々とした製作的段取りがある。
美術パートは撮休が命。
遅れがちの準備を取り戻そうと朝から各方面に散っている。
小川さんたちと話した実感として、よくもこの3日間、撮影ごっこになったものだと思う。
崩壊の兆しは各所にある。金ない、人ない、時間ない、それはどのパートも一緒。
みんないっぱいいっぱいだ。
製作部は、若手の竹内やドライバーを兼ねた応援の村田君などが入ってきた。
未央ちゃんも走り回っている。
が、それでもつらい。
プロデューサーの松岡さんにトラックのドライバーを頼んでいる状態だ。
「何でもやりますよー」
と気軽に請け負う松岡さん。
彼のキャパ自体、誰が見てももう限界なのに。
危ういやり繰りの上にかろうじてつながっているこの組。
所帯は予想通り膨らみつつある。
予算に見合うスタッフワークとはとても思えない。
これからどうなるのか。
朝一でLeadのメンバーを出す。
帰ってくるのは10日の朝便。
このような細かい「出し」がこれから頻繁にある。
スケジュールを「もらえる」のか「もらえない」のかハッキリしない調整中の日も何日かある。
頭が痛い。
表に出ると、付属のコートで他の棒倒しメインメンバーがテニスに興じている。
彼らも毎日出番があるわけではない。
4、5日平気で空いてしまう子だっている。
今はいいが、そのうちこの何も無い山の中ですることもなく倦み疲れてくるだろう。
が、簡単に東京には帰せない。
その手間と金が無いから。
午後からロケハンに出る。
懸案の次雄の家が決まる。
役所の後藤さんの家だ。
閑静な住宅街の一角で、立地もいいし、室内も撮影しやすく、申し分ない。
後藤さん夫婦も温厚で親切で好意的。
何か騙しているようで心苦しくなる。
「スタッフも多いし、かなりご迷惑かけると思いますが」
「やあ、多少のことは覚悟してます。好きですからいいんですよあははは」
と後藤さん。
映画の神様、ありがとう。
コンビニの設定の場所も決まった。
何故かコインランドリーに変更。
かえって面白いかもしれない。
夜の打ち合わせ。
明日は日向学院に消防車を呼んで放水をやる。
テストもしてないのでやや不安。
これから面倒な撮影が目白押し。
数々の問題を抱えていよいよ本番ってところか。

【1月10日 金曜日】 
あっ、思い出した。
8日の夜はロケハン後、メインスタッフで棒倒し打ち合わせをやったっんだった。
ホーッとひと息どころではない。
各部の助手のチーフクラスがぞろぞろ来るは、UMKの取材陣まで来るはで、何だかやたら仰々しくなってしまった。
その割には、雲を掴むような実りのなさ。
哲さんがイラついている。
内輪で構想を練りたかったのに、と恨めしそうな顔。
まずった。
「えー、今日のところはこの辺で。またあらためて打ち合わせをもうけますので」
皆んなには早々に退散してもらう。
呆気なく終わった会合に、何なんだよーって顔付きで席を立つ一同。
棒倒しシーンの撮影は各スタッフにとって最大の関心事。
わざわざ顔を出してくれた皆様、すみません。
こちらの準備不足でした。
場所をあらため、哲さん、僕、高瀬さんの3人で遅くまでコンテの打ち合わせ。
どんなに簡略化していってもカット数は200を下らない。
35ミリの映画撮影の場合、一日20~30カットが一応の目安。
これを越えるときつくなる。
ところが、日向学院のスケジュール、エキストラ動員の問題、その他あれこれやの事情で、体育祭のシーンは2日間
プラスアルファで撮らねばならない。
いくら2キャメ(キャメラ二台での撮影)で撮るといっても所詮は難しい。
解決策は見つからない。
で、10日に戻る。
デイシーンいっぱいは日向学院でのロケ。
まず、応接室でシーン36・展示コーナー。
体育祭の優勝トロフィーのヒモがどんどん増えていくカット。
今日撮る必要は全然ないのだが、朝一便でLeadメンバーが入ってくるまでの時間稼ぎ。
コマ撮りをやったため、これが意外と手間取る。
イラつく。
作戦ミスか。
伸也たちが到着してシーン38。
自転車置き場で次雄と小百合が出会う。
本番途中、授業終了のチャイムが鳴り響く。
と、校舎の窓という窓に生徒さんたちが鈴なり状態。
「なになに」
「棒倒し棒倒し」
「すげえ撮影隊」
「監督どれー」
「伸也く―ん」
興味津々深々の諸君に「本番中は静粛に」とご協力願った。
日向での撮影は今日からこういうことになる。
仕方が無い、迷惑をかけているのはこちらだ。

午後、シーン19・校舎裏。
グランドの体育館倉庫の裏で消防車による放水を行う。
地元の消防団の方々に参加してもらった。
水圧の調整が上手く出来るかどうか、キャストたちの安全対策は大丈夫か、授業時間帯なので気付いた子供達が大騒
ぎしないか、
などなど心配のタネはつきなかったがなんとか無事終了。
こういう撮影は本来休日に回すべきだが、休日は体育祭関係の撮影を優先せざるを得ない。
平日にこういう撮影を許可してくれた教頭先生に感謝。
小川さんの根回しの上手さでもある。
技闘的な活躍を期待して工業科の一員になってもらっている鈴木君。
彼のサポートも光った。
やっぱりこういう場面では目つきが鋭くなるね。
夕方、市内の大塚に移動。
A―1バッティングセンターでシーン53他。
工業科の連中に勇と学がボコボコにされる場面だ。
松岡さんが呼んでくれた工業科のエキストラ。
哲さんはその内2、3人の少年達がお気に召さない。
確かにガラが優しすぎる。仕方が無いので店内を見渡す。
何人か若い客がいる。
「小林、ゲットだ」
と二手に分かれて走る。
いつものことだが、怪しい勧誘員のように若人に近づきさも困ったような表情を作る。
反応が無ければ後は勢い。肩をバーンと叩き、
「良し!出ちゃおう!決まった!!」
拉致同然でいい面構えの少年達をゲット。
と、問題発生。恭平、バットにボールが全然当たらない。
少しは当たってくれないと困るのに100k前後の球速に対応できない。
おいおいおい。
撮影場所のボックスは替えられない。
どうしよう。
機械の球はやめて、誰かがゆるい球を投げるしかない。
誰が投げる?
「ふふふふ。ここで大リーガーの登場すね、監督」
その役に手を上げたのは誰あろうこの僕。
これが失敗のもと。
やめときゃ良かった。
ボックスは2階席。
1階、2階は吹き抜けになっていて、恭平とピッチングマシーンの間にはいい足場がない。
不安定な鉄骨の上に袋に入れたボールを持って上がる。
ひえ、ステップ出来ないじゃん。まあいい。
大リーガーの技術を見せてやる。
「恭平!」
「ウッス!」
「勝負!」
「勝負せんでいいんやて、久保ちゃん」
勝負にならなかった。
というのは全然ストライクが入らなかったから。
時間がおしまくった。
自分で自分の首を締めた結果。
終わってから哲さんにさんざん突っ込まれる。
宿に戻り、10時ごろから滝裕可里ちゃんの衣装合わせ。
年明けにようやく決まった美樹役だ。
彼女には衣装合わせのためだけにわざわざ宮崎に来てもらった。
明日、試験がある愛梨ちゃんや小林君(ハミチン役)らとともに帰京予定。
キャストの出入りに頭が混乱しつつある。
 
【1月11日 土曜日】
 国富町の森永橋の河原。
シーン35他、普通科メンバーの棒倒し練習場面。
東京キャスト他、宮崎の棒倒しメンバー50人が出演。
分量が多いので撮り切れるか心配。
開始時間を早くしたが、宮崎の各地から駆けつけてくれるメンバー達にはちょっと酷。
遅刻者もチラホラ。焦る。
が、全員揃ったところで「待ち」に。
天気はいいが、それでも太陽の光が足らない。
参った、また早すぎた。
子供達にウォーミングアップをさせる。
いくら宮崎でも真冬の早朝である。
しかも河原って風が強い。
とにかく寒い。
なかにはブルブル震えている子もいる。
と、明るさを増してくる太陽。
メーターを見ていた撮影チーフの岩崎さんが頷く。
「よし、みんな上着脱いで、半袖短パンになったー!」
メガホンで怒鳴る。
鬼だね。
シーン35。
縄跳び、ケンケン相撲、その他ウォーミングアップの遊び場面。
やっぱり子供だ。
寒さや撮影のことは忘れたようにみなで大はしゃぎ。
しだいに気温も上がってくる。
活気が伝わるいいカットが撮れる。
が、時間がない。
午後、シーン37の休憩シーン。
お握りの差し入れを持って学食のオバちゃんたちがやって来る。
演ずるは、お菓子の「日高」の浜田さん、文化本舗の谷口さん、それから小宮さん。
物怖じせずに日ごろのオバちゃん力を発揮してくれた。
夕景ネライでシーン72。
練習帰りの次雄とそれを待っていたかのような父・周一郎の対面。
これだけの芝居のために平田さんには日帰りで宮崎に入ってくれた。
感謝。
しかし、大人の芝居を久しぶりに見た。
いやー、ホッとするねえ。
分量にして3分の1以上撮りこぼす。
うーん、この人数の子供達をテキパキ動かすのはやはり至難の業。
さすがに疲れた。
哲さんも自ら鬼先生になって怒鳴ってくれたけど。
次の河原の撮影でどれだけ挽回出来るのか。
宿に戻ってグッタリ。
松岡さんと13日の体育祭エキストラの集まり具合を確認。
早くもクライマックスが目の前に迫っているが、確実に来てくれるエキストラは思った以上に少ない。
連絡が取れなかったり、たぶん行けると思うと言っていたり、動向が曖昧な層がたくさんいるのだ。
蓋を開けてみなければ分からない、そういう状態が続いている。
まあ、仕方が無い。
引き続きギリギリまで、本舗の人たちやメディアの協力を得て募集を呼びかけねばなるまい。
 
【1月12日 日曜日】
 日向学院でのロケーション。
ミュージックシークエンスの残り、シーン31B、31D。
ガッツ、マロンが棒倒しメンバーに勧誘される。
台本の内容を変更、さらに飛躍した「遊び」のシーンにする。
ガッツの自転車起しは、逆回転を利用した古典的トリック撮影。
実際の撮影では、自転車をだだーっと将棋倒しにして、最後の一台が倒れて来るのに合わせてガッツ役の新海君がそれを受けて地面に降ろす。
単純でしょ?
完璧な将棋倒しを目指して、自転車相互の間隔、傾き、諸々をいじくっているうちに自分の世界に没入してしまう僕。
みんな呆れて見ていたぜ。
マロンの自転車の煙は龍田さん担当。
こちらは中々上手くいかず、だからこそタッチャン、本気になってたね。
そうこうしているうちに、明日の体育祭撮影の応援スタッフが到着。
日向に顔を出してくれた。
助監督のタニヤン、コバちゃん、撮影部のオッキーなどなどの面々。
出迎えは前村さんがやってくれた。
2、3日前に宮崎に駆けつけてくれた彼女。
本来は製作部なのだが、役者を中心とした東京と宮崎の出し入れ業務に従事してもらうことに。
何だか戦力が整ってきた。
というか、やっぱり今まで人手が足らなすぎた。
昼食前後に、日向学院・吹奏楽部の演奏を音楽室で録音。
体育祭シーンのプレイバック用だ。
曲は3パターン。
うち一曲は指導の先生のオリジナル曲だ。
短い時間のなかで、哲さんが口ずさむ
「パンパン、パンパカパンパンパ~ン」
って感じの訳のわからないイメージをほんとに曲にしてくれた。
すごい。
午後は、シーン77・体育祭の校門付近の情景。
体育祭にやってくる夫兄達や元気に駆け回る生徒達。
30名程の宮崎の皆さんが扮してくれた。
その後慌しくグランドへ。
吹奏楽部の演奏カットを撮る。
皆さんのスケジュールもあるが、明日の本番では細かいカットを押さえている余裕は無い。
切り離して撮影出来るものは少しでもやっておきたい。
体育祭のメイン舞台を先に仕上げてもらい、吹奏楽部の皆さんに並んでもらう。
初体験のプレイバックを見事にこなしてくれた皆さん、有難う。
グランドでは美術部の準備が急ピッチで進んでいる。
ボランティアスタッフや地元の業者さん、お手すきのスタッフたちが協力して立て看板やテントを次々仕上げていく。
何とか間に合いそうだ。
龍田さんたちは2日前からグランドのセッティング作業を始めていた。
もちろんそのずっと以前から、看板、ノボリ、横断幕、ボンボン、その他のあれやこれやの準備がボランティアスタ
ッフの手助けのもと進められていた。
それらの苦労がようやく一つのカタチになろうとしている。指揮を奮うタッチャンも何か感慨深げ。
しかし、我々のやっていることは体育祭をまるまる再現しようというもの。
これはほんとに大変な作業。
しかも、学校のスケジュールやその他諸々の事情で、明日の撮影後このセッティングを一度全部バラして(片付けて)、
二週間後にもう一度再現しなければならない。
いや、普通怒るよ、これ。
でも、美術パートの面々は、そんな事情を受け入れて淡々と作業を進めていてくれる。
男だね。
女性もいるから言っておこう。
女だね。ただただ感謝。
美術準備と平行してこの日の残りは棒倒しリハーサル。
明日撮影分のシチュエーションをブロック分けして、コンテをにらみながら細かくそれぞれの人物の動きを確認して
いく。
以前より細くなった棒に伸也を登らせてみる。
滑り止めスプレーの効果もあって、するすると上がっていく。
良かった。
日が傾き、寒さが身にしみる。
明日があるのでメンバーは早めに解散。
見えない部分は多々あるが、全てをシミュレートすることは所詮無理。
後は現場だ。各スタッフは宿に戻る。
美術パートは引き続き作業。
9時ぐらいまでかかるという。
文化本舗で明日のエキストラの最終取りまとめや、受付や誘導業務で協力してくれるボランティアスタッフの仕事の
割り振り等を行っていた松岡さんから連絡。
明日の問い合わせで本舗の電話は鳴りっぱなしだと言う。
生徒役300人夫兄役200人、計500人の参加者が見込めるという。
僕は一番の気がかりを訊ねてみる。
「それで、松岡さん、男女比は?」
「女10、男1。女子佼ですな。あははは」
やっぱり。
参加者はLeadのファンが圧倒的多数。
まあ、いい。
とにかくグランドが人で埋まって盛り上がってくれればそれで良しとしよう。
次雄の母親役の松田美由紀さん、妹役の滝裕香里ちゃん、学級委員役の姫野文子ちゃん、
体育祭のMC役・FLAMEの北村悠君らが明日の撮影のために入ってくる。
受けは全て前村さんに任す。
助かったよー、前村さん。
夕食後、宿のスタッフルームで遅くまで打ち合わせ。
コンテ、撮り順の確認。
各スタッフの動きのシミュレーション。
その後、演出部・製作部打ち合わせ。松岡さんを介して、ボランティアスタッフとの連携も確認。
いくら話しても心配は尽きない。
遅くなって、美術部がぞろぞろと帰ってくる。
時計は12時を打った。
明日は早い。
「よし。解散!」
自棄気味で号令をかける。
演出部は各々の作業があり残る。
飲みに突入しながら三々五々消える製作部・美術部。
疲れのピークを迎えた松岡さんは、ビール片手にそのまま長椅子で寝る体勢。
僕はビールを飲みながらスタッフに配る最新版コンテ表作り。
限界を迎えた小林や白石が朦朧として席を立つ。
松岡さんの盛大なイビキ。
ああ、寝たい。
長椅子に横になる。
いけない、このまま眠ってしまっては・・・・・・。

※ スタッフ紹介 
制作応援 前村祐子 お仕事履歴 『船を降りたら彼女の島 (製作主任)』 など
  
【1月13日 月曜日】
 ジリジリジリジリと目覚ましが鳴り響きハッと目を覚ますと小林も白石も吉田も同時にかばっと体を起こしたようで、
見るとさっそく服を着て部屋を出て行こうとする小林は俳優部の支度部屋に向かうのだろう、
ゾンビのようなあの様子ではまだ意識は夢の中にあるに違いなく、時計を見れば4時半、窓の外はまだ真っ暗である。
今日という日を迎えたくない迎えたくないああこのまま再び夢の世界に逃避してしまいたいと思いつつタバコを一服、
と何やらワイルドバンチな気分が不思議とやって来て目をぱちくりやって正気の訪れを待っている白石と吉田にレッ
ツゴーと一喝、
ファイノットと彼らが答えたというのはウソで、起き上がり支度部屋の様子を見てウンコして歯を磨いて飯食って空
を見上げてまた一服、
きれいな夜空は天気予報どおり、今日一日万事快調でいきたいものだと一人浸っている間もなく、もう時間、
ぞろぞろわらわらと眠そうなスタッフキャストがバスに乗り込み6時ジャストに宿を出発。
30分で日向学院に到着するが、そこはまだまだ夜が開け始めたばかりのまるでアメリカの夜、
なのに川添さん津田さん上田さん林さん佐藤君らの宮崎映画祭メンバーやボランティアスタッフの皆々様は既に校門
付近にスタンバイ、
ちらほら集合し始める棒倒しメンバーやエキストラの受け付けを開始しているので一安心、
ここは任せたとグランドに向かい僕らはまずはクレーン車のセッティング。
最初のカットは普通科陣地の入場門であるところの紅虎門から次雄たち50人が気勢を上げてどどどどと走り出すの
をクレーンに乗ったキャメラが捉える
というものだが、身体にペインティングしなければならない彼ら棒倒しメンバーの支度が気がかりで
様子を覗きにいけば狭い教室二部屋に100人の若人が半裸でうじゃうじゃ思わずめまいを覚え、
その足で校門の受け付けに行ってみるとエキストラの出足が悪いじゃないか。
ええマジかよと不安を抱えてしばらく様子を見守るに、徐々にではあるが少女オバサン子供オッサン楽しげにやって
来て上田さん林さんそれを誘導してタニヤンコバチャンに受け渡し、メガホン片手のご両人はーいこっち来たーと
次々グランドの周囲に配置していく流れ、
よしよしその調子、それにしても映画の撮影もっと楽にならないものか
例えば機械に台本入れたらポンと一丁上がりってな具合に映画が出来ちゃう超ステキなシステム誰か発明してくれな
いものか、そんな甘い生活は見果てぬ夢か。
てんやわんやの準備が進み日が昇っていき、あっと気付けばもう9時だやばい、
トラックを取り巻く人々を見渡すとざっと400人ぐらいか何とかギリギリ足りそうだしクレーンのテストも終わっ
たしキャストを現場に呼ぼう。
赤と青のユニフォームが身を包んだ颯爽とした集団がグランドに向かってやって来るその数100人、すると
きゃあああうわぁあああ
と客席からはちきれんばかりの歓声が上がりもうこれはコンサート会場、
メンバーたちもその声援に満更ではないといった面持ちで入場門のスタートラインに並んでみると、
お前ら気合入れろ!!
とメガホンを通した鬼軍曹ザック哲さんの厳しい喝、みるみるメンバーの全身に緊張がみなぎりもう後はゴーサイン
が出るだけ。
間髪居れず荒ブル魂と化した哲さんが叫ぶ。
普通科棒倒しチーム、入場!!
うおおおおー旗を持った次雄を先頭にいっせいに走り出す赤い少年たちに客席の興奮は爆発、それもそのはず早い早
い、ドドドドド揺れる大地、
あっという間に第2コーナーを曲がりバックストレートを猛進するその赤い流れはこれも青龍門からスタートしてい
た鴨志田率いる工業科チームの
青い流れと朝日を浴びてすれ違った、その目を見張る美しさ。
奇跡だ、完璧なショットだ、哲さん赤と青のユニフォーム大成功じゃあないですかなどと感慨に耽っている間もなく
次のカットへ向かわなければならない今日一日、2台のキャメラの位置を替えて入場の走りを何度も繰り返すが、
客席の黄色い声に助けられているからかメンバーに疲れの色は見えないまさにアンブレイカブル。
続いて、陣地での円陣気合掛け声上着放り投げ、カラフルかつワイルドなペイントを施した半裸の野性の少年達その
勇姿に客席は興奮の坩堝、
やがて用意万端整い対峙する普通科・工業科両攻撃陣、一方の両守備陣棒組み体制、スターラインの次雄と青棒を守
る鴨志田が気合を込めて激しくにらみ合う。
お前ら、気合入れろ!!いくぞー!よーい、
来た来た来た来たやっと来た対決の時、
スタート!!
猛然と走り出す次雄たち普通科赤チームと工業科青チームがグランドのセンターでぶつかり合いすれ違う、その動き
を30メートルの長いレールに乗かった移動車がクレーンワークで追いかけるその行く手、次雄たちが敵陣の青棒に
到着せんとするその時宮崎の空には太陽がいっぱいで
カットトトトトッ!!
・・・・・・。
昼食が入り、ぞろぞろとエキストラの皆さんがグランドから出て行く。
昼食は自前をお願いしていたので各自調達に出向くのであろう。
でも、何故だかその動向が少し不安。
時間が切迫しているので40分程で再開。
皆さんに再び客席に並んでもらう。
あれ。
変だ。
周囲を見回して愕然。
人数が激減している。
これじゃトラックの3分の2も埋められない。
「やあ、弁当ないのが致命的でしたね。受け付けでお願いしたんですけど、やっぱ半分以上帰っちゃいましたよ」
と若林の報告。
うーん。
午前中の熱狂は何だったのか。
既に満足して帰途についた人がたくさんいたということか。
あれだけ見れば充分ってことか。
単に飽きちゃったのか。
それとも、ああしてくれこうしてくれという僕らの指示にウンザリしてしまったのか。
ともかく、彼らを引き止める強制力を僕らは持たない。
アングルを替える度に皆さんにポジションを移動してもって、この人数でやり繰りするしか手がない。
両チーム入り乱れての途中の攻防を抜いて(撮影上後回しにして)、青棒上の次雄と鴨志田の闘いから撮影再開。
秋永さんの指導のもと激しくも見合う二人。
見ると、その足元で棒を支える工業科守備陣の肩や背中がどんどん赤くなってゆく。
重みや痛みをこらえる呻き声があちこちから洩れる。
カットがかかる毎に彼らの身体の具合を確認。
大きな怪我をする者はないが、みな次第に疲弊してゆくのがありありと分かる。
おまけに段々日が傾いてきて寒さが増してくる。
合間合間に出来るだけ彼らに上着を羽織らせるが、現場の準備が整うや否や、
「じゃあ、みんな、上着脱いだー!急いで!」
とメガホンで怒鳴る僕ら演出部。疲れと寒さで動作が緩慢になってゆく少年達。
太陽はどんどん沈んでいく。
同情してられない。
僕らは繰り返し彼らを鞭打つ。
再び棒組みが出来る。
肩を組んで棒を支える少年達の身体に鳥肌が泡立つ。
毛をむしられて何かの刑罰を受けている弱い生き物の群れのよう。
そんな中、自分を励ますよう必死に足踏みする子。
ガタガタ震える自分の身体をどうにも出来ない子。
彼らの頭上で再び死闘を展開する伸也と載寧君。
疲れからか彼らの動きも鈍くなる。
限界か。
いや目をつぶれ。
映画人は鬼畜だ。
気がつくともう3時。
やばい。
ハイライダー(工事用の昇降機付き車両。電柱工事とかで見かけるヤツ)の上からの俯瞰カットに移る。
広いフレームの中、客席の人々をまんべんなく埋めるのに一苦労。
午前中の人数がいれば何の問題もなかったのに。
やがて、哲さん、僕、その他メインスタッフの中で事前の構想が混乱し始める。
棒倒しの様々な攻防、その途中経過をかなり抜いて進めている今日の撮影。
体育祭シーン初日の今日がおそらく一番人手が期待できるだろうという思惑と、撮影機材のスケジュールの関係など
から、広い絵やクレーンがらみのカットを優先することにしていたから。
しかし幾ら何でも抜き過ぎた。抜かしたカットと今撮るカット。
その間にあるであろう棒倒しメンバーの動き上のつながり、応援する客席の人たち位置やカタチのつながりが上手く
辿れない。
考えがどうにもまとまらない。焦りが頭の中の混乱を助長する。
いつもクレバーな哲さんの顔も曖昧だ。
僕らも、哲さんもここまでの撮影で相当疲れていたらしい。
ああ、わからん。
とにかく棒倒しコールだけはやっとかなきゃまずいまずいまずい。
突然響き渡るホイッスル。
危険な反則行為を見咎めた教師が乱入、中止を宣言。
プレーが止まったグランド。
そこに広がっていく再開を望む客席からの熱いコール。
呆然と立ち尽くすメンバー達を励ます力強い声。
そこからやろう。
もうそこまでの過程は最早度外視。
勝手にしやがれ。
席に飛び込み必死に煽り始める僕ら演出部。
「それ、棒倒し!」
棒倒し!棒倒し!棒倒し!棒倒し!棒倒し!棒倒し!!
グランド上で秋永さんや松岡さんや川添さん扮する教師たちがメンバー達を制止する中、高まっていく棒倒しコール。
ますます感動的に盛り上がっていく。
しかしこれで良かったのか?
何か見当違いのことをしていないか?いや考えるな。
客席を盛り上げろ。
と、いよいよ日が翳ってきた。
やばい。
棒倒し関連のカットはお預けにして、客席で応援する松田美由紀さんと滝裕可里ちゃんのカットを照明部の助けを借
りて滑り込みで撮る。
ご両人はこの数カットのためだけに今回宮崎に入ってもらっていた。
ギリギリセーフ。
時計を見ると5時を既に回っている。
見上げる空には夜の帳が降り始めている。
高瀬さん、赤津さんと顔を見合わせ頷きあった。
これ以上の撮影はもう無理。
メガホンを取り上げおもむろに宣言する僕。
「今日の撮影は以上です!本日はご協力有難うございました!!お疲れ様でした!!」
エキストラの皆さんがため息とともにぞろぞろグランドを後にし始める。
やっと終わった。
思わず脱力。
タバコを一服。
振り返ると、疲労色濃い様子でその場に残っているキャストを含めたの棒倒しメンバー。
ぐったりと座り込んでいるもの。
手足の怪我の手当てをしてもらっている者。
ぼーっと佇んでいる者。
いずれも皆青白い顔をして心細げだ。
早く解放してもらいたい、そんな顔顔顔。
が、彼らには次の棒倒し撮影に向けてのリハーサルがまだ残されている。
何てこった。
僕らはこの子達からとことん搾取しようとしているのだ。
潮のように人波が去っていく。
真っ暗になったグランドで次回の段取りをするメンバー達。
その傍らで黙々と看板やテントをバラし始める美術部隊。
製作部、衣装部も大掛かりなバラシ作業。
みな疲れきっている。
と、仕事を終えた映画祭の皆さんやボランティアスタッフの方々がやって来る。
彼らには今日一日に対する満足感が仄見える。
まあ良かった。
僕の気分は曖昧だ。
今日一日が終わり心底ホッとしている。
目標最低限のカット数もなんとかこなせた。
でも、はたしてこれが成功といえるのか?
知らないうちに大きなミスを犯してしまったのではないか?
知らないうちにみんなが痛んでしまったのではないか?
いずれにせよ、今日の成果を落ち着いてじっくり検討せねばなるまい。
夜遅くまで各パートのバラしは続いた。

【1月14日 火曜日】
前日の疲れは残っているが、あと2日頑張らなければ撮休は来ない。
尻に鞭打つ。
宿舎から車で5分ほどの距離にある綾中学校でのロケーション。
次雄と小百合が卒業した小学校の設定だ。
昼までにクレーンを上げなければならなかったので、シーン101、この映画のラストカットから撮る。
幸い、朝からラストシーンにふさわしい快晴。
手前に上り棒を入れ込んでグランドを広く捉えたフレーム。
その奥から自転車に乗ってやってくる次雄=伸也。
棒までたどり着くと、するするとそれに登り、やがて再び自転車で立ち去る。
その一連の動きを長回しで延々と捉える。
伸也が見えなくなってもキャメラは回り続ける。
そこにタイトルバックがのるからだ。
カットがかかるまでずっと佇んでいた各スタッフ。
無人の空間を見つめながら何を考えていたのか。
3本の竹の上り棒やその他の遊具は、美術部が数日前から準備してくれていたもの。
かなり大掛かりな作業になったらしいが、綾中の校長先生らが快く許可してくださった。
しかも、この日と翌15日の2日間にまたがる撮影は平常授業の日だ。
土日は他のシーンの撮影でいっぱいいっぱいという、こちらのやむを得ぬ事情をご理解戴いた。
感謝します。
小川さんにもまた苦労をかけた。
その後、シーン39、40、61。
次雄と小百合の芝居がメイン。
何度もリハーサルして来たこのシーンで哲さんは長回しに挑んだ。
この組の撮影にやっと慣れてきたとは言え、二人の芝居はまだまだ未熟だ。
そういう場合、カットを細かく割って編集でその未熟さをカバーするのが常套。
が、空間や時間を分断せずに二人を丸ごと捉えることによって醸し出されるプラスα=吐息というか行間というかそ
ういう何かに哲さんは賭けた。
上手くいけば未熟が鮮烈に逆転する。
それが哲さんのネライだったのか。
例によって、哲さんは中々OKを出さない。
ワンテイクごとに二人のもとにつかつか歩み寄り、噛んで含めるように指示を出す。
どこか表情が硬いと思えば、「わっ」とか叫んで背後から抱きついてみたり。
二人はよく頑張った。
持っているものは全て出し切ったと思う。
夕方、移動して瓜生野町の「OKランドリー」へ。
台本上はコンビニの設定になっているシーン46~50。
次雄、勇、学の3人組が棒倒しの作戦会議。
何故コインランドリーなのかというのは置いといて、哲さん含め僕らはこの黄色い建物の佇まいに惹かれちゃったの
だ。
シーン46。
勇と学がマッタリしているところへ次雄が自転車でやって来る。
前のシーンで家族と口論し荒々しい気分のままの次雄。
自転車を乱暴に乗り捨てるアクションでそれを表現しようとする哲さん。
が、伸也がなかなか上手く出来ない。
「簡単やないかあ」
と哲さんは自ら模範演技。
これが上手い。
乗ってきた勢いのままさっと自転車をうっちゃり、すくっと二人の前に立つ。
自転車乗り捨て芸世界一かもしれない。
世界大会があればなあ。
哲さんは運動神経も良い。
店内の撮影が意外と手間取り気をもむ。
結局、テーブル上の人形(これが棒倒しメンバーの動きをシミュレートする道具)のカットは後日に回すことにして
10時ごろ終了。
それなりの苦労はあったけど、前日と比べれば楽な一日だった、としておこう。
棒倒しメンバーの何人かは一旦帰京。
ようやく監禁状態から解放してあげられた。
残りの面々は苦渋の選択の末、このまま残ると言う。
いい加減帰りたい気持ちもある一方、仲良くなった連中同士はなかなか離れがたいらしい。
何だかうるわしいじゃないか。一人一人と面談して本人の意向を聴く。
まるで進路指導だね。
 
【1月15日 水曜日】
引き続き綾中のロケーション。
シーン75。
次雄と小百合の二人芝居の中盤から雨が降り始める。
綾町の消防団の皆さんにはその雨降らしのために朝から来ていただいた。
が、この日は朝からピーカン(快晴のこと)。
お天気雨にするわけにも行かず、メインスタッフで相談の上、雨が降らない設定で撮影することに。
予報どおり昼から曇ってくるのであれば、あらためて雨バージョンを撮影する。
そのような段取りになった。
二人が乗った自転車とキャメラを載せた軽トラが併走する。
自転車が止まり、小百合が立ち去るまでの長い芝居を今日もワンカットで。
自転車のペースに合わせるため、軽トラは僕達スタッフ7、8人で手押し。
ハンドルを握るのは小川さん。
芝居が良ければキャメラが合わない。
キャメラが合えば芝居がNG。
10テイク目ぐらいでようやくOK。
その時には既に1時近くなっていた。
またもや相談の結果、雨バージョンは今日は中止ということに。
でも、一体いつ撮るんだ。
と思い煩ってはいられない。
とにかく日南に移動して、ガソリンスタンドのシーンを上げなきゃならない。
綾中は宿舎に近いので今後撮影のチャンスがあるかもしれない。
でも、ここから遠い日南に行ける機会はそうそうない。
放水のテストまでして準備万端だった消防団の方々に平謝りして、急いで出発。
ここから日南の現場まで1時間以上かかるのだ。
好天気の海沿いの道を南下する。
ほとんどのスタッフ・キャストは、今回の撮影で始めて宮崎らしい海を車窓から目にしていることだろう。
が、僕は真っ直ぐ前を見つめていた。
太陽が傾き始めている。
気が気じゃない。
日南市のJA鵜戸。
シーン51。
次雄ら3人組がハミチンこと堀口をスカウトする。
終了後、ナイトシーンを残して、近くの海沿いの道に移動してシーン52。
スカウトに失敗してとぼとぼ歩く3人組の夕景芝居。
併走するワゴン車内のキャメラが3人を捉える。
彼らの手前を横切る車を仕込んだりしたせいもあってなかなか上手くいかない。
その車を運転する若林に、僕がトランシーバーを通して出していた発進のタイミングが悪かったのだ。
太陽がどんどん沈んでいく。
ギリギリでOK。
JAに取って返して夕飯を入れようとしたら、哲さんたちが飯前にシーン54の引き絵(広い絵)を撮りたいと言う。
暮れきらないうちにナイトシーンを撮る、スカイラインねらいってやつだ。
準備が始まった。
しまったと内心慌て始めた僕。
ガソリンスタンドの客役を宮崎映画祭の上田さんと川添さんのお友達の松本さんにお願いしていた。
もちろん車込みで。
川添さんも含めた彼女達は仕事が終わり次第駆けつけてくれることになっている。
が、このままでは間に合わない。
若林に連絡を取ってもらうともう近くまで来ていると言う。
「客の車ってどうなってんの」
と高瀬さんの声。
「今」と誤魔化す僕。
まずい、準備が出来つつあるし空も既に暮れかかっている。
と、川添さんの車が現場に滑り込んだ。
車から飛び出してきた上田さん、松本さんらに急いで説明、取敢えず車をフレームの中に入れてもらう。
現場は暗くなってゆく空と追いかけっこ。
わさわさと緊迫する。
と、車を替えろとの指示が飛ぶ。
訳もわからず慌てて川添さんの車をフレームからどけてもらう僕。
「違うよ!」
と声が飛ぶ。
皆が僕を見ている。
何かがムラムラと込み上げ、
「はっきり指示しろよ!」
キャメラ前にいた小林に向けて思いっきり怒鳴っていた。
シーンとする現場。
ああ、やっちまった。
俺は最悪の助監督だ。
自虐的な気分に火がついた。
「何がしたいんだよ!はっきり言ってくれよ!」
こんな作品どうにでもなれ。
映画なんかやっている俺もどうにでもなれ。
キョトンとし、気まずい空気に包まれるスタッフ一同。
が、それも一瞬のこと。
高瀬さん主導のもと再び動き始める現場。
その様を眺めながら強烈な疎外感に見舞われる僕。
ひたひたと押し寄せる後悔の念。
撮影は食後も変わりなく続いた。
次雄と堀口がタオル相撲で闘い、居合わせたお客役の上田さん、松本さんが2人の熱戦を見守る。
僕はと言えば、現場から離れた暗い駐車場でひとりタバコを吸っていた。
聞こえてくる現場のさわがしい気配。
機材をトラックに取りに来る照明部の足音。
何やってるんだろう。
ひとりで空回りして。
いつもいつもそうだ。
適当にやるということが出来ない。
丸く収めることが出来ない。
俺は欠陥人間か。
だから未だに助監督なのか。
一生映画を撮れないのか。
そのストレスを現場にぶつけているだけなのか。
それにしても、せっかく来てくれた上田さん達に申し訳ない。
小林大策、こんな俺でごめん。
撮影が終わり、黙々と照明部のバラシを手伝う。
高瀬さんが寄って来て、
「久保ちゃんも疲れてるんだから、明日はゆっくりしよう」
と声をかけてくれる。
情けない。
撮影の第2ブロックが終わった。
 
【1月16日 木曜日】
撮休。
朝一番の便で伸也達を東京へ送る。
レギュラー番組の収録のためだ。
帰ってくるのは明朝。
アイドル故の超ハードスケジュール。
スタッフの疲労も気になるが、それ以上に彼らの体調が心配だ。
製作部・美術部は例によって朝から動き回っている。
松岡氏は次の体育祭シーンの撮影に向けての人集め。
他のスタッフ・キャストはそれなりにリフレッシュ出来た1日だったと思うけど。
午前中、僕ら助監督4人は部屋で朝寝を決め込んでいた。
と、いきなりバーンとドアが開き、
「朝だー――!」
と叫びながら小林のフトンにダイブする謎の襲撃者。
「お前らいつまで寝とんの!早よ起きんと!早よう!」
哲さんはいつも朝が早い。
撮休と言えども油断ならない。
「ねえねえ、靴、靴。靴買いに行かんと」
哲さんに揺さぶられる寝ぼけまなこの小林。
離すまいとフトンにしがみつき、
「かんとく、くつ、いらないっす、かんべんして」
その様が面白いのか哲さん、いつまでも小林の爆発頭をグラングラン。
結局、軽く打ち合わせしてから演出部で市内に繰り出した。
それぞれ買い物やら散髪やら。
哲さんは行きつけになった鍼灸院に寄ったり。
元気そうに振舞っているけど、哲さんも僕ら以上に疲れているはず。
夕方、タリーズコーヒーで哲さんと再び打ち合わせ。
問題はまたまだ山積みだ。
特に体育祭の棒倒しシーン。
まだ丸2日分の撮影分量が残っているが、日向学院のグランドで撮影出来るのは26日の一日だけ。
残りの一日分は別の場所で別の日に撮らなければならない。
メインスタッフで頭を抱えた挙句、31日に綾中でやろうということになりつつある。
が、綾中への交渉はこれからだし、31日は元々予備日に当てていたので、その日のLeadのスケジュールがも
らえるかどうかという問題もある。
だいたい、日向学院のグランドと綾中のグランドが同じものに見えるはずが無い。
誰もがそう思っている。
哲さんもしかり。
でも、仕方が無い。
誤魔化す手立てを考えるしかない。
無茶な話だ。
市内をぶらぶら歩いていると、他パートのスタッフや居残りキャスト組の石川君らとすれ違う。
市内といっても行くところは大体皆一緒。
どうしても誰かと出合ってしまう。
それが何となく照れくさい。
それにしても皆どうやって帰るのだろう。
製作部が段取りしてくれている定期便を逃したら綾の山中に戻るのは至難のワザ。
市内に出るのも綾に帰るのも「足」の足りない僕らにとっては一苦労。
どう見ても依然監禁状況にある僕ら。
だからこそ尚更、撮休ともなれば余った車の争奪戦を繰り広げてでもみんな市内に繰り出していくのだけど。
その後、僕らは製作部軍団と合流。宮崎牛を食べる。
演出部・製作部総勢12、3人。
一同に会して食事するのは始めてのこと。
狭い個室にぎゅうぎゅう詰めになって賑やかに飲みかつ食う。
前半の山場を越したせいか皆さすがにホッとしている様子。
疲れもあるので酔いの回るのも早い。
そんな中、一人酒が飲めない人がいる。
哲さんだ。
ところが、誰よりも元気に場を盛り上げている。
まさに、ガソリン要らずのハイテンションマシーン。
みなの様子を眺めやり、ああ、これが地方ロケだよなあと感慨に耽る。
明日の撮影のために宮崎入りしていた松田美由紀さんが僕達の酒宴に顔を出してくれた。
河岸を代えようということになって、酔っていた僕らは一斉に「B・B」コール。
哲さんや松田さんは僕らの異常な盛り上がりに不穏なものを感じたのか、別の店へ。
そうなればますます、いえーっ!行くしかない!てな感じで勢いづいてぞろぞろ進軍。
「B・B」へ乗り込み、あとはもう盛り上がり放題。
我方の女性陣、前村さんと未央ちゃんもホステスに挟まれてご満悦。
外人トップレスダンサーからキスを受けて喜ぶ僕を冷ややかに見ていた未央ちゃんも、ビンゴ大会でDVDプレーヤ
ーをゲットして死ぬほどのはしゃぎよう。
ここまで良く頑張った未央ちゃんへのご褒美。
映画の神様はやはり存在するのだ。

【1月17日 金曜日】
日向学院でのロケ。Leadのメンバーが朝の便で入ってくるので開始をやや遅くする。
シーン4・校旗掲揚台前。
旗の代わりに吊り上げられた自分のズボンを必死に降ろそうとしている学。
そこへ次雄が通りかかり、するすると掲揚台に登りズボンを学に返してやる。
何事も無かったように立ち去る次雄。
学、カンド―という場面。
棒の頂上に次雄がたどり着きズボンを投げ捨てる寄りのカット(アップ)は、仕掛けが必要なので翌日に回した。
その他は全て伸也がスタントなしでやり切った。
掲揚台の高さは七メートル近い。しかも老朽化していて安定感もない。
安全面も考えて、可能な限りで伸也本人に登ってもらい、後は工業科の代々木役の鈴木君に吹き替えで登ってもらう。
そのつもりでいたら、例によって長回し作戦でキャメラを回し始めたところ、伸也はあれよあれよという感じでぐん
ぐん登っていく。
哲さんも一向カットをかけない。
冷や冷やと見守るうち、伸也はいつのまにか頂上にたどり着き、ズボンを投げ捨て、またするすると降りてきた。
「カット!」
哲さんの声がして、一斉に伸也の様子を見に走るスタッフ。
キャメラ前のスタッフからは伸也の見事な登りぶりに感嘆の声が上がる。
が、哲さんは欲深い。伸也の状態を確かめ、少し休ませてから更にもうワンテイク。
さすがにペースは落ちたが、今度も伸也は登りきり、すすーっと降りてきた。
本人の握力がもう限界に来ていたのでここまでということにする。
伸也はいつの間にか本当に棒のぼりのプロになっていたんだ。驚いたね。
午後、音楽教室を使ってシーン80。
出場を前に準備にいそしんでいる棒倒しメンバー。
次雄はふと、そこにいないはずの小百合の幻を窓外に見る。
と、母と妹がやって来て次雄を励ます。
俳優部のスケジュール、音楽教室のスケジュール、その他諸々の事情から午後の2時間でこのシーンを上げなければ
ならない。
焦ってエキストラを動かしているうち、白石を思い切り怒鳴りつけてしまう。
もう人間失格だ。
なんとか撮り切ったけど、次に控えていた音楽のクラスには大変ご迷惑をおかけした。
ごめんなさい。
撮影分量はたいしたことがないのに、かなり冷や冷やする場面の多かった日向でのデイシーンの撮影を終えて、市内
の繁華街にある大成銀天街へ。
シーン60の夜の商店街。
入院した勇を見舞った次雄と学の帰り道。
学が棒倒しへの想いを切々と語る3ページ以上の長いシーンだ。
全部で7、8分あるだろうか。哲さんはまたもや長回しに拘った。
およそ200メート近いストロークがある大成銀天街。
その道を、自転車を手押ししながら2人がゆく。
キャメラを担いだ高瀬さんがパラリンに乗り込み、その2人の芝居を後退移動で捉える。
パラリンを引っ張ったのは僕。
通行人を捌くために製作部・演出部が路地の各所に配置される。
哲さんは入念なリハーサル。このシーンは学役の敬多にとって最大の芝居場だ。
と同時に、ドラマ上の結節点でもある。
ここで学の想いがしっかり届かないと、次雄の想いがせり上がってこない。
すると、棒倒しという競技がそこに想いのこもらないただのアクションになってしまう。
哲さんは粘った。
敬多の芝居に熱さや強さや切なさが中々出ないのだ。
ワンテイクごとに我々一同はぞろぞろと長い商店街を引き返す。
高瀬さんも僕もフラフラになってくる。
哲さんは敬多と肩を組んで戻りながら、硬さをほぐしたり、気合を入れたり、細かなニュアンスを伝えたり。
結局9テイク目ぐらいだったか、ようやくOK。敬多の顔にぱあっと笑みがこぼれた。
やっぱり相当のプレッシャーを感じながらの芝居だったのだろう。
でもね、敬多君、これってすごく貴重な経験だよ。
10年したらきっとわかると思う。
こういう「映画的」な撮影ってどんどん無くなっていくしかないんだから。
 
【1月18日 土曜日】
午前中は日向学院のロケ。
シーン4・校旗掲揚台の残。昨日撮らなかった仕掛けカットだ。
このカットのネライは、頂上に登り切った次雄と下のグランドから見上げる学を2人一緒に見せようというもの。
高さが出るでしょ?
しかし、こういうカットを実際の掲揚台で本人を使って撮るのは無理。で、僕達が採用した方法論。
グランドの中央寄りのやりやすい場所にリフトラという工事車両(広い荷台のついたいわば昇降機)を置く。
その荷台に作り物の棒の先っぽを固定する。
伸也にそこへ取り付くようにしてもらい、棒の先端にはズボンを引っ掛け、伸也が画面の手前に来るようキャメラを
セッティングする。
はい、乗る人乗って下さーい、上がりますよーの掛け声よろしく、みんなを乗せたリフトラの荷台が10メートル近
く上がる。
そして、キャメラを余計なものが映り込まないように注意しながら敬多のいる地面に向ける。
あとは2人がその気になってお芝居するだけ。
セッティングにてこずるかと心配していたが、それほどの問題もなく10時過ぎに終了。
国富町の田中外科に急いで移動する。病院のデイシーンが撮りきれるかどうか、それが心配。
昼食を入れて、病院の屋上シーン63から。
勇と次雄の妹・美樹の芝居。それを物陰から見ている次雄。
続いて病室の中に入り、シーン70他、勇の入院中のシークエンス。
この日は午後から休診とは言え、他の病室には入院の患者さんたちもいらっしゃる。
最大限気を使いながら撮影したつもりだけど、何かとご迷惑をおかけした思う。
が、田中婦長さん始め病院の方々はいたれりつくせりの応対をして下さった。
感謝。
狭い現場なので、撮影は小林たちにまかせて表でタバコをふかしていた。
と、婦長の田中さんがコーヒーを持ってきて下さる。
田中さんには勇の母親役でこのあと出演してもらうことになっていた。
哲さんがどうしてもと言うので、僕が口説いたかたち。
出番を前に緊張している田中さんをあれこれと励ます。
と、田中さんが突然涙ぐんだ。
「息子の友達がうちに入院してて、そのまま亡くなってねえ。それ思い出すと悲しくて」
田中さんは勇の姿にその子を重ね合わていたのだ。僕は何も言えなくなる。
この人の共感能力というかやさしさというかイノセンスというか、それは何か無類のものだ。
「お前、プロデューサーかあ」
突然チャリンコに乗って登場した小学生の男の子。何を勘違いしたのか僕を指差ししたり顔をする。
「俺はただのスタッフだぜ」
「なあんだ、ただのスタッフかあ」
田中さんはケラケラ手を叩いて笑っていた。チャーミングな人だ。
予想よりデイシーンは時間がかかったが、何とか撮り切る。
看護婦役の沢詩さんはお疲れとなる。
シーン59。夜の病室。
病院に担ぎ込まれた勇のもとに次雄・学が駆けつける。
いよいよ田中さんの出番。父親役には、これも哲さんのリクエストで工藤さん。
文化本舗人脈の映像会社の方だ。
テストが始まる。
田中さんのセリフはほんの一言なのだが、緊張の余りもう涙ぐんでいる。
はらはらしながら見守る。
2、3回のテイクでOKとなる。
今にも泣き伏してしまいそうな、そんなギリギリのリアルな風情が田中さんから滲み出していた。
緊張のせいだけではないだろう。
キャメラが回っている間、息子さんの亡くなった友人のことが目前の出来事のように田中さんの脳裏に蘇っていたは
ず。
その後、シーン58の廊下を撮って9時頃終了。
今夜、明日の撮影のために三浦さんが宮崎入りした。

【1月19日 日曜日】
森永橋の河原での棒倒し練習シーン。
ほぼ一週間ぶりに集う普通科オールメンバーだが、地元からの参加者の顔ぶれがだいぶ変わった。
熱心に毎回来てくれる中心メンバーはざっと20人というところか。
それ以外の人員は毎回入れ替わっている。
それもそのはず。特別強いモチベーションを持ってない限り、こんなキツイ撮影に毎回毎回付き合ってられないよな。
松岡さんも、脱落してゆくメンバーの補充に四苦八苦。
天気は余りよくないが何とか一日もちそう。ただしやたら寒い。
ああ、この少年達にまた過酷な一日を過ごさせるのだなあ。
ともあれ、前回撮りこぼした分をどれだけ挽回できるか、とにかく今日も戦争だ。
シーン37・ウォーミングアップの残から。
急げ。続いてシーン41。
石垣先生役の三浦さんが練習を遠めに見ている。3カットで終了。
三浦さんはお疲れになり、帰京。
今回、ワンシーンの撮影のためだけに一々宮崎入りして戴いていた俳優部の皆さん。
多大なご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。
そうしたくなくても、ままならなかったのです。
撮影は遅々として進まない。
悪い予想が当たった。
この、河原での練習のシークエンスを僕は甘く見ていたのかもしれない。
3日の分量だったか。
結局、シーン71・76の一部、シーン50まるまる、その他細かいカットを撮りこぼす。
寒さと疲れでグッタリしている少年たちを尻目に、この撮りこぼし分は一体いつリカバーすればいいんだと頭を抱え
るのみの僕。
撮影終了とともに、Leadのメンバーや他の棒倒しメンバーが慌しく帰京の準備。
最終便で東京に帰るのだ。Leadが帰ってくるのは明日の最終便。
よって明日は撮休だ。ずっと残留していた石川君たちもこのタイミングで一度帰ることになった。
宿に戻ってスタッフルームで様々な整理作業。
スケジュールの見直し。
若林と村田が口論を始める。小川さんが突然怒って席を立つ。
もう、原因を探る元気もない。
全体の3分の2近くは既に撮った。
でも、3分の1以上残っているのだ。
早く終われ。

【1月20日 月曜日】
今日も哲さんにたたき起こされ、洗濯する間もなく一路市内へ。
今日は哲さんが演出部、衣装、メイク部に昼ご飯をご馳走してくれるという。
「杉の子」に集まった一同。
哲さんの完璧な段取りのもと、宮崎牛や冷汁に舌鼓を打つ。
美女軍団を前にビールを呑むうち、僕も日々の心配を忘れてお気楽モードになっていく。
帰り道、ぷらりぷらりとみんなで市内を歩く。
哲さん一人、いつものようにつかつか早足で先頭をゆく。
突然、萌すイタズラ心。一度哲さんを路上で捲いてみたい、そんなことを僕が冗談に言っていたのは確か。
が、そんな一言があそこまでの団結心を生むなんて。
メイン通りをゆくうちとある路地に差し掛かった。
10メートルぐらい先を進む哲さんの後姿を見ながら咄嗟に路地を指差してみる僕。
合図を飲み込んだ小林が後続の他のメンバーに曲がれ曲がれのゼスチャー。
何の疑いもなく、後ろを振返ることもせずそのまま直進する哲さんを残してさっと横っちょの路地に消える僕ら。
先回り先回り、と猛然と走る。笑った笑った。
小川久美子さんも佳澄ちゃんも百瀬さんも走った、走った。
100メートぐらい先の路地からメイン通りに出てみると、キョロキョロと後ろを見回している哲さんの豆粒のよう
な姿。
と、哲さんがこちらに気付き走ってくる。
きゃあ~~と逃げ出す女性陣。
「どこ行っとんたんや」
と追いついた哲さんがぶつぶつ言う。
ニヤニヤしながら適当にいなす小林。
日ごろの鬱憤晴らしも多少あるみたい。
その後は哲さん、絶えず背後を気にしてばかり。
宿に戻り、明日の打ち合わせ。
タッチャンたちも戻り、綾中を日向学院に見せるための作戦会議。限界見え見え。
こうなれば、背景など余分なものにお客さんの注意が行かない程の、熱いアクションを画面上に展開させるしかない。
明日の撮影に備え、平田満さんが宮崎に入ってきた。
 
【1月21日 火曜日】
午前中は市内の「鳥乃屋」でのロケーション。シーン73・焼き鳥屋。
次雄と父の周一郎の2人芝居。
「鳥乃屋」さんはお昼までに撮影を上げることが条件。
暗幕で窓を塞ぎナイトシーンを作る。
アングルを替えて長回し2セット。11時頃呆気なく終了。
平田さんのようなベテランがからむとやはり現場はスムーズ。子供VS子供とは大違い。
客役はウチトラ(内輪エキストラの略。つまりスタッフが演じること)軍団に演じてもらった。
本番前、セッティングがほぼ出来上がり、いつもの恰好のまま彼らに現場に入ってもらう。
と、哲さんが小林を怪訝な顔で見る。
「小林、何でえ?これじゃスタッフのまんまやん。スーツないの?」
しまったと言う顔で下を向く小林。用意してなかったのだ。
時計をさっと見る僕。9時過ぎ。
「調達してくる」と小林に一声、ともかく近くのアゲインに走った。
裏口から上がっていくと、やはりまだ開店前。
暗いフロアーに無人の店舗が並んでいるだけ。本舗に行ってみる。
と、石田さんが今出勤して来たばかり。
隣は誰もいない服飾店だ。しめた。泣きそうな顔を作り、石田さんに擦り寄って事情説明。
「ああ、借りたらいいんじゃなかろうか。来たら言っとくから」
と、隣の服飾店につかつか入っていく石田さん。
僕はスーツ類をどっさりせしめて現場にダッシュ。石田さんいつも有難うございます。
でも、これってこの瞬間だけみれば立派な窃盗だよね。
午後は市内の後藤邸に移動して、次雄の家のシークエンス。
明日いっぱい、2日弱をかけてまとめて撮影する。
現場に到着して、美術部が昨日からやってくれていた飾りを検討する。
ぞろぞろ入ってくる我々スタッフの風情やどんどん到着して来る車両の多さに、人徳者・後藤さんもさすがに怯んだ
様子。
が、すぐに笑顔になって、奥さんや娘さんも一緒になって僕らを歓待してくれる。
後藤ファミリーの皆さん、有難うございました。
シーン10、13など家の表回りから撮影。シーン15、自転車の勇と帰ってきた美樹がぶつかるカット。
タイミングが合わずどうにも上手くいかない。
10テイクほど重ねてようやくOK。
撮影には意外なところに落とし穴があるものだ。
室内に入り、シーン44、45、47。
平田さんのスケジュールが今日までなので、一家全員集合のシーンを優先。
ちょっとリハーサルの様子を見てから外に出る僕。
大丈夫。平田さんや松田さんが芝居を引っ張ってくれている。
撮影は任せて、僕は体育祭関係の整理をして過ごした。疲れてくると後藤さんと立ち話。
何時の間にやら「スペクトルマン」の話になり、究極のトラウマ映画『サンダ対ガイラ』の話になった。
しばし撮影を忘れて怪獣談義。後藤さんはその道のマニアなのでした。
僕も元怪獣博士、その道では人後に落ちない。
9時過ぎに終了。平田さんは全編お疲れ様となる。
毎日がこういうこじんまりした撮影だと楽なんだけどなあ、と宿に帰ってしみじみ思う。 
 
【1月22日 水曜日】
朝から後藤邸での撮影。シーン6、11。
2階の次雄の部屋を上げてから1階の居間に戻る。
今日も僕は一人作戦会議。
体育祭のこともあるが、明日の撮影がちょっと大変なのでその段取りなど。
と、哲さんや高瀬さんがイライラした面持ちで表に出てくる。
次雄が見る棒倒しビデオの画面出しが上手くいかず、現場が止まっていると言う。
これ、よくあるんだよね。
画面の表示が消えないとか、そういうの。
食事を入れて、その間白石たちに解決してもらう。
そのトラブルのせいもあったが、狭い室内の撮影は何かと効率が悪い。
予定がかなり押す。
夕食後、今日宮崎入りした木下ほうかさんが現場に顔を出してくれた。
三浦さんも宿に入ったと前村さんから報告。
最終番手はシーン6の階段下。
松田美由紀さんと滝裕可里ちゃんが階上の次雄に声をかける。
これがお2人のお疲れカットとなる。9時近くになってようやく終了。
花束贈呈となり、哲さんは美由紀さんに盛大なハグ。
一人また一人とキャストが減っていく。
終わりが見え始めた証拠だ。
しかし、最後の大きな山がまだ控えている。やれやれ。
ともかく、後藤さん、有難うございました。

【1月23日 木曜日】
朝7時出発で田吉駅へ向かう。
Leadはまた朝一便で宮崎から出した。
シーン84、85の駅の踏み切り。
体育祭に駆けつけるために病院を抜け出した勇。
彼を乗せたタクシーが踏み切りに引っかかる。勇は焦る。
運転手のほうかさんはどこ吹く風ののんびりムード。
この時、勇は車窓から駅のホームに佇む小百合を発見するのだが、この見た目のショットは後日に別撮りすることに
した。
というのは、この場面での小百合の髪はショートカットにしなければならないから。
これ以前のシーンがまだ残っている愛梨ちゃんの髪をここで切る訳には行かない。
そこそこ交通量のある道なので、車の捌き等多少の苦労はあったもののほぼ予定時間内に撮り切る。
車内の勇のアップを移動中に撮影しながら日向学院へ。
今日はメニューが多い。
まず、昼休み時間を狙って実景撮り。
教室で騒いでいる子たちやグランドや中庭で遊んでいる子たち。
学院の皆さんの日ごろの光景を撮らせてもらった。
無遠慮にキャメラを向けてごめんなさい、皆さん。
その後、校門に取って返してシーン90。
タクシーが到着し、勇がグランドへ向かって飛び出していく。
そうそう、このワンシーンのためにアーチや受付の飾りをまたぞろ美術部に作ってもらったのだった。
建ててはバラシ、建ててはバラシの連続。
恐縮至極。地元エキストラの皆さんも20名ほど参加して下さった。
ほうかさんはお疲れとなる。
次は屋上。シーン87。体育祭当日。
石垣先生役の三浦さんが一人佇む。
このシーンは下のグランドを見せないアングルで撮れるので、今日齧ってしまおうということになった。
引きと寄りの2カットで終了。やばい、日が翳ってきた。急げ。
屋上から下の駐車場に降りてきてシーン87A。
石垣は車に乗り込むが、出発を断念してエンジンを切る。
3カット。三浦さんはやはりさすが。エンジンを切る手許のアップの中で、石垣の心情を的確に表現してしまうのだ
から。
ここまで来てようやくホッとする。
最後の職員室はライティングの助けでデイシーンを作れる。
が、のんびりはしていられない。
出演をお願いした先生方が待ってらっしゃるのだ。
シーン34。職員室。
校内放送がジャックされ、普通科棒倒しメンバー募集の勇たち声か聞こえ出す。
その石垣のリアクション。
学院の中等部の先生方が7、8人。
そこへ体育の先生役で既に出演している松岡さんや映画祭の川添さんに加わってもらい、雰囲気を作る。
テストしてみるが皆さんなかなか硬さが取れない。
リラックスして、普段通りに、といくらお願いしてもそりゃ無理っていうもの。
ライトががんがん焚かれ、でっかいキャメラ据えられ、怪しい風体の連中が周囲を取り巻いているのだ。
うーんと眺めていると、テストの合間にある女先生がすごく自然なしぐさ。
「先生!それです!今の動きです!いいなあ、自然だなあ!」
感動に堪えないような声で叫んでみた。
「え?わたし?え?え?」
自分を指差しキョトンとする女先生。先生方が笑い、少し空気がなごんだ。
よく使う手です。先生ごめんなさい。
7時過ぎには終了。
いつものようにメイン車で哲さんたちと綾に帰る。
途中、今日も「くらし館」に立ち寄った。
もう買うものなどないのに、どうしても吸い寄せられて
しまうのだ。映画を見る前に尿意もないのにトイレに入ってしまう、あの感じ。
それぞれ無意味なものをちょこちょこ買って、疲れた身体を再び車のシートに預ける。
宿に戻って翌日の打ち合わせ。
明日は市内の路上での撮影がメインとなるので、製作部・演出部でフォーメーションをきっちり決める。
週間天気予報では、26日、体育祭シーンの撮影日は悪天候の見込み。
そろそろ皆気にし出す。考えても仕方が無い。
とりあえずは明日だ。
 
【1月24日 金曜日】
今日はシーン21から25にかけての一連の撮影。
石垣と小百合をホテルまで追跡した次雄・勇が、その事実をネタに石垣に迫るまでの流れだ。
時間軸で言えば2つ目のブロックに当たるシーン22、23から撮る。
勇の運転するスクーターの荷台にまたがった次雄のデジカメが、先をゆく石垣の車を画面に捉えている。
そのビデオ画面だけでこの2シーンを構成しようという目論見。
高瀬さんがデジカメを持ってスクーターの荷台に乗り込む。
運転は吹き替えの和田さん。本人達が画面に映らないので我々でやれるのだ。
伸也たちが宮崎に戻ってくるのが10時過ぎなのでこの番手になった次第。
撮影に使う道は宮崎市内のど真ん中。
高千穂通り~橘通り~アゲイン前のコースで三浦さん運転の石垣車が走る。
それを追いかける高瀬さんを乗せたスクーター。
メイン車に乗った哲さんや僕達がさらにその後ろから追いかける。
指を咥えて見守るしかないんだけどね。
他の車が視界を邪魔したり、タイミング悪く信号が赤になったり、それやこれやでなかなか思うようにいかない。
愛梨ちゃんが車に拾われるタイミング、キャメラとの距離感も難しかった。
昼近くなってやっとOK。やばい。
食後はその前のくだり、シーン20、21。
喫茶店の前で次雄と勇が張っている、と石垣が出てきて車に乗り込む。
追跡開始。
ここでようやく本人達の登場だ。
が、2人ともどうも集中力が欠けているようでNGを連発。
かなり手間取る。さらにやばい。
急いで移動。
ホテル・エスタ前。シーン24。
追ってきた2人がホテルに吸い込まれていく石垣車を目撃。
車から降り立ったのは石垣、そしてなんと小百合だった。
ガガ―ンとなる次雄。
どんどん日が翳ってゆく。OK。
ホンとにやばい、次だ。
小移動して川沿いの道。
次雄と勇が取っ組み合いの喧嘩になるシーン24A。
秋永さんが動きを細かく指導する。
が、アクションに慣れていない2人の殴り合いはなかなか様になってくれない。
その間にも日はみるみる落ちていく。焦る撮影部、照明部。
結局、赤津さんに大々的にライティングしてもらい、6時半ごろまでかかってようやく撮り切る。
さあ、今度は次のファミレスがやばい。
三浦さんにもずっと待ってもらっている。
市内のファミレス「BON」についたのが7時半ぐらいか。
先方との約束からすでに2時間以上遅れている。
川添さん率いるエキストラの皆さんも3時間近くお待たせしてしまった。
食事をいれて8時過ぎから準備。
何とか11時には撤収したい。
ところが、哲さんのコンテを見ると15カットぐらいある。
ひぇー。
が、キャメラが回りだしたら思いのほか早かった。
三浦さんに引っ張られたのか恭平の芝居もなかなかいい。
テスト、本テス(本番テストのこと)、本番と、いいリズムで撮影が進み、何か久しぶりに映画の現場って感じ。
ほぼ思惑通りの時間にお疲れとなった。
真夜中、宿のスタッフルームでビールを飲みながら一人作業。
松岡さんは近くのソファーでもう夢の中。
このところ、2人してこのままここで寝てしまうことが多い。
今日は部屋に戻るぞ、と思っているうちに身体が横になっている。
「30分だけ寝かして、お願い」
誰も居ないスタッフルームで誰にともなく呼びかけてみる。
静かだ。
そういえば、撮影はじめの頃哲さんを悩ましたLeadたちの夜騒ぎも最近鳴りをひそめたなあ
みな疲れてるんだなあ、ごめん、30分だけ・・・ちょっと、だから・・・。
 
【1月25日 土曜日】
日向学院で教室のシーンの撮影。
4シーンを一日で撮りきらねばならない。
やきもきする日が続く。
撮影は高校校舎三階の3D教室。
中学校舎では中学の入試、グランドでは明日の体育祭シーンの準備。
よりにもよってという感じだが、諸々の条件からこの日しかなかったのだ。
生徒役の皆さんは日向学院の生徒さんが中心。
オーディションに来てくれた子たちの中から声をかけた。
人数をやや多めに呼んでしまったせいで、中々出番の来なかった子がいたかと思う。
楽しみにしてただろうに、ごめんなさい。
この場で謝ります。
シーン2を撮り始めて問題発生。
キャメラを窓の方に向けると、グランドで進行する体育祭の準備の状況がもろに見えてしまう。

わかってはいたけど、予想以上にキャメラのアングルが制限されてしまうことが判明。
高瀬さんに謝り、何とかかわしてもらう。
撮影は小林たちに任せて、僕はもっぱら小川さんや龍田さんらと明日の対策会議。
天気予報は悪い。
昼前から雨が降り出す可能性が濃厚。
かと言って、今さら明日の撮影を他のものに切り替えることも出来ない。
美術の準備もここまで進んでいるし、エキストラの動員も簡単にはストップ出来ない。
雨が降らないことを前提にして、始めてギリギリ成り立っているのが僕らの組の現状なのだ。
とにかく、最悪のケースも含めて明日撮影を想定、スケジュールを2パターン書く。
夕方、教室の方に戻ってみると、これが全然進んでない。
窓外は既に完全な夕空だ。
窓方向のカットを急いで撮って、後はライティングで何とかするしかない。
3シーンを終えたところで6時近く。
相談の上、あとワンシーンは現場を1階の教室に移して撮影することに。
カーテンを締め切って窓外からライトを当てることで、何とかデイシーンらしきものにしてもらった。
1階だとそのライティングがやり易かった訳。8時近くになってようやく終了。
昼休み時間に記者発表が行われたのが痛かった。
おかげで1時間以上のロスタイム。
今日やらなくてもなあって感じ。
帰宿後、スタッフルームで体育祭打ち合わせ。
応援のスタッフも加わる。
今回の演出部お助けマンは、前回も来てくれたコバチャンとこれは新顔・末永さん。
棒倒しシーンでまだ撮っていないアクション、カットを細かくブロック分けして、撮り順とタイムテーブルを示し
たものをスタッフに配布。
口頭で説明を付け加えるが、複雑すぎて自分でもわからなくなって来る。
これに、雨が降ってきた場合の想定がさらに加わる。わけわからん。
ため息をつく一同って感じ。まあ、なるようにしかならないよね。
ってな、楽天的なような投げやりのようなお馴染みの気分で一応解散。
でも、一人になるのが不安なのか、たいがいのスタッフが何となくそのまま居残る。
遅くなって帰ってきた美術部をねぎらいながら呑む者、ソファーで鼾を掻いて寝てる者、
明日のことを考えて必死に勉強してる者、ほうけたように虚空を見つめる者、風呂に入ってツルツルになった顔で
飛び込んでくる者、おっと哲さんだ。
「何しとん、早よう寝えや」

【1月26日 日曜日】
6時30分宿舎出発。
7時過ぎ、日向学院到着。どんよりと曇った空。空気が冷たい。
Aキャメ(キャメラ)班は屋上へ。シーン79の準備。
石垣が体育祭で盛り上がるグランドを一人見下ろしている。
三浦さんのお疲れカットである。
朝一にこのシーンを持ってきたのは、三浦さんをこの日中に上げるのが至上命題だから。
雨はいつ降り出すかわからない。
一方のBキャメ班はグランド上で繰り広げられるリレーを狙う。
岩崎さんがキャメラを回し、僕が担当した。
棒倒しメンバーやエキストラの受け付け、誘導は前回同様ボランティアスタッフがサポートしてくれる。
しかし、天気予報のせいか人々の出足が悪い。
8時半、グランドに集まって来た皆さんの数はいまだかなり心細い。
が、これ以上待ってもいられない。
コバチャンや末永さんと協力して男女混合リレーの雰囲気を作リ始める。
その間にも屋上のA班からシーバーで指示が飛ぶ。
あそこのコーナーに人が足りない、あの横断幕を手前に持ってこい、リレー走者にスピードが足りない。
指示に従い、演出部3人で動き回る。
エキストラの皆さんはざっと300名というところか。
グランドを埋め尽くせる数では到底ない。
9時ごろようやくA・Bキャメ双方にOKが出る。
三浦さんは全編終了。
A班は急いでグランドに戻る。
どうやら、2班体制にしたことが逆に効率を悪くしているようだ。
グランドで合流した我々スタッフは大慌てで30メートルの移動レールを引く。
分刻みのタイムテーブルに照らすと既に40分以上の遅れが出ている。
焦る。
一方、伸也達棒倒しメンバー100人がグランドに登場。
9割方女性のエキストラの皆さんが一気に色めき立つ。
が、前回程のテンションの高さはない。
やはり、どんよりした空とこの寒さが原因か。
セッティングが出来たところでシーン91・Jブロック。棒倒し再開。
ピストルの音とともに普通科・工業科両攻撃陣が一斉に走り出す。
グランド中央でお互い入り乱れながら敵陣へ。
移動車上のキャメラは普通科の動きを追いかける。
そして、良きタイミングでフィルムの回転をハイ・スピードに変える。
上映される画面では、途中から次雄たちの動きがスローモーションになる。
再開後の攻防はこれ以降全てハイ・スピード撮影。
レンズを換えて何度かシュートし、よし次、というところで、ポツリ、ポツリと来た。
恨めしげに空を見上げるスタッフたち。
構わず、Kブロック・青棒回りの攻防のリハーサルに入る。
雨脚が強くなり、棒倒しメンバーがぶるぶる震えだす。
傘を持っていないエキストラの皆さんが軒下に避難し始める。
苦い表情でお互い顔を見合す哲さん、高瀬さん、赤津さん、小川さん、僕。
「待機しましょう」
と、言うしかない。
いっせいに一時待機の御触れが走る。
キャスト・エキストラの退避の誘導、機材の雨除け作りなどに慌しく動くスタッフたち。
僕は気象台に電話、降り出した雨の今後の推移を詳しく聞く。思わしくない。
じっと雨を眺めて小1時間、雨脚が弱まり、空がやや明るくなる。
「準備しましょうか」
再開しまーす、とまた御触れが走る。
勇気のいる一言を言ってしまった。
天気の気まぐれにこれまでの助監督生活で何度騙されて来たことか。
軽率な判断をすると必ず痛い目に遭う。
案の定、キャスト・エキストラを現場に呼び集めたところでまた雨が強くなり出した。再び待機。
30分程してまた雨が上がり始め、懲りずに準備再開。と、大変な事態が発生。
「あのですね、棒倒しメンバーのうち、10人ぐらい脱走したみたいです。衣装着たまま」
と控えの教室から走り戻ってきた小林の報告。
「脱走?!」
あ然。そういえば、メンバーたちをまだグランドで待機させていた時のことだが、テントの下で蹲っていた工業科グ
ループの様子がどうもおかしかった。
やってらんねえよ、という無言の抗議を発しているような。
それは今回新たに補充された新メンバーの一団だった。
撮影に嫌気がさして、その彼らが集団で逃亡したということか。
一瞬パニクる。
「しょうがない。エキストラの中からゲットしよう」
我々演出部はグランドに散って有志を募った。
が、如何せん、若い男性の数が圧倒的に少ない。
それでも不承不承肯ってくれた人たちが5、6人現れた。が、まだ足りない。
と、映画祭の佐藤君、森君、美術のボランティアスタッフの皆さんが名乗り出てくれた。
助かった。そこへまた強い雨。
もう11時をとうに回っている。食事を入れて本格的に待機。
今日は前回に懲りて、エキストラ分の弁当を500個用意していた。
皆さん、弁当を食べてそのまま残ってくれるだろうか。
見ていると、傘を差した集団が弁当に見向きもせず次々校門から去っていく。それもそのはず。
この寒さの中、何時始まるか分からない撮影のためにこれ以上待たされるなんて。
そもそも、どこで弁当を食べろって言うんだ。雨を避けていられるまともなスペースさえ無いじゃないか。何考え
てんだ。
そんな声が帰途に着く集団の背中から聞こえてきそう。
哲さん、松岡さん、橋口さん、ちょうど宮崎入りしていた某・大手芸能プロダクション担当者、そして僕で食事し
ながらの鳩首会議。
31日のLeadのスケジュールを保証してもらい、中止を決定。
すぐさま各パートに伝達。美術部チームの顔には大きな徒労感。
混乱を避けるため、残ってくれていたエキストラの皆さんには一番最後に報告。
「また31日にご協力下さい。今日は悪天候の中どうも有難うございました」
トラメガを持って頭を下げたのは僕。ところが皆さんから全く反応がない。
その場を動こうともしない。
誰もが今日という特別な一日を楽しみにしていたのだろう。
泊りがけで、かなり遠方から駆けつけてくれたLeadファンも中にはいるという。
だからこそ中止という事態に納得行かない。というか理解出来ない。
呆然とした顔顔顔。
せめて文句の一つでも上がってくれれば。
しかしみな一様に静かに佇んでいる。
居たたまれず、逃げるようにしてその場を離れた。
グランドの様子を覗くと、雨の中、美術部のバラシを他のパートや映画祭メンバーやボランティアスタッフの皆さ
んが手伝ってくれている。
その他、衣装バラシやゴミ掃除などみな黙々とこなしてくれている。一体この一日は何だったのか。
グランドに散らばるテントやら門やら看板やらその他もろもろ、それらを今度は綾中に持っていき、また一から組
み立てなおさなければならないのか。
圧倒的な非効率、何と無駄な労力。
夕方までに綾町に戻った。製作部・美術部は日向で引き続きバラシ。
綾組は合宿センター内の一室でコインランドリーの撮りこぼし分の撮影。学の手許と人形達。
これしか撮れるものが無いのだ。
その後、オンリー(声だけ)録り。
その間、松岡さんや小川さんと今後の方針を話し合う。
31日の一日だけで棒倒しシーンの全てを撮り切ることは最早不可能。
Leadや恭平がどうしても必要なカットだけ31日に撮影し、その残りは2月1日に撮るしかない。
撮影が一日増えることによって生じる予算上の問題や綾中に対する交渉の問題をどうクリアーするか。
困難な課題。唯一の救いは、2月1日は土曜日なのでエキストラが比較的集めやすいこと。
松岡さんは底が抜けたような脱力顔。
クランク・アップが一日伸びるだけでかなりの金額が派生するのだ。
31日のエキストラ集めも大問題。この日は平日。
はたして数百人もの人が集まるのか。そして、地元棒倒しメンバー。
今日の脱走事件は堪えた。
31日の平日に、再び80人強のメンバーを調達することが出来るのか。
明日の天気予報も悪い。今まで天気に恵まれすぎていたのだ。
明日はもともと撮休の予定だったが、河原の練習シーンの残りを撮らなければならない。
崩壊の兆し、か。
 
【1月27日 月曜日】
6時前に目を覚まし、サッとカーテンを開く。
まだほの暗い合宿センターの中庭に雨がしとしと降っている。
タバコを立て続けに吸う。やがて製作部の部屋へ。
小川さんや若林も雨は確認済みらしい。
フトンにくるまってゴロゴロしている。
何だか気力を無くしてしまった僕も余ったフトンの間に潜り込む。
「どうすっかねえ」
と小川さん。寝転がったままゲラゲラ皆で笑い合う。
しばし責任放棄の甘いひと時に身を委ねる僕ら。
7時ごろ、小川さんが現場を見に行く。
森永橋の河原は雨水でぐちゃぐちゃらしい。
7時宮崎駅集合の地元棒倒しメンバーの迎えに行っている松岡さんに連絡。
バスを出発させず、その場で待機してもらうことに。
雨のためメンバーの出足も悪いらしい。
出発30分前に宿待機の指示を出す。8時過ぎ、小川さんと一緒に現場へ。
やはり撮影にならないと判断、宿にとって返す。
宿の窓から表の雨を見つめ続けてやがて11時。早飯を入れる。
身内に広がる崩壊感覚。気象台は昼前から回復に向かうと言う。
その言葉に一縷の望みを繋いでやがて12時。
空が明るみ、雨がピタリと止んだ。
「12時半出発で出ましょうか」
現場に着いて、少ない残り時間の中で何を優先させるかを哲さんと相談。
シーン71は表現を簡略化してもらい、シーン76の肩越しジャンプに時間を割いた。
トランポリンを使った仕掛けカットは意外と上手くいく。
体育祭本番用のカットも伸也の衣装を替えて素早く撮る。
雨は収まったが風がすごい。とにかく寒い。
映画の神様は簡単には許してくれないらしい。
何か悪いことしたっけか。
シーン37、42、67の撮りこぼしカットを埋めたころにはもう4時半近く。
伸也たちがいなくても撮れるシーン50は丸々諦め、シーン24・ホテル前の撮り足しカット。
次雄のアップを土手の反対側、公園の一角で撮る。そこでタイム・アップ。
Lead、恭平を最終便に乗せるため急いで空港行きの車を出す。
彼らの出番は後一日、31日のみだ。
宿に戻ってホッと一息。ぎりぎりの最低目標は何とかこなした。
本当は、雨の中の練習シーンや橋の自転車走りのリテイク(撮り直し)なども予定していたのだが。
しかし、大詰めを迎えた今、優先するもの、切り捨てていいものをドライに見極め、まとめに入っていかなければな
らない。
商品として映画を完成させなければ全ての僕らの苦労は水の泡となってしまうのだから。
 
【1月28日 火曜日】
田吉駅のホームでの撮影。
東京に旅立つ小百合=愛梨ちゃんの一人芝居。
昨夜、哲さんの立会いのもと、愛梨ちゃんの断髪式をメイク衣裳部屋で執り行った。
極端にショートにしたわけではないが、イメージは随分と様変わりした。
お客さんに小百合の決意がひと目で伝わるだろう。
さて、電車である。
電車がらみの撮影はとかく面倒がつきまとう。
貸切でこちらのオーダー通りに動いてくれるのなら別だが、今回は既存のダイヤに合わせてこちらがやり繰りしなけ
ればならない。
コンテ上、様々なカットで電車が絵に入ってくる。
キャメラは2台あるものの、カット毎にアングルを替えてセッティングし直さなければならない。
が、電車の方は当然ながらこちらの準備を待ってはくれない。
一本の電車につき、シュートのチャンスは1回しか無いということだ。
田吉駅の電車の本数は少ない。
しかも、こちらのネライに合致する進行方向、車種の電車は稀だ。
同じ車両に見えないと(こういうのを「つながり」と言う)意味がないのだ。
朝の通勤時間帯を過ぎると本数は激減。
ワンカット毎に2台のキャメラをスタンバイしてはイライラと電車を待つ。
と、気付いたらもう夕方。後ワンセット。
次の電車は何色か。
ダイヤに添った車種一覧をもらっていたが、これが正確さに欠けていて当てにならない。
ひどい寒さの中、スタッフ一同じっと次の電車を待つ。
もう出たとこ勝負。祈るしかない。宮崎空港方面行き、白の三両編成、来い。
現場から遠く離れた見通しのいい場所で、僕は次の電車を見張っていた。
来た。
「白、白。3両の白。30秒後にそちらから見える。白、白来た、コーナー曲がった」
シーバーで実況中継。
眼前を通り過ぎる車両を眺めながらホッとひと息。後はホームの連中がやってくれるだろう。
愛梨ちゃんが全編終了となる。田吉駅のホームで花束贈呈。
これ、いつからの慣習なのかね。
そんな意識が一瞬よぎるが、涙ぐんでいる愛梨ちゃんを見ながら思わずグッと来てしまう。
宿に帰ったスタッフ・キャストはバーベキュー大会の準備。
観光協会から肉と焼酎の差し入れがあったのだ。
Leadたちがいないので明日から2、3日は撮休同然の我々。
今日は思う存分呑みかつ食える。
残務を終えて裏庭に顔を出してみると、もう宴たけなわ。
クライマックスの撮影が後2日間残っているとは言え、皆の気分はもう打ち上げ。
乗り遅れまいとがんがん呑んでいるうち、棒倒しメンバーの小林君が焼酎一気を挑んでくる。
何をこしゃくなって調子で4、5杯はいっただろうか。
小林君はあっさりダウン。
俺を甘く見たな小林君、こっちは年季が違うのじゃと仁王立ちしているつもり、
が、次の瞬間には棒倒しメンバーの石坂君と大塚君がつかっている風呂に窓から真ッ逆さまに転落。
そこでまた意識がジャンプ、両脇を誰かに支えられながら廊下を行くうちに、目に入ったゴミ箱が無性に憎たらしく
なって思いっきりキ―ック。
したと思ったら畳の部屋に転がされて服を乱暴に脱がされている。
やめろやめろ何しやがる、みんなまとめてキーックだぞ!
 
【1月29日 水曜日】
9時過ぎにひどい状態で目覚めると、白石、吉田が心底楽しそうに笑って寄越す。
「久保さん、やってくれましたね」
昨夜、一気呑みに勝利した僕はいきなり饒舌になり、ゴミを齧ったりし始めたらしい。
皆が恐れをなしていると、裏庭に面した風呂場の方から騒ぎが持ち上がる。
大塚君たちが風呂に入っているのに気付いた哲さんが、窓を開け放ってお得意のちょっかいを出したのだ。
何だ何だと酔った男連中が窓の周りに集まり、僕もその輪に加わって騒いでいたという。
と、龍田さんら酔った男衆が一丸となって、騒ぐ僕を後ろから抱きかかえ窓から中へ投げ込んだ。らしい。
「久保さん、その後で、自分からもう一回飛び込んでましたよ」
そう言われればそんな気もする。続いて、龍田さん、照明部の鈴木君も風呂にダイブ、3人ではしゃぎまくった。ら
しい。
そのうち僕がグッタリしたので、小林や白石たちが介抱?してくれたと言う。
「いやあ、アクション俳優なみに暴れてましたよ」
もういい。不機嫌そうにタバコを吸ってみる。2人はいつまでも笑っている。
小林はと聞けば、実景撮りのために、撮影部と一緒にとっくに市内に出かけているという。
フラフラしながら洗濯。出会うスタッフ・キャストがニヤニヤ顔で迎える。
女性陣は何だか僕を避けるようにしている。そんなに凄かったの俺。
チーフの権威丸つぶれだな。まあいいや。もう終わるんだし、と自分を慰める。
午後、文化本舗に顔を出す。残り2日間の棒倒しメンバー、エキストラ集め状況が気になった。
松岡さんを中心に、川添さん、上田さん、林さんらが頑張ってくれている。
が、31日の状況は予想通り厳しい。
とにかく棒倒しメンバーだ。
彼らが揃わなければ撮影にならない。
という訳で松岡さんのメンバー集めを手伝った。
ボランティア精神旺盛な善意の若者達をこれ以上探してもしょうがない。
多少金がかかってもと、電話帳を開いてモデル事務所などを当たってみる。
徒労に終わる。
東京じゃあるまいし、健康な若者をたくさん抱えた都合のいい事務所がそうそうあるはずもない。
ふと思いついた僕は、田中外科の田中婦長に電話。
こちらの窮状を話し、若者集めをお願いしてみた。
田中さんはさっそく取り掛かってくれると言う。救われた気分。
田中さんの国富町ネットワークは期待できる。
一方、東京では、こちらのSOSを受けて橋口さんが若い役者の卵たちを集め始めている。
危機的状況極まれリ、となれば、この軍団を東京から空輸するしかない。
しかし、航空運賃を含めたその出費を考えば、たとえぎりぎりまで追い込まれたとしても中々GOを出せるものでもない。
夕方、目ぼしい進展も見ないまま、松岡さんを残して綾に戻る。
宿で哲さんと打ち合わせ。残りの2日間で撮らねばならないカットを整理する。
そうこうするうち、綾中で準備をしていた美術部が帰って来る。
大方の道具の搬入は終わったらしい。明日は本格的な建て込み。
龍田さん、太田君、湊君、みな疲労の色が濃い。と、田中さんから電話がある。
「棒倒しメンバー、今、7、8人かなあ。まだ、当たってるからね」
今日、唯一の朗報。一瞬元気が出る。傍らでは、携帯片手の未央ちゃんが大学の同級生などに声をかけまくってくれ
ている。
残り20人弱。撮影まで明日一日の猶予しかない。
 
【1月30日 木曜日】
綾中では朝から体育祭の準備。
他パートのスタッフやボランティアスタッフの皆さんらが美術部を手伝ってくれる。
地元棒倒しのメンバーからも協力者が何人か現れた。
今回は美術部の負担を少なくするために、トラックの円周を短くして、テントや入場門などの飾りの量も減らした。
そうは言っても、大変な作業であることに変わりはない。みんなの力を合わせて乗り切るしかない。
準備状況を見に行った後、僕と哲さんは市内のUMKへ。
哲さんがニュース番組に出演するのだ。
明日、明後日のエキストラ募集を画面に向かって呼びかけてくれる哲さん。
その後、哲さんと別れて文化本舗へ。
松岡さんは棒倒しメンバーへの連絡やエキストラの取りまとめでてんやわんや。
エキストラの正確な人数は明日蓋を開けてみないことにはわからない。
希望的観測としては200~300人。
これだけの大人数を宮崎駅から綾中まで輸送するため、観光バス5台をチャーターしなければならなかった。
市内の日向学院と違って綾中は交通の便が悪い。
皆さんに現地集合してもらうわけには行かないのだ。
一方、地元棒倒しメンバーの皆には、なるべく今晩合宿センターに宿泊してもらうよう呼びかける。
明日の支度開始時間は滅法早い。泊まってもらった方が安心だ。
今ごろ竹内や未央ちゃんたちが宿舎のホールをメンバーのための寝床に大改造しているはず。
ようは、大掛かりな撮影を市内から離れた場所で行うため大変な手間が生じてしまった訳だ。
予算も一日一日雪だるま式に膨らんでいる。
棒倒しメンバーは依然15人程足りない。
と言って、人員を集めて待機している東京の橋口さんにまだGOは出せない。
まだ半日ある。ぎりぎりまで宮崎で探し続けるべきだ。
松岡さんは電話、僕は足。二手に分かれて最後の足掻きだ。
市内の高校は松岡さんがすでにさんざん当たっている。
タクシーに乗り込んだ僕はまず宮大に向かった。頼みは運動部だ。
タクシーの運ちゃんに一時間後に戻ってきてくれと頼み、キャンパスをうろつく。
まだ講義時間帯なのか校内はいやに閑散としている。グランドにも人影がない。
おいおい、全然いねーじゃねえか若者。頼むよお。
おっといたいた、若者グループ発見。
ダッシュで追いかける。講義が終わってこれから帰るところの3人組だ。
事情を説明して参加を促してみる。どうも乗り気ではないらしい。
「それいつですか?」
「明日なんだけど」
彼らは立ち去った。
めげずに何人かに声を掛けて見る。が、ことごとく失敗。
この時期、大学生は試験期間らしい。
取り合ってくれないはずだ。しかも今日の明日だ。
体育館に顔を出してみる。練習開始前のバレー部の主将に相談。
断られる。次に、体育の授業を終えた若者達に声をかけてみる。
友達同士誘い合ってみます、とは言ってくれたけれど脈はなさそう。
もう、タクシーが戻ってくる時間だ。慌てて表に出る。
「どうでしたか。集まりました?」
乗り込んだ僕にタクシーの運ちゃんが問い掛けてくる。
来る時の道中にこちらの事情は何となく話していた。
「いやあ、全然だめですね」
「あっちに弓道場がありますよ。いってみましょうか?メーターは降ろしときますから」
いい人だ。
という訳で今度は弓道部の主将に相談を持ちかける。
練習が終わったら部員間で話し合ってみますとのこと。どうも駄目そう。
で、宮大若者ゲット大作戦は諦めて市内に戻る。
「困りましたねえ。お客さんたちの商売も大変だあ。映画の仕事っていうと、こう、何かもっと華やかなモンだと思
ってましたが、違うんですねえ」
「ええ、違います」
「でも、『棒たおし』って言えば宮崎の人はみんな知ってるし、応援してますよ。あの、私で良ければ出ましょうか?
無理か、ふははは」
「運転手さん、××高校寄ってもらえますか」
クランクイン前に訪れたことのある高校に駄目もとで行ってみる。
教頭先生に窮状を話してみるが、急な話なのですぐには対応出来ないと言う。
再びタクシーに乗り込み、市内のゲームセンターの近くで降ろしてもらう。
「助かりました。見てくださいよ、『棒たおし!』」
「そりゃあ見ますよ勿論。あとちょっとだし、とにかく頑張って下さいよ」
タクシーを見送り、急いで店内へ。
若者大集合を期待していた僕はそこでげーっ、マジかよーっとなる。
ここにもいねーじゃねーか若者。これでゲーセンかよお。意気消沈。と、一人でゲームに没頭する若者の後姿発見。
誘ってみると、
「明日仕事があるんで」
振り返ったそいつは、若者じゃねーじゃねーか歳食った社会人じゃねーか。
次の店だ。といった感じで何軒かうろついてみるが、どこも閑散としていて話にならない。
宮崎の若者はいったいどこにいるんじゃー!
絶望した勇のような気分で文化本舗に戻った時には既に6時半。
松岡さんの方では7、8人新たに捕まったという。
田中さんからも2、3人増えたとの連絡。この時点で急いで東京組をバラした。
あと5人、安全を考えれば10人。お互い探し続けることにして、打ち合わせのある僕は一旦合宿所に戻る。
道中、人材派遣会社数件に問い合わせ。そのうち2社がこの時間からでも手配出来るという。
松岡さんに電話で相談。了解を得て、結局その2つの会社にお願いした。一応、ホッとする。
夕食後、スタッフルームで恒例の打ち合わせ。
Leadや恭平たちも宮崎に戻ってきた。
恭平に関しては2月1日のスケジュールも貰えることになったが、Leadの方は明日いっぱい。
何としてでも彼らが必要なカットだけは上げなくてはならない。
2キャメ体制、手持ち(三脚を使わないで撮影すること)主体。機動的でスピーディーな撮影方針を固め、解散。
そうこうしてる間にも宿泊組の地元棒倒しメンバーが次々やってくる。
田中さんは自分の担当した子供達を何回かに分けて車で送り届けてくれた。
「お願いだから子供達を宜しくねえ」
田中さん、感謝してます。
演出部の応援で佐藤さんと武内さんがやって来た。
哲さんの「スイングマン」は佐藤さん、「パコダテ人」は武内さん。
両作品のそれぞれのチーフを勤めた人たちだ。
心強い。
打ち合わせ後、哲さんは彼らを連れて食事に出た。
僕らは疲れもあったので付き合わず、各人明日の準備。
と、物凄いはしゃぎようで帰って来る彼ら3人。
何かと思ったら、佐藤さんがスタッフルームのテーブルの上にダダ―ッと食玩のケースをぶちまけた。
ゴジラ、侍、ライオン丸、メカゴジラ、またゴジラ。
「くらし館」で調達してきたらしい。
嬉々として大量のフィギュアを組み立て始めるオヤジ3人組。何なん
だ、この人たちは。と思いつつ、とある一体のゴジラがどうにも気になりだす僕。
堪えきれず、おずおずと切り出してみる。
「これ、もらっていいっすかねえ」
大丈夫か俺たち。

【1月31日 金曜日】
再現不能。と、投げ出したいところだがやってみる。
棒倒しメンバーは5時頃から支度開始。
綾中には支度場所がないので、合宿センターで全ての準備を済ませていかなければならない。
ホールに並べられた布団を全部片付け、メンバーの着替えとペインティング作業。
宿泊した地元メンバーは結局35名あまり。これ以外の連中も宮崎駅便で次々駆けつけてくれる。
映画祭の川添さん津田さんがペインティングの手伝いをしてくれた。
6時半、スタッフ、メインキャスト出発。他の棒倒しメンバーは支度が出来次第バスでピストン輸送の段取り。
現場に着いてまずは棒倒しリハーサル。
メインキャストに秋永さんが動きを付けていく。平行してカット割の確認。空が明るくなってくる。が、太陽は顔を出さない。
予報では今日はこのまま曇り日。
あっという間に8時近く。バスで到着したエキストラの皆さんが次々にグランドに配置されていく。
松岡さんの報告に寄ればその数200強。いつものようにそのほとんどが女の子。が、今日撮るカットの多くは狭
いサイズの絵。何とか撮影にはなる。
8時半。撮影開始。午前中は中止のホイッスルが鳴る前、一回目の闘いの描写が中心。
青棒近くにたどり着いた次雄が工業科の熊野、代々木に襲われ窮地に陥る。
堀口も手酷くやられる。学ら他の普通科メンバーも工業科の守備陣と死闘を演ずる。カット割りは二の次、とにか
く編集素材を出来るだけ撮らなければならない。
Aキャメを担いだ高瀬さんもBキャメを担いだ岩崎さんも闘いの渦中に自ら飛び込んで、メンバーの動きをひたす
ら追いかける。
キャメラに寄り添い動き回る哲さんも、時にはキャメラに指示を出し、時にはメンバーに気合を入れながら、赤と
青のユニフォームが作り出す激しい渦と一体化。
次雄の声で立ち直った堀口が熊野たちをやっつける。伸也も小林君も鈴木君も吉田君もドロドロになりながら秋永
さんの指示によく応えている。
キャメラを担いでその動きを延々と追う高瀬さん。哲さんはいつまでもカットをかけない。
ずっと見ているからとことん行け。哲さん気合のこもった言外のメッセージ。彼らの肉体の息遣いとキャメラの自
在な運動が激しく交錯する。
ついに、次雄、堀口がチャンスを掴み、練習を重ねた肩越しジャンプを成功させる。トランポリンを使った仕掛け
ジャンプ。
アングルを替えて何度もトライする。伸也は頑張っている。OK。次。
ホイッスルが鳴り渡り、体育教師たちが「中止中止」と両チームを制止しに入ってくるくだり。呆然とする一同の
リアクション。
やがて、鴨志田役の載寧君が発する「邪魔者は追い出せ!」の声をきっかけに、両チームの面々が教師達をトラッ
クから押し出す。
13日の撮影でミスった部分を補いながら、がんがん撮っていく。次だ。
棒倒しコールが響く中、気持ちを高揚させていく次雄。伸也を中心にした360度のグルグル回転手持ちカット。
哲さんはここでもなかなかカットをかけない。5、6周はしたろうか。高瀬さんはフラフラ。構うな。
次だ、と思いきや、時計を見れば既に1時近い。30分だけ食事休憩を入れる。予定より1時間近くの遅れだ。
食後は棒倒し再開後のくだり。勇が駆けつけ2度目の闘いが繰り広げられる。
スタートライン上に並んだ普通科攻撃陣。勇が次雄に囁く。小百合が荷物を持って駅にいたと。
カットバック(簡単に言えば2人の人物を交互に見せること)で芝居を押さえ、ピストルの音とともにスタートダッ
シュ。次だ。急げ。
青棒に達した普通科攻撃陣。闘う次雄、勇、学。次雄がジャンプして棒に取り付く。
鴨志田との対決。闘っているのかただもみ合っているのかもうよくわからない。
2人が必死であることだけが確か。キャメラは回り続ける。勇が這い上がり鴨志田を振り落とす。
ここぞとばかりするする棒に登っていく次雄=伸也。てっぺんで身体をゆすって棒を傾ける。一方、赤棒の方もクラ
イマックスを迎える。
小林がメンバーを集合させて、赤陣地の攻防の動きをつける。見ているとどうも様子がおかしい。人数がやたら少な
いのだ。
慌てて小林のもとに駆けつける。
「また、脱走ですよ。15人近く減りました」
「マジかよ!」
どっと押し寄せる無力感。しばし立ち尽くす僕、小林。キャメラの前のスタッフ・キャストが遠目にこちらを見てい
る。思案している暇は無い。居直るしかない。
「よし。俺達と製作部でやるか」
「でも、みんな入っちゃったら、撮影になんないですよ」
それもそうだ。仕方が無い。青棒を支える工業科守備陣を何人か減らして彼らを赤陣地に回す。
演出部の白石、製作部の竹内を急いで着替えさせ普通科守備陣に加える。
まだ足りないがこれ以上グズグズしていられない。哲さんにはこれで勘弁してもらう。急げ。テストだ。
キャメラ前、青棒に取り付いた伸也が渾身の力で棒を揺する。全体重を預ける。徐々に傾いていく青棒。あとちょっ
と。もう少し。
ところが、キャメラ手前の青棒が倒れようとするその刹那、奥に見えていた赤棒がタッチの差で先に倒される。
と、そのはずが、赤棒が全然倒れてくれない。いつまでも45度の角度で中途半端に傾いたままだ。カット。激怒す
る哲さん。
時間が無い。赤陣地に再び駆けつける。
小林は、子供たちと上手く倒れる方法を必死に探している。見守っていると、今度は痺れを切らした哲さんが走って
くる。
「ぶら下がって体全体で揺さぶらなあかん。棒に登ってる子替えんとだめや」
それは小林も僕もわかっていた。でも、棒に登っていた子は今まで毎回来てくれていた中心メンバーの一人。
駄目だから他の子、とすぐさま切り替えられない小林の気持ちが良くわかる。その子も必死に頑張っているのだ。
で、彼にコツを伝授してもう1回本番。失敗。哲さんがまたやって来る。
「もうまかせておけん」と僕や小林を非難し、棒登りの上手そうな人物を自分で選抜。本番。OK。
確かにその子は上手かった。しかし、今日始めて来た人材派遣のバイトに過ぎないじゃないか、その子は。
でも、考えるな。もう3時を回っている。次だ。急げ。
鳴り響くホイッスル。試合終了。急げ。敗北する普通科チーム。勝利に歓喜する工業科を前に呆然と佇み、やがて
去っていく普通科メンバー。急げ急げ。
その場に立ち尽くす伸也、恭平。死力を尽くした満足感と一つに時間が終わった寂寥感と。
急げ、本番。2人それぞれのアップ。カット、OK。
ここでタイムアップ。体育祭関係はここまでとする。エキストラの皆さんは本日以上。疲れた、倒れそうだ、でも次。
照明部にデイシーンの明かりを作ってもらって、シーン24・ホテル前のさらなる撮り足し。
次雄のアップなので背景はバレない。OK。どっと崩れそうになる。次。
初めての経験のナイター記念撮影。
昼間撮る余裕は絶対ありません、と僕が言い張ったせいなのだが。
キャスト・スタッフ・ボランティアの皆さん、その他関係者の方々が一同に集まり、一つのフレームの中に収まる。
オーケーになり、皆がホッと笑い崩れたところでメガホンを取りあげる。
「皆さん。今日でお疲れとなるキャストの方々がいます」
かねての打ち合わせ通り、若林が記念品をさっと取り出す。
「Leadの谷内伸也君!」「古屋敬多君!」「鍵本輝君!」「中土居宏宜君!」「お疲れ様でした!」
わっーと一気に立ち上がる拍手と歓声。記念品を受け取る4人。照れてるような、ホッとしているような、それぞれ
の笑顔。
みんな本当によく頑張ってくれた。でも感慨に耽っている間はない。次だ。
夕食を入れて、残ってもらった地元棒倒しメンバーでシーン50。学のナレーションに乗って進行するイメージシー
ン。
棒倒しのフォーメーションを説明するものだ。疲れきった彼らをどこまでこき使うのか。照明部は黙々とライティン
グを始める。
僕は一足先に宿に戻って明日のプランを練った。天気予報は悪い。どこまで悩ませてくれるのか。
と、現場から電話。ここでは言えないさる事情によって現場がストップしているという。青ざめて現場の松岡さんに
電話。何とかすると彼は言う。
迷った挙句、そのまま明日の準備をすることに。
最後の予定表を書く。備考欄にはこうある。
クランク・アップ!スタッフ・キャストの皆さん、あとひと息です。宜しくお願いします。
その文字を書き付けながら、何かとても白々しい気分に浸されていく僕。
 
【2月1日 土曜日】
予報どおり朝から雨。気象台によると、昼頃からはいくらか回復するという。
といっても、雨の降りやすい状態は一日続くだろうとのこと。
スタッフはそのまま宿待機。棒倒しメンバーは、いつでも出発できるよう昨日と同じ段取りで支度を済ませて待機。
エキストラの皆さんは綾中の近くの路上でバス待機。
この天気の中、250人近くの人が来てくれているという。Leadのメンバーは朝一便で帰京した。
重苦しい気分でスタッフルームに集うメインスタッフ。綾中の状態を皆で見に行ったが、グランドはひどい水浸し
だった。
例え雨が止んだとしても、その後の水はけ作業を思うと暗澹とする。窓の外の雨は弱まる気配がない。
昨日一時的に現場をストップさせた問題もスタッフ間にまだ尾を引いている。ザラついた空気。時間だけが虚しく
過ぎていく。
哲さんの部屋で、哲さん、僕、松岡さんで相談。
今日予定していたメニューは、棒倒しコールを含めた客席の生徒達の応援風景、Lead抜きでも撮れる棒倒しメ
ンバーたちの芝居、恭平の撮り残しカット、
メイン舞台上のMC・北村悠君、実行委員・姫野史子ちゃんらのやり取り、本部テント前の先生達の表情、点数が
加算されていく得点ボードなどなど。
今まで撮影する余裕のなかった細々としたショットたちだ。
とは言え、これらの部分部分が欠ければ体育祭シーン全体がつながらない。しかし、である。もう昼近い。
その予定全部をこなすことは最早出来ない。午後、雨が止んだとしても、撮影できるのは実質3時間といったとこ
ろか。
どうしても必要なカットを3人で絞っていき、優先順位を付けていく。
それでも、結果的にどうしても絵が足りないという事態に至れば、東京で仕切り直して不足分のカットを撮影する。
これは、ここ数日間の間に、最悪のケースを想定して密かに浮上してきたプランだった。
が、哲さんも松岡さんも僕も、腹の底ではその作戦にリアリティーを感じていない。
体育祭の飾りを東京に送ることも、キャストやスタッフをこれ以上拘束することも、ともに不可能に近い。
さすがの哲さんも元気が無い。
ここまで来てどうしてこんなことになるのか。
哲さんは、去年の夏ごろからずっとこの作品を成立させる努力をして来た。
数々の困難を一つ一つ掻い潜ってきた。
そのために色んな人を説得し、数々の妥協もしてきた。
ここに来て、こんな終わり方はない。
次の仕事のため、哲さんは今日の最終便で宮崎を離れなければならない。
早飯を入れてしばらくすると、雨が小降りになって来た。やがて、完全にやんだ。
12時半ごろ、本隊を出発させる。
まず、MC・北村悠君の芝居から準備。
スタッフ総出でメイン舞台周辺のグランドから泥水をはかし、飾り物などから雨水を拭き取る。
ボランティアスタッフの皆さんも加わってくれた。
その間、ずっとお待たせしていたエキストラの皆さんにグランドに並んでもらう。
待っていた甲斐あった。撮影が始まるんだ。そんな皆さんの興奮が伝わってくる。
水溜りが大分減ったところでキャメラをセッティング。
悠君に立ち位置に入ってもらう。エキストラの女の子達の間からワーッと嬌声が上がった。
悠君や姫野さんにはいままで迷惑のかけっ放し。
体育祭の撮影時に毎回宮崎入りしてもらっていながら、彼らの芝居はいつもいつも後回し。
まともにキャメラを向けることも出来ないまま、今日のこの日に至ってしまったのだ。
何回かテストしているうちにポツリと来た。天を仰ぐ。やがて、サーッと雨脚が強くなる。
慌てて雨除け作業に動き出すスタッフたち。
機材や舞台をカバーで覆うと、狭いパラソルの下に集まり押し黙る。
大多数のエキストラの皆さんは傘を差してその場で待っていてくれる。30分程待機。雨はしとしと降りつづける。
時計を見るともう2時近い。焦燥よりも、諦め気分が身内を浸す。
メインスタッフで協議。舞台の上にビニールシートで屋根を張り、撮影を続行することに。哲さんの表情が暗い。
悠君、姫野さんの芝居を何とか撮り切った。お2人はお疲れ。その時点で既に3時近い。
雨は上がったが、曇天のためか最早周囲は薄暗い。
ライティングの助けを借りるとしても、この組の残り撮影時間はせいぜい1時間半か。哲さんと相談。
撮るべきカットをさらに絞る。
舞台上での開会式シーン。工業科の載寧君が優勝カップを返還する。
受け取る校長先生役は萩原さんが演じて下さった。先生役の映画祭の皆さんやその関係者の皆さんにもフレームの
中に入ってもらった。
たぶん、このカットを逃したら皆さんの出番はないだろう。今までの撮影で何回も来てくださった方もいるはず。
皆さん、感謝。
続いて得点ボード。得点係の女の子たちがボード数字を替えて行く。体育祭シーンの進行に従い随所に挿入する予
定。
7、8パターン撮った。残り1時間か。
棒倒し再開直前、普通科の円陣に向かって勇が駆け込んでくる。
昨日撮り損ねたカットだ。早朝から準備してもらっていた棒倒しメンバーにようやく訪れた出番。
恭平はこれで全編終了。OK。最終便で帰京しなければならない恭平が急いで着替えに走る。ねぎらう間もない。
次のカットの準備。残り30分か?
応援席の「棒倒し」コール。この暗さでは広い絵は撮れない。
狭いサイズのフレームで、エキストラの皆さんの応援をパン(キャメラを横振ること)で捉えてもらった。
時間がない。とにかくキャメラを回す。OK。
この時点で、撮影チーフの岩崎さんの顔にも照明技師の赤津さん顔にも限界のサイン。無理を承知で延長戦をお願い
しする。
体育教師たちが棒倒しメンバーにトラックから押し出された後。
棒倒しコールを始めた生徒達が、再び教師達が介入してこないように人間バリケードを作る。
その過程が今まで撮ったカットだけでは伝わらない。窮余の一策。
フレームの中に生徒達が走りこんできて、棒倒しコールを続けながら手を繋ぎ始めるカットを撮る。OK。
技術パートを振り返る。もう、どアップしか撮れない。
前田組のラストカット。ついに終わりが来た。空に向けて高々と掲げられたピストルのアップ。
競技開始を告げる合図だ。体育教師役の秋永さんが引き金を引く。
バン!!
カット。オッケー。
哲さんのボソッとした声。
曖昧な表情でお互いの顔を見合う一同。
絵の方はこれで終わりなのだ。
が、キャメラ周りのスタッフたちの顔にいつものような開放感や達成感が感じられない。
気分が変わらない。
何か断ち切れない。
読点「。」の不在。
哲さんはガックリと肩を落としている。
これで、映画がつながるのか。
やがて機材を片付け始める撮影部、照明部。
美術部も撤収開始。
録音部のオンリー録りが残っているので、各スタッフ、作業を続けながらお互い小さな声で「お疲れ」の挨拶。
哲さんと僕も言葉を掛け合う。
何となくバツが悪い。
見回すと、もうほとんど夜だ。
棒倒し!棒倒し!棒倒し!棒倒し!
グランドに響き渡る棒倒しコール。
必死に声を張り上げてくれるエキストラの皆さん。
それを盛大に煽る応援演出部の佐藤さん、武内さん。
小林、白石、吉田もこれが最後の仕事、皆さんを必死に盛り上げる。
録音部のマイクがその声を拾っていく。
僕はぼんやり見ているだけ。
哲さんは?と見ると、現場から離れたすみっこの一角にひとり佇んでいる。
やがて、今日ほとんど出番の無かった棒倒しメンバーがその声に加わってくれる。
棒倒し!棒倒し!棒倒し!棒倒し棒倒し棒倒し!!
録音技師の阿部さんからOKが出た。
終わった。
哲さんを振り返った。
さっきまでいたはずの場所にその姿がない。
若林に聞くと、飛行機に間に合わないので一足先に空港に向かったという。
そうか。
目立たない場所に引っ込んでいたのは、皆に気付かれないよう現場から消えるためだったのか。
それは哲さんなりのダンディズムだったのか。
でも、今の気落ちした自分を見られたくない、とにかく一人になりたい、そんな気持ちも働いていたはず。
しかし、だ。幾多の苦労を乗り越えてようやく終わりに辿り付いたこの瞬間、この組の顔であり支柱である人がこの
場にいないとは。
なんとも寂しいじゃないか。
どう締めくくったらいいんだ。どう終わらせればいいんだ。
いや、もうすでに終わっている。
でも、これがはたして終わりと言えるのか。
そもそも終わりって何だ?そうだ、それは終わらせることの中にしかない。
僕はメガホンを取り上げた。
映画「棒倒し」全編終了です。今日参加して下さった皆さん、お疲れ様でした。
どうも有難う!
棒倒しメンバーのキャストのみんな、お疲れ様!
そして、宮崎の棒倒しメンバーの皆さん、本当に有難う、お疲れ様!!
真っ暗なグランドで黙々と撤収作業にいそしむスタッフたち。みな疲れきった身体を鞭撃っている。
僕らスタッフたちの大半は明日宮崎を離れる。
すばやく機材をまとめ、東京に送る段取りをしなければならない。終わったことは終わったこと。
各人、頭の中は次の仕事のことでいっぱいだろう。
結局のところ、僕らにとって映画は日常=生活なのだ。
そんな僕らの傍らで、明るく記念写真を撮り合うボランティアスタッフの皆さん。
映画祭の川添さん、津田さん、上田さん、林さん、佐藤君、その周辺のボランティアスタッフの皆さんたち。
最後まで良くやってくれて本当に有難う。
皆さんの助けがなければこの作品は成り立たなかった。
今は、ひとつの仕事をやり終えた喜びを十二分に味わって欲しい。
誇って欲しい。
彼らにとって、この終わりはかけがえの無い終わりなのだろう。
彼らが「棒たおし!」
という映画と関わったこと、それは非日常の祝祭的な時間を生きることだったのかもしれない。
ふと、思う。
彼らの各々がどんな気持ちでこの映画に参加してくれていたのか、この映画の撮影がその目にどう映っていたのか、
果たしてそれらが本当に僕らに理解できるのだろうか。彼らと何が共有できたのか。出来なかったのか。
わからない。
僕らと彼らの温度差、それは埋めようが無いのか。
様々な思いが交錯する暗いグランドで、僕はぼんやりタバコを吸いつづけた。
小林、とりあえず、成立はしたよな。
 
 
 
【終わり】

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