過去の作品

「満州ポップ」シリーズよりとある玩具店のショーウィンドーケース(軍医と戦闘機と負傷者難民「キャラクター」)の保存修復

宮城加奈子 Kanako Miyagi
[美術史・文化財保存修復学科]

1.はじめに
平成22年度5月、青森県立美術館より林田嶺一作「満州ポップ」シリーズのうち2点を、文化財保存修復研究センターでお預かりする運びとなった。その内一点を私が卒業研究として保存修復処置を担当させて頂いた。林田作品の多くは「満州ポップシリーズ」といわれる作品郡で、本作も同シリーズの作品である。「満州ポップシリーズ」とは、満州から日本へ引き揚げるまでの幼児体験の記憶と体験をもとに描いた連作である。

2.研究目的
本卒業研究では、今後の展示に耐えうる強度の回復を目的とした処置を行うこと、同時に耐久性に劣る素材が用いられている現代美術作品の保存修復について考察しながら保存修復処置を行うことを目的とした。

3.作家略歴
1933年 旧満州国懐徳県公州嶺泉町(現:中国吉林省公嶺市)で生まれ、後に大連へ移る
1944年(11歳) 京城(現:ソウル)に移る
1945年(12歳) 終戦後日本に帰国し留萌町礼受(北海道)に着く
1954年(21歳) 北海道庁に勤務
1999年(66歳) 大麻公民館(江別市)にて個展開催
2001年(68歳) 『キリンアートアワード2001』「優秀賞」を受賞
2005年(72歳) 『林田嶺一ポップアート展』開催(江別市)
2010年(77歳) 北海道江別市在住

4.作品概要
作品名:とある玩具店のショーウィンドーケース(軍医と戦闘機と負傷者難民「キャラクター」)
制作開始年:中央1985年/右1993年/左1993年
分類:ミクストメディア
寸法:最大高95.8㎝、最大幅178.7㎝、最大奥11.1㎝
重量:23.0㎏
使用された材料・素材:木材、プラスチック板・フィルム、金属板、接着剤(ビニル系、エポキシ系)、石膏、モデリングペースト、アクリル絵具、ポスターカラー、紙(印刷物)、ジッパー、キャンヴァス(コラージュに使用)、フィギュア など

5.損傷状態
作家は、独立した幾つかの作品を組み合わせて一つの作品としている。中央・右・左の3作品で構成されている本作も、その時々の表現により、現在とは異なる作品が組み合わせられていた時期があった。幾度にも及ぶこのような組み換えを一因とする構造の不具合により、各作品の接合箇所が脆弱化し、今後展示に耐えられなくなる可能性が考えられる。また、本作表絵画面は、プラスチックフィルムの支持体上にモデリングペーストと石膏などを混ぜ合わせた白色の下地層を作り、この上にアクリル絵具彩色層があるといった構造になっている。木枠表面には蛍光ポスターカラーによる彩色がある。作品表面における損傷の大部分は、これら白色下地層の剥離・浮き、ポスターカラー層の剥離・剥落である。

6.実施処置
上記処置提案に沿って、以下のような処置を行った。
作品表面への処置
■白色下地層とプラスチックフィルムの剥離留め
ディスペンスガンを使用して、スチレン・ブタジエンゴム系接着剤ジメチルエーテル希釈による剥離留めを行った。
■彩色層の剥離留め
ポスターカラーの剥離留めにはアクリル系接着剤キシレン25%を、アクリル絵具の剥離留めにはビニル系接着剤アセトン20%を使用して接着した。
■ドライクリーニング
ミュージアムクリーナー、刷毛を使用して堆積した塵埃を除去した。
■絵具層表面の洗浄・カビの除去
イオン交換水(42℃程度)を使用し、アクリル絵具層表面の洗浄、カビの除去を行った。
作品裏面への処置
■紙資料の剥離留め
紙資料の種類によってセルロース系接着剤イオン交換水3%、ビニル系接着剤アセトン25%を使い分け剥離留めを行った。
■構造の強化
中空アルミパイプを加工しフレームを作成し、作品裏に取り付けることで、作品全体の安定を図った。

7.おわりに
21世紀の「戦争画」として高く評価されている林田作品の社会的意義を考え作品の内に迫る機会を手にすることができたのは、非常に貴重な経験であった。同時に、現代作品における保存修復の難しさと面白さを学んだ。思うようには進まず右往左往する日々もあったが、無事に処置を終えることができたのは、藤原徹担当教授をはじめ多くの方々の御教授のお陰である。一年間、多方面で支えて下さった皆様に心より感謝申し上げたい。

※林田嶺一さんのポップアート作品の修復を共同研究をした石井千裕さん(左)と宮城加奈子さん(右)

(2010年度 美術史・文化財保存修復学科最優秀賞作品)