大震災の夏、肘折で考えたこと。

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3.11以降、東北の温泉地は苦境に立たされています。
風評被害で首都圏からの客足が完全に止まり、山形・宮城などの昔からの常連客も温泉旅行を自粛。規模の大小に関わらず、どの温泉地も「戦中、戦後のようだ」と形容されるくらい閑散としていました。(一部、被災地の復旧工事に携わる業者さんで賑わったところも例外的にあったようですが)旅館によっては、地震で源泉自体が影響を受けて、お湯が止まってしまったところもあります。
被災された方々を受け入れた温泉地もありましたが、その賑わいも一時のことでしたし、被災者受け入れは「震災で苦労している方々がいるのに、のんびり湯治なんて申し訳ない…」という心理を生み、かえって客離れが進んだと聞きます。温泉だけでなく、旅行代理店、飲食・物販業、交通会社も含め、東北の観光産業の打撃は本当に深刻なもので、現在もまだ恢復したとは言えない状況です。

それでも震災から7ヶ月が経過し、3.11直後の暗澹たる見通しよりもはやく、山形は平穏な日常を(表向きは)取り戻しました。紅葉シーズンを迎えて、肘折温泉郷をはじめ県内の温泉地は、以前よりは下まわるものの、多くのお客を迎えて賑わうことでしょう。沿岸部や福島県内の痛ましい状況を考えると複雑な心境ですが……

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『肘折絵語り・夜語り』(8/7)

今年で5回目の点灯となる『ひじおりの灯2011』も、実は開催自体が危ぶまれまれていました。しかし、地元・肘折地区のみなさんの尽力もあって、例年よりも規模を縮小して、無事、点灯することができました。

まず、点灯期間を縮小しました。例年、7/13の開湯祭にあわせて点灯していたのですが、それを半月縮小して、8月からはじめました。これは大学の再開が震災の影響でゴールデンウィークまでずれ込んだため、学生たちの充分な製作期間が確保できなかったのが理由です。『ひじおりの灯』では、例年5月のGWに学生たちの取材旅行をおこなっています。
会期がずれたことで、湯治客のみなさんから「今年は灯籠がないんだね、楽しみにきたのに。残念」、肘折地区のみなさんからは「開湯祭に灯籠がないと寂しいねぇ」といった声がたくさん聞かれました。『ひじおりの灯』は、すっかり肘折温泉の年中行事として幅広い世代に定着していることがわかりました。

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毎晩9:00に消防団がおこなっている「火の用心」の夜回りを描いた灯籠。

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また、震災の影響で、灯籠の制作にかかる予算が大幅減となったため、新規の灯籠の数を例年の2/3としました。これまでの『ひじおりの灯』では、前年度の灯籠絵はすべてきれいに剥がして保管し、灯籠の木枠に新しい絵を張り替える慣しでしたが、今年は前年好評だった灯籠を保存・そのまま再設置しました。
自分の灯籠が展示されると聞いて、去年『ひじおりの灯2010』に出展した卒業生たちも遠方から時期をあわせて肘折を再訪、お世話になった宿の方々との再会を喜んでいました。そんな風景も良いものです。
『ひじおりの灯』に参加したことをきっかけに、肘折温泉の魅力に触れて、個人的にリピーターになるOB・OGが増えています。今後の『ひじおりの灯』は在学生だけでなく、過去に灯籠絵を描いた卒業生たちにも幅広く声をかけ、彼らが年に一度、再会できる場にしてもいいのかなと、震災をきっかけに思いはじめました。

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今年、『羽賀だんご店』の灯籠絵を描いた仙台在住の版画家・佐藤真衣さん(写真上)は、毎年『ひじおりの灯』に出展してくれています。昨年は『西本屋旅館』の灯籠を制作。肘折温泉でも彼女の新作を楽しみにしている人が多いのです。
今年のポスターは彼女が描いた金魚風呂の灯籠を使っています。

それから、学年歴の大幅変更のため、点灯期間が学生の授業と重なり、灯籠の点灯とお客さまへの解説を担当する「案内人(学生ボランティア)」を置けなかったのです。しかし、そこも肘折青年団の若者たちが支えてくれました。彼らの活動の起点は、昨年から設置をはじめた屋台『肘折黒』です。

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Twitterの公式アカウント@hijiorinohiや、WEB『肘折青年団日誌』での情報発信も青年団が主体的に取り組んでくれています。これまで学生や教員の声ばかりが新聞・テレビなどのマスメディアで紹介されてきましたが、現在はソーシャル・メディアを通して「地元の、一人ひとりの声」から『ひじおりの灯』がひろがっています。そのことで共感のレヴェルもあがっているように感じます。Twitterをはじめた昨年から、遠方からわざわざ足を運んでくださるお客さまが明らかに増えました。
「きれいな灯籠を観に」と同時に、「街づくりに情熱をもって取り組んでいる人々に会いに」行くことが旅の目的になる――肘折青年団による屋台『肘折黒』やWEBの活用は、『ひじおりの灯』にそんな新しい魅力を与えてくれています。

東日本大震災という非常時下で、縮小開催された2011年の『ひじおりの灯』。しかし、肘折のみなさんの声を聞くと、夜の温泉街は灯籠を眺めながらそぞろ歩く湯治客が絶えず、夏祭りも都会に出た若者たちがたくさん帰省して、例年より賑わっていたそうです。
厳しい自然(豪雪)に耐え、また自然の恩恵である〈温泉〉を中心に、絆や歴史を守り続ける肘折温泉の佇まいが、震災を経験した私たちにはより魅力的に感じられるのです。震災によるダメージは確かに続いているけれど、この夏の『ひじおりの灯』は、私たちがこの先も東北で暮らし続けていく上で、「何が必要か?」「何が大切か?」を改めて気付かせてくれたと思っています。

宮本武典(美術館大学センター主任学芸員)

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