二日目は最初に那覇市内にある沖縄県立博物館を見学
沖縄の貝塚時代や琉球王国時代の遺物など歴史、考古学の常設展示がある他、民俗や生き物の自然も展示している総合博物館となている。敷地内に美術館が隣接している。
洗骨・厨子甕、頭上運搬の習俗も。南方的なにおいが。
浦添ようどれ・浦添グスク(世界遺産)
琉球王朝の墓地・廟所。首里城が出現する前まではここに城があったとされています。近くに資料館があり、墓所の実物大模型があり出土物の一部を展示
1945年の6月頃、日本軍からは前田高地と呼ばれ、第62師団と歩兵32連隊第2大隊(山形駐屯)約6500名が防衛に当たり、米軍と交戦しました
周辺地域も含めここで1か月ほど続く戦闘あり、最終的に日本軍側が壊滅、離散したため米軍の南部への進撃を許した。(前田高地戦)
↓米軍からは攻めづらい場所(写真:日本軍視点)
↑前田高地戦を示す碑、戦死した山形歩兵32連隊第2大隊約900名の名前があります。実質は北海道出身者が大半のため北海道知事による建碑です。
☜沖縄学の父・伊波普猷の顕彰碑
ソテツの赤い実。毒だけどあく抜きして食べられるらしい。
斎場御嶽(世界遺産)
琉球最高位の神女ー聞得大君が祈った場所。礼拝所のような場所で世界遺産群の一部に登録されています。眼下には建国神話の島ー久高島がみえる。米軍による艦砲射撃による跡もいくつかありました。
なんとなく奥武島にわたる。今日はお盆最後の日(ウークイ)どこの村もエイサー
ここでも青年会がクーダカを踊っていました。あちこちに拝所がある島です。昔はなくなるとこの島で洗骨をしたそうです。ここで滞在して卒論の取材している筑波大学の3年生から村の習俗について話を聞きました。
南国感ただようハイビスカスとブーゲンビリア
陽がおちてから沖縄戦最後の舞台をめぐり、ひめゆり隊の慰霊碑があるひめゆり平和記念公園に行きました。
佐竹祐莞