ゼミ旅行5日目は、長野県長野市にある「長野市立博物館」を見学しました。「長野市立博物館」は、長野盆地に関する地理的説明、古代の人々による生活の痕跡、善光寺と門前町、村と町のくらしなどが主な展示となっています。移動手段も長野駅からバスが出ており、アクセスが良いため、時間の関係上、非常に助かりました。
こちらが「長野市立博物館」です。 近くに「川中島古戦場史跡公園」もあるので、興味のある方、時間に余裕のある方はそちらも見学できます。
ここが入口です。
入館すると左手に受付、そのまま進むと1階展示室、右手には特別展示室があります。このスペースには体験コーナーがあり、自分は江戸時代に用いられる挟箱(はさみばこ)を担いでみました。
これが挟箱です。中身はないのですが、意外と重く、前後に重心があるため、慣れるまでバランスをとるのが難しいです。
1階展示室は、長野盆地の説明、地震関連の史料やもの、古代の人々の生活などの展示があります。自分は、善光寺地震の史料をみるのに時間を割いたため、全ての展示物をじっくりと観察はできませんでした。次の機会は、他の展示物にも時間を割きたい所です。
1階展示室入口(すいません、写真傾きました…)。
1階展示室の入口から左手に進むと長野盆地関係の展示があります。写真の右手は善光寺地震史料、中央は地震関係展示の小部屋です。よくみると1番奥ではヘラジカ(ムース)が顔をだしています。
善光寺地震に関する史料。善光寺地震は1847年におきた地震で、善光寺付近では家の8割がつぶれたとされています。また地震によって山が崩れ、犀川(さいがわ)がせき止められました。20日後、犀川は決壊し、下流の長野盆地の大半が大洪水にみまわれました。二つ目の写真は、その際の災害絵図です。
地震関係展示の小部屋。地震関係の展示、主に地震計がありました。小部屋中央にある展示は、現在最も古いといわれている感震器(模型)で、西暦132年に中国の張衡という人が考案したそうです。
先ほど紹介したヘラジカ(ムース)です。非常に大きいですね。
他にも展示物はありましたが、時間の都合上、2階展示室に移動しました。2階展示室には、善光寺の説明、川中島の戦い、街道関係史料、農村のくらし、町のくらしなどの展示があります。今振り返ってみると、自分達の調査目的に関係する展示は2階にあったため、正直焦りました…。
2階に上がるとまず左手に、この演習の調査地でもある善光寺の絵図があります。やはり実物と比較すると見え方が変わります。
そのまま進むと右手に仏像の展示があります。この仏像は市内のお寺に伝わるものだそうです。
川中島の戦いの展示を通り、街道関係の展示へ。この絵図が今回、自分が1番注目した展示です。これは善光寺宿駅の様子が描かれているものであり、当時の宿駅の様子が窺えます。この演習では、調査目的として宿場町を知るということもあり、最初は宿駅の造りという視点でみていました。
しかし、ここで興味深いのは、長野市立博物館にある善光寺の説明で、女性の参拝も許されていたことを学び、この絵図の見方が変わったという点です。女性参拝者を意識し、絵図の人物を観察してみると、確かに、それらしき人物が確認できます。知識を得たことによる視野の広がりを感じた瞬間でした。
農村のくらしを見学しつつ、次の展示へ。この辺りの展示は時間の都合、詳しくみることができませんでした。次回注目したい点です。
この展示は、商家の模型です。善光寺の門前町では木綿や菜種油、麻や紙が集まり、それらを扱う問屋がいました。この模型のモデルである三河屋も油問屋を営んでいたそうです。
時間の都合もあり、ここで長野市立博物館の調査は終了です。やはり時間が足りないですが、時間内でできる限りの成果は、各々得られたと思います。次の機会では、今回の成果を整理した上で、時間をかけて見学できなかった展示を中心にまわりたいです。
5日間のフィールドワークは学びの多い貴重な経験になりました。この経験を今後の学習に活かしていきたいです。
竹原先生、運転お疲れ様でした。ありがとうございました。
ゼミメンバーの皆さん、5日間の調査演習お疲れ様でした。