歴史遺産学科

歴史/考古/民俗・人類
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2008-10-05

石尽くしの休日

早朝から中体連で賑わう霞城公園(山形城)を歩き、その足で重要文化財の文翔館(旧県庁)を訪ねました。あらためて建物の修理記録の映像を見ました。文化財修理に伝統技術は不可欠。伝統技術を伝えるために文化財修理の場は必要。自然と良好な関係を築いてきた伝統技術の技と知を次世代につなげていくことが大事です。学生たちもぜひ一度は見てください。

午後は元木と蔵王成沢の石鳥居(とも重文)、空清水の石切場を見学。金沢城の仲間を見送りました。

ちなみに前日は上山市楢下の新橋・覗橋(アーチ型の石造り橋)、江戸時代から続く山形市「石駒」の工場で戦前の石工道具を見学しました。近代の山形石工は江戸時代から続く信州高遠系の石工(信濃屋仁兵衛)と三島通庸とのかかわりが深い鹿児島系の石工が入っているようです。後者とアーチ橋(九州が本場)はどんな関係があるのでしょうか。



2008-10-04

石切り−瓜割山最後の石工


ここに通うようになってもう8年目。当たり前のように見ていた風景が急に違って見える時がある。

金沢から来た仲間を案内し、学生たちとともに伝統的な石切り技術を伝える石工さんを訪ねた。石切りや石引き、鍛冶仕事のこと、昔の仲間のこと、山の神のこと、いろんな話を聞かせてもらい、道具や石の扱いを体験させてもらった。

高畠で発掘をやった学生たちの多くはここをみてきた。地表から掘り始めて80年、垂直に切り立った岩肌にその歴史が縞状に刻まれている。その景観は見る者を圧倒する。人が生身で自然と闘ってきた証である。

いま、初雄さん(80)は瓜割山の最後の石工となった。




2008-10-04

ウチの小浜生活 「指きりげんまん」

仲の良い島人、克也さんと夜飲みに行った。早く仕事が終わって、夕方から居酒屋へ。
久し振りに、いきなり島酒(泡盛)を飲まされた。

居酒屋は初対面の人もみんな宴会の輪の中へ。そして、みんな酔っ払ってお友達‼

克也さんは、三線の名人でジャズも洋楽も三線で弾いてしまう(^^♪
今は郵便局で働らく、可愛らしいタヌキさんのようだが、昔はヤクザ!?だったらしい(^_^メ)

以前から気になっていたことがひとつ。一緒に船に乗っていた時に操縦する克也さんの手元を見て、左手の小指がないことに気づいた。その時は、事故かなと思っていたが・・・。
だが、ヤクザ時代に切ったと、お酒飲みながら、タヌキのような可愛い笑顔で言った。

(^_^;)

一瞬びっくりした。
その直後に、変な約束をした。
ウチが島にいる間は絶対に髪を切ってはダメ!という約束。

ウチにとって髪を伸ばすのは考えられないこと(~_~メ)
でも、克也さんは、何かを見抜いたのか、
「人生観が変わるから!ここにいる間に試してみな!」
と言い、ほんのわずかの左手の小指を出して、指きりげんまんをした。

「約束やぶったら、こうなるよ!(^’^)」
と笑いながらウチに言った。

(@_@;)

かなり説得力ある…。

さぁ〜大変だ\(゜ロ\)(/ロ゜)/

      5月17日のウチ


2008-10-04

ウチの小浜生活 「らっきょ畑」

一人、らっきょ畑の草刈りに。ウチが主に任されている畑は、自転車で数分の砂地のらっきょ畑。
任されているというか、他のスタッフさんは、このらっきょ畑に近づかないからウチが世話することに!

ウチが行くまでは、ここは白い花を咲かし、トゲトゲがたくさんあるサルファという嫌らしい雑草が生い茂っていた。

この大量の雑草の中にウチ一人( 一一)

頭にクバ笠をかぶって、白くトゲトゲの雑草畑にの中に紛れこむウチ。

周りからは気付かれない。絶対に・・・。

約半日、孤独にサルファと闘う\(-o-)/

サルファを抜き終わったらっきょ畑を前に、全身サルファのトゲトゲをつけたウチは、一人でニヤニヤ笑いながら仁王立ち(V)o¥o(V)    
『やったぞ〜!らっきょちゃん、邪魔者はとったぞ〜〜〜〜!』

     5月13日のウチ


2008-10-04

硯沢窯跡群現地説明会


宮城県の利府町にある硯沢窯跡群の現地説明会に行ってきました。
メンバーは4年生俊&真理、3年生龍の3人です。
9時半に山形を出発し、3時間かけて行ってきました。
蔵王−宮城川崎だけ高速を使ってその後はひたすら下路で。yahoo地図を印刷し張り切って向かったのですが、長町からあるはずの道が地図にない・・。
3人で必死に青い標識を見ながら目的地を目指すも、はたと気づいたら福島方面に向かっている。真逆やん!!!車の中でぎゃあぎゃあ言いながら、なんとか市街地を抜け利府の標識発見。喜んで走っていたら降りるところをすんなりと通り過ぎる。あれーっ!!?結局最後には龍の高校時代の通学路を走って、12時半に無事到着。これがほんとの迷ドライバー。

硯沢窯跡群は赤沼両地区にまたがる春日窯跡群の西端にある奈良・平安時代の遺跡です。県内で初めて横口式木炭窯が見つかり、「宮城」や「宮木」と刻まれた須恵器が出土しました。

初めて見る木炭窯のスケールに4年生2人は大はしゃぎ。龍は一度見ているので冷静に解説してくれました。そのあとは地下式の須恵器窯の方へ。自分達が発掘した高安窯との大きさの違いにとにかくびっくり。剥がれた窯壁の幅何cmあるんだろう・・。
一通り見終わった後遺跡地図を見て、「あれ、俊ちゃんも一個木炭窯あるよ?「まじで?」「見たいよね・・。お願いしてみようか・・。」ってことになり利府町教育委員会の高橋さんのところへ。挨拶と自己紹介をしてお願いしてみたところOK頂き喜びまくる。
うきうきで連れて行ってもらい、俊ちゃんと高橋さんの間では活発な意見交換が。素敵です。私は龍に俊ちゃんがどうゆうことに対して疑問を持って質問しているのか後ろで解説。アップダウンが激しい現場のため話しながら向かったら息が上がりました。
春日窯跡群のひとつの大貝窯跡の竪穴住居から瓦を構築材や支脚に使用したカマドが出ていたので私もちゃっかり色々教えていただきました。
お願いして見せていただいた窯は現説現場からとても離れたところだったので、帰りに木炭窯のシート張りをお手伝いをすることに。3人で体を張って感謝の気持ちを表現しました。地下式の木炭窯は3mくらい深さがあって、脚ぷるぷる。作業員のおじちゃんおばちゃんに教えてもらいながら頑張る3人。ばてる3人。
シート張りが終わった後に高橋さんにお礼を行って帰りました。
利府町の窯跡の資料館による予定でしたが予想外にバテた為まっすぐ山形に帰りました。

とても勉強になり楽しい一日でした。


2008-10-03

ウチの小浜生活 「ハマグリに騙された」

5月6日、2週間ぶりの休み。
海のことに詳しいスエおばぁに、
「今、大〜きなハマグリが採れるさ〜。」と言われて海へ。

大きいハマグリと言うからには、かなりの大物だと期待して採りに行った(V)o¥o(V)

波打ち際のあたりを、ふつうのフォークで堀堀( ..)φ・・・
出てくるのはシジミぐらいのちっちゃな白い貝。

ウチは大物ハマグリをもとめて採りに来た!だから、シジミサイズの貝なんて採らないさ〜!!!!<`〜´>
と思いつつ・・・・・・・・。

だが、場所を変えてあちこち掘っても掘っても大物ハマグリはおりませぬ。

まさかっ!!!と思い、民宿のおばぁに?・・・。

「ハマグリって大きいよね?」
「小浜のハマグリは小さいよぉ〜、親指サイズさ〜!」

(゜_゜)

「えっ、・・・・親指・・・、ハマグリってアサリよりも大きい貝じゃないの?」
「いや、ちっちゃいさ〜アハハハハハハハ!」

今まで採らずにホン投げていた親指サイズの貝が、ウチが探し求めていたハマグリだったと知った。(;一_一)

あぁ!!
小浜のハマグリという名前に騙された!

結局、投げ捨てていた小浜のハマグリを拾いもどすことに…\(゜ロ\)(/ロ゜)/

ハァ〜せっかくの休日が余計に疲れた(-_-;)

         5月6日のウチ

2008-10-03

ウチの小浜生活「カジマヤー」

5月4日は近所に住むヒテおばぁの97歳のカジマヤーのお祝いが盛大に行われた。
97歳の祝いは風車で装飾され、ヒテおばぁがド派手に装飾されたトラックに乗り、ゆっくりと集落内をパレードのように練りまわる。その後ろに親族や全小浜島小中学生がついて、横笛、太鼓、三線を演奏して歩く。そのまた後ろには集落の人が風車を持って続いて歩く。

この日はヒテおばぁの子孫がみんな集結して、小浜島の人口が急増した(@_@;)

昼の学校の体育館で披露宴が行われ、招待された人は約300人だったそうだ\(◎o◎)/!
小さい島に小浜島以外からもたくさんの人が、ヒテおばぁの97歳の祝いに集まり、祝福するとは、あらゆる面で驚きと尊敬でいっぱいだ

「おばぁも97歳までがんばって、祝ってもらいたいさ〜!

「あんた、がんばんなしゃいっヽ(^。^)ノキャハハハ!」
パレード中、70,80歳代のおばぁ達の間からよく聞こえた。
なぜか、おじぃ達からは何も…(^_^;)

ウチはもっとがんばらないと(~_~;)

          5月4日のウチ





2008-10-01

ウチの小浜生活 「サーターアンダギー」


民宿のおばぁはサーターアンダギーを作ることが一番の楽しみ。民宿で1袋200円で販売している。
島人の間でも、ウチの民宿のおばぁが作ったサーターアンダギーは評判。作る人によって味も食感も違うが、確かにウチの民宿のおばぁのは油っこい感じはなく食べ飽きない味だ。

民宿の前の狭〜い道に大きな観光バスが通る。2軒隣にテレビドラマ『ちゅらさん』のロケに使われた家の前に停まる。
そのたびにおばぁのテンションは急上昇!!観光客にサーターアンダギーを猛アピール\(゜ロ\)(/ロ゜)/

たくさん売れて、残りわずかになると猛スピードで台所に戻り、嬉しそうにサーターアンダギーを揚げ始める。
ウチらスタッフはおばぁのペースに巻き込まれ、そのあとの片付け、袋詰めをやることに…。
おばぁにとってサーターアンダギーを作ることは何よりも大事なことだから、たとえスタッフがトイレ掃除をしていても、声がかかれば飛んでいかなければいけない\(◎o◎)/!

おばぁの元気の素はサーターアンダギーを作ってみんなに食べてもらうこと。ついでに、サーターアンダギーで儲けること(^0_0^)

            4月27日のウチ

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