歴史遺産学科

歴史/考古/民俗・人類
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2010-01-04

ラオ・ラーオと粘土掘り


毎朝、村へ通う道。陶器の壷がたくさん並ぶ家にふと目が留まった。車を止めて中に入ってみるとそこは酒屋だった。

カマドにかかったドラム缶では50kgのモチ米が蒸されている。これでハイと呼ばれる壷3個分の酒ができる。時々スコップでもち米をかきまぜる。横には麹を入れた発酵中のポリバケツが並ぶ。醸造した酒は別のカマドで蒸留してアルコール度数を高める。度数は50度。ふたつの蒸留装置の管からは水タンクで冷やされた酒が流れ出し、パンヤの綿で漉して壷の中に詰められていく。壷1個は25リットル入りで140,000kip(約1,500円)。1週間寝かせてから売りに出す。醸造後の米はどうする?横の豚小屋を指さした。彼らが処理するようだ。豚は酔っぱらわないのだろうか、心配だ。

ラオ・ラーオ作りの村としてはルアンパバンのサーンハイが有名だが、装置はどこも同じようだ。ブットーンのポターPさんの隣の家でも同じ装置で酒を作っていた。昨年行ったサラワーンの土器作り村では簡単に使える蒸留用土器を作っており、これで買ってきた焼酎ラオ・ラーオをさらに蒸留して飲む。1年前の大晦日、結婚式に乱入し、村長さんや酔っ払ったBさんらと盛り上がったのもこの酒だった。T氏が「叩き板」を賭けてBさんと飲み競った。数日後、Bさんに再会するとお昼過ぎにもかかわらず寝ていた。昨日隣の家が結婚式だったそうだ。目に浮かぶ。

村に着くと、今日粘土を掘っている人がいるとの情報をえる。約10分ほど歩くと、Tさんのお姉さんにあたるHさんが夫とともに粘土を掘っていた。ここはポターでもあるNさんの田。粘土はクボタ1台分で200,000kipという。朝8時から夕方までたっぷり1日かかる。直径1mほどの縦穴を背丈ほど掘る。上層80〜90?の粘土は使えないので除けておいて後で埋め戻す。
粘土掘りも家族総出である。二人の男の子と犬も一緒に来ている。周辺には去年掘ったところ、さらにその前掘ったところ、痕跡が残っている。これがたまに発掘されるまさに粘土採掘坑群の遺跡だ。袋状に掘る人もいる。

午後、ケンコ(チャンポン郡の中心地で、市場がある。クボタで村から1時間弱)から土器のトレーダーがTさん、Sさんの土器を買いにきた。夫が売りに行く人も多いが、定期的にこうやって仲買が取りに来る場合もある。村で売る場合にはモーウナム1個5,000kip(約55円)、市場では10,000kipと倍になる。クボタ1台で100個のモーナム、モーケンを積んでいく。彼らは行商もし、13号線沿いを南下して3日ほどかけて売り歩くという。村の夫達が売り歩く場合も同じだ。馴染みの村の村長さん宅やお寺に泊まりながら土器を売り歩く。調査中、10kmの道を歩いて土器を買いにきたおばさんがいた。二人はモーナム2個を天秤棒にぶら下げて帰っていった。このような場合、普通は物々交換である。おばさんはバナナと土器を交換していた。

夕食は宿から車で45分、サワンナケートに出た。メコン川の船上レストランで対岸のムクダハーンの明かりを見ながらタイ料理を味わった。タイ人たちはしきりに帰りたい!と叫ぶ。気持ちは分からないでもない。

ここはラオスである。








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