歴史遺産学科

歴史/考古/民俗・人類
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2010-12-22

いざ、タイへ

授業が終わるとスーツケースを抱えて新幹線に飛び乗った。
正月のタイ・ラオス調査に参加して3年目になる。
去年の出発のドタバタはひどかった・・・
今年はそんなことがないように・・・
するはずだったが・・・・・
やっぱり今年も成田のホテルで朝まで年賀状を書く破目になった。

というわけで、とにかくバンコクに着いた。
ここで群馬からきた「カマドのかあさん」と合流し、コンケーン行きの飛行機に乗る。機中でヤードムを鼻に突っ込むお姉さんをみて、タイに来た実感がわく。
7時半過ぎにコンケーン空港に着き、出迎えに来てくれた先発隊と合流する。初めてアメリカ人のレファートさんに会う。なんと大きな人なんだろう!東南アジアの土器作りを研究する人にとっては神様のような存在だ。韓国ドラマでハングルをしゃべるアメリカ人が時々いて違和感をもつが、タイ語を流暢に使いこなすレファーさんもそんな感じ。1年間こっちに住んでいるそうだ。なるほど。

そして、アシスタントのOさんとMim、1年ぶりの再会を懐かしむ。今年から参加したのはNam。「大阪出身の日本人でタイに留学している」と紹介され、夕食の間そう信じていた。タイ語も英語もうまい。日本語は口数少ないが訛りはない。
しかし、すぐぼろが出た。彼女はれっきとしたタイ人だった。高校生のころ日本に留学して神戸に住んだことがあるらしい(留学したのは15年前だという。レディーに年齢は聞かない・・・・・)。
彼女が素でしゃべる日本語はなかなかのもの。語尾が大阪弁まるだし。いつかテレビのコマーシャルで、外国人が流暢に日本語を、逆に日本人が外国語をしゃべるのをやってた(一瞬ドキッとさせられる)けど、人は姿かたちでその人にあるイメージを重ねて先入観でみてしまう。レファーとさんといい、Namといい、しょっぱなからやられてしまった。

先発隊と明日からの調査工程を打ち合わせする。
なんと今回は調査する村が決まっていないのだ。悪く言うと、いきあたりばったり、良く言うと臨機応変。

予約しておいたホテルは、別のお客さんが先に来てお金を払って入ったから部屋がないという。急きょ別のホテルに。それが常識らしい。確かに・・・合理的かもしれない。日本の常識がどこでも通用するわけでない。そんなこんなで一夜で異国にいることに順応してしまった。

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