歴史遺産学科

歴史/考古/民俗・人類
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2011-09-24

時を越えて受け継がれる信仰のコスモロジー


戸塚山古墳群は山頂に5世紀後半の前方後円墳と作りだし付き円墳(帆立貝式古墳)がある。

現在調査中の106号墳を含め7世紀後半〜8世紀初頭の群集墳は、その西麓にあり約180基の円墳で構成される。

この両者の間には200年ほどの開きがあり、直接的な系統関係をたどることはできないが、7世紀の人々の墓域の設定に、かつてこの地を支配した王の眠る山という歴史、信仰が深くかかわっていたのではないかという説がある。

ところでこの戸塚山は中世においても信仰のハヤマだった。
東麓には修験にかかわる道場跡や墓地が知られ、西麓にも墓地が確認されている。一昨年、米沢市が調査した34号墳(金ケ崎支群)では古墳を改造して、逆F字型の石室と墓道をもつ方墳が作らていた。中からは2基の木棺墓が検出された。このように古墳の石室を中世の墓地として利用する例は珍しくはない。

現在調査中の106号墳でもその痕跡が見つかった。石室の前庭部に木棺墓とみられる遺構が存在した。底には平らに石を敷き詰め、棺の上面に石を置いている。前庭部がかなり埋まった段階で掘りこんでおり、中世の可能性が高い。

古墳群から600年、700年後の人々もこの地を祖先の眠る聖なる空間、場所として認識していたのかもしれない。

今日も朝から2人の卒業生が調査に参加した。「背中で仕事をする」そんなメッセージを後輩たちに送っていた。明日は大学祭2日目、しばし現場を忘れて楽しんでもらいたい。

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