歴史遺産学科

歴史/考古/民俗・人類
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2012-02-10

番外編1−久留米城


久留米城跡(福岡県久留米市)

 朝6時、あたりはまだ暗い。そんな街をもう高校生が歩いている。受験の早朝特訓か部活か、ずいぶん早起きだ。
蜜柑丸の駐車場に車を止めて、ヘッドライトを照らしながら月見櫓の石垣から見始めた。それから巽櫓、冠木門(大手)にまわった頃、あたりが白み始めた。さらに坤櫓から西側、北側をまわり本丸を一周した。
 
久留米城は筑後国柳川藩の支城として田中氏が城を築き、元和6年(1620)吉政が改易となると、翌年、丹波福知山から有馬豊氏が入り、順次石垣を整備して現在の姿になったといわれている。
 田中吉政は大坂城の元和6年の1期普請で活躍した大名だ。福岡藩黒田組で西外堀の隅角部を手掛けている。有馬も1〜3期すべてに助役している。その居城の石垣を見れたのはラッキーだった。
 蜜柑丸には文禄〜慶長前期(田中時代)の石垣、櫓には元和期(有馬時代)、南西部には寛永期以降の石垣と、その時代の特徴を良好に残す石垣群が存在する。田中期と有馬期では石材も異なっている。

 石垣様式を編年的にたどれるところがこの城の魅力だ。



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