歴史遺産学科

歴史/考古/民俗・人類
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2012-02-10

番外編5−杵築城・城下町


杵築城(大分県杵築市)

 朝、宿の玄関を出てびっくり。目を疑った。暗闇の中、一面銀世界。路面にも積雪。一瞬ためらったが、轍のない道路をおそるおそる走る。しかし、大分空港あたりからは路面が乾く。国東半島は豊後水道側と別府湾側とでは全く気候が違うようだ。
駐車場に車を止めて城山に上ると、朝焼けの空に天守(模擬天守)が浮かび上がった。しばし見とれる。天守の公園は9時まで開門しないので、あきらめて城下町に向かった。
坂や辻の多い城下町は風情がある。20年あまり住んだ金沢がそうだった。パンフレットには「きものの似合う街」とある。
http://www.kitsuki-kankou.com/home/photocontestaward

 尾根上にのびる南北の高台に武家地があり、その谷間に商家街が広がる。誰が名付けたかサンドイッチ型城下町。あまりいい名前とは思わない。
「勘定場の坂」を上ろうとすると、上のほうでランドセルを担いだ小学生が一人。石けりをしながら坂を上っていく。坂の両脇には土塀に囲まれた武家屋敷群がある。いくつかの家から生活感のある食事の匂いがただよう。テーマパークのような時間の止まった場所ではなく、過去から現代への歴史が息づく、時間の流れ、蓄積が感じられる町に魅力を感じるのは私だけではないだろう。

 坂を登りきり、格式高い武家屋敷の門と土塀の道を進むと、朝もやのなか向こうから一人の女子中学生が歩いてきた。すれ違いざまに「おはようございます!」と挨拶される。背筋を伸ばし、凛として歩くその姿がなんともいえない余韻を残していった。振り返ると、勘定場の坂の下り口で、その後ろ姿が朝焼けの空に浮かんでいた。絵になるなぁ、と。

 それから「酢屋の坂」を下ると小学男児2人がやってきた。正面に見える「志保屋の坂」からは女子中学生が、次いで小学生の女児2人が下りてくる。男の子はランドセルからノートを出して地べたの石の上で何やら書いている。忘れた宿題だろうか。止まったり走ったり、ほほえましい登校風景だ。
 坂を下りて左折すると早朝から開いている老舗の味噌屋があった。おはようございますといって覗くと、座敷からお爺さんが出てきた。昔ながらの味噌造りの話を聞き、お土産に、白と赤のセットを一つ買って店を出た。
朝夕の城下町には日々の暮らしがある。狭い路地と曲がり角の多い城下町は大きな車が入らない、除雪ができないなど、暮らしにくいことが多い。防災を考えると不安が大きい。観光目線ではそんな街に魅力を感じるかもしれないが、住民はそうでない場合がある。しかし、よそ者、他者との交流によってここに住む不便より、別の価値を再発見し、その景観や文化を残そうとする人たちもいる。

 できれば、地元のひとが日常を過ごす時間帯にあるくことを勧めたい。そしてそこで暮らす人たちと直接話をしてみるといい。そうすることで観光客目線では知り得ない暮らしの実態に触れることがある。
 
 この日、自分の感動を共有したくて、日出城に行く前に急きょ、学生たちにも勧めて一緒に歩いた。勘定場の坂、下から23段目に富士山形の石がある。気がついたかな。







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