帰りは陸路で国境をこえる。ラオス側ワンタオからタイのチョンメックへ。道路舗装がいきなり良くなり、右側通行から左に変わる。タイに入ると「帰ってきたな」としみじみ思う。一気に安心感が漂う。
ウボンラチャタニーで泊まる。やっぱり今年は蚊が多い。洪水のせいだろう。C先生家族と夕食をいただく。奥さんは大学の数学の先生、高校生の長男はX-JAPANのファンだという。妹は食事中携帯をいじっている。どこの国も一緒だ。
翌日、友人と郊外ワリンチャムラップのCM村を訪ねる。1月に予備調査した土器作り村である。かつて土器をつくっていたお婆さんが3人(新たに1人見つかった)かろうじて残っている。うれしいことがあった。洪水で道具が流されてしまったよといってたおばあちゃん(85歳)があれから土器を2個作ってくれていた。
この日村のお寺の仏日。村の入り口で酔っ払いの男と女にからまれる。顔に泥を塗り、音楽をかけてノリノリ。村の中を通る車や人をみな止めて、祝儀をいただく(奪う)。
新たに見つかった高齢のおばあちゃんに土器作りの話を聞いていたら、件の酔っ払いが娘だと判明した!彼女は土器作りの経験があり、今度作るのを見せてあげるよと。しらふでも本当に覚えてるんだろうか?
村を一回りする。かつて作られていたモーナム(蓋付の新型)と無高台のモーウナムがまだあちこちの庭先に残っていた。
タイでは叩きの際の内面当て具を「ディン(土)ドゥ」が呼ぶのが一般的である。この村では「ヒン・ドゥ」と呼ぶ。以前、ウボンから1時間30分あまりのアンプ―・ケマランのS村で「ヒン・ドゥ」と呼んでいたのを思い出してノートを見た。この村では10年前に最後のポターが90歳で亡くなり土器作りは途絶えてしまった。
息子さんの話だと母親はワリンチャムラップの土器作り村から来たという。その時に記録した土器とCM村のものを比べたら形はそっくりだった。合点がいった。