歴史遺産学科

歴史/考古/民俗・人類
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2012-09-14

冷気にぶるっ!先入観にも冷や汗。


ゼミ旅行から帰り、今日は群馬県下仁田町荒船風穴(世界遺産暫定リスト)の石垣解体調査に行って来た。

あいかわらずの残暑。いつものように半袖シャツで出かけたが……

現場に着くと?みなさん長袖のジャンパーを着ている。
このところバタバタしているせいか、想像力が欠如していた。ここは荒船風穴。夏でも2〜3℃の冷気が噴き出す場所だ。今日の遺跡の外気温は18℃。石室の中に入るとまるで冷蔵庫の中にいるよう。

石積みの観察をはじめてすぐ、雷鳴とともに土砂降り雨となった。冷気の中でずぶぬれになり震える時間だった。

それはともかく、解体調査の結果は思わぬ事実だった。
表面からみていた石垣の積みはお世辞にも上手と言えるものではなかった。1号風穴は明治40年代に施工されたものだが、不揃いな割り石を隙間だらけに積んだ石垣で、よくいままでもったといえるシロモノだった。

ところが、解体してみると背後には木端石の裏込め層があり、さらに背後には自然の巨大岩塊の隙間を埋めるように石積み壁が存在した。岩塊の奥から噴き出す冷気を石室内に取り込むようにあえて粗い割り石を積んで隙間を作っているのだ。石材の尻には摩擦を増すための「介石」を詰め込んで構造の安定をはかっている。

山側の冷気の出口は粗い石積み、谷側は冷気を閉じ込めるために密に積み上げ外からは漆喰を塗りこめる。石材加工と積みを場所によって使い分けている。

いつも城石垣を見ている立場から、これまでは近代の稚拙な石積みという先入観で見ていた。やられた!という感じだった。

壁面の崩壊の理由もある程度明らかになった。上部の小屋掛けが無くなって、裏込め層に土砂が流入。目詰まりを起こし、上部に厚い裏込め層の荷重が石垣にかかり孕みを増していったのである。水分を含んだ土等の凍結膨張も要因の一つである。

石垣修理ではこれらの技術的特徴、崩落要因を踏まえて設計・施工する予定である。

先人達は冷気が噴き出す山(自然)を熟知し、養蚕という生業技術と組み合わせることで、この遺跡を形成した。石積みのワザといい、当時の人々にとっては当たり前のことだっただろう。
自然と関わりながら暮らす人々の「日常」。それが私たちの辞書であり先生である。繰り返し紐解き、学んでいきたい。

補足:解体調査を担当しているのは卒業生の佐野君。私が山形に来た時、4年生だった。不思議な縁である。

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