歴史遺産学科

歴史/考古/民俗・人類
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2010-09-04

ところの森で出会ったゆかいな仲間たち


みんな昨夜の悪夢?から醒めただろうか。今日は快晴の空。東大が発掘している大島2遺跡を見学。その後、2000基以上の竪穴が地表に痕跡を残す史跡常呂遺跡へ。2年前と同じ木を見つけ、デジャブー

 大島2遺跡はオホーツク海を見下ろす段丘上にあって、方形の竪穴住居跡が等間隔に列状に並んでいる。北見市と東大によって史跡指定を目指した範囲確認調査が行われている。竪穴は現在でも深さ50cm以上の窪みとなっているので掘らなくてもその位置がわかる。擦文の竪穴住居は切りあわないのが特徴だ。先祖の家のあった場所をしっかり認識して暮らす。遺跡は擦文時代後期のものという。このうちの1基、中規模の竪穴が調査されており、多数の炭化材が検出されていた。燃えた柱や垂木、腰板の類である。
 北日本、東日本の竪穴建物は引っ越した後、廃屋に火を放つ例が多い。韓半島や大陸にも広がる習俗である。住まなくなって、どのタイミングで火をはなつのか。床面上から炭化材や焼土が見つかるので、「廃絶直後」と言いたいところだが、そう簡単ではない。考古学的に「床面直上」出土遺物の時間経過が捉えづらいのが一因である。かまど周りに置き去りにされた土器の被熱痕を観察する限り、しばらく雨水とともに泥が流れ込むような時間幅があってから火がつけられている例が多いように感じる。火を放つことには塵芥処理の用とともに、どんな宗教的意味が付与されたのだろうか。規則的にならぶ竪穴をみて想いをめぐらした。

 それにしても、北海道の陽射しはきつい。澄んだ空気の中を陽が肌を射すような感覚。北海道の夏の発掘は涼しくていいと思ったのはあさはかだった。それでもオホーツク海を眺めながらの発掘はうらやましい限り。

 昨夜のあの学生達が、無言で地べたを這いつくばり床面を精査をしている。ひとりひとりの顔をみながら、○○○○仮面を思い出していたのは私だけではなかったはずだ。
 帰りがけにみたビリー隊長の頬が心なしかこけていたのが気がかりだった。今度は飛島でおいしい魚を食べていってください。

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