歴史遺産学科

歴史/考古/民俗・人類
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2018-09-18

竹原ゼミ旅行 3日目

 ゼミ旅行3日目は、まず妻籠宿住民の有志によって構成される妻籠宿案内人の会の方と一緒に妻籠集落内を廻りました。

 案内人の方は、妻籠宿の町並み保存事業の歩みや、歴史、各地区にある建造物の様式や構造などを分かりやすくかつ丁寧に説明してくださいました。

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 その説明の中で私が注目したのは、妻籠宿の火災対策です。妻籠宿内には20mおきに消火栓と消火用ホースが「火乃要鎮」と書かれた木箱の中に収納する形で随所に置かれています。

 さらには、木箱に収納せずとも景観を考慮して目立たない色にした消化栓や防火用の水槽、消火用ホースが収納されている格納箱なども見受けられました。

 この木箱に収納されている消火用ホースは細く、かつ軽いため、女性の方でも扱うことができるようになっています。しかし、放水量はそこまで多くはないので、あくまで初期消火用として用いられているそうです。

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 このような他の集落には見られない防火設備の充実は、昭和51(1976)年に妻籠宿が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されたことが大きく影響しています。妻籠宿内の建造物群は基本木造であるため、火災によってそれらが失われることがないように防火設備がしっかりと整備されていることが、重要伝統的建造物群保存地区の景観を維持していく上での大前提であるとおっしゃっていました。

 集落内を歩くことで、その集落の町並みの保存事業の一端を窺い知ることができるというのも、集落散策の1つの魅力ですね。

 案内が終了した後は、宿内にある俵屋里久と呼ばれるおそば屋さんにて、昼食としました。私は温かいかけうどんを食べました。ここで午後の妻籠宿から馬籠宿間の街道散策のための英気を養います。妻籠宿から馬籠宿までの道のりは約9㎞ですが、その間には馬籠峠と呼ばれる標高801mの峠があるので、みんなしっかりと食事と水分を補給しました。 昼食後は13時の街道散策の出発時間まで、各自昨日行った現地調査の不備を再調査し、いよいよ馬籠宿へと向かいます。

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  はじめは家や田畑の傍を通る道や、コンクリートで舗装された道を歩きましたが、次第に山道へと入っていきました。しかし、傾斜はそこまで急ではなく、登りやすかったです。山中を登っていく道中には小さな集落や棚田があり、私が想像していた山林が生い茂る街道の景観とは異なっていて、とても面白かったです。

 また、街道の傍には庚申碑や道標、追分碑などの石碑や石像などが随所に見られ、それらがかつての街道の面影を偲ばせる景観を作り上げています。

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 そして、妻籠宿から馬籠宿間のやや馬籠宿寄りに位置する立場の茶屋にて、約10分間の休憩をしました。立場の茶屋とは、宿と宿の中間に位置し、ここを訪れる旅人が休憩するための施設です。自分も旅人の気持ちになって、一休みしようとしたところ、茶屋の店主からお茶と飴をいただきました。

 飴をかじりながらぼんやりと外を眺めていると、2人組の外国人が茶屋の前を通りすぎ、それに気づいた店主が流暢な英語で挨拶をしていました。それだけ外国人がこの街道を通っているんだなと思いました。実際に茶屋で休憩する前の道中ですれ違う人達のほとんどは外国人で、日本語で挨拶する時はとても緊張しました(笑)。

IMG_6668[1]IMG_6671[1] そして、茶屋で休憩を終え、街道散策を再開。歩いてまもなく南無阿弥陀仏碑や三界万霊碑、墓碑などが見られました。かつてこの近辺に集落が形成されていたことを窺い知ることができます。

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 その後の道中は道草食っている私のはるか先導をゆくみんなに追いつこうともくもくと歩いていました。そして、ついに馬籠峠の頂上に到着しました。あとは峠を下るのみです。IMG_6701[1]

IMG_6718[1]IMG_6729[1] 下りの道中、猫さんを発見。こういう小さな出会いというのも、散策の醍醐味ですね。

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 猫さんと戯れている間に、またみんなとの距離が離されてしまったので、猫さんと別れた後はもくもくと歩きました。そして、竹原先生とゼミメンバーであるT氏に追いつきました。しかし、他のゼミメンバー2人を眼下に捉えることはできませんでした。

 馬籠宿まで、もうひと踏ん張りです。

IMG_6760[1]IMG_6762[1] IMG_6768[1] IMG_6784[1] IMG_6799[1] 峠を越えた後の馬籠宿までの道のりは、ずっと下りの道だと思っていましたが、まさかの登り…。足に疲れが溜まっていた分、正直きつかったのですが、その登りの石段を登りきると広大な景色が眼前に広がっていて、その疲れは跡形もなく吹き飛んでしまいました。

 しばらくの間、その景色にみとれていたので、また竹原先生とゼミメンバーT氏を見失ってしまいました。

IMG_6805[2] IMG_6808[2] IMG_6815[1] IMG_6817[1] しかし、この場所から少し先に進んだ見晴台にその2人は待ってくれていました。

 この見晴台から見る景色は、先程見た景色よりも壮大で、かつ天気も快晴だったので、まさに記念写真の撮影にはもってこいの日です。

IMG_6823[1] IMG_6834[1] 石柱の正面にあるのが日本百名山の1つである恵那山で、標高は2189mあります。

IMG_6832[1]  ここまでくれば、馬籠宿はもう目と鼻の先です。

  見晴台を少し下ると、馬籠宿の高札場がお出迎え。ここからが馬籠宿への入口となります。

IMG_6844[1] 馬籠宿は、木曽十一宿の南端に位置する宿場町で、明治・大正・昭和にかけて活躍した文豪、島崎藤村が生まれた町としても有名です。

 馬籠宿は、斜面が急な坂の上に形成されているため、防火に必要な水が全体に行き届かず、幾度も大火災に見舞われた歴史があることから、古い建物はほとんど残っていません。

 しかし、石畳や道路を直角に折り曲げた桝形と呼ばれる地形は現在も残っており、かつての宿場町的景観を偲ぶことができます。

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 馬籠宿到着後、各自妻籠行きのバスが来るまで、馬籠宿を自由に見て廻りました。自分は馬籠宿の防火設備に注目して集落を廻っていると、天水桶の形をし、「火乃要鎮」と書かれた木箱がありました。

 その中をこっそり開けてみると、消火器が4個入っていました。このような木箱は自分が見つけた限りでは、表通りに4ヵ所ありましたが、20mおきに消火栓と消火用のホースが収納されている木箱が宿内に設置されている妻籠宿と比べると、防火設備は妻籠宿より充実しているとは言い難い印象を受けました。

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 そして、各自馬籠宿の散策を終えると、バス停に集まりバスが来るのを待ちました。その際、自分は野帳を紛失してしまったことに気付いたのですが、時間がなかったので、あきらめました(泣)。

 17時19分発のバスに乗車し、20分後に妻籠宿へ到着しました。到着後は駐車場に停めていたレンタカーに乗り、宿泊先である自由旅クラブ木曽三河家へと戻りました。

 これにて、怒涛のゼミ旅行3日目は終了です。1日中歩きっぱなしの1日でしたが、無事乗り切ることができました。

 今日で、今回のゼミ旅行のメインとなる妻籠宿調査は終了し、明日は樹齢400年程の杉が立ち並ぶ戸隠神社へと向かいます。

IMG_7561[1] IMG_7562[1]IMG_7563[1](3年 佐藤)

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