米沢市が戸塚山古墳群の確認調査を行っている。
戸塚山は丘陵裾に7世紀の終末期古墳180基余りが群集しており壮観だ。
その保存状態は東日本最大規模で、いま市では国指定史跡を目指して確認調査を行っている。
昭和18年に一部ブルドーザー(戦車のようなものらしい)が入って削平された平坦面にトレンチをいれたら、そこからもたくさんの古墳が見つかった。この部分が分布の空白地となっていたので、ここも埋まると200基はゆうに越えるだろう。
この夏は、学生達と開口した石室と墳丘の測量調査を行う予定である。高畠の大型凝灰岩とはちがい、小型の石材を利用した独特の石室構造をもっている。かれらは自然に適応してどんな構造・技術も駆使しえたのであろうか。
授業で天童市の西沼田遺跡に行った。
復元住居の炉辺で屋根の萱を燻すサポネットのおばあちゃんとしばし昔語りをする。
復元水田では今年からはじめたという直播きの田があった。籾をまいた後、水没してしまってちょっと心配だと担当の人が語っていた。
最近通っているタイ東北部やラオスでも田植えと直播きが混在している。直播きは雑草取りがたいへんだといいながらも、楽だからと案外多い。雑草に強い種を植えていたり、最近はその草もあまりまじめにとらない家もある。雨季の土器作り村でみた直播きの田はかなり粗放な感じがした。昨年12月の乾季に訪ねたとき、ちょうど今年からはじめたという潅漑水田(河川からポンプアップ)で直播きをやっていた。直播きは決して原始的な稲作ではなく、現在も共存している。日本でも田植え機を使って「湛水直播栽培」が各地で行われているそうな。
オープンキャンパス1が開かれました。
学生スタッフの皆さんお疲れ様でした。来訪者をあたたかく向かえるホスピタリティに感心しました。
今年はじめて教室の前に幟旗(のぼりばた)が立ちました。3年生の加藤さんが前日に急きょしつらえてくれました。なかなかいい出来栄えです。
会場前におかれた毛皮がなぜか大人気。通る人がみんな触っていく。なぜ毛皮はこれほど人を惹きつけるのか?面白い問題かなと。
さらに、毛皮をまとい、幟を立てて宣伝に練り歩く学生たち。パーフォーマンスの高さに拍手。
今年変わったことといえば、学科マスコットができたこと。「こけし」ではなく某先生の似顔絵とか(写真参照)。ホワイトボードにも先生たちの美化された似顔絵がならびました。
恒例となった鹿鍋(知床産エゾシカ)。今年は大量に作りました。骨ごと煮込んでいいダシが出てました。かまどでは古代米を蒸して振舞い、ついでになめしたウサギの毛皮を燻していました。
オープンキャンパスが終ると同時に車を飛ばし、仙台から大阪行きの飛行機(ANA738)に飛び乗った。最近は大学から1時間あれば空港につくことを知ってしまった。
出発してまもなく操縦席から流暢なアナウンスが流れる。
だいたいこんなかんじ、「全日空の優秀なスタッフからの連絡によりますと、本日の飛行ルートの天候は、良好との報告を受けております。離陸してまもなくゆりかごのような心地よい揺れが続きます。また水平飛行に入りましてからも、天使の気紛れで突然の揺れが起こる場合もあります。しかし、飛行にはまっ〜〜〜(中略)〜〜〜〜たく影響がございませんので、どうぞご安心ください。完璧な操縦で皆様に快適で安全な空の旅をお約束致します。」「ここで一句うかびました。青空と飛行機雲に夢のせて・・・・」などと続く。その後着陸までに「まっ〜〜〜(中略)〜〜〜〜たく」が何度か。着陸のアナウンスではボーディングブリッジの窓から操縦席を見るようにうながす。ちょっと目をやるとそこには、操縦席の窓越しにサングラスをかけ満面の笑みで手を振る機長がいた。
これが知る人ぞ知るの「全日空・山形機長」
機長といえば、羽田沖で逆噴射したJAL片桐機長が真っ先に思い浮かぶが、こんな名物機長がいたとは知らなかった。よく飛行機を利用するようになって10年になるが、宝くじにあたったような幸せな気分を味わった。余りしつこいと耳障りになるが、程よいところで終るのと、めったに遭遇しないところがいいのかもしれない。大半のお客さんは初めてで機内は拍手の渦に包まれる。ファンクラブがあるというからたいしたものだ。
美文学科立体修復専攻の3年生たちが縄文土器の修復をしています。中期中葉の土器が中心で、展示方針を考えながら修復素材や見せ方を研究しています。
今日は夜に、この時期の土器に詳しい県埋文センターの職員の方に来ていただき、縄文土器の勉強をしました。
縄目の見方(原体の撚りや転がされた方向)、中期大木式土器の紋様変化、欠損部の紋様割付、修復方法について、学生や藤原先生とともに意見を交えました。修復家が対象物の世界をよく理解するために勉強することは当たり前のことですが、修復専攻の学生たちの真剣なまなざしと学びの姿勢に触れて、さて考古学専攻の我々はどうだろうか?と考えさせられる場面も。
22・23日に日本考古学協会が東京、国士舘大学で開かれました。昨年の10月、芸工大で開催してからもう半年たちました。あの喧騒がはるか昔のように感じられます。
毎年春に東京で開かれる学会は、卒業生が集まる場でもあります。埋蔵文化財行政や考古学の世界に進んだ卒業生たちと思い出話や近況に話の花が咲きます。しかし、研究発表会やポスターセッション、図書交換会など、近頃の学会はなんとあわただしいことか。
22日の夜には神保町の学士会館という趣ある建物で、窯跡研究会の出版記念パーティ(『古代窯業の基礎研究』800ページ超の論文集、定価10,500円の大著です)がありました。長い道のりでしたが、皆さんご苦労様でした。私の他に、小林克也君、和田達也君が原稿を書いています。
16日、恒例のチュートリ「どきどき野焼き」の新歓野焼きがありました。
あいにく覆い型野焼きのワラが足りず、濡れワラや急きょ周りのススキを刈るなどして対応しました。なんとか焼けるものですね。晴天続きでカマドは絶好調。蒸し米調理も行い、カレーとともにおいしくいただきました。主役は2年生でした。
野焼きシーズンの幕開けです。
今日、午後チュートリの2年生たちが土鍋調理を始めました。まずは炊飯とカレー。ご飯はコゲつかせすぎ。薪の火かげんはまだまだです。燃料を浪費せず火を使いこなせるようがんばりましょう。土器のススコゲの観察も忘れずに!
6日朝、韓国ソウルの漢江文化財研究院の呉昇恒氏が大学に来られました。
古代東アジアのカマド文化に関する授業をしていただき、日韓のススコゲ研究について情報交換をしました。それから、前日に2年生の阿部さん、村田さん、サゴン君(留学生)らとともに急きょ修理した実験カマドの火入れを見ていただきました。
呉先生は食文化探究会(別名「食い意地研究会」)の会長です。以前、韓国へ調査にいったときにお世話になりました。「食い意地」のことをハングルでは「シクタム(食貪)」といいます。研究会の略称「食探(シクタム)」に引っ掛けて研究会はそう呼ばれています。
呉先生はだてに会長を名乗っているのではなく自然、農業、食材、料理について人かたならぬ知識と技を持っています。週末はソウルを離れて実家で畑をされているそうです。
山形では「だし」と「おかひじき」を気に入ってもらいました。