歴史遺産学科

歴史/考古/民俗・人類
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2009-12-02

晩秋の山歩き


葉っぱが落ちた晩秋の山はいい。
高畠町大笹生と細越。農作業中のおじいさんから昔の石仕事の話を聞きながら、久しぶりに石切り丁場をあるいた。

大笹生は高畠で最も早く始まった丁場で、戦前にはすでに廃棄されていたという。ここで切っていた人はもういない。登り口の路傍には山の神のほこらがひっそりとたたずむ。かつての喧騒を物語る「ずり(石屑)山」を均した石垣が幾段にも重なる。

谷筋をひたすら登っていく。石降ろし道の脇や斜面に露出する転石のそばに間知石(けんちいし 護岸用の小型石材、農閑期の副業に多くの家が生産した)を採った跡が点在する。

谷を登り切ったあたりから幾筋も大きな堀割がみえてきた。その先には「一二八(いちにいはち)」とよばれる長さ180センチ、重さ300キロの延石を切った石切り場がある。いったいいくつあるのだろうか。石垣で囲われたずり山と道具修理の鍛冶小屋跡(石積み基礎)が点在し、それらを結ぶ道が縦横にはしる。

全国に凝灰岩・砂岩など軟石系の石切場が数あれど、高畠石の丁場群は独特の景観をもつ。簡単に言うと小規模分散型。延石と間知石の複合生産を基本としつつ、石材資源の分布という自然条件、石工・石屋の存在形態、農家の生業などと深く関わりながら展開した。高畠固有の自然・社会条件がこのような遺跡景観を生んだとみることができる。また、石切り産業や各地の丁場の盛衰は、大正期の高畠鉄道開通やトラック輸送の拡大など交通事情の変容と重なる。
石切場のある風景は、現代、高畠町ではどこにいても視界に入る。これらは高畠の近代社会を知る上で欠かせない文化遺産であると同時に、地域アイデンティティーをなす文化的景観にもなっていると思う。

そんなことを考えていたら、突然、目の前を脱兎のごとく走る動物が・・・。そう、ちかごろ宮城県岩出山では「カンガルー」もどきが某朝テレビで話題になっているが、こちらは正真正銘の脱兎である。

つわものどもが夢のあと。





2009-12-01

りべんじin盛岡 附 盛岡城


ちょうど2年前。ここはスス・コゲデビューした思い出の地−岩手県埋文センター。

1年生の時に書いた図面を修正しながら再調査しました。2年間の自らの成長を確認する作業でもありました。ひさしぶりの収蔵庫内での作業。結構冷えましたが、ストーブを用意してくださいました。ありがとうございました。

ここに勤務する先輩に励まされながら・・・・。

そして、夜はいつものごとくたくさん食べました。テーブルに並んだ皿を見て一言「食いしん坊たちが夢のあと」



2009-11-29

近世城郭の保存とまちづくり


土日に姫路で日本遺跡学会と文化財石垣保存技術協議会(国の選定保存技術保持団体)合同のシンポジウムがありました。城郭の保存とこれをいかしたまちづくりはいかにあるべきか、その問題点はなにか。

姫路は世界遺産「姫路城」のおひざ元。市民はどこの都市よりお城に興味を持っていると思いきや。さにあらず・・・・。関係者曰く。市民にとって姫路城はあまりにも当たり前の風景。とくに自分たちが何かをがんばって国宝や世界遺産にしたのではなく、むこうから勝手に称号がくっついてきたと。そんな感覚の人が多いらしい。文化遺産の自己アイデンティティーの形成とは何か?考えされられるエピソードだった。;
二日目のシンポ。市民はまばら・・・・

二日間、会場と懇親会のみでとんぼ帰り。姫路城には寄らずじまいだった。来春からは平成の大修理。修復工事の様子は巨大素屋根の中のステージから見学できるが、当分天守にはのぼれなくなるそうな。見たい人は早めにどうぞ。

この会は技能者(職人さん)と技術者(コンサルや工事元請け等)、研究者、行政担当者など、さまざまな立場の人が集う。文化財のありようを常に社会との関係で考えさせてくれる私にとって大切な場所だ。

2009-11-22

ろんろんまほろん


ひさしぶりに白河ラーメンを堪能してきました。
土日の二日間、福島県文化財センター白河館「まほろん」で東北古代土器研究会のシンポジウムがありました。
東北、関東等からたくさんの人たちが集まりました。各地で活躍している卒業生たちの元気な顔をみられるのがもうひとつの楽しみです。

2009-11-14

吉田橋と岩部山石切丁場


南陽市岩部山三十三観音の近くにある石切丁場にいってきました。日が暮れたあとに登ると結構スリルがあります。暗闇に浮かぶ慈母観音。石切り場跡の活用もいろいろ。ここでも音楽コンサートが行われています。

「吉田橋」は岩部山のふもとにあり、地元の名工、吉田善之助がつくったとされる凝灰岩のアーチ橋です。明治13年築造で、初代県令−三島通庸の土木事業の一つとされます。山形と九州石工との関係が興味深い資料です。

2009-11-14

高畠石の建物


川西町にある掬粋工芸館の日本館。1階には樽平酒造の先代の陶磁器コレクションのうち、日本各地のものが展示されています。
近年、登録有形文化財に指定されました。

やわらかな赤石の色彩が周囲の木々の紅葉とマッチしてしっとりとした雰囲気をかもし出しています。瓜割山の石切場では上部に赤石(黄色)層、下部に青石層のあるのが確認できます。

高畠石の赤石でつくられた著名な建造物。保存活用策が課題です。

2009-11-12

考古学基礎演習2

1年生が教室の内外で先史・古代の技術を学ぶため、さまざまな試行実験をくりひろげています。

最初はおっかなびっくりでのこぎりやナイフを持っていた手もだいぶサマになってきました。




2009-10-30

50年ぶりの再会


2年生の考古資料分析法の授業では、夏休みに発掘した高畠町北目古墳群と酒田市飛島蕨山遺跡の出土品の整理をしています。飛鳥・奈良時代の須恵器、土師器と縄文時代中期の石器・土器が机の上に所狭しと並んでいます。
注記作業、分類接合作業の真っ最中です。

北目古墳群では1959年(昭和34)に山形大学により2基の古墳が発掘調査されました。このとき調査された古墳がどれなのか、長く不明のままでした。このたび当時の出土品を県立考古資料館からお借りし観察させてもらいました。

授業のなかで分類し、接合を試みたところ、今年私たちが調査した3号墳の出土品と接合するものがたくさん見つかりました。山形大学が50年前に調査した古墳が特定されたのです。そして、離れ離れになっていた出土品が50年ぶりに再開したのです。土器にこびりついたほこりは収蔵庫に眠っていた年月の長さを物語ります。学生たちは手(と鼻の中)を真っ黒にしてがんばっていました。

授業が終わっても3年生たちが黙々と作業を続けていました。すると4年生の先輩が深鍋で煮込んだ●●(直訳すると「タッテガリ」、意味は違いますが)をふるまってくれました。美味でしたよ。

2009-10-29

高瀬山古墳

寒河江市にある県指定史跡高瀬山古墳の整備に伴う発掘調査が行われています。霧が晴れきらない朝もやのような天気のなか調査を見学してきました。眼下にはゆったりとながれる最上川がみえます。あたりのイチョウも色づき秋真っ盛り。

今日は1年生の演習のプレゼン。銅銭の鋳造、火起こし、貝輪づくり、燈明油、トチ餅、糸作りなど様々な実験プランの発表されました。みな面白そうなアイデアいっぱいの計画でした。外では2年生が黒曜石を割り、4年生は鹿の骨を削ってヤスを作る。土器作りやらどんぐりあく抜きやら・・・・いよいよ演習室がカオスに!これからが楽しみです。

とにかく足を使って人に話を聞き、野に山に材料を求め、おじいちゃん、おばあちゃんに話を聞き、文献を読んで、奔走する。もちろん頭も使って!


2009-10-28

秋の里山でみつけたもの


1年生の考古学基礎演習では「古代技術の復元」をテーマに、各自が文献を調べ、復元実験の材料を集めています。単なる古代体験ではなく、発掘された考古資料による研究をしっかり踏まえた本物志向の道具作り、工程の再現を目指しています。

今日は米沢市戸塚山古墳群山崎支群の発掘調査を見学に行きました。その帰り道、秋の里山で実験材料(ふじ蔓)を見つけ、必死に採取を試みる学生たちです。さらにアオソも刈ってあわせて大学で水漬けにしました。

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