5日目最初の目的地は釧路湿原です。
釧路湿原には、特別天然記念物に指定されたタンチョウの繁殖地として有名で、湿原一帯が国立公園に指定されています。
この日は霧が濃かったので遠くまでは見えにくかったです。
次に阿寒湖に着き、集合時間まで昼食及び自由時間となりました。
お土産屋が立ち並んであり、動物の木彫りなど多く並べてありました。
アイヌ民族の楽器「ムックリ」を購入しました。
「ビョーン」とか面白い音が出ます。
自由時間の後、急遽予定が変更され双湖台と摩周湖へ行くことになりました。
双湖台から見た阿寒湖と周辺の森林地帯。山形では見ることのないでした。
また双湖台は、この場所から見て一つの湖である阿寒湖が二つの湖に分かれているのに見える場所になっている。
摩周湖では、湖にある小島のようなものが少し気になりました。
摩周湖から足寄(あしょろ)まで車で移動し、宿泊先の里見が丘キャンプ場に到着した。
北海道の距離感覚が慣れたのか目的地まで70㎞が近く感じた。
泊まる小屋にて皆で寝袋で寝て一泊しました。
6日目に続きます。
網走を出発していざ知床へ!海岸線を走り続けて着いたのが、知床八景に数えられるオシンコシンの滝。豪快な流れ!
名前の由来はアイヌ語で「川下にエゾマツが群生するところ」を意味する「オ・シュンク・ウシ」から転じた。(Wikipedia引用) とのこと。観光客いっぱい。
涼しい気持ちになったところでいよいよ知床国立公園内に入っていきます。
右手にはオホーツク海が悠々たる眺め。
この写真の右下の方に、クマがマスを食べにくるという養殖場があって上からヒグマがみられるポイントなんだそうですが、
生憎みれませんでした(悲しみ)
知床でパシャリ。非常に天気が良くて、まぶしいくらいでした!
クマ除けの柵には電気が走っていて、結構高いところに設置されていました。ヒグマの大きさを感じる……。
車を走らせて道を登っていくと、羅臼岳の峠にでます。右手にきれいに羅臼岳が見えます。
この日は晴れていて標高の高いところはものすごく風が強かったです。朝、田口先生から、「風が強くて寒いからスカートはやめておいた方がいい」と言われたのですが、まったくその通りでした。やめて正解でした。本当に極寒です。
ここは、正面に海が広がり、国後島が間近に見えます。国後島は現在ロシア領となっているので、海を渡れば隣の国です。
こうして近くでみると、領土問題がけして遠いものではなく、身近なものであることを感じさせられました。
知床を降りて、ちょうど旬の鮭の川登りがみれる川に行きました。
生きている鮭が流れに逆らって、豪快に川を上っていく姿をみることができました。
その瞬間的な勢い、生命力を感じる一方、産卵を終え力尽きた鮭を糧にするカラスを見ると、自然な命の繋がりを感じます。
これぞ食物連鎖。地球の生命の営みなのだなあと思います。
この日は釧路のスパカツがおいしいというお店(田口先生のお気に入り)へ行き、
それぞれが、スパカツか、スパカツ以外のものを注文して食べました。
4日目にして北海道旅行初の、普通のビジネスホテルに泊まります。
続いて、5日目へと続きます⇒
この日はまず鹿狩りのレクチャーを受けに
北海道よ西興部村(にしおこっぺむら)というところへ行きました。
気温25〜30度で鹿が住みやすく、捕獲しやすい地域だそうです。
西興部村では活動目的を掲げ、ハンターを育てる活動も行なっています!
お話を聞いた後、いよいよ鹿狩りと解体へ
命を扱う現場を目の当たりにし、普段では見ることのできない
鹿狩りを体験することで様々なことを考えさせられました。
大変貴重な経験をすることができました。
次に向かったのは北方民族博物館です。こちらは入り口に3つの顔があり、
それぞれ人間の世界、超自然的な世界、動物たちの世界を表しています。
展示にはアザラシの毛皮で作られた衣装などが
飾られています。色々な世界観が楽しめる博物館でした。
最後にサロマ湖を見ました。
お昼のいももちとてもおいしかったです(^O^)
3日目おしまい〜 つづく
2日目は、北海道へ到着して旅行がようやく本番を迎えます。
では、まず
海に囲まれた船で見る朝日はきれいですね。甲板に登ると朝早くにも関わらず多くの人がいました、
やはり船旅の醍醐味と言える景色です。
そして苫小牧から北へ約八時間進み、西興部村へと行きました。読み方は”にしおこっぺ”と言います。同じ日本でも難解な地名が多い北海道は、アイヌ語由来が多く初見では中々読めませんね。話が脱線しましたが、西興部村では鹿狩りが待っています。旅の目玉です!
西興部村には16時頃の到着、日が落ちる前に猟を終えるため一同車に乗り鹿を探しました。車から鹿がちらほら見えると「あっ鹿だ!」と驚きの声が上がりました。その時に、普段は味わえないゼミ旅行ならではの面白さを感じました。このように車で獲物を探す猟は、「流し猟」と呼び猟と言っても様々なんですね。そして仕留めた鹿はその日のうちに解体に回されます。
この鹿は、体重80キロの小鹿でした。ここでの解体では頭と手足そして内蔵を取ります。それまで生きていた鹿を、目の前で捌く様は何か考えさせる景色でした。生き物を肉にする工程には、特有の臭いや衝撃があります。それを五感で感じること、心に留めることが重要だと思う場面でした。
以上2日目をお送りしました。
3日目に続く。
こんにちは、謝ゼミです。
私たちは、9月20日~27日間に田口ゼミ・謝ゼミ合同で北海道へ旅行に行きました。
ここでは1日目の模様をお届けします。
初日は、大学から仙台港まで車で移動すること約2時間
ここからはフェリーでの移動になります。
私たちが乗る太平洋フェリーは、仙台~苫小牧間を沿岸沿いに航行し約15時間の船旅になります。夜には街の明かりが遠くに見え、まさに旅情という感じでした。こちらは船内の様子、ラウンジでしょうか?落ち着いたよい雰囲気ですね。
と、初日はこのような一日を送りました。しかし、やはり船旅で船内を歩くと揺れを感じましたが、床に着くとより全身に揺れが伝わりますね。ここで疲れていては残りの予定に響く、なんせ翌日は旅の目玉の一つが待っています。早いうちに眠りについて体を休めます。
初日はここで終わります。
2日目に続きます。
最終日初めに訪れたのは吉野ヶ里遺跡でした。
なかなかの広さであるために、全部を回ることができなかったこともありもう一度戻ってまいりました。
なかを見てまわっていると、係りのかたより「これを着てみない?」と誘われ門番・農民の恰好をさせていただきました。
この旅行最後の目的地となる九州国立博物館・太宰府天満宮へ。
太宰府天満宮と言えば学問の神、菅原道真公を祀っていることもあり残りの学業成就を願いお守りを購入しました。
全日程を終え福岡空港へ行き、帰りの飛行機へ。
やはり行きよりも帰りは早く感じあっという間の仙台空港。
今回のゼミ旅行を通してゼミとしての力をつけるだけでなく、個人の今後へとつながるものになったのではと感じました。
このゼミ旅行でお世話になった九州の方々へこの場をお借りして感謝申し上げます。
実りある7日間でした。
これにて北野ゼミ 九州旅行は終わりです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
四日目は午前中に山口県下関市にあるしものせき水族館海響館に行ってきました。
生き物や自然環境について学習できる場所をコンセプトに作られた水族館で、展示されている水族は500種類以上です。水族館の中でも定番のエイやマンボウ、サメや今人気のチンアナゴなど様々な海洋生物がいました。フグが名物の下関らしく展示されたフグの種類も充実しています。
充実した水族の中でも特にこの水族館はペンギンの展示に力を入れています。中でも、最大水深6mのペンギンプールにはイワトビペンギンやキングペンギンなど4種類を飼育しており世界最大級の規模で一番の見どころです。
また、アクアシアターではイルカとアシカによるステージがみられます。イルカやアシカが芸をすることは今ではそれほど珍しくありませんが、アシカがイルカに指示を出すステージは難易度が高いため珍しいものなのだそうです。
さて…
下関を出発して次は福岡の門司港レトロ地区に行きました。
まず最初に旧大阪商船と旧門司三井倶楽部をガイドの案内でまわりました。
旧大阪商船は大正期に大陸航路の待合室として使われていたレンガ風木造2階建ての建物です。外観デザインはドイツ、オーストリアで興ったゼツェッシオン様式で、設計は大阪の建築士の草分けといわれる河合幾次が手がけました。オレンジ色と白のタイルが特徴のしゃれた建物で、八角形の塔は灯台としても使われていたといわれています。
旧門司三井倶楽部の建物は木造2階建てでアールデコ調のモダンなデザイン、外壁が木の柱や梁などを骨組みとして外に見せるハーフティンバー様式で縦、横を強調する木部のダークブラウンと白の窓枠とシックな壁色とのコントラストが複雑なデザインになっている建物です。
建物の2階にアインシュタインイ博士夫妻が滞在した部屋がアインシュタインメモリアルルームとして復元されている場所があり、アインシュタインが使っていたベッドなどが展示されていました。
2つの建物を見て回って大正ロマンが感じる取れる建物であり、普段見る機会がほとんどない西洋風の建物が見ることができてよかったです。
次に旧門司税関に行ってきました。
旧門司税関は、瓦葺2階建て構造の煉瓦造りの建物でありレトロ地区では最も古い建物です。
建物の中の展示室に税関の仕事や旧門司税関の修復の過程、図面や写真などが展示されていました。修復の過程を見て、レンガを特注したり、屋根を全体の架け替え当時の姿に戻したり、補修として基礎、ひび割れ、飾り石の部分が行われていたりなど工事したことで写真のような美しい建物が生まれたかなと感じました…
旧門司税関の次に関門海峡ミュージアム(海峡ドラマシップ)に行きました。
この建物は、無料ゾーンと有料ゾーンがあって両方見たかったのですが見られる時間がなかったので今回私は無料ゾーンの方に行きました。
無料ゾーンでは大正ロマンが漂う門司港の街並みを再現していて、かつて門司港に実在した大正ロマンの薫り漂う建築物や路面電車などを復元されています。本格的に再現されているので過去にタイムスリップしたような感覚になりました…次行く機会があったら有料ゾーンの方に行きたいです。
以上、ゼミ旅行4日目でした。
次回は最終日の5日目の様子を紹介します!
北野ゼミ九州旅行6日目です。
この日はまず、肥前名護屋城に行ってきました。
朝鮮出兵の際に豊臣秀吉の命令で築城されたお城です。実際に行ってみると自分の知っている武将が陣を敷いていた場所など見えて勉強になります。専門家の案内で本城の石垣を一周見て回りました。と
その後は唐津に戻り、虹ノ松原を抜けたところにある石切り丁場跡を踏査。山の中に江戸期大坂城の築城にかかる献上石とみられる巨石が残されています。
写真では分かりづらいですが、実際の大きさは大の大人一人分より少し大きいくらいです。
そして、唐津市に来たということで唐津バーガーを食べました。
意外とボリュームがあってお腹いっぱいに。
この日も色々な場所をまわり、博多で格安のシェアホテルに泊まりました。
夜は天神に繰り出しもつ鍋。
次回九州旅行最終日、こう御期待ください。
3日目は、山口県萩市に行きました。
萩市では、萩の城下町と吉田松陰ゆかりの地・旧松本村を散策と、特産品である夏みかんを使用したオリジナルストラップの制作体験、世界遺産に登録された萩反射炉を見てきました。
萩城下は、現在でも古地図で歩ける街で、江戸時代に形成された町割や街路、武家屋敷や町家などが多く存在しています。
西郷隆盛、大久保利通と並び「維新の三傑」と詠われた木戸孝允、別名“桂小五郎”の生家や、高杉晋作の生家などを見てきました。中でも、重要文化財に指定されている「菊屋家」は巡検使を迎える迎賓館として使用されていました。
厳しい身分制度の為、家人であっても正門から入ることができなかったそうです。
旧松本村では、吉田松陰が伊豆下田で海外渡航に失敗し、江戸伝馬獄から萩野山獄へ収容された後に実家・杉家旧宅に預けられたさいに謹慎し、読書と著述に専念した吉田松陰幽囚ノ旧宅や、松下村塾、松陰神社などを見てきました。
当時どのような環境で学問を学んできたのかなどが見られ、おもしろかったです。
最後に、萩反射炉です。道に迷うハプニングがありましたが、無事に見てくることができました。
在残っている遺構は煙突にあたる部分で、高さ10.5mの安山岩積み(上方一部レンガ積み)です。
2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」として正式登録されました。
反射炉が現存するのは韮山(静岡県)と萩の2ヶ所だけです。
この日も後半は雨が降ってしまいましたが、無事に宿につくことができました。
3日目の宿は少しいいところに泊まろうということで、海が見える旅館に泊まりました。
3日目は以上です。次は4日目です。4日目は下関に向かい、その後福岡県に向かいます。
2日目は、はじめに厳島神社に行きました。 あいにくの雨でしたが、満潮と重なり水位がさらに増してしまい建物が浸水するという貴重な体験をすることができました。
日本三景のひとつであり、文化遺産として世界遺産となっている厳島神社を実際に見てみて、平安時代の建築様式や宗教的空間を感じ取ることができました。
厳島神社のあとは錦帯橋に行きました。錦帯橋は岩国の錦川に架かる橋で、江戸時代に作られ昭和まで流されることがなかったそうです。
5つのアーチをつなげて1つの大きな橋になっています。
この日は雨で川が増水していました。橋ができる以前は渡し船で川を行き来していたそうなので、この水量と同じくらいだと危なかったのではないかと思います。安全に川を渡りたいという橋を作った人たちの思いを感じることもできました。
現在の錦帯橋は昭和に流されたあと再建されたもので、さらに平成になって改修が加えられたとのことです。
錦帯橋見学のあとは宿のある萩にむかいます。山口県内でしたが岩国から萩は遠かったです。
2日目は以上で終了です。3日目は萩での散策の様子をお伝えします。