歴史遺産学科

歴史/考古/民俗・人類
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2010-11-25

久々に・・・

一関市博物館へ史料調査にやってきました。
ひとりです。

8月以来でしょうか?やらなければならない仕事は膨大にあるのにずいぶんご無沙汰してました。

やらなければならない仕事とは、一関市博物館に収蔵されている「槻山家文書」という10000点近くある古文書一点一点に名前をつけることです。半分くらいは博物館の学芸員さんが完成させていて、残り半分の4000点を作業中です。

今年からはじめて、歴産2・3年生のがんばりもあり、現在1000点くらいは終わったでしょうか。
今日、一日やって83点でした。
まだまだ先は長いです。

2010-11-24

最上川の水駅をあるく

山形県教委が調査を進めている最上川沿いの古代水駅の候補地を歩いた。

忙しく野菜の水洗いをしているお爺さんに話を聞いた。この用水が最上と庄内の境だよ。こっちが戸沢村。でもこの道路は旧松山町の予算で作ったんだ。今年の山は熊がたくさん降りてくるよ。。。 そして船着き場に案内してくれた。かつて舟が行き来していた時代、曳舟をするため河原は持って管理されていたらしい。帆船から船外機へ、水難事故のこと、仕事を辞める経緯、自らのライフヒストリーに重ねて舟運の歴史を語ってくれた。

2010-11-23

戸塚山現地見学会、講演会


夏に調査した戸塚山古墳群の現地説明会と講演会が行われた。
現地見学会には90名余りの人が参加し、寒空の下1時間30分、調査成果に聞き入った。今回のイベントは地元上郷地区公民館、小中学校が主体となり、米沢市教委と協力して地域の歴史遺産を自らが学び、顕彰しようと企画したものである。

午後からは地元中学校の体育館を会場に記念講演会が行われた。広い体育館で、暖房がなかなか効かない。シンポジウムの時、壇上で寒くて震えたのは初めてだった。
懇親会のとき、記念講演の講師は、笑いをとれなかったことがもっと寒かった!と嘆いていた。

講演を聞く聴衆の姿勢にも地域差がある。以前、関西で講演した時、ちょっとしたジョークにお客さんが大爆笑してくれる。意外な反応に、こっちはもっと笑ってもらおうと策を練る。すべってもそれがまた笑いになる。そんな関係で講演が盛り上がるとしゃべったほうも達成感が味わえる。大阪は寄席の伝統からか、日常会話にも笑いのやりとりが不可欠とされる。

当の講演、実は大変面白くみんな心の中で大笑いしていたのだが。それを表に出して表現するのは失礼と感じる土地柄なのだ、と周囲からなぐさめれていた。よけい痛い・・・
ちなみに講師は生粋の大阪人。

体育館の壁には上杉謙信と鷹山の額が掲げられている。米沢市の小中学校はすべてそうなのだと。郷土の偉人をまつるのは先史時代から変わらぬ人の営みだ。現生を生きる首長や我々にとってそれは極めて政治的宗教的な行為なのだ。
周囲の話では昔は鷹山だけだったらしい。謙信が加わったのは新しいそうだ。上杉家の始祖と観念された「謙信」が祀られる。これは今日の講演のテーマ「古墳群形成における始祖墓と擬制的同祖同族関係」にぴったりの事象だった。あまり書くときな臭くなるのでこの辺で。

2010-11-21

芋煮会 


こんにちは、謝ゼミの朝顔の君です。
先日、謝ゼミでは4年の先輩方が芋煮会を開いて下さいました!

謝先生の研究室で!

本当は河原で行う予定だったのですが、悪天候のため中止に・・・。
今回はそのリベンジということで、謝先生の研究室をお借りしました。

当日は全て先輩方が準備して下いました (ありがとうございます)
我々3年が5階のエレベーターを降りると、どこからともなく醤油の好い匂いが・・・。

本当にフロア中には好い匂いが漂っていました。
そして芋煮の完成〜♪

山形出身の先輩が味付けをしてくださいました。
芋煮会は14時から開催したのですが、先輩方は午前中から準備してくださっていたそうで・・・
本当にありがとうございます。
肉の旨みが利いた芋煮はとても美味しかったです。

「芋煮は醤油味と味噌味で喧嘩になるよね〜」
「けんちん汁って芋煮みたいなの?」「いや違う」
「豚汁って全国的なもの?」「え・・・うん?」

芋煮に関すること and 関係ないものについて歓談しつつ箸は進み・・・・
やはり最後はこれでしょう!

芋煮会の〆といえばうどんですよね〜。
お腹一杯でもついつい箸が進んでしまいます。
ちなみに、蓮の女神は今回が芋煮会初体験。
女神も芋煮うどんにご満悦の様子でした。
やはり温かいものを皆で食べると楽しいですね。
今回は芋煮も美味しかったのですが、それ以上に先輩方のお話を聴けてとても面白かったです。
(き○ち先生がゼミ旅行中行方不明になり町内放送かけたとか)

先輩方、ありがとうございました!


〜 おまけ 〜

しばしの間、研究室にいらっしゃった「御柿様」。
何てことはない、ただ柿に落書きしただけのものですが。
高台に乗せてみたらなんだかグレードアップして「御柿様」と名付けられました。

食べ物に顔が描いてあると可愛いのですが、いざ食べるとなると
ちょっと罪悪感を感じてしまいますよね。

この御柿様は蓮の女神に差し上げました。
女神はりんごを剥くように、柿を回しながらシュルシュルと皮むきをして食べたそうです。

2010-11-16

伝統の小屋作り


野焼き場に小屋が建ちました。

今年の夏の現場は小屋なしだったため技術の伝承があやぶまれましたが、確実に2年生に伝わりました。

これで天候に左右されず調理実験が行えます。もう冬がすぐそこまで来てます。

2010-11-11

短い秋の日の野焼き場で

久しぶりに穏やかな秋の日。野焼き場では、1年生が考古学の授業の企画で活動しています。一生懸命「穴掘り」するグループ、はしごに登って蔓を採取するグループ。その時、卒業後7年間音信不通だった元ゼミ生がふらりと訪ねてきた。手に差し入れをぶらさげて。

立ち話で、足早に7年間を振り返った。就職、転職・・・、北海道、八戸を経て、今は東京で立派に仕事をしている。大学時代とは違って、自分自身についてしっかり話ができる青年に成長していた。仕事に余裕があるときには遺跡や博物館をみたりしてるらしい。
そして、2年生の時、考古学の授業で焼いた縄文土器を今でももっているという。大学時代を思い出し、成長の過程を振り返るアイテムとなっているようだ。なんとなくうれしく、日が陰り冷えはじめた体が温かくなるのを感じた。


2010-11-10

能登畠山氏の居城


上杉氏の春日山城に続いて能登畠山氏の居城、七尾城に行ってきました。春日山と直江津の府中、七尾城と七尾の府中、守護大名の都市計画の共通性がうかがわれます。

強い雨と、時折あられが降る北陸特有の初冬の天気のなか、山城の急斜面を手をつきながら登ったり降りたり。サバイバルな城歩きでした。

春日山城も七尾城も戦国期の城で「土の城」です。織豊系城郭は「石の城」=石垣、瓦、礎石建物がメルクマールです。防御機能の発達により、虎口(廓の入り口)の形態も変わっていきます。

山の「土の城」の宿命として、雨による斜面の崩落があります。両城とも大小の土砂崩れが頻発し、復旧工事が行われていました。南九州のシラスの山城は深刻ですが、ここ七尾城も例外ではありません。毎年、大雨のたびに史跡の各所で崩壊が起こります。400年あまり地域の人の手で伝えられてきた史跡を保全していくことは簡単ではありません。

七尾城は越後の上杉氏の攻略によって落城します。その後、織田勢の前田利家が入りますが、利家はわずか数年で七尾府中の小丸山城に移り、その後七尾城は廃城へと向かいます。

ところで七尾城は春日山城と違い、石垣が多数あります。主要な廓の斜面には段状の石垣があり、巨石を積んだ虎口もあるのです。また、特徴的なのは急斜面の各所に、小さな小段の石垣がたくさんみられることです。これら石垣群のなかではたして畠山家の時代にさかのぼるものがあるのか。問題です。

興味深いのは、小さな階段状の石垣が、谷の「みず道」となるところに重点的に整備されているのです。大雨の中、急斜面を歩いたことでそのことに気づいたのです。かなり危険な踏査でしたが収穫がありました。「防災の石垣」新たな視点です。

2010-11-08

オープン・リサーチ・センター整備事業 企画展「東北一万年のフィールドワーク東北 あるく・みる・きく」に関する写真データ提供のお願い


東北文化研究センターでは、11月29日(月)〜12月4(土)まで、企画展「東北一万年のフィールドワーク 東北 あるく・みる・きく」を図書館二階のスタジオ144で行います。

現在、学生の有志を中心に準備作業をすすめています。

企画展の内容は、歴史遺産学科の学生のみなさんがかかわってこられたフィールドワークの成果報告を中心に、各調査地の古写真・集落図・実測図・空中写真・みなさんが撮った写真など二次元資料を使って構成する予定です。

そこで、この企画展に際し、みなさんが持っている各フィールドでの活動を写した写真などの提供をお願いしたいと思います。対象地域は以下の9地域です。

とくに、皆さんの活動が写っている写真、地域の方たちと交流している写真、くらしの様子、習俗、行事、そしておもしろい写真などなど、お持ちの方はデータの提供をお願いします。
期日が差し迫っています。できれば、今週中にいただけるととても助かります!

よろしくお願いします。

井筒

【対象地域】
 小国町小玉川
 小国町五味沢
 男鹿半島戸賀
 長野県秋山郷
 下北半島尻屋
 秋田市太平
 酒田市飛島
 朝日町上郷
 山形市八森

連絡は、以下までお願いします。

井筒桃子(RA:大学院博士課程、5階院生室にいます)

東北文化研究センター岸本
seiji-k●aga.tuad.ac.jp(●を@にかえてください)

2010-11-07

スス・コゲ調査in上越


なじら〜。、ともぞうとむらっちゃんです。
「なじら」は新潟弁で「こんにちは」的な意味らしいです。

今回は上越の埋蔵文化財センターにお邪魔して、山畑遺跡と津倉田遺跡の土器を調査してきました。
メンバーは、北野先生・4年生のアンジー先輩・2年生の獅子座の女・ともぞう・ゆっちゃん・むらっちゃんでした。

5日は18時半に山形を出発して、途中でアンジー先輩と合流し、先輩からお借りした「新潟弁講座」のCDを聞きながら爆笑しているうちに、上越に着きました。

6日から本格的に作業を開始しましたが、予想以上に土器が多く、自分達2年生は圧倒されてしまいました。圧倒されようとされなかろうと、作業は始めなければ終わりませぬ(汗)。早速津倉田遺跡の土器から取り掛かりました。
夕飯は高田の通りで食べようとしたのですが、如何せん、メンバーにツッコミがいない!!いつものツッコミ係あべちゃんは、今回参加しておりませぬので、ボケばかりのメンバーでは夕飯が決まらず、うろうろした挙句、ガストに落ち着きました。ツッコミ大事!

7日は津倉田遺跡の土器が終わり次第、山畑遺跡に移りました。山畑遺跡は兄弟土器(似ている土器)が数点あり、「きょ、兄弟(笑)」てなりました。
上越を去る前に、春日山城に皆で登りました。獅子座の女・ゆっちゃん・むらっちゃんは歩いて本丸まで行ったのに、他の3人は車で…。むらっちゃん曰く、「裏切られた気がした」そうです。本丸からは平野が一望でき、海も見え、ともぞう曰く「本丸からの眺めは最高ー!!」だそうです。

山畑遺跡・津倉田遺跡の土器は直置きが少なく、カマドがけが多かったように思いました。比較的容量が少ないものも、カマドにかけられていたのが特徴ではないかと思います。

次回はツッコミが欲しいなー…。







このプロジェクトのテーマは「環境・生業・技術に関する歴史動態的研究」。ある時代・ある地域の文化の特色を、自然と人、人と社会の関わりから読み解いていこうという試みです。

「スス・コゲ調査」は、土鍋の作り分けと使用痕の分析から、古代の鍋の組成や調理法(火処や料理)を復元し、その時間的変遷や地域的分布の様相を明らかにしていく地道な研究です。

参加してくれた学生はもう2度、3度と各地に出かけています。昼間はひたすら土器とにらめっこして図面を描きます。もう一人前の考古学者なみに使用痕を読み取れる学生もいます。でも何か忘れていませんか?

土地の自然と文化を肌で感じるためにわざわざ現地に来てるのです。
事前にどれだけ土地(上越市)の情報を調べてきたでしょうか。山形に帰ってからみてきた遺跡や町の様子をもう一度確認してみましたか。
ボクシーの車窓から、どんな景観を切り取ってきましたか。何を発見しましたか。春日山城の本丸からあなたは何を読み取ったのでしょうか。
そして、地域の気候や地形、植生、生業、産業、名産品、町並み、建築、歴史・・・なんでもいいからそれらの関係性について自分の頭で考えてみましたか。

高田の雁木通りを歩いて何に気付いたのでしょうか。なぜ、高田の街に雁木通りがよく残ったのか。近世城下町の町屋に由来する発生論的な見方と豪雪地帯という気候的な要因からの見方を紹介しました。ほかの面からも説明可能なのかもしれません。
直江津の地になぜ上杉の守護所がおかれたのか。春日山城のてっぺんから一望した日本海、頚城平野、北陸道と上信越道の分岐、北陸本線と信越本線の分岐、土地の生産力や交通の要衝にあることを納得しましたか。

いずれにしても、フィールドに出るということは、本物に出会い、驚き、問題や答えを発見することです。それは喜びとなり、また新たな出会いを渇望するようになります。そして、知りたいと願う気持ちが、調べるモチベーションを高めるのです。

これからは、「環境・生業・技術」のキーワードを唱えながら、どこに行ってきたかではなく、そこで何を発見したのかを問いましょう。それが歴史遺産学科で学ぶ上で不可欠な点です。これからの調査に期待しています。

そして、土地のものを食べるのにもっと貪欲になりましょう!夜の調査はとっても大事なんです。

2010-11-05

続・卒研フィールドワーク


 4年武士ことSKです。
 卒業研究もいよいよ終盤戦に入ってきまして、私とM田のフィールドワークも忙しくなってしばらく経ちます。
 私たちはあれからも、特に10月に入ってからは頻繁に、小国町五味沢地区にお邪魔しております。

 さすがに日帰り強行は改善され、最近では五味沢地区のとある集落の、公民館を借りて寝泊まりしています。一泊二日とか、二泊三日とか。当然自炊です。調査から帰ってくれば米を炊いて食事を取り、機嫌の悪いテレビの雑音を聞きながらひたすら調査結果をまとめる…というのが恒例になってきました。二人とも力尽きたら、大量にいるカメムシの羽音に悩まされながら寝袋の中で眠りに付きます。

 地域の人とは以前にも増して親しくさせていただいています。時には運転しない方がお酒を頂いてしまうことも。酒の弱いSKには身体的に辛いものがあります。
 人から聞いた話が大事な資料となるこの研究、いや、研究抜きにしても、ここまで良くして頂いて本当にありがたい限りです。

 卒論の提出受付開始までおよそ1カ月半となり、私たちも焦りを覚えつつ、今まで調査した情報を見返したり、先輩たちの残した業績を参考にしながら文章をまとめ始めるようになりました。
 まとめるほどに足りない部分も露呈し、本を読んだり、次に聞き書きを取る項目を考えたりする毎日です。
 特に現地調査は雪が降るまでが勝負… 雪が降ったら小国町まで行くのは困難になります。それまでに必要な情報を集め切り、無事にまとめきれるか!字義通り「勝負」ですね。

 それではM田…卒論これからに向けて何か一言。
「卒論気合い入れて頑張ります!!」

 そう…前々回、SKは野生のクマに出会いました。本当にどこにいるかわかりません。皆さまもどうかお気をつけて。

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