第2回:「ヒトとモノの記憶」
2011/07/01
第2回:「ヒトとモノの記憶」
7月6日(水)17:30―19:00
東北芸術工科大学 本館1階ラウンジにて
藤原 徹(修復家/美術史・文化財保存修復学科教授)×原 高史(現代美術家/グラフィックデザイン学科准教授)
モノやヒトが語る《記憶》に耳を傾けよう
第2回目は《記憶》をテーマとするそれぞれのお仕事の話をメインに語っていただきます。藤原 徹氏は、モノ自体の声を聞き、モノの《記憶》を復元する立体修復をおこなっています。原 高史氏は、ヒトの話を聞き、ヒトの《記憶》を作品化する『Sings of Memory』というプロジェクトを国内外で続けています。彼らの《3.11》以前と以降についてご自身の経験談をお伺いし、ご来場のみなさんと東北で生きる私たちだから語り合えることを共有できればと考えます。
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■藤原 徹の3.11
宮城県美術館の正面にある野外彫刻ヘンリー・ムーア作『スピンドルピース』の修復作業中に震災が起こった。学生5人と一緒だった。4トン近くもある彫刻だが、思わず揺れと同時に抱きかかえている自分がいた。彫刻とまるでランバダを踊っていたようだ、と後になって苦笑した。揺れが収まり、学生と修復作業を続けた。それほど被害が大きいとは思っていなかったからだ。すると美術館の人がやってきて「早く作業を止めて帰りなさい」と促され、修復作業を中断した。後でせんだいメディアテークの被害の話を聞き、前川國男設計の宮城県美術館は地震に強い建物なんだなと改めて見直した。
美術館を出ると、防空頭巾をかぶった幼稚園児やヘルメットをかぶった人を見かけた。そのときは大袈裟だなと思ったが、車の中で生徒の持っているワンセグのテレビを見て、被害の大きさにみな黙り込んだ。我々は通行止めになっていた高速道路は通れず、真っ暗な山道で山形に戻った。作業途中だったので気になってしょうがなかったが、震災後はガソリン不足のため、山中にある山形の自宅で過ごさざるをえなかった。3日分の食料しかなかったが、1日1食ずつ食べながら、1週間を過ごした。なぜなら下界へ降りて、自分の浅ましい姿を見たくなかったからだ。非常時における人間の心理や集団行動は見るに堪えない。こたつの中で頭だけ出してひたすら<妄想、瞑想、夢想>に耽った。浮かんでくる答えは<無力感、無情感、無念感>だけだった。
■原 高史の3.11
僕は東京のアトリエにいた。電話でプロジェクトについて打ち合わせ中だった。電話口では「危ないですから、外に出ないでください」と言うが、その揺れを体験していないから出てきた言葉であろう。僕のアトリエは大きなキャンバスに囲まれており、それらが倒れてきて本当に大変だったのだ。しばらくして外へ出たら、商店街の人たちが集まっていた。靴の底で感じる地面がヌルっと妙な感覚だったのを覚えている。隣の川をふと覗き込むと、鯉があわてている様子だった。それに対して鳥たちは悠々と空を飛んでいるように見えた。
自宅へ戻ろうと車に乗ったが、甲州街道は大混雑しており、途中であきらめアトリエへ戻った。都内にいる妻には連絡がとれた。海外の友人からどんどんメールが入り、心配して香港へ来るようチケットを手配してくれた友人もいた。しかし妻の体調を考慮し、大阪へ一時的に避難することにした。新幹線から富士山を眺めながら、映画『日本沈没』を思い起こしていた。車内は関西方面へ向かう親子連れで満杯だったが、みな真剣な面持ちで、決して楽しい家族旅行の雰囲気ではなかった。
その後、僕は作品を制作することが困難になってしまった。しかし先日、日本を一旦離れ、海外から冷静に日本の状況を見てみると、気持ちに少しずつ変化が生じてきた。自分ができることは〈アートを通して〉きっと何かあるはずだ。もしかしたらその時期は、すぐそこまで来ているかもしれない。
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プロフィール
■藤原 徹
立体修復家。広島県生まれ。東京造形大学卒業後、彫刻原型製作工房を開設。その後フランスへ渡り、ツール美術学校保存修復科卒業。グルノーブル近代美術館、オルレアン美術館、ルーブル美術館にて研修を受け、1996年フランス文化省立体作品保存修復士認定試験合格。佐藤忠良記念財団原型保存修復員、宮城県美術館、東京国立博物館、国立西洋美術館等の客員研究員を経て、2004年より現職。主な保存修復処置として、イサム・ノグチの石膏原型の洗浄と修復(香川文化会館)、オーギュスト・ロダン作「戯れる子供」「洗礼者ヨハネ」(国立西洋美術館)、サルバドール・ダリ作「象徴的機能を持つシュルレアリズム的オブジェ」(諸橋美術館)、佐藤忠良氏石膏原型約114体 (宮城県美術館)、鶴岡カトリック教会聖母子像(鶴岡市教育委員会)など。災害救助作業として、水害による高知県立美術館の作品救済、東日本震災による石巻文化センター所蔵品の救急処置など。現在、美術史・文化財保存修復学科教授。
■原 高史
現代美術家。東京都生まれ。多摩美術大学絵画科油画専攻大学院修了。1990年代後半よりインスタレーション、プロジェクト、絵画作品をギャラリー、美術館などで発表。2000年から文化庁在外研修およびポーラ美術振興財団在外研修にてドイツ・ベルリンに滞在。 主な活動として、地域の人々とのコミュニケーションを通して得られた<ことば>を絵と共にパネルに描き、歴史的建物や、地域一帯の窓を埋め尽くすプロジェクト『Signs of Memory』を展開。これまでに、シンガポールビエンナーレ(2006年)、ハバナビエンナーレ(2008年)をはじめ、ドイツ、日本、ブラジル、中国、台北、香港など7 カ国20カ所以上で発表。企業や行政、教育機関などとのアートコラボレーション、ワークショップ、サイン計画、デザイン等を行っている。現在、グラフィックデザイン学科准教授。
企画:和田菜穂子(美術館大学センター准教授)