心に刻印する

心に刻印された事象をふたたびたぐり寄せる行為。それが〈記憶〉の再生にあたる。〈記憶〉の対局にあるのが〈忘却〉。ジェフリー・ソナベンドという、記憶の研究家、神経生理学者がいる。『オブリセンス―忘却の理論と物質の問題』という全3巻におよぶ著書のなかで、〈記憶〉について次のように述べている。「存在するのは経験とその消失だけである」と。しかし過去の経験は消えてなくなるものではない。私たちが〈記憶〉として認識している経験は、その再生が図られないと、断片化され、次第に損なわれ、〈忘却〉の彼方に行ってしまうだけなのだ。

それをたぐり寄せることを真摯に試みたのが『声プロジェクト』で、個々の〈記憶〉を〈声〉として蘇らせたのが展覧会『記憶の声』であった。〈記憶〉も〈声〉も、視覚的に形として捉えることは不可能である。あくまで個々の印象として、心に刻印されるものである。記憶をつかさどる脳はマシンではないので、すべてを記憶することはできない。人の〈記憶〉というのは、普段は心のなかに埋もれていて、〈忘却〉と背中合わせなのである。埋もれている記憶は、刻印が深ければそう簡単には消失しないが、想起する頻度が少なければどんどん薄れていく。そうするうちに、経験はおぼろげになり塗り替えられ、〈記憶〉は〈虚構〉と化していく。

〈声〉も発した時点で、すぐに耳で受け止めなければ、瞬時に消えてしまう。展覧会というのも、ある一定期間のみ展開される特殊な〈場づくり〉である。〈記憶〉をつくるための装置に他ならない。展覧会『記憶の声』は、個の記憶で〈集合的記憶〉をつくることに挑戦した、概念的なものであった。

 

記録と伝承

かつて村の掟やならわしを伝える手段は、口頭での伝承でしかなかった。親から子へ、そして孫へ、村に伝わる唄であったり、お伽噺であったり、いずれにせよ、〈声〉を通じて子孫に伝承されてきた。現代ではもはや〈声〉だけを頼りにする伝承法では心許ない。最も多いのは〈文字〉としての記録である。その他、写真、動画など、さまざまな方法で記録と再生が可能となった。

この展覧会では〈声〉を用いた〈記録と伝承〉を展示方法とした。インタビューの〈声〉を用い、それを集め、再生する、という手段そのものが展覧会の構成要素となっている。再生方法は《能動的再生》、《受動的再生》、その中間の《半能動的再生》に分類される。《能動的再生》は自ら動かなければ〈声〉を聴けないもの、《受動的再生》は自然に耳に入ってくるもの、中間の《半能動的再生》は〈声〉を聴くことを目的としなくても、行動することで自然に耳に入ってくるもの、である。《能動的再生》はQRコードに記録されたもの、カセットテープに録音されたもの、トークイベントでの生の声、などである。《半能動的再生》はハンモックのピロースピーカー。《受動的再生》は展覧会会場入り口の声のインスタレーション、などである。

じっくりと他人の〈声〉に耳を傾ける〈聴く行為〉に的を当て、その仕組みと空間づくりに重きを置いた展覧会。さらに、視覚、聴覚以外の他の五感にも働きかけるような仕掛けを挿入した。記憶を蘇らせるには、心に封じこまれたものを解き放つための装置が必要となる。記憶の掘り起し作業には、感覚を研ぎすます場が必要であった。

 

『記憶の声』

『記憶の声』というテーマは、アーティストの原高史とResponsive Environment の西澤高男と議論を重ねた結果、決まったものである。一昨年の東日本大震災を受け、人々の心の奥底にある想いを〈声にして残すこと〉、〈言葉にして伝えること〉を主眼に置くことにした。震災によって東北人は〈喪失〉を体験し、日々風化していく、おぼろげな〈記憶〉の重要性を思い知ったからである。そして〈いま、大学に存在している自分自身の存在をアーカイブすること〉を、私たちは最終的な目標とした。

もうひとつ、大学でおこなう意義を考え、学生を巻き込んで大きなうねりをつくりだすことにした。そこで展覧会に先立ち、参加型の『声プロジェクト』を立ちあげたのである。学生スタッフはcoice(コイス)と名付けられ、原、西澤、和田3名のもとに集まったゼミ生を中心とするボランティアで構成され、約1年前から制作準備を進めた。最初のインタビューは本学を代表する徳山詳直理事長からおこなった。約2時間に渡り、学生に対する熱い想いを語ってくれた。

 

『声プロジェクト』は以下の6つのプロセスで成り立っている。

1、声を発する

2、声を集める

3、声を聴く

4、声を交える

5、声を残す

6、声を展示する

素材となる〈声〉は、原と西澤が5月から集めた計160名の学生の声である。coice も31名の教員にインタビューをおこなった。質問内容は、「あなたにとって忘れられない風景とは」「子供の頃の夢」(過去)、「いまの大学生活」「いまどきの大学生」(現在)、「次の世代に期待すること」「日本の未来について」「将来どんな大人になりたいか」(未来)など多岐に渡る。インタビュアーの原と西澤はその質問項目をもとに、さらに話を膨らませていった。

展覧会会場は本館7階ギャラリーと本館前広場のふたつ。7階ギャラリーでは6つのRoomに区分し、それぞれコンセプトの異なる展示空間を演出した。体験すればするほど受け手の〈記憶の断片〉が再構築される仕掛けである。自分の過去の記憶と他人の記憶がリンクする、〈声〉の体験を伴う場であった。

以下、個々の展示解説をおこなう。

 

Room #1『声の灯火』

暗闇に突然放り込まれ、さまざまな声が入り混じったなか、点滅する光が幻影のように現れる。否応なく耳に飛び込んでくる声には、「震災後に降った雪のようなものが、手に触れても溶けなかった」というようなショッキングな逸話も含まれている。エレベーターを降りた途端、光を失った闇の空間がひろがり、戸惑いを隠せなかった来場者も多かったことだろう。5つの椅子が備え付けられ、天から降り注ぐ点滅する光は、人の魂の象徴とも見て取れる。暗闇に飛び交う無数の声は、まるで肉体を失った魂が、空中を彷徨い続けているかのようである。〈言霊〉のように呼応する〈声〉が耳に纏わり、立ち尽くす人々に強く訴えかけてくる。3.11のあの晩、山形は停電だった。それが翌日まで続いていたことを思い起こし、恐怖感の再現を味わった人もいるだろう。

西澤高男による声のインスタレーションは、〈声〉というものを身体で受け止める体験を伴うものであった。暗闇では視覚が奪われるため、それ以外の感覚が研ぎ澄まされる。インタビューの声が入り混じる、音のグルーヴ作品は、Responsive Environment のメンバーのひとり、酒井聡によるサウンド・デザインであった。

 

Room #2『声プロジェクト』

人の連鎖、つながりを作品化したもの。壁に連なった連続する文字は、一見すると記号のように見えるが、じっくり読みこむとインタビューに応じてくれた160名の学生の名前、インタビュー日、インタビュー場所が記載されている。原は「インタビューでいままで何百人、何千人の話を聞いてきたけれど、彼らの顔や声をすべて記憶できない。まるで渋谷のスクランブル交差点で見ず知らずの他人が自分とすれ違うように、インタビューした人たちも、時の経過とともに、僕の記憶からこぼれ落ちてしまう」と述べた。それを象徴するかのように、壁には淀みなく流れる記号化された文字列が並び、そこからは人間としての存在や個性を感じることはない。

一方、壁に貼られた四角い記号QRコードは、その形とは対照的に中身に個性をもたせている。携帯端末をかざしバーコードを読み取ると、インタビューの肉声を聞くことができるのである。まるで個々の人格を纏っているかのようだ。それは〈私という個〉を示しているといえよう。声には声紋といって、その人自身を表すしるしがある。科学的にいえば、声紋は声の周波数の波形を表したものであり、近年、指紋の他、声紋認証によって、個人を特定するシステムを取り入れている企業も出てきている。声を集めていくことは、〈私という個〉を集めていくことでもあった。

西澤はこの空間でパラメトリック・スピーカーという特殊な装置を用い、どこから飛んでくるか目には見えない交錯する音声を〈受動的〉に体感させた。

 

Room #3『記憶の風景』

忘却の彼方にある記憶をたぐり寄せる装置として、5つのハンモックを用意した。それぞれ異なるテーマの声が収録されている。

忘れられない風景/自分の将来/結婚や恋愛観/大学生活/日本の未来

ここでは《半受動的再生》としての〈声〉を、ハンモックのなかにあるピロースピーカーから聴く。ハンモックに揺られながら、または巨大マットに寝そべりながら、誰かの声とあなたの記憶がリンクしはじめる仕組みである。

原はよく〈リンクする〉という言葉を口にしたが、それは何かのきっかけで忘却していた記憶が蘇り、つながることを意味する。ここでは〈ハンモック〉という揺らぎの振動で、心身ともにリラックスさせるツールを用い、記憶の扉をすっと開かせることを目論んだ。ピロースピーカーから聴こえる声は、眠りを誘発するかのような、ささやき声のボリュームにしているため、決して明晰な音量ではない。母親の胎内にいるような籠った声を聴きながら心を解き放ち、自分の過去の記憶と再び巡り合う場を提供したのである。〈声〉を聴かせることを主目的としているわけではない。視覚、聴覚以外の感覚を体験する場をつくった。Room #1 の『声の灯火』が《緊張的体験》であるのに対し、ここは心身を解きほぐす《弛緩的体験》であった。

あなたの記憶の扉は開かれ、思い出の風景と再会できただろうか。

 

Room #4『追憶の場所』

カセットテープは複製が容易にできるものではなく、いまや時代遅れとなったメディアである。本展覧会では、あえてその懐かしいメディアであるカセットテープを用い、そこに収められた教員の声をじっくり傾聴するブースを設けた。山形市内を一望できる窓辺に腰を下ろし、カセットデッキのPlay ボタンを押す。窓には教員の顔とQRコードが、風景に溶け込むように貼られている。彼らの過去を懐かしむ声に耳を傾けながら、自身の記憶とリンクさせていく、というパーソナルスペースである。

その背後は、逆に開かれたオープンスペースとし、『声のフォーラム』と名付けた。デザインは西澤によるもので、窓の向こうに見える山の連なりと、平台と箱馬を積層してつくった階段状の客席が人工的なランドスケープとなって重なっている。ここではほぼ毎日トークイベントがおこなわれ、〈生の声〉が交差するアクティブな空間となった。背中合わせで、録音した〈過去の声〉とライブトークの〈いまの声〉が織り成す、声の混成エリアとなった。

ところでインターネットが発達し情報過多となった現在、わざわざ行かないと見られない、聞けない、体験できない、という生の経験が軽んじられる傾向にある。そこで我々は〈生の声を聴く〉、〈リアルな体験をする〉という経験知を積み重ねる場づくりを試みた。その経験知はさらにみんなで共有でき、膨らませることが可能であった。

「近代社会の感性においては、集団的記憶に歴史がとってかわる」とフランスの研究者ピエール・ノラが述べているが、ここでのできごとは〈集団的記憶〉として歴史となりうることも可能だった。一方リアルな体験によって刻まれた経験の溝は〈個の記憶〉として深く心に刻印されたはずである。

 

Room #5『記憶の森』

2頭の鹿が佇む『記憶の森』には、いくつもの物語が紡がれている。鹿の目線の向こうには、暗闇に引きずり込まれた小鹿の屍。まさに狼が小鹿を食いちぎり、壁の向こうの別世界へ引きずり込もうとしている場面である。弱者が強者に負けてしまう宿命を負っている、自然の摂理には逆らえない、という世界観が創出されている。小鹿が消えてなくなると、『記憶の森』は何ごともなかったかのように再び静寂な世界へと戻っていく。小鹿の消失とともに、存在の痕跡は薄れてしまう。しかし小鹿は確かに存在したのだ。存在の記憶はどこへ行ってしまうのか。

森には『記憶の樹』が2本植えられている。秋になると葉は散り土に還り、春になると新緑の葉を付ける、といった生命の循環が象徴されている。

この黒い『記憶の樹』に、白い『言の葉』を付けていくのが、原が考案した参加型インスタレーションである。『言の葉』は作品の一部となり、みんなで『記憶の森』を形成していく。リアルな〈声〉ではないが、文字で書かれた〈声〉を残していく、というものである。『言の葉』は展覧会終了後、本のなかに押し葉のように収められ、大学の図書館で半永久的にアーカイブされる。

『白い葉』と『白い椅子』。どちらも若者の〈声〉を乗せていた。『言の葉』のインスタレーションは、会期中に自分自身の存在の痕跡を残すことを可能とした。

 

Room #6『小さな物語』

セミロングの髪をなびかせた後ろ姿と、黒いまつげが印象的な少女がつぶやいている。どの少女も後向きや横向きでうつむいているので、表情を見ることができない。原が描く少女の姿はいつもそうだ。彼女らは一体どのような表情をしているのだろうか。物憂げな貌ではないかと、想像力を働かせてみる。少女らは何か重大な運命を受け入れる準備をしているかのようにも見える。少女から大人へと変貌するデリケートな時期は、自分自身のなかでその変化を受け入れられず戸惑い、精神的・肉体的にも不安定な時期である。男性である原が、そのような少女を主役に物語を綴っている点はとても興味深い。

原は自身の作品のことを、「絵画が説明的で、言葉が絵画的である」と述べている。〈言葉〉に物語的要素を盛り込んでいく原は、予想不可能な「行く先が分からない物語」や「暗雲立ち込める不安な要素」や「境界があいまいなゾーンで起こる運命」を少女に託し、モチーフとしているのではないだろうか。その一方で黒いシルエットで描かれた狼や黒い攻撃的な飛行機がたびたびモチーフとして登場する。弱者と強者の対立、宿命と対峙しそれを受け入れる淡々とした姿が描かれている。しかし原は、〈少女の反逆〉に一縷の望みを託しているのではないか。『心のなかの少女は次々に生まれて死んでいく』、『昔のぼくはもうここにはいない』の2点は、原が待望の長女を儲け、本展覧会のために描いた力作である。『記憶の森』のインスタレーションと対になる〈生命の輪廻転生〉がテーマになっているのは、震災の影響とみてとれるだろう。原特有の隠喩的な作品である。

 

掛け算の論理 アートプロジェクト考

TUAD mixing! は、今回で4回目にあたる。異なるフィールドで活躍する教員が交差し、撹拌することによって、新しい価値観やムーブメントを興すことを目的としてきた。今回のキュレーションを通じて感じたのは、大学で展開すべき姿は〈展覧会〉の完成形よりも、〈アートプロジェクト〉での学生との関わりなのではないか、ということだ。

〈アートプロジェクト〉は、足し算の論理ではなく、掛け算の論理で成り立っている。何かと何かを掛け合わせることで、それぞれが備えもっている力以上のものが表出する原理である。失敗を恐れず大胆に挑む姿勢がお互いを刺激し合い、想像以上のコトやモノが生み出された。

 

掛け算1 原高史×西澤高男

ドイツ・ベルリンに滞在していた原は、歴史的集合住宅に暮らす住民を1軒1軒訪ね、そこで聞いた話をもとに、絵と文字で記憶を表現する『Signs of Memory』というプロジェクトを展開し、それは場所を変え、シンガポール、ブラジル、日本国内では新潟などでも継続しておこなってきた。原は他者と対話し、他者の記憶を平面に置き換え、可視化している。いわば〈記憶の声〉を万国共通の美術作品として表現する〈翻訳者〉であった。

一方、建築家の西澤は『Responsive Environment』というユニットで、メディア・アーティストとしても活躍している。光や音を使った大規模なインスタレーションには定評があり、横浜のみなとみらい界隈で展開した『車座-Post Peak Oil Orchestra』や『Mediascape@ Yokohama』などで話題を呼んだ。『車座』は谷川俊太郎氏による詩の朗読に合わせ、車の照明を使った前衛的な演出であった。また、建築家の丹下健三が設計した東京カテドラル聖マリア大聖堂でおこなわれたパフォーマンス『SOFT ARCHITECTURE @ St.MaryʼsCathedral』では、パイプオルガンの音色と西澤が制御するLEDの光の束が空間に乱舞し、身震いするほどの感動を覚えた。いずれも声や音に反応して繰り広げられる西澤の演出で、光を操る〈魔術師〉と呼ぶに相応しい。

このように素晴らしい活動をおこなっている彼らを組み合わせることによって、ふたりがもつ才能とエネルギーがぶつかり合い、それが十二分に発揮され、展覧会『記憶の声』が生み出された。

 

掛け算2 学生×教員

大学全体を挙げてのプロジェクトは、ガラス張りの作業といえる。制作途中のディスカッションも含め、すべてがオープンだった。「僕も西澤さんも本気で勝負しているのだから」と自らを奮い立たせる原の緊迫した声は、周囲にも伝導し、学生のサポート力を高めた。決して妥協を許さない、アーティストの真剣さが伝わり、最後の最後まで粘り続ける彼らを、学生たちも懸命に支援してくれた。ともにつくりあげる『声プロジェクト』によって、教員と学生という垣根を越え、アーティスト同士の絆のようなものが芽生えたのである。

 

掛け算3 企画者×参加者

アートプロジェクトは、ともすれば内輪の盛りあがりで終わってしまいがちである。プロジェクトを客観視する姿勢と、全体の舵取りが成否の鍵となる。最も配慮したのは、企画者と参加者の境界線を緩やかにすることであった。誰でも、いつでも、無理なく参加できる体制づくりである。スタッフとして展覧会づくりに参加しなくとも、作家へのインタビューが作品になったり、毎日おこなわれたトークイベントやパフォーマンスに参加したり、自ら白い椅子を使ったイベントを企画したり、会場に置かれた『言の葉』にメッセージを記入したり、QRコードに携帯をかざして他者の声を感じたりなど、関わり方に濃淡のバリエーションをつけた。結果として、一方的ではないインタラクティブなプロジェクトとなり、層の厚い展覧会となった。

 

不在の輪郭を辿る

本展覧会の最終目標はアーカイブを残すことである。アーカイブとは〈時を凍らせる作業〉といってよいだろう。例えば『言の葉』に書かれた文字は押し葉として本のなかにいったん封じ込められる。これは〈記憶〉を熟成するために必要な手順である。本に仕舞われた〈記憶〉の断片は、また手に取って再生可能となる。あなたの心に凍結された記憶も、アーカイブ化がきちんとなされていれば、消失してしまうことはない。いつでもその輪郭を辿り、〈記憶〉の再生が可能なのだ。

すでに数ヶ月経ったいま、展覧会の記憶は私のなかで巨大な虚構となって立ちはだかっている。〈記憶〉として認識している経験は虚構であり、過ぎ去った経験に想像力を吹き込み、生気を蘇らせようとしているだけである。その不在の輪郭を辿るのが〈記憶〉の再生であり、いままさに心に刻印された事象を想起しながら文章を書き進めている。そうやって時を経て凍結していた〈記憶〉の断片は再び溶け出していくのだ。

 

TUAD Annual Report 2012 より転載

 

会場記録写真

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撮影:瀬野広美(フロット)

 

平山素子の実験公演「音、身体、空間」

記録映像(ダイジェスト版)のyoutubeはこちら。

動画撮影&編集:Maryam Samsar

 

 

写真撮影:志鎌(アカオニデザイン)

 

 

****************

平山素子(ひらやま もとこ)コンテンポラリーダンサー、振付家 筑波大学体育系准教授

愛知県出身。5歳よりバレエを始める。筑波大学に進学し、同大学院体育研究科コーチ学専攻を修了 ( 体育学修士 )。01年文化庁派遣在外研修員としてベルギーへ留学 ( 研修先 Ultima vez )。帰国後は、フリーランスで数多くのプロジェクト公演に参加。05年より本格的に振付家としての活動も始める。 主な活動は、05年11月兵庫県立芸術文化センター開館公演にてニジンスキー振付初演版 『 春の祭典 』 復元上演にいけにえの乙女役で主演。3月ボリショイ劇場バレエ団にて、ソロ作品 『 Revelation 』 をS・ザハロワに振付。また03年からは新国立劇場に起用され、これまで振付・出演した 『 シャコンヌ 』 『 Butterfly 』 『 Life Casting-型取られる生命- 』 ( 朝日舞台芸術賞 ) 『 春の祭典 』 ( 江口隆哉賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞 ) など4作品はすべて再演を果たすという成果をあげた。さらに、音楽家や美術家とのコラボレーションにも積極的で、09年には降り注ぐ宇宙線をシンチレーターで検知してLED光に変換するライトアートとのコラボレーションでソロ 『 After the lunar eclipse/月食のあと』 を発表。そのほか、ミュージカルの振付、シンクロナイズドスイミングやフィギュアスケートの日本代表選手の演技指導にも協力するなど各方面に活躍の場を広げている。02年から筑波大学の教員となり、舞踊を学術的側面から紹介し、後進の育成にも尽力を注いでいる。 アーティストとして教員として、活動は多岐に渡り、洗練されていながら常に開拓心を失わない姿勢で、現在の日本のダンスシーンをリードする存在として注目度が高い。

平山素子のオフィシャルウェブサイトはこちら

 

和田菜穂子(キュレーター)

 

展覧会後の「声」

展覧会「記憶の声」は、「声」を発してもらうことをプロセスの第一歩としておりました。

展覧会終了後に集めたみなさんの「声」は、次のフェースに向けた第一歩ということで、

私たちはとても大事に思っています。

 

今、感想レポートや展評など、みなさんの「声」をじっくり受け止めているところです。

学芸員の授業では毎年、展評(展覧会レビュー)を課題に出しています。

展評とは、個人の感想文ではなく、批評する眼識をもち、自分なりの評価分析を伴うものを言います。

文芸学科でも「創作演習」という授業で、レビュー記事が課題として出されていました。

ここに、いくつかのレポートの抜粋を紹介したいと思います。

  

  

****************

このプロジェクトは、これまでの私の展覧会のイメージを覆すものだった。展示会場に足を踏み入れさえすれば、視覚的に入ってくる展示物から何らかが得られる、と以前の私は展覧会を受動的な鑑賞の場としてとらえていた。しかし今回は違った。壁や椅子に張られた無数のQRコードを見ても無機質で、読み取らなければ展覧会は始まらない。また、寝そべりながら声を聞く「記憶の風景」のエリアでは、ハンモックに乗って揺られるからこそ体感できるものがあった。鑑賞者が常に能動的でなければならない。さらに展示期間中は固定された空間としての会場ではなくなっていた。むしろ、時が流れ、人が集い、声が交わり集積されていく、という動的な空間となっていた。鑑賞者である学生をつなぐ役割を担う、coiceという学生スタッフがこのプロジェクトに多く関わっているという点においても、新しい展覧会であった。

(美術科1年)

*****************

「声」そのものを展示する、というのはなかなかな珍しい例である。様々な博物館を訪れたが、現代芸術としての「声」(ジョン・ケージなど)や、歴史博物館における重要な証言の展示を除けば、前例をみないものであった。それだけに「声」を展示することの難しさは容易に想像でき、展示方法によっては鑑賞者にとっても難しい展示になるのでは、と訪れる前に考えていた。一体どのような展示がなされているのか、期待と興味を持って訪問した。

実際に展示室に着くと、驚いたことにエレベーターホールの照明が落ちていた(暗くなっていた)。そこには天井から吊るされたサビキ状の電球と、その下に椅子が置かれていた。音声が流れているが、東日本大震災の証言が多く流されている。ビジュアル的にも強い印象を与えたが、社会性をもつメッセージは、ドクメンタでみた現代芸術作品群を思い出させた。

(中略)本学関係者の「声」を録音して保存されたものに、様々な媒体を通じつながることができる今回の展示は、トークショーという「生の声」との対比が重なり、興味深いものとなった。3回訪れたトークショーはどれも中身は違っていた。保存されており個別に存在している不変の「声」と、目の前でリアルタイムに発生する「声」は、この展示の幅を広げる上で、重要なものだったに違いない。

(美術科2年)

*****************

創作と鑑賞によって精神の充実体験を追求する文化活動、という定義の中にさまざまなアートが存在している。私たちはどのように文化活動を行っているのだろうか、人が芸術を通して行う活動自体に興味を持った。

椅子を使った屋外ワークショップに参加した際に感じた経験が、今回の展覧会の趣旨をつかむきっかけとなった。椅子に座るという普段きにかけない行為が、いつもと違う環境になった途端、私の記憶にインプットされた。紅葉が綺麗で少し肌寒い秋だったと。声に出して記憶を語らなければ創造されないもので、記憶は形のないまま自分の中に留まってしまう。交流という人間同士の活動によって、記憶は声となった形を成すのである。ワークショップを通じて行われたのは、まさにこの活動であって、いかに創造物を生み出す大事な活動かということを考える機会になった。

(美術史・文化財保存修復学科2年)

******************

大きな特徴が2つある少し変わった展覧会である。一つ目は「声」と「記憶」という形のないテーマを見せる展覧会である、ということだ。二つ目は、多彩なトークイベントと、7階の展示会場、屋外の広場での学生主体のワークショップやインスタレーション、この3つが展覧会の軸となっている点である。一般的な展覧会でもワークショップやトークイベントはよく行われるが、ここでは生の声を用いた展示として需要視され、ほぼ毎日行われていた。内容もスタンダードなトークスタイルから、詩の朗読や舞踊など幅広く、私は何回も会場に足を運び、そのたびに新しい発見があった。

(中略)詩の朗読の際に、生の声が発する「音」としての凄さを感じた。紙に印字された文字としての詩は抑揚もなく平坦だ。しかし山田先生と朗読ジャム(学生チュートリアル)の語りで声に出された詩は、リズムがあり、音としての振動があり、言葉の強さが伝わる立体的な表現だった。草野新平や宮沢賢治の詩を知っていたが、朗読を通じて、今まで感じたことのない豊かさを味わった。しかしここで感じた場の記憶を記録することはできない。朗読イベントが行われたことをアーカイブとして残すことはできても、私の個人的な感動は記録することができないものである。

「声」を再生可能な記録として残すことはできても、「記憶」は残すことができない。しかし「声」の記録を再生することで、「記憶」の引き出しは開くことができるのかもしれない。

(美術科3年)

***********************

会場内を見渡すと、強く訴えてくる作品があった。「記憶の森」である。これは誰でも参加可能なインスタレーションで、2つの質問に対する回答を「言の葉」に書き、参加者自身が記憶の樹につけていくため、作品が日々変化し、何度訪れても興味深い。また、見えないもの(声)を参加者自身が可視化していく、というプロセスは本作の魅力のひとつといえる。狼に食いちぎられた小鹿の屍が姿を消した後、この「記憶の森」には再び平和が訪れ、今起きた悲劇や恐怖の記憶はやがて忘れられてしまうだろう。狼という災害と、その被害にあった小鹿、記憶の樹から芽生えたは散りゆく葉は、日本を震撼させた東日本大震災を彷彿とさせた。黒く塗られた変わらない事実と、白い葉に記された変わりゆく記憶で構成された世界。時の流れが如実に感じられた。

(美術史・文化財保存修復学科2年)

*****************

展示を通じて感じることは、すべての空間はあくまで受容的であり、他者への訴えではない、ということだ。TwitterやSNSを通じて呟かれる何万という言葉も、目と目を合わせ、呼吸を感じながら紡がれる言葉も、等しく、存在の意思を証明している。それらは見るものを攻撃することもなく、何も考えずに聞き流してしまうような言葉かもしれない。しかし「生きている」ということが未来へ繋がってゆくための最も大切な手段なのだということを語っている。

震災という大きな困難を体験し、今の日本が向かうべき方向は攻撃ではなく、目の前の現実と、過去から引き延ばされてきた課題に向かってゆく姿勢なのだということを、人々の声を紡ぐことで、静かに表現している。国を動かす支配力を持つ者は一部の人間。しかし大声でマイクを使ってスピーチする政治家ではなく、小さく語りかけるようにつぶやく民衆ひとりひとりの声はその力となりうる。「記憶の声」の展示は、過去と向き合い、未来へ向かって生きようとする力を携えている。そしてその「声」は確かに明日を創る私たち一人ひとりの心の叫びなのだろう。

(文芸学科2年)

*****************

被災者として一番悲しいことは事実を忘れること。忘れられてしまうこと。人にせよ、モノにせよ、悲しいことだけを忘れ、記憶を美化してしまうことで解決できる問題なのだろうか。実際、誰かに目を向けてもらい、何かを聞いてもらうこと、そして会話することは心の支えとなった。そのことに目を向けられたこと、この企画は多くの人が何かを感じる機会を秘めていると思う。

(中略)声を交わすということは日常の行為だが、ゆえに重要性、声の役割、というのを気にしていないだろう。それを気づく機会があった展示だった。人と人が話すのは、今の声を伝えることであるし、それを本館前広場の椅子のインスタレーションが実現させ、そこにある生の声を聞くことができる。声にもたくさん種類があって、それが持つ意味は異なる。実際に外の椅子に座り、たわいのない話をした。そして椅子の配置が変化することで、話す内容も変わっていく、という体験をし、展覧会の意図を実感することができた。

(美術史・文化財保存修復学科1年)

******************

 

ここに挙げたのはほんの一部に過ぎません。

参考意見もたくさんありました。

これらみなさんの「声」をしっかり受け止め、次の展開へ繋げていきたいと思います。

 

和田菜穂子(キュレーター)

スペシャル企画①「声:言葉のもつ力」トークの全記録(音声のみ)

展覧会開催中に行われました、スペシャル企画①「声:言葉のもつ力」では、

ゲストの山川健一先生、竹内昌義先生により、とても大事な話がなされました。

生中継としてのUstreamは問題なく放送されましたが、

録画が途中からになっておりましたので、

ここに全記録(音声のみ)をUPいたします。

http://www.ustream.tv/recorded/27053823/theater

お時間のある時に、是非ご拝聴いただければと存じます。

 

和田菜穂子(キュレーター)

打ち上げ

撤収作業を無事終え、上桜田公民館にて打ち上げです。

「声プロジェクト」の暖簾を玄関に設置する原先生。

 

手料理で皆さんをもてなします。

こちらはグラフィック学科副手の阿部さん。天ぷらを揚げています。

私は餃子とえびワンタンを作りました。

そのほか、芋煮、野菜スティックなど、

テーブルには乗り切らないほどの手料理で盛りだくさんです。

 

西澤先生は東京から鉄板持参で、広島焼きを担当です。

鯛のアクアパッツァも美味でした。

「将来は西澤先生のような料理上手な男性と結婚したいわ」

と新婚ほやほやの西澤先生の手料理は、女子学生からも大人気。

 

 

美術館大学センターの山田先生も駆けつけてくださいました。

山田先生はこのプロジェクトをずっと支えてくださった方です。

「この展覧会は大学全体を巻き込んで行われた初めての企画で、

こんなに大勢の学生や先生方が関わったのも初めてだった。

とてもいい展覧会だった」と展覧会を振り返ります。

本当にありがとうございました!!

山田先生を囲んで、力強くガッツポーズです!

 

****************

ツイスターゲームやトランプなどで盛り上がり、宴もたけなわです。

10時からスタートした宴会も、気が付けば19時。

最後に学生からサプライズのプレゼント。

 

感極まって、泣いてしまった私。

「みなさん、どうもありがとう!」

最後まで私たちを支えてくれて、本当に感謝しています!!!!!

 

 

最後にみんなで記念撮影です。

1年以上かけて進めてきた「声プロジェクト」。

振り返れば、辛い日々もありましたが、

みなさんのおかげで、無事に展覧会を終了することができました。

みなさんの笑顔が最高のプレゼントです!

 

しかし「声プロジェクト」はこれで終わったわけではありません。

「声のアーカイブ化」や、次の展開を目指し、続けていきます。

これからも随時ブログをUPしていきますので、

引き続きご支援のほど、よろしくお願いいたします。

 

和田菜穂子(キュレーター)

最終日15日目。スペシャル企画「記憶と風景」

最終日となりました。

スペシャル企画②「記憶と風景 -忘れられない風景-」の

ゲストは五十嵐太郎先生(建築史家、評論家、東北大学教授)と、

根岸吉太郎先生(映画監督、東北芸術工科大学大学長)です。

 

最初に五十嵐太郎さんは私たちの展覧会「記憶の声」にちなんで、

 sounds from beneath  という炭鉱の記憶を、声で表現している作品を紹介してくださいました。

 

その後、震災以降の話になり、自分自身の足で女川町など数多くの被災地をまわり、

自分自身の目で確かめ、自分自身の身体で体験してきたお話をしてくださいました。

気仙沼では重油のにおいが充満していて、

「視覚よりも他の五感での印象の方がより記憶に残りやすい」

という実感を伴ったそうです。

 

五十嵐さんの著書『被災地を歩きながら考えたこと』にもあるように、

五十嵐さんは建築の専門家として「震災の記憶」をいかに残すべきかを考えておられます。

 

例えばイタリアのジベリーナという地域は、1968年の地震で町が崩壊し、

その後町全体がまるごと移転しました。

しかし町がそこに存在していたという記憶は、

アルベルト・ブッリというアーティストによって白いセメントで町全体が覆われ、

ランドアート化され、残されています。

 

根岸先生は震災後はじめて山形空港に降り立ったとき、

通常ならついているはずの暖房が切られ、底冷えする空港の寒さを体験した身体の記憶が

今でも忘れられない、というお話からスタートしました。

3.11に関するそれぞれの物語は尽きません。

身体で感じたことは、身体の奥で時間とともに醸成され、個人の記憶として刻まれるのでしょう。

 

映画監督である根岸先生は

「映画はそもそも記憶をつくる仕事である」と述べています。

その根岸先生は最近「記憶がだんだん広がっていく」現象を感じたそうです。

「広がっていく」という感覚は、実体験がないにも関わらず、

戦争など過去の記憶を自分の身体のどこかで感じるものらしいです。

年齢を重ねるにつれ、そういう不思議な感覚を覚えるようになったそうです。

そして根岸先生にとっての記憶は、

「リアルだけど、脆いものである」と繰り返し述べられました。

 

「記憶」と「記録」は違うものです。

「記憶を伝えるのがアートの力なのではないか」と話す五十嵐さん。

五十嵐さんは2013年あいちトリエンナーレの芸術監督です。

テーマは「揺れる大地 われわれはどこに立っているのか 場所、記憶そして復活」です。

偶然とはいえ、本展覧会「記憶の声」と同様ずばり

「記憶」がテーマである のは、今の時代性なのでしょう。

 

 

ところで、皆さん気づきましたか?

今日の会場は三方向から囲われる形です。

なぜなら今日は観客が100人を超えることを想定し、

あらかじめ130人収容の座席数を設けていたからです。

実際、別会場(UST会場)の201大講義室でも、約100人の学生が聞き入っていたそうです。

 

今日はゲストが放つオーラなどもあって、

「声のステージ」に集中する、ある種の緊張感が生まれていました。

 

「今日はいつもと違って会場に緊張感があって、

それが僕にとってはなんだか心地よく感じるんです」と原さん。

原さんの作品づくりは今回に限らずいつも他者の声に耳を傾けることから始めています。

人だけでなく、古い建築物とも対話を行いながら、

世界各国で「窓プロジェクト」を手がけてきました。

その土地のおじいちゃん、おばあちゃんとも対話を行い、

「その人が語る物語こそ、リアルを感じる」そうです。

ブラジルでは「昔の日本人」に出会い、ある種の距離感を覚えながらも、

彼らに深い敬意を払った、というエピソードをお話してくれました。

 

実は五十嵐さんは、原さんの作品を台北や香港でご覧になっており、

窓プロジェクトのことを随分前から評価してくださっていました。

 

西澤さんも以前、伊豆の下田で使われなくなった大正時代の古い精氷場を、

建物の記憶を残しながらその魅力を伝え、

別な形で蘇らせるプロジェクトを手がけています。

今でこそ「リノベーション」という言葉が通じる時代ですが、

その当時は既存の古い建築物を蘇らせる、という概念はほとんどなかった時代でした。

 

*********

このように異なるフィールドで活躍する皆さんが、

それぞれの観点から語る、記憶に関するお話はとても興味深いものでした。

あっという間に時間は過ぎ、

終了予定時刻を超え、約2時間に渡るものとなりました。

その様子はUstreamで録画されておりますので、興味のある方はこちらをご覧ください。

 

**************

最後に参加型インスタレーション「記憶の森」の《言の葉》にメッセージを残すおふたり。

 

遅くまで残ってくれた皆さんと一緒に、恒例の記念撮影です。

展覧会の最終日に、素晴らしいひとときを皆さんと過ごすことができ、大変うれしく存じます。

 

***********

あっという間の15日間でした。

展覧会会場で、皆さんと共有した時間と多種多様なイベントの数々は、

私にとって「忘れがたい記憶」となりました。

学生スタッフcoiceの皆さん、イベントに参加してくださった先生方、

インタビューに応じてくれた多くの皆さん、大学事務の皆さん、

本当のたくさんの方に支えられながら、展覧会を無事に終了することができました。

この場をお借りして、ご協力いただきました方々に、心より御礼申し上げます。

どうもありがとうございました。

和田菜穂子(キュレーター)

14日目。宮島達男先生によるスペシャル対談。

今日は副学長の宮島達男先生(現代美術家)にスペシャルゲストとしてお越しいただき、

大変充実した時間を皆さんと共有することができました。

14時からという時間帯にも関わらず、こうして多くの学生が集まってくれたのは、

やはり「宮島先生の生の声が聞きたい」という気持ちの表れなのでしょう。

宮島先生はこの会場に以前も脚を運んでくださいましたが、

本日もトーク前にかなり時間をかけて回っていただきました。

 

会期中に行われたイベントやトークを振り返る写真のスライドショーをお見せした後、

率直な感想やご意見をお伺いしました。

「6年間この大学にいる中で、このような展覧会は初めてで、

インテレクチュアルなものだと思いました。

コンセプチュアルの深いもので、学生にとっては考えさせるような展示で、

想像力が膨らむ空間になっています。

《はじめに言葉ありき》というように、

言葉があって人間の思考が成り立つという原初的なものを深く追求するこの展示は、

この大学では非常に珍しいもの。

《他者の声に真摯に耳を傾ける》という仕組みができていて、

想像力が膨らむ空間になっています。」

という最大のほめ言葉をいただきました。

「人間の声は楽器だから、聴いている人に共振するんです。

バイブレーションを発したときに、その人の気持ちや想いが強いと、

それは相手に伝わると思いますよ」

 

そうなんです!

話し手の想いがダイレクトに伝わるのがトークショーなんです。

それをまさしく体感してもらいたくて、毎日ライブでトークを続けてきました。

 

*************

学生からも意見や感想をお伺いしました。

キャンドルナイトなどを企画した建築・環境デザイン2年の笠原君。

トークにも連日、来ています。

宮島先生から

「うまく自分の言葉を使い尽くして、プレゼンテーションできるように」

とアドバイスをいただきました。

《自分の言葉を伝えること》は、とても重要です。

 

キュレーションチームを引っ張っていってくれた、日本画3年の上遠野さん。

今日もビデオの撮影を担当しています。

「展覧会が出来上がっていくプロセスを見ることができて、

アーティストとキュレーターが毎日自分たちの前で動いていく姿を見て、

それが出来上がっていくのを見ていて、すごいなと、素晴らしいな、と思いました。

自分自身がこういう現場に立ち会えることができて、

すごく勉強になったし、刺激になりました。」

 

それに対して宮島先生は、

「アーティストはひとりでは展覧会はできないんです。

美術館や他のスタッフがいて、初めて出来るものなんです。

展覧会を作るのも、ひとつのアートで、君はpart of itなんです。

展覧会をすごいなと君は思っているかもしれないけど、

実は君もそれを作っている一人なんです」

 

学生スタッフの協力なしでは、展覧会は成し得なかったのは本当です。

展覧会準備も含めて、会期中もお客様を受付でお迎えしたり、

ハンモックの内部の音をセッティングしたり、

カセットテープの貸出を行ったり、

イベントの準備や後片付けをしたり、

毎日よく働いてくれます。

感謝の気持ちでいっぱいです。

 

**************

時間はあっという間に過ぎてしまいました。

最後に会場のみんなと記念撮影。

親指を立てて、「いいね!」ポーズをとります。

「この時代に言葉を信じようとしている姿勢が、明るくていいですね」

というコメントをいただきました。

明るい未来を信じて、

自分の気持ちや想いを誰かに伝えていく(表現していく)ことがとても大切なんだと、

改めて感じました。

この展覧会にはそうした《想いを残していくこと》も含まれています。

「記憶の森」のインスタレーションでは《言の葉》にメッセージを託すことができます。

これは展覧会会期後、大学の図書館でアーカイブとして残されます。

まだの方は是非、自分がこの大学にいた存在意義や、

未来に対するメッセージを残していってほしいと思います。

 

宮島先生を囲んで、充実したひとときを過ごせたことを幸せに思います。

どうもありがとうございました。

 

和田菜穂子(キュレーター)

13日目。中山ダイスケ先生、ボブ田中先生をお招きしたアーティストトーク

展覧会開催もあと3日。

7階ギャラリーでのトークイベントは、回を重ねるごとに観客数が増えていっています。

今日のトークは今までで最も多い動員数でした。

ゲストは中山ダイスケ先生(現代美術家、グラフィック学科)と

ボブ田中先生(アイディア・クリエイター、企画構想学科)。

お二人の「声」を聞きに、たくさんの学生が集まってくれました。

 

中山先生に展覧会の率直な感想をお聞きしたところ

「大学というムラで何をするのか(準備している頃から)気になっていて、

自分はムラ人のことをよく知っているし、とても面白いと思った。」

そして、

「《声を聞く》というフィジカルな行為は、通常よくある《テキストを読む行為》と違っていて、

その人の息遣いが聴こえてきたり、耳元でたくさんの人の声が聞こえるのが、

なんだか怖いと感じた」そうです。

 

《心に迫る、心に響く展示》ということで、

確かにこの展覧会は、通常の美術館でやっているような、

単に絵画や彫刻作品を見せる展示ではありません。

「声」をどう聞かせるか、考えて作られた展覧会です。

それぞれの人がどう受け止めて、どう感じてくれるか。

そして、それぞれの人の過去の記憶とリンクするような、

記憶の断片が蘇る仕掛けがしてあります。

 

 

次に原さんからお二人に「美学」について、ご質問がありました。

ボブ田中先生は、「ネガティブなことを言わない」。

中山先生は「体験すること」。

 

そしてトークの後半は、海外生活を経験したおふたりの体験談を中心としたお話になりました。

日本人の立ち振る舞いの美しさや、日本語の言葉のニュアンスの豊富さを改めて感じたというボブさん。

「彩りのあるグレー」の感覚は日本人特有のものです。

こういうことは海外に出て初めて知り得る、実体験から出た言葉なのです。

 

海外に興味を持つ学生から、たくさんの質問がありました。

最近の学生は、私たちの頃に比べると海外志向が少ない傾向にありますが、

ここに集まった学生は、外へ目を向けているからなのでしょう。

質問はほとんどが海外に関するものが多かったです。

 

最後に記念撮影。

 

 

中山ダイスケさん、ボブ田中さん、どうもありがとうございました。

 

 

和田菜穂子(キュレーター)

 

12日目。ギャラリートーク。

11月5日。

今週で展覧会も終了です。

とはいうものの、イベントはまだまだ盛りだくさんです。

あとひと踏ん張り、頑張っていきましょう。

 

**************

今日の「博物館実習1」(3-6限)は、

先週の「けんちく体操」の振り返り(復習)を行いました。

「けんちく体操」のfacebookに

「けんちく体操博士マイスターになるための演習」の様子を

UPしていただきました。その様子はこちら

どうもありがとうございました!。

 

***************

そして今日は、担当学芸員(私)によるギャラリートークの実演です。

みなさん、学芸員になるためにこの授業(博物館実習1)を受けています。

この展覧会を通じ、いろんなことを実践し、学んでいってほしいと思います。

展覧会の見どころや魅力を、まだ来ていない友達に伝えることも、

<学芸員の卵>として必要なことです。

実際、「リピーターが多い」という稀な展覧会です。

特にハンモックを気に入ると、とりこになって毎日通ったり、

先生の声を録音したカセットテープの魅力に取りつかれて、これまたレンタルを続けてしまう、

という癖になる展覧会です。

未体験の方に、是非その魅力をお伝えください。

よろしくお願いします。

 

和田菜穂子(キュレーター)

TUAD mixing! 2012 | 記憶の声 Voices of Memory

TUAD mixing! 2012
記憶の声 Voices of Memory

原高史×Responsive Environment
(西澤高男)

会期=10月22日[月]→11月8日[木]
会場=東北芸術工科大学 本館7階ギャラリー/本館前広場
(本館前広場でのインスタレーションは10月31日[水]まで)
休館日=10月28日、11月3日、4日
(日、祝日休)
主催=東北芸術工科大学
企画・お問い合わせ=美術館大学センター 
Tel 023-627-2091
Fax 023-627-2308
E-mail museum@aga.tuad.ac.jp
キュレーター=和田菜穂子

概要はこちら

*日時が変更になりました!

スペシャル企画①「声:言葉のもつ力 ~ぼくたちの未来宣言」
日時=10月31日(水)18:00-20:00(申込不要)
会場=本館7階ギャラリー
別会場=本館408(会場が満席の場合は、別会場にてU-streamで視聴できます)
ゲスト=山川健一(作家、本学文芸学科長)、竹内昌義(建築家、本学建築・環境デザイン学科長)
アーティスト=原高史、西澤高男
司会進行=和田菜穂子
USTREAMはこちらから
音声のみ(全記録)

スペシャル企画②「記憶と風景 ~忘れられない風景について」
日時=11月8日(木曜日) 18:30-20:00(申込不要)
会場=本館7階ギャラリー
別会場=本館201(会場が満席の場合は、別会場にてU-streamで拝聴できます)
ゲスト=五十嵐太郎(建築史家、東北大学教授)、根岸吉太郎(映画監督、本学大学長)
アーティスト=原高史、西澤高男
司会進行=和田菜穂子
USTREAMはこちらから

イベントスケジュール1週目~(10月22日~)
イベントスケジュール2週目~(10月29日~)

展示コンセプト

本館7階ギャラリーを6つの部屋に区切ります。

Room #1 声の灯火  Light with Voices
複数の声が飛び交い、闇の中でほたるのように点滅する小さな灯。消え入りそうなか細い声や、自信に満ち溢れた快活な声。様々な声が交差する異空間が、これから始まる展示空間へと誘います。展覧会「記憶の声」の導入部。西澤高男のインスタレーション。

Room #2 声プロジェクト Introduction of “Coe Project”
今年4月よりスタートした「声プロジェクト」は、ふたりのアーティストと、本学の学生・教員が協力しあい、進めてきたプロジェクトです。今までの経緯と展覧会の概要説明を行います。

Room #3 記憶の風景 Landscape into your Memory
「あなたにとって忘れられない風景は何ですか?」
目を閉じれば、頭の中に思い浮かぶ風景。忘れられないひととき。人生を変えたひと言。インタビューした中から選りすぐりの声を、雲の上にいるような心地で、リラックスしながら体験してもらいます。
*体験型展示(予約制)。

Room #4 追憶の場所 Remembrance
学生と先生が1対1で対話したインタビュー集をじっくり拝聴する空間。7階から山形の風景を眺めながら、先生の声にじっと耳を傾け、追憶の風景をイメージします。

Room #5 記憶の森 Forest into your Memory
人の「記憶」というものは時の経過とともに、おぼろげなもの、不確かなものへと変化していきます。この空間は「記憶の森」です。心の奥底に眠る「記憶の声」を呼び起こし、各人の「記憶の断片」は<言の葉>となって、空間を埋め尽くします。原高史のインスタレーション。

Room #6 小さな物語 A Small Tales - Pocketbook -
溶けだしたキャンドル、横向きもしくは後ろ向きの少女、動物のシルエット。それらひとつひとつは、黒く縁どられた窓の中に<小さな物語>として描かれています。原高史が数年に渡りインタビューを繰り返してきた中で、彼の心のポケットに集められたモチーフたちです。彼独自の世界観が表現されています。新作(平面作品)の展示。

Outside 声の広場 Open Space “Coe”
本館前広場は期間限定で様々な「声」が集い、交差する場に変容します。そこに並べられた「白い椅子」にはQRコードが貼られ、先生や学生のインタビューの声が収められています。「白い椅子」の配置の変化は、インスタレーション作品のひとつとなります。<声の広場>で繰り広げられる、「白い椅子」を使った各種イベントは、人々の心に「新しい風景」として記憶されることでしょう。

Artist

原高史|Takafumi Hara

原高史|Takafumi Hara
現代美術家。東北芸術工科大学デザイン工学部グラフィック学科准教授。1968年東京生まれ。1992多摩美術大学大学院絵画学科油画専攻修了。200-2002年ドイツ・ベルリン滞在。平面作品の他、ワークショップやプロジェクト型のアート活動を国内外で幅広く展開している。歴史的建造物の窓にその土地固有の記憶や、人々の思い出にまつわるパネルを展開していく窓プロジェクト《Signs of Memory》は、人と人との対話から生まれるアートである。今回は7階で平面作品(新作)を出品するほか、白い椅子を使った屋外でのプロジェクト型インスタレーションを展開する。
http://takafumihara.jp/

西澤高男|Takao Nishizawa

西澤高男|Takao Nishizawa
建築家・メディアアーティスト。東北芸術工科大学デザイン工学部 建築・環境デザイン学科准教授。1971年東京生まれ。1995年横浜国立大学大学院工学研究科計画建設学専攻修了。建築設計事務所"buildinglandscape"、及びメディアアートユニット"Responsive Environment" 共同主宰。

Responsive Environment
空間に関わる様々な領域をクロスオーヴァーするコラボレーションにより、空間表現を行うユニットである。1993年の結成以来、様々なパフォーマンス、インスタレーションや建築に関わる作品の制作、プロジェクトの発表を行ってきた。2004年より本学プロダクトデザイン学科専任講師の酒井聡もメンバーとして加入。松島紅葉ライトアップ、車座 -Post Peak Oil Orchestra-(谷川俊太郎/覚和歌子 詩の演出)、東京カテドラル聖マリア大聖堂マルチメディア空間パフォーマンスなど、照明装置を使ったインスタレーション多数。
http://www.responsiveenvironment.com/