数年前までは大学で教えている際、「セカイ系ってなんですか?」という質問をよくされた。当意即妙に答えたというよりは、適当な対応をしていたような気がするので、学生にとって疑問はさらなる疑問を生み出していたように思える。というのも私自身が同時代的にエンタメを享受していながらもセカイ系というbuzzワードに対する興味関心が極度に低かったのである。したがって、ここ数年は聞かれてうんざりすることがなくなったので、もうbuzzワードではないのか、と安心している。単純に声の大きい人が言わなくなっただけかもしれない。辞書的には(そういう辞書があるのかは知らない)、「キミとボクの関係性とセカイの滅亡などの大きな事象が、中間的に位置するはずの社会を抜き取って直結している」ことを描いた作品といえばよいだろうか。
昨年だったか三宅陽一郎さんとコーヒーを飲んでいたときに、この話になり、「現実世界がどれだけ引きこもろうとも、社会性から完全に逃避することはできなくなってしまったからではないか」と言われたのだが、それも一理ある話である。Twitterやfacebookや何でもよいのだが、ネット上ですら引きこもろうとも、社会的な事件を目にしないわけにはいかない。社会的な事件や事象を目に入れないためにはtwitterをやらないのが一番で、誰一人としてフォローしていなくともトレンドで無理やり知らされてしまうし、フォロワーからのクソリプで知らされてしまうかもしれない。どちらにせよ、根本的には興味がないのでセカイ系はどうでもいいし、三宅さんと私は下戸なので二人が会うとコーヒーを飲んだり、下北沢のマックでジュースを飲んだりしている。なのでセカイ系警察のみなさんは僕に何かを教える必要はないし、シモキタならもっと美味しいコーヒー屋があるよとも教えなくてもいい。
それでもキミとボクの関係性自体に興味がないわけではない。キミとボクというのは他者関係の最初の一歩として認識されるものだろうか。親や兄弟というような生活文化や血縁を同じ背景に持つ人たちではない、何から話していいのか分らない人と結ぶ関係性という意味においては初めて経験するであろう最小単位である。この最小単位は様々な媒体で描かれている。恋愛であったり、同級生であったり、同僚であったり、と精神的な側面から社会的な側面に至るまで様々な点を含み、濃淡を描きながら物語化されていく。
The pillowsはこのキミとボクを常に描き続けているバンドである。最初に聞き始めたのが中学生の時であったから、もう20年以上は聞いている。これほどまでに長く続くバンドになるとは思っていなかったし、中学生から聞くバンドが変わらないとも思わなかった。そして息が詰まらないのか心配してしまうほどに、山中さわおは同じ世界を傷つけるように歌い続けている。初期作品である「ガールフレンド」や「Tiny Boat」で描かれていた二人だけの甘い世界は、『Please Mr. Lostman』以降はぐっと減り続け、テーマ性をシャープに研ぎ澄ませていく。時に思春期の、時に何かに挑戦する人の、時に夢破れた人のそれぞれの心情を切りつけながら、キミとボクの世界は進行していく。そしてバンドの休止を経て、この2016年も活躍している。
この聞く人によれば青臭いとも評されるべき世界観だが、現実世界ではいつしか脱却していかなければならない。その第一歩が大学という人もいるであろう。先日、オープンキャンパスが行われた。文芸学科では私の模擬授業(創作初級編)だけではなく川西蘭先生の模擬授業(こっちは創作上級編)、石川忠司先生の学科説明が執り行われ、教室内ではカフェが開設され、訪れた高校生たちと現役の学生や教員たちが語らいをする場が設置された。模擬授業は昨年は3人前後の参加人数であったのに、今年は40人以上のみなさんに参加いただいた。レジュメが足りなくなり、どたばたしてしまったことは申し訳なく思っている。
教員の相談コーナーにも様々な学生さんが来ていただき、入試の相談から大学生活に至るまで色々と話をしたし、好きな本や漫画の話もした。なかなか上手く話せなかった高校生の方もいるであろう。ずっと下を向いて何を話せばよいのかと思考停止状態になっている人もいたし、私はあまり他人に意見が言えないのですと言いながらもしっかりとこっちを見ている人もいた。誰がよくて誰が悪いわけでもない。キミとボクとの関係性から大きく飛び出していけるのが大学という場である。でも二人の関係性を捨てていいわけでもない。
全てにこだわりを、全てのチャンスボールにフルスイングを。今しかないときを今しかない両手で、ぎゅっと掴んで騒いでる(the pillows「I know you」)
そうフルスイングなのだ。心配であったり、不安であったり、どうしていいのかわからない時も全てあるだろう。それでもチャンスボールがきたらフルスイングだ。次のオープンキャンパスはAO入試直前の7月末に行われる。AO入試で行われるグループワークの体験授業があるのだ。学科が公式で行う模擬試験というやつである。希望する人はぜひ参加して、我々教員と語り合おうじゃないか。なお試験本番で本当にバットを持ってフルスイングをする必要はないし(それはそれで面白いが)、無理やり気合を入れる必要もない。我々教員側が何を見ているのかというと気力だとか精神だとか面白さだとか可視化しにくいものではなく、自らの目標を明確にし、そこに至るための手段と労力を認識すること。これだけで大きく違ってくるという話である。そう。その場限りのフルスイングには何も意味はない。
BGM:the pillows「I know you」