活動報告

企画展「東北あるく・みる・きく」

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「あるく みる きく」とは、民俗学者・宮本常一(1907-81)の考えを端的に表した言葉としてよく知られている。自らの足で現場に臨み、さまざまなものを見、そしてその地で生きてきた人々の語りに耳を傾ける、これこそが日本列島各地で営まれてきた生活の歴史を知るための姿勢と調査方法であると宮本は考えた。いまや伝説の雑誌として知られる『あるくみるきく』(日本観光文化研究所1967年~1988年まで263号が刊行された)も、当時宮本の言葉に心を動かされ列島各地を歩いた若者たちの手によって編まれたものだ。

 東北文化研究センターが平成19年度より実施するORC事業「東北地方における環境・生業・技術に関する歴史動態的総合研究」のプロジェクト「映像アーカイブスの高度な活用に関する研究」は、本学学生たちで組織された調査チームによって進められている。調査チームの名前は「あるく・みる・きく」。これは、前述の宮本の研究姿勢と、雑誌『あるくみるきく』の名にちなんだものだ。

 このプロジェクトでは、学生たちが東北の農山漁村の集落を訪ねて、その地に残る古写真や映像資料を発掘し、そこに地域人々の「記憶」を重ねる作業を行っている。さらに、漁業・狩猟・養蚕など地域を支えてきた伝統的な生業についての参与観察や記録を実施している。学生たちの多くは、地域の古写真や空中写真を携えてフィールドワークに臨んでいる。そのことによって、学生たちと地域の古老たちのあいだにある絶対的な距離(生まれ育った地域の違いや世代差、それゆえに個々人がもつ文化的な生活経験値の差)を、写真という視覚的資料が補い、結果として両者のコミュニケーションを深め具体的な調査を可能にしている。地域の暮らし方、自然と人間とのつきあい方が反映される景観や環境が、ここ半世紀のあいだにどのように変化してきたのか、古写真や空中写真、聞き書きなどの情報を駆使することで視覚的に把握・検討することもこのプロジェクトの特徴である。

 ブックレット『東北1万年のフィールドワーク』シリーズは(現在『飛島』『八森』『上郷』の三冊が刊行)、学生たちの活動の成果のひとつとして刊行しているもので、実はひそかに、学生たちの手による平成版『あるくみるきく』となる冊子を目指しているものだ。

 こうした成果を、地域の将来を担う人々、地域を学ぶ学生たち、または地域を研究する研究者など多くの人々が活用できる「共益的資源」とするための環境づくりができないか―――、プロジェクトが掲げる「高度な活用」とは従来のようなWeb上での情報公開や活用だけを指すのではなく、地域の人々の主体的な関わりを視野に入れたものだ。

平成22年11月29日~12月4日の期間で開催した企画展「東北あるく・みる・きく」では、過去3年半に渡って学生たちと共に歩いた東北各地(山形県酒田市飛島・朝日町上郷・小国町小玉川・小国町五味沢・長野県秋山郷・青森県下北半島尻屋・秋田県男鹿半島戸賀など)のフィールドワークの成果を展示というかたちで発表した。民俗・歴史・考古といった人文系分野を専攻する学生たちにとって、ひとつの展示空間を芸術的・思想的水準を維持しつつ演出することは簡単なことでなない。学生たちとともに議論を重ねた結果、「自然とつながる」「命を感じる」「小さな命を育む営みーやまがたの養蚕」「漁村を支えるものと技―丸木舟・イソブネ・シマブネ」「景観を読む方法―空中写真と集落図」「あるく・みる・きくーわたしたちのフィールド日記」といったテーマで空間を構成するに至った。天井には学生たちがフィールドワークのなかで収集した昭和30年前後の古写真、養蚕や海藻取りなどの記録映像も流した。過去と現在、農山漁村の生業を五感で感じることのできる構成である。一週間の会期で学内外から900人を超える来場者があり、30日に行ったギャラリートークも盛況に行われた。

小国町の山中で狩ったウサギを高々に掲げる女子学生の写真、画面いっぱいにうごめくお蚕さま、ときおり響く銃声…、ひょっとしたら、見る人に「かわいそう」「気持ち悪い」と受け止められることもあるのではないか、という懸念もあった。しかし、来場者からそうしたネガティブな感想はひとことも聞くことはなかった。自然とつながり命をいただいて暮らす地域の人々の日常は、誰の眼にも尊く、またうつくしく映ったようだ。

 「環境」「エコ」「サスティナブル」「スローライフ」といった言葉や思想の本質的な姿は、私たちの足元に確かにある。学生たちはその事実を身を以て感じながら地域が生きてきた過去とその変遷をみつめ、そして、ふるいものとあたらしいものとの関係を模索している。(岸本誠司)
                                  『まんだら』46号より転載

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企画展スタッフ:鈴木里佳・沼尾聡子・荒川千晴/歴史遺産学科1年、阿部さやか・高橋里奈・小西洋平・戸田友太郎/歴史遺産学科2年、角田美里・小川ひかり・村上可南美・橋本 綾・鈴木淑子/歴史遺産学科3年、井筒桃子/大学院博士課程3年、東北文化研究センターRA、中村只吾・蛯原一平・岸本誠司/東北文化研究センター研究員