2025年度前期に行われた「作品読解」(玉井担当)で取り上げた作品です。記録としては文芸学科のInstagramに随時投稿していましたが、アーカイブズとしては参照性に欠けるので久しぶりにブログに掲載しました。内容はインスタにあげたものをコピペしているだけです。それにしても「作品読解」のまとめとしては5年ぶりの更新になるとは(その後、2024年度を更新しました)。
・加納朋子「砂糖壺は空っぽ」(『カーテンコール!』新潮社、2017年、文庫版は2020年)
つい1カ月前まで高校生だった受講生たちが最初に受ける作品読解では新鮮さと不安が混ぜこぜになっているでしょうから、その不安すら含めて背中を押してくれる作品を選ぼうと思っています。もちろん上手くいっているかどうかはわかりませんし、作品をどう受け取るかは個人の問題です。
今回の作品は小学生のころから周囲にうまく馴染めずにいた主人公が、中学生になったとき塾で出会った女性との思い出を抱えたまま、大学生になる話です。ってネタバレせずに流して書くと作品の良さが2%も出ません。消費税より低い。この作品は叙述トリックを活用している点がまず秀逸ですが、それ以外の説明をするとネタバレに直結するので難しいですね。
でも、それまで下を向いていた主人公がラストでまっすぐ前を見られるようになるのは本当に素晴らしい。
・君嶋彼方「走れ茜色」(『春のほとりで』講談社、2024年)
男子高校生の主人公は毎日、野球部の友人と一緒に帰るために教室で読書をしながら待っていたところ、同級生の女性と一緒になり、次第に恋バナをするほど仲良くなっていく話です。またもやネタバレせずに書くと普通の話のように読めてしまいます。構造的にはほぼ会話劇だけで構成されており、そのなかで教室内の関係性やキャラクターたちの個性が伝わってくる作品になっています。
特にラスト部分で、それまでの関係性にとらわれていた主人公が離脱をしていくシーンは素晴らしいですね。入学したての皆さんも、高校生としての日々の大部分を教室で過ごしていたでしょうが、もうそこに固執することはありません。逆に言えば自分の一歩というものに責任を持たないといけません。
・斜線堂有紀「最高まで行く」(『貴女』実業之日本社、2024年)
今年は恋愛を取り巻く状況を描いた作品をスタートから取り上げています。今回の作品は主人公の女性が、記憶を失った先輩の女性に「実はつきあっていました」と嘘をつき、そのまま同棲していく話です。
恋愛を描くのは人間関係を描くことなので、多様な関係性をまずは読もうと思ってセレクトしています。関係性がどう描かれているのか、どう変化していくのかを精緻に感じ取らないといけないわけですが、この作品は関係性の変化が非常にクリアですね。何がどうクリアなのかはネタバレなので書けませんけれども。
・鯨井あめ「ボーイ・ミーツ・ガール・アゲイン」(『きらめきを落としても』講談社、2022年。文庫版は2024年)
恋愛を描いた作品を取り上げるターンの最後になります。今年は四作品も取り上げてしまいました。臨時で入ったコンビニバイトで偶然出会った女性に一目ぼれをしてしまった主人公が、以前助けた野良猫がくわえているイヤリングが彼女のものだと気づいてしまい、猫を追いかけることで彼女に再会しようとする物語です。
そう。猫の話でもあります。猫を追いかけるだけの話でもありますが、物語の起伏とともに主人公のキャラクターがきちんと描かれている秀逸な作品です。学生の皆さんは短い尺のなかで、初対面で一目ぼれしてそのまま告白して結ばれてラブラブになって……という作品を書いてくるのですが、恋愛作品は人間関係を描くものであるがゆえに短編の長さでは大きな変化は書けないよね、という話をよくしています。今回取り上げた作品だけではなく、ここに至るまでの四作品すべてが人間関係の変化を描いており、短いなかで急激なライフコースの変化につながるようなものを書いていないのに気づいて欲しいです。なぜなら作者(学生)の独りよがりの作品を読まなくてよくなるから……!
・彩瀬まる「わたれない」(『川のほとりで羽化するぼくら』KADOKAWA、2021年。文庫版は2024年)
転勤の辞令を受けるもパートナーの女性と生まれたばかりの子供の存在により辞職し、在宅勤務をしながら子育てを始めた男性の物語です。男性が子育てすること、そして男性が在宅でドールの衣装を制作すること、という二点に対する偏見と向き合って、悩んでいくことになります。
男性が子育てすることに対する偏見を描いている作品ではありますが、面白いのは主人公自身も固定化された男性観を引きずっている部分がちゃんと存在する点でしょうか。世の中ままならないものですが、少しずつ変化していく、その流れにアンテナを広げながら生きていくといいかもなあ、という考えで取り上げました。
・柚木麻子「エルゴと不倫鮨」(『ついでにジェントルメン』文藝春秋、2022年。文庫版は2025年)
既婚男性が社内の若い女性を誘って寿司屋に入り、意味ありげな知識をひけらかしていたところに、産後の女性が急に来店し、シェフの作り方に口を出しながら自分の好きなように注文していく……という物語です。シェフと客の男性陣により築かれたホモソーシャルな空間が、一人の女性により見事に破壊され、最後には客として連れてこられていた女性たちも緩やかな連帯をして帰るという痛快な小説です。
授業で話すべきは『BUTTER』だったような気もしますが、柚木さんは小説家の朝井リョウさんとタレントのでか美ちゃんをバックダンサーに従えて、世田谷区のカラオケ大会に出場している、ということを喋りました。
・坂崎かおる「ベルを鳴らして」(『箱庭クロニクル』講談社、2024年)
戦前に職業婦人としてタイピストを目指し、学校に通う女性を主人公としています。向上心あふれる彼女が学校で出会った中国人教師の足跡を追い求めるため戦争勃発後はタイピストとして中国への従軍までも行い、戦後になって同級生との再会、ドイツへの旅行などを通じて、彼の意図を探っていく物語となっています。
この物語が秀逸なのは上記のように時間軸に沿った物語の軸とは別にタイプライターそのものをめぐる物語が途中から表出してくる点でしょう。活字の一つひとつが連鎖反応的につながっていき、ラストですべてが結節するのは、なかなか得られない読後感です。
単純に幻想小説っぽいと思い、選びましたが、幻想小説でもありミステリーでもありノンジャンルでもありますね。
・山白朝子「ラピスラズリ幻想」(『エムブリヲ奇譚』メディアファクトリー、2012年。角川文庫は2016年)
江戸時代を舞台とし、旅では必ず迷う蝋庵と荷物持ちの耳彦を主人公とした連作短編の一編です。取り上げた作品では輪という少女目線で語られており、彼女が蝋庵たちの旅に同行します。通常であれば、蝋庵が道に迷うことにより不可思議な怪異と出会い、対処せざるを得ない状況に追い込まれるのが一つのパターンなのですが、今回の作品では蝋庵たちは脇役で、少女が輪廻転生する様が描かれていきます。
この授業でホラー作品を一つぐらいは取り上げよう、と思いつつ、怖くないものを選ぼうとなると、幻想小説とも受け取れる作品になってしまいますね。
・久永実木彦「黒い安息の日々」(井上雅彦監修『メロディアス』光文社文庫、2024年)
中学生女子の主人公が、人類を滅ぼすためという中二病的な理由で悪魔召喚の合唱曲を友人と歌おうとするも人数が足りず、偶然にも加入することになった合唱部で完成させようとする物語です。合唱コンクールに向けて、合唱部員が「悪魔召喚[サモン・デーモン]、負けないもん!」と韻を踏んだ声をあげているのが面白いです。
ホラーを読もうというセレクトですが、怖いか怖くないかというとまったく怖くない作品です。いやオチを考えると怖いかもしれませんが、その怖さは真相を知ってしまったことによるものですね。このオチに至るまでの構成が本当に素晴らしい。あとスタートが中二病っぽいので悪魔召喚は妄想かと思いきや、ちゃんと呼び出しています。
ブラック・サバスの『黒い安息日』をモチーフに書かれている作品で、作中でも言及されています。授業内ではリアリティショー『オズボーンズ』の話をしたりしていましたが、そのあとオジー・オズボーンが亡くなられるとは思いませんでした。
・米澤穂信「玉野五十鈴の誉れ」(『儚い羊たちの祝宴』新潮社、2008年。文庫版は2011年)
この作品を授業で取り上げるのは4年ぶり3回目です。何回も取り上げるぐらい構成もキャラクターも情報の出し入れも演出もすべてが見事な作品です。あまりにも完成度が高すぎて学生が読んでも参考にならないのではないか。そう思ってしまうぐらいの作品です。
物語としては、祖母の権威が絶対である旧家の娘に生まれた主人公が、15歳の誕生日に玉野五十鈴を付き人として与えられます。これまで友人すらいなかった主人公にとっては、唯一の話し相手として五十鈴との関係性に重きを置きつつ、祖母の支配から離脱しようと画策をしていました。ついに家を出ることができたにも関わらず、事件が起こってしまい、家に呼び戻され、軟禁され、跡継ぎの地位も軟禁後に生まれた弟に奪われてしまう……。全部を書くとネタバレになるのでぼかしておりますが、最後の一文ですべてが推測できるときの爽快感をもう一度味わいたいですね。
・逸木裕「陸橋の向こう側」(『彼女が探偵でなければ』KADOKAWA、2024年)
ミステリーを取り上げる回はここで終了です。ラストを飾ったこの作品は、イートインスペースで出会った少年がノートに父親殺害計画を書いていることに気づいた主人公が、少年との交流を経て真相へとたどり着くという話です。
探偵である主人公が過去に手掛けた事件、出会った出来事が有機的に結合しながら進んでいく過程がお見事。そして真相も犯人と被害者というわかりやすい構造では描かれないので、なかなか味わえない読書体験ではあります。真相を解明することが、すべての解決ではありません。
・白井智之「大きな手の悪魔」(『ぼくは化け物きみは怪物』光文社、2024年)
前回でミステリーを読むのは終了。そう思っていたのですが、シラバスを書いていたときの自分は何を思ったのか、ミステリー、SF、サスペンス……ミステリーを基軸としながらジャンルを横断している白井智之さんのこの作品を選んでいました。
ある日突然、宇宙人が地球に来襲し、エリアごとに人類を選抜し、殺すかどうかの試験を行うのに対し、人類としてもあの手この手で対策を練るも次々と殲滅されていきます。そのなかで最後の希望として選ばれたのが、口だけで他者を支配・洗脳し、多くの殺人を犯したことで逮捕されていた老女でした。
どうやってエイリアンとコミュニケーションをとって、しかも人類に都合の良いように動かしていくのかが読みどころなのですが、選んだ理由としてはこの作者の作品としてはバイオレンスとグロが比較的少ないのでは、という点でした。あとから考えるとエリアごとに人類は殲滅されているので、「作品読解」の授業史上、一番人が亡くなっている小説となりました。
・藤井大洋「従卒トム」(『まるで渡り鳥のように』東京創元社、2024年)
毎年、「作品読解」の授業でラストの数回を飾るのはSFになります。今回は歴史改変SFです。屍者を兵隊として使うことにより南北戦争を終結させたアメリカを背景に、主人公である黒人のトムはプランテーションで働いていたときの主人の息子を屍兵として引き連れていました。トムはその屍兵たちを戦力として、江戸城開戦のための戦力として薩摩側に助力する……という物語です。
薩摩側として登場する西郷兄弟もそうですが、開戦を止めるために乗り込んできた勝海舟と山岡鉄舟がすごい。山岡一人で屍兵たちをねじ伏せていく剣劇はとにかく圧倒されます。もちろんトムがなぜ南北戦争が終わっても屍兵を引き連れて戦いを求めているのか、その意義と向き合っていくラストも読みどころではあります。
ちなみに気づいている人は多いでしょうが、伊藤計劃『屍者の帝国』へのオマージュ作品でもあります(初出はトリビュートに掲載されていた)。
・壁井ユカコ「ハスキーボイスでまた呼んで」(『不機嫌な青春』集英社、2024年)
大学受験に向かう際、主人公が偶然出会った女性とその後に結婚し幸せな家庭を築くも、とある事件に巻き込まれたことで主人公以外が殺されてしまいます。意気消沈しながら日々を生きていると突然、過去から出会う前の彼女がタイムスリップしてくる、という物語です。
「作品読解」のラスト回は前向きに終わる作品にしようと思い選びました。物語の後半は視点が彼女に移りまして、元々いた時間に戻った彼女が、この日本のどこかにいる彼と再会し、自分が死ぬ未来を回避していこうとします。が、今と違ってSNSはないし、スマホも持っていない。どうするんだ、そして会ってどう話しかけるんだ。いろいろと楽しめる作品ですが、何より前半の後ろ向きなところから視点の変化とともに、一気に前向きな読後感になっていくのが非常に良いです。
〇過去の作品読解
2024年度 http://blog.tuad.ac.jp/tuad_bungei/archives/979
2020年度 http://blog.tuad.ac.jp/tuad_bungei/archives/768
2019年度 http://blog.tuad.ac.jp/tuad_bungei/archives/668
2018年度 http://blog.tuad.ac.jp/tuad_bungei/archives/591
2017年度(途中まで) http://blog.tuad.ac.jp/tuad_bungei/archives/531
2016年度 http://blog.tuad.ac.jp/tuad_bungei/archives/401













