「全部過去になる前に見つけに行こう」

 入学したての一年生向け授業として「作品読解」というものを行っている。ということは、このブログで再三書いてきたが、もちろん今年も行われている。そのうち一つを私が担当しているのだが、備忘録として今回も書いておこう。以下は取り上げた作品を授業の順に書いている。一回につき一短編である。

 

山本弘「生と死のはざまで」

 昨年は『シン・ゴジラ』がヒットしたので怪獣小説を読もうか、という短絡的な発想が初発であった。それはそれとしてラストのオチは秀逸であり、かつ二度は使えない気がするので、引き出しとして入れておくべきものだと思う。

 

中田永一「少年ジャンパー」

 問答無用で私は乙一ファンなのだが、実はこの授業で取り上げるのは初めてである。ほかの授業ではテキストとして取り上げているので、かなり使っている気分であった。とはいえ、ここで別ペンネームのほうを取り上げるのは少しひねくれているのかもしれない。乙一作品は物語が理論的に構築されており、読むだけで有意義な気分になれる。そして理論的でありながら、ではやってみろと言われるとできないのが素晴らしい。物語としては初回から続けてオタクが主人公である。学生の皆さんがよく書いてくる「オタクで教室の隅に生息しているスクールカースト下位の男子高校生だが、何もせずに、いつの間にかに女の子にモテている」という小説を嫌と言うほど読まされてきたので、それはもうやめてくれという意思をこの作品のチョイスに込めている。

 

朝倉かすみ「あたしたちは無敵」

 ここから女性が主人公の物語を読むことにした。まずは小学生。とはいえ少し不思議な話を持ってきたのは、この前二回分の授業との連続性を意識している。作品のテーマを考えるにあたって、少なくとも今の我々は東日本大震災のあとに生きていることを無視することはできない。それを意識下に置くか、無意識下にするかは個々人の自由である。

 

柚木麻子「フォーゲットミー、ノットブルー」

 オタクを主人公とした話が多い、と書いたが、同じぐらい学生の皆さんが書いてくるのは女子高生を主人公とした何も起こらない小説である。換言すると何かが起こっている気持ちで書いているかもしれないが、客観的には何もない小説とすべきかもしれない。多くの人の個人経験が実体験と読書量で構築されているとしたら、少ない実体験から抽出しようとしているのではないだろうかと、私はいつも思っているがどうであろう。何はともあれ、教室内のスクールカーストとそれを基本とした関係性の構築の物語を読むことにした。あと個人的には家の近所が舞台であるので、その意味において微妙にポイントが高い。

 

彩瀬まる「龍を見送る」

 女性を主人公にした作品を読もうシリーズ三回目。三回で終わり。昨年は女性が仕事をしている小説を読んだら、学生の皆さんには少しイメージしにくかったようだ。これも経験値不足によるものである。さらには都内の大学生女子の作品も読んだら、同様の反応であった。悩んだ挙句、今年は学生と同年代の女性を主人公とした創作者の物語にした。自らを重ねることはできたのであろうか。

 

山内マリコ「地方都市のタラ・リピンスキー」

 山形という地方の一都市に住んでいる以上、その文化的状況は考えなければならない。その意味において現在の郊外論を背景に作品を書いている山内マリコは読むべき存在であろう。そう考え、セレクトしたが、うーん、という感じであった。よく考えると郊外論やショッピングモール論は結局、都会に住むエリート研究者によるものではないか、という気持ちにもなったので、そっとしておきたい気分にもなっている。

 

北村薫「夜の蝉」

 北村作品は、ほぼ毎年取り上げているような気がする。すべてが秀逸である。もう何も言わない。分析すればするほど重厚な人間関係と物語構成を結び付けているので溜息しか出ない。なお、円紫さんと私シリーズの主人公は私の出身大学に通っているので、無駄に親近感がある。この短編は関係ないけれども。

 

米澤保信「いまさら翼といわれても」

 先週はこの作品を読んだ。著名な「氷菓」シリーズの最新作。今度、実写映画化されるらしいが、見に行くべきか悩みどころである。そして悩んでいる時点で、見に行かないような気もする。さてタイトルチューンのこの短編は、今後、学生の皆さんにしみこんでいく作品ではないだろうか。選択肢が増えていくことは当然、責任も増えていく。省エネ主義を標榜している主人公がラストで声をかけずに、黙って待っていることの重さは素晴らしく、よくこれが書けるものだと感心してしまう。

 

 授業はようやく折り返し地点を越えたところである。まだまだ続くのだ。学生の皆さんには多くの作品を読んで欲しいと九官鳥のように何度も言っている。たかだか15本の短編を15週かけて読んでいてはいけない。一日一冊ぐらい学生時代に読んでもいいではないか。私が大学生のときは週に5、6冊ぐらいしか読んでいなかったので(ちなみに漫画は別腹)、もっと読めばよかったと今、後悔している。

 

BGM:ChouCho「優しさの理由」