2024年度前期「作品読解」(玉井担当)で取り上げた作品

2024年度前期に行われた「作品読解」(玉井担当)で取り上げた作品です。文芸学科のInstagramに投稿していた内容を転載しています。2025年度の更新をしたあと、2024年度の内容もInstagramにて書いていたことに気づいたので、こちらにも記録として置いておきます。

・宮島未奈「コンビーフはうまい」(『成瀬は信じた道をいく』新潮社、2024年)

 

 

 

 

 

 

 

2023年度の作品読解初回でも宮島未奈さんの『成瀬は天下を取りにいく』から短編を一つ取り上げたのですが、今年も初回を担っていただきました(2023年のインスタを見て欲しい)。つい先ごろまでは高校生だった受講生が、入りやすい作品は何だろうと考えて毎年初回はセレクトしています。要は野球の打線で言うと、一番バッターは出塁率を重視するようなものです。

さておき何かに取り組むのは、誰かに言われてやるのではなく、自らの意思でやって欲しい。そのような意図も込めながら取り上げました。この短編は成瀬が主人公ではなく、彼女と一緒に観光大使を務めることになる篠原目線で物語が進んでいきます。

観光大使への応募自体は彼女自身が望んでいたわけではなく、親の期待での行動であり、彼女自身の興味関心は表に出さないようにすることが常態化している状況でした。しかし臆面もなく物事に取り組んでいく成瀬と一緒に活動することで、篠原自身も変化をしていく物語です。

ちなみに去年は誰も借りていかなかった成瀬本ですが、今年は学生の誰かが借りていきます(2024年度の話)。皆さん、自分の判断で動いているのではなく、メディアの影響を受けまくりなのですね。

・朝井リョウ「僕は魔法が使えない」(『もういちど生まれる』幻冬舎文庫、2014年)

 

 

 

 

 

 

 

美大に入った主人公が人間関係を深めながら、自ら描きたいもの、さらに言えば向き合いたいものを把握していく物語です。つい先日、芸工大に入学したばかりの受講生の皆さんは、自らの能力で何をどこまでできるのか、もしくはやりたいこととできることの差異や、そもそもやりたいことは何かすらわかっていない人もいるかと思います。

皆さんを残酷に突き放すのではなく、書きたいものをゆっくり見つけていこう、という意図をもってセレクトしています。別にこの物語のように強烈な動機を持つ必要はありませんけれども。

・豊島ミホ「どこまで行けるか言わないで」(『神田川デイズ』角川文庫、2010年)

 

 

 

 

 

 

 

2回目の朝井リョウさんの作品では、創作に向けての姿勢をどう作り上げていくのかを考えて欲しい、という意図でセレクトしていましたが、この作品は違います。いや、一緒かもしれません。映画サークルに入っている主人公たち3名が、「見ている人のことを考えていない自己中心的な作品を作って、内輪で悦に浸っている先輩たちとは違う!」とサークルを辞めて、自分たちで映画を撮ろうとする物語です。

当初のやる気の大部分は他者批判に依拠していたのか、主人公は何も創作することはできず、もう一人もその意欲はなく、結局、一人だけが初志貫徹で作品を作り上げるという流れなわけですが、このケースは大学で教えていると本当によく見ます。

口だけで創作しない側にならないで欲しい、もしくは作品を最後まで作り上げる側に回って欲しいという単純な問題ではなく、自らが納得するように尽力して欲しいですね。ちなみに最後に石黒正数さんの『ネムルバカ』(徳間書店、2008年)で描かれている「ダサイクル」の話をして授業は終わりました。

・奥田亜希子「ウォーター・アンダー・ザ・ブリッジ」(『五つ星をつけてよ』新潮文庫、2019年)

 

 

 

 

 

 

 

中学生の主人公がSNSで知り合った男性に会うために新幹線で大阪まで行き、その彼に幻滅するも脅されて関係を切ることができなくなる話ですが、この作品で描かれるのは単純なSNSの功罪だけではなく、大人への不信感や社会への漠然とした不安という10代特有の葛藤です。そしてもちろん、困った主人公に手をさしのべてくれるのは信用していなかった大人(両親)なわけですが、この作品のもう一つの特徴は主人公自身が親になったときの視点でも描かれる点です。

タイトルの「ウォーター・アンダー・ザ・ブリッジ」は「過ぎ去って取り返しのつかないこと」ということわざですが、過去の自身の過ちは取り返しはつかないけれども、現在進行形の出来事はそうとは限らないわけです。

・一穂ミチ「祝福の歌」(『ツミデミック』光文社、2023年)

 

 

 

 

 

 

 

2024年前半の直木賞受賞作ですが、取り上げようと決めたのは2月か3月あたりにシラバスを書いている段階なので、賞レースのことは何も考えておりませんでした。コロナによるパンデミック以降におけるさまざまな罪を、同時代的な視点でからめとっていった短編集になります。

当然ながら罪を描くということは気持ちのいい物語ばかりではないわけなので、この短編を選んだのは同時代的に進行している諸問題を背景にしながら、それでも前向きに生きようとする姿勢を見せているからです。

高校生の娘が子供を産むと宣言したとき、父親がどう対応するのかという物語です。既述のように現在進行形としていくつか存在する社会問題を背景化しながら、主人公の母親の問題、自身の家庭の問題、母親の隣人の問題を複層化しており、崩壊することなく一つの話としてまとめている見事さを感じます。

・彩瀬まる「やわらかい骨」(『骨を彩る』幻冬舎文庫、2013年)

 

 

 

 

 

 

 

父子家庭で生活している高校生の主人公は、周囲から「他者と違う存在」として接されることへの違和感を抱いていたところ、転校してきた宗教二世と周囲の目を気にしながらコミュニケーションを取り始めるという物語です。家庭という概念は一様ではない点が背景として存在しつつ、教室内、部活内での人間関係とどう向き合っていくのかが描かれています。

集団内での異質性をどうとらえるのか、というのが問われるポイントなのでしょう。そして集団内での最大公約数的な存在に自分自身が所属しているかどうかは、価値観が違えばでいくらでも認識自体を変えられるわけです。

・桜庭一樹「モコ&猫」(『このたびはとんだことで 桜庭一樹奇譚集』文春文庫、2016年)

 

 

 

 

 

 

 

この回から恋愛を取り扱った作品を連続で読んでいきます。しかし、いきなりこれを取り上げるとは何を考えているのか、とシラバス執筆時から数カ月経過すると思うわけです。

大学に入学した主人公が最初に出会った女性モコから「猫」と名付けられ、そのままストーカーのように彼女と同じサークルに入り、つかず離れずの関係が続きます。主人公はただ彼女のことを見ているだけで普遍的な意味での「恋愛関係」にならず、そのまま社会人になって会わなくなるまでを描きます。

好きか嫌いか、ゼロかイチかみたいなわかりやすい関係性しか把握したことのない受講生は、「これはいったい何をしているのだ」と混乱してしまったようです。恋愛は人間関係の一種なので、本来は多様な関係が描けるはずなのです。

・中田永一「小梅が通る」(『百瀬、こっちを向いて。』祥伝社文庫、2010年)

 

 

 

 

 

 

 

恋愛を取り扱った作品を読むシリーズの第二弾です。今年度は前回・今回で恋愛作品を読むのは終了。この作品は道を歩けば誰もが振り返る美人の主人公が、中学校で周囲から「あなたに近づいている人は容姿が好きなだけ」と言われて人間不信になってしまい、高校では目立たないように変装して過ごしています。そこに偶然、化粧を落として(変装をしていない状態で)出会ってしまったクラスメイトの男性に「主人公の妹」と答えてしまったがために、「あの子の姉」として接していく物語です。

ルッキズムを真正面から取り扱っている作品で、美醜の問題と主人公と男性との関係性の変化が見事に連動しているのがお見事です。中田永一さんの、といいますか乙一さんの作品は要素だけを取り出すと普遍的な出来事や事象、部分だったりしても、すべてを過不足なく連動させて物語の緩急を作り出していくのが素晴らしい。

・青崎有吾「地雷グリコ」(『地雷グリコ』KADOKAWA、2023年)

 

 

 

 

 

 

 

女子高生の鉱田がワトソン役として見届けているのは、勝負事に異様に強い同級生の真兎の活躍という構図は、言葉にしてしまうとありふれているように思えます。この作品の真骨頂は彼女たちが挑んでいく勝負内容でして、階段でじゃんけんして上がっていくグリコや神経衰弱、だるまさんが転んだのように誰もが知っているゲームに一つだけルールを追加するというものです。

読み進めていくと読者の前に登場してくる試合結果がパズルのように出来上がっている印象を受けるのですが、きちんと推理・推論のうえで成り立っており、ミステリとしての完成度の高さに驚いてしまいます。

2024年前半は会う人にこの作品をおすすめしておりまして、山形にいると無風なのを何とかしようとしていましたが、その後の賞レースの快進撃を見て安心しました。今やコミカライズも始まっていますし。

あと真兎は鉱田の依頼だから体張って勝負している点が、裏のおすすめポイントです。

・北村薫「獅子と地下鉄」(『鷺と雪』(文春文庫、2011年)

 

 

 

 

 

 

 

言わずと知れた北村薫さんの直木賞受賞作。昭和10年前後の上流階級のお嬢様を主人公にした連作短編で、取り上げた作品では上野や浅草周辺の状況を踏まえながら書かれており、読んでいるとテンションが上がります。授業ではこの作品における「獅子」が今はどうなっているのかを紹介しながら、話をしました。

それから授業後に三浦靖冬さんによるコミカライズがスタートしたので、そちらも楽しく読んでいます。

・米澤穂信「関守」(『満願』新潮文庫、2017年)

 

 

 

 

 

 

 

山本周五郎賞を受賞し、テレビドラマ化された『満願』ですが、取り上げたのはドラマ化されていないものにしました。短編集のなかでは、この「関守」が一番直接的に物語を把握できるのではないか、と思ったからです。やはり入学したての一年生なので、物語に数多く触れていることを前提にしていなくても楽しめる作品を取り上げようと心がけています。

オカルト雑誌の記事のために主人公は、伊豆半島で何名も亡くなっている山道のカーブを調査しようと現地を訪れ、ドライブインにいる年寄りの女性に話を聞くという流れの話です。行動としては話をしているだけなのですが、死の謎がミステリ的にすべてつながっていき、オカルトがホラーへと転換するところが秀逸です。

・松樹凛「十五までは神のうち」(『射手座の香る夏』東京創元社、2024年)

 

 

 

 

 

 

 

気付いている人がいるかもしれませんが、2回か3回の授業をジャンルや題材ごとにわけています。そのため11回までの3回はミステリを取り扱って、ここから残りはSFになります。

この作品は15歳になったとき、出生をキャンセルできる制度ができた社会を描いています。自身の息子、そして過去には兄がキャンセルを選んでいる主人公が、30年ぶりに出身の島を訪れ、そこで兄がキャンセルを選んだ過去と向き合っていく物語です。

『夏への扉』も『夏へのトンネル、さよならの出口』も『サマータイムレンダ』を見ても、夏と時間SFの相性はいいですね。とキレイなことを書いておきたいのですが、そう簡単ではない後味を残してくれる作品です。キャンセルを選んだらその人の存在だけではなく、生きてきた痕跡が消え去っていくけれども、残された人々の記憶だけは残っていくわけです。

・倉田タカシ「おうち」(『あなたは月面に倒れている』東京創元社、2023年)

 

 

 

 

 

 

 

猫です。

喋る猫です。

正しくは猫の言葉を把握できるアプリが開発されている世界を描いています。しかし、猫の話す内容が正確にわかるわけではありません。この点は非常にうまく描かれていて、そもそも猫が人間と同じ思考をしているなんてことはありえないわけです。

物語は主人公が以前住んでいた建物が今は猫の住居となっており、そこに置き忘れた遺品を取りに行く話です。話が通じているようで通じていない猫たちと、それでも根底では言っていることが把握できそうで、やはりわからない状況が描かれます。

この作品はSFでいうところの宇宙人や異種族とのファーストコンタクトものの系譜につらなる作品だと思います。違う生態系どころか違う星で生きてきた存在に対して、人間の論理で把握しあうのは非常に難しいわけです。その点で人間と猫は地球という同じ星で生きてきたので、わかりあえる……ようでわかりあえないところが猫らしいと言えます。

・斜線堂有紀「本の背骨が最後に残る」(『本の背骨が最後に残る』光文社、2023年)

 

 

 

 

 

 

 

物語を語る人を「本」と呼ぶ国では、その「本」により物語の内容が違うことが起きてしまいます。その「誤植」を修正するために「本」同士が互いに舌戦を繰り返し、自身の正当性を主張する「版重ね」が行われており、国において一大イベントとして盛り上がっています。その理由は「版重ね」で「誤植」とされた「本」は、「焚書」として燃やされてしまうからです。

これは『華氏451度』じゃないですか、という食い気味のテンションで取り上げました。『華氏451度』ではラジオやテレビが新しいメディアとして登場したという社会的な流れを背景にしているのに対し、今回の作品は真実かどうかではなく、理屈をつけて断定した内容が事実として認定されていく過程を見せています。SNSを筆頭にさまざまなところで見え隠れする現在性がここにあります。

〇過去の作品読解
2025年度 http://blog.tuad.ac.jp/tuad_bungei/archives/949
2020年度 http://blog.tuad.ac.jp/tuad_bungei/archives/768
2019年度 http://blog.tuad.ac.jp/tuad_bungei/archives/668
2018年度 http://blog.tuad.ac.jp/tuad_bungei/archives/591
2017年度(途中まで) http://blog.tuad.ac.jp/tuad_bungei/archives/531
2016年度 http://blog.tuad.ac.jp/tuad_bungei/archives/401