いつも何かの本は買ったり読んだりしているのだが、昨年からハヤカワ文庫でリリースされている七士七海さんの『異世界からの企業進出』シリーズを本屋で見かけるたびに購入している。概ね買ったものは、そのまま積ん読状態にするのが常なのだが、この作品は購入後、少し時間が経過すると積まれている順番を押しのけ手に取っているので、好きなシリーズなのだとは思う。何とも歯切れが悪いのは、購入していきなりは読んでいないということが根底にあるのだろう。何はともあれ一度は積むのである。積むと徳も一緒に積んでいる気がする。そういう気分は重要である。重要。
さておき最初、読み始めた際にはテリー・ブルックスのランドオーヴァーシリーズを思い出していた。異世界の王国が売りに出されている広告を目にした主人公が、半信半疑でそして自分自身に降りかかった不幸により自暴自棄的にその国を買ってしまう物語である。そういえば、これもハヤカワから出ていた。でも大きく違うのは王として国を支配するためにどうしていくべきかを考えるのがランドオーヴァーなのだが、『異世界からの企業進出』は一人のサラリーマンが主人公である。具体的には現実世界に進出してきた異世界の企業でサラリーマンとして雇われるため、要は一からのスタートになっている。
この点は作品の大きなポイントになっている気がしていて、サラリーマンとして一からスタートすることが極めてゲーム的なレベル上げと連動している。もちろんランドオーヴァーと単純な対比が可能ということではない。階層を形成する基準は様々だが、階層上位に主人公が物語の最初から所属している(もしくは所属する資格がある)作品は数多く存在する。それこそ今、アニメが放送されている『賢者の孫』はその典型であろう。しかし、このような作品の場合、主人公が受けるべき枷が最初から存在していないか、存在していたとしてもスムーズに取りはずれる設計になっていることが多い。つまり駆け上がるスピードがとにかく早い。『異世界からの~』はほぼゼロからスタートしているように見える。
とはいえ、そうは書いたものの、成長スピードはこの作品も比較的早いため、大枠では同じなのかもしれない。結局のところスタート地点の差異でしかなく、大枠の構造、そして読者への伝え方・見せ方を考えると大差ないのではないかとも思う。飽きの来ない「RPGのゲーム実況」を見ている気分になってくる。何せ主人公のパラメータが随時表示されているのだ。まだ3巻なのだが、今後、そのスピードと物語のベクトルの方向性が固定化されるのか、それとも大きく変化させるのかには一つの興味がある。個人的な感触として、一直線の方向性を段階を踏みながら進んでいく物語は目先をかえるような工夫はなされていくが、主人公の観測範囲と行動理由の拡大がなされていながらも、同じ物語法則の繰り返しの中で描かれているような気分になってしまうことが多い。ウェブ版を読んでいないので、この物語がどうなっていくのかは知らないが、一介のサラリーマンでいてほしいような、その段階はどこかでクリアしてほしいような、そんなもどかしさである。欲を言えば、そんなところすら飛び越えてほしい。読者のわがままである。
さて一からからのスタートといえば、この4月から新年度である。新入生が入り、新しい教員・副手が文芸学科に加わった。教員の一人は文芸評論家の池上冬樹先生である。文庫の解説や新聞の書評などで何度もお目にかかってきた。特に山形や仙台で行われている文学講座・創作講座は非常に名高く、プロの作家を数多く生み出している。もう一人の教員はトミヤマユキコ先生である。トミヤマさんは、玉井と同期なので同じ時期に大学・大学院を過ごしていたのだが、ライターとして大活躍するトミヤマさんに比して玉井はこの体たらく。たまにはいい論文を書きたいものだ。そして副手の永尾さんは文芸学科一期生である。前任の飛塚さんの同期でもある。The Buildingsというバンドでも活動しているので、皆さんも聞こう。
何より新入生の皆さん。玉井はガイダンスで松智洋さんの言葉を借りて、「当たり前のレベルを上げよう」と話をした。もちろんこの考えに従う必要もない。皆さんには何もしない自由もあるし、すべてのことに打ち込んでいく自由も存在する。何をしなくてもいいし、何をやってもいい。でも、そのすべての責任は自分で取っていくことになる。どうせなら、大変なほうがいいじゃないか。世の中、小説の主人公のように軽々とは乗り越えられないんだから。