はじめまして

 はじめまして。文芸学科の教員の川西です。
 大学では、創作をメインに教えています。

 創作を教えることなどできるのだろうか? と思われるかもしれません。できるかできないか、やってみないとわかりません。というわけで、文芸学科の創設から五年、やってきたのですが、そのつたない経験からすると、技法を教えることはできます。
 語弊があるかもしれませんが、技術は機械的に繰り返していれば、やがては身につきます。すぐに、というわけにはいきません。なんにせよ、技術を習得するには地道な粘り強い努力が必要です。

 技術を習得する過程でセンスも身につけられるはずです。技術を使うにはセンスが必要なのですね。必要は発明の母、というわけで、求められる感性は技術を習得する過程で磨かれていきます。センスが伴わないと、技術が使える、とは言えないのです。

 さて、では、創作への情熱とかテーマ性とかはどうなるのか、と言いますと、技術が身につけば、書きたいものも見えてくる、と私は思っています。正確に言うと、自分が今持つ技術で書けるものが見えてくる、となるでしょうか。書きたいけれど、今の技術では書けないもの、は、はっきりと全貌をつかむことができません(当たり前ですが)。高いレベルを目指しつつ、今、書けるものを書いていれば、やがて、書けなかったものが書けるようになるはずです。

 私自身、修行の過程にあります。書きたいけれど書けないものがあって、それが書けるように(怠けながらも)書き続けています。

 文芸学科の4年間でどれくらいのレベルまで達するのか、それは人によって異なります。早く書けるようになれば良い、と言うものでもないと私は思います。それぞれの人に適したスピードはあるのではないでしょうか? 怠けずに(私は反面教師です)、こつこつと書いていれば、しかるべき時にレベルに達するはずです。

 不放逸にて精進せよ。

 お釈迦さんの遺言です。言い遅れましたが、私は僧侶でもありますので、この遺言を自分への戒めと励みにしています。ま、実態は、放逸にて不精進だったりするのですが……。怠らず、精進を続けられるようになりたいものですね。

 というわけで、初回から思いがけず長文になってしまいました。
 次は短文にしたいと思います。
 それでは、また。