2012.12.19
学科等企画による復興支援活動レポート その② 【美術史・文化財保存修復学科 東洋絵画修復ゼミ】
TRSOでは、今年度助成を行った学内の学科・コース・ゼミ等の復興支援活動レポートを順次ご紹介しています。
前回は、主に被災地の生活空間の修復活動を行っている【建築・環境デザイン学科 廣瀬・渡部合同ゼミ】の活動報告をご紹介しましたが、今回は、【美術史・文化財保存修復学科 東洋絵画修復ゼミ】の『被災地域文化財資料等のレスキューと保存修復 ~東洋絵画保存修復ゼミの活動~』の活動レポートです。
文化遺産は、その地域の歴史を後世に伝承するとともに地域のアイデンティティを形成し、そこに住む人々の心の拠りどころとなりえるものだと思います。
しかし、東日本大震災により、多くの地域文化遺産も罹災してしまいました。
そこで、本学の美術史・文化財保存修復学科および文化財保存修復研究センターでは、その他の関連機関と協力して、多くの被災した美術作品や図書資料などを修復する文化財レスキューを震災直後より行なっています。いわば文化財のお医者さんというべく、文化財保存修復に携わる人々が連携し合い、それぞれの専門知識や技術を駆使して、文化財の命を繋ぐための地道な活動です。
三浦功美子准教授が中心となる東洋絵画保存修復ゼミでは、昨年春に石巻市の旧家でレスキューされた扁額(へんがく)、屏風(びょうぶ)の保存修復活動を行ってきました。
なお、以下の日程で活動報告展も行いますので、ぜひこちらも併せてご覧ください。
◎活動報告展 『レスキューの先へ ~被災した扁額・屏風の修復と保存~』
会期:平成24年12月20日(木)~22日(土)
開館:平日12:00~19:00(最終日10:00~15:00)
会場:東北芸術工科大学 図書館2階 スタジオ144(山形市上桜田3-4-5)
入場:無料
主催:東北芸術工科大学 美術史・文化財保存修復学科 東洋絵画修復ゼミ
後援:東北芸術工科大学 文化財保存修復研究センター
協力:NPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク
助成:東北復興支援機構TRSO(2012年度 学科等企画による復興支援活動にかかる助成事業)
◎講演会
日時:12月21日(金)14:00~15:00
内容:
1.歴史を守り、震災を伝える土蔵―石巻市本間家土蔵のレスキュー活動―
(発表者:蝦名裕一 東北大学災害科学国際研究所助教)
2.被災した扁額と屏風の保存と修復について
(発表者:三浦功美子 東北芸術工科大学美術史・文化財保存修復学科准教授)
3.扁額「満盛流霞」の修復について
(発表者:棚橋美沙希 東北芸術工科大学美術史・文化財保存修復学科東洋絵画修復ゼミ4年生)
◎お問合せ
東北芸術工科大学 美術史・文化財保存修復学科準備室
TEL:023-627-2023
TRSO事務局 須藤知美
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『被災地域文化財資料等のレスキューと保存修復 ~東洋絵画修復ゼミの活動~』活動報告
3.11の震災以降、東北芸術工科大学の文化財保存修復研究センターと美術史・文化財保存修復学科(以下、美文学科)では被災文化財等のレスキュー活動を行っています。被災した資料や美術品などを預かり、学生や多くの協力者と共に応急処置を継続して行っています。
その中で、美文学科の東洋絵画修復ゼミでは、NPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク(以下、宮城資料ネット)より、昨年春に石巻市の旧家所蔵の扁額(へんがく)、屏風(びょうぶ)の20点を預かりました。
所蔵者は、江戸時代に石巻を代表する千石舟主として活躍して、明治以降は醸造業を営み、この地域の発展に関わってきた旧家です。今回の震災により周辺の家々と共に、家屋は津波により倒壊しました。その状況の中で唯一土蔵だけが残り、蔵内にあった古文書や額なども被災をしましたが、奇跡的に無事でした。
なお詳細につきましては、宮城資料ネットホームページで掲載されています「宮城資料ネット・ニュース103号、118号」をご覧下さい。
※NPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク
宮城県内の歴史研究者、大学院、文化財行政に関わる自治体職員などが中心に立ち上げた歴史資料の保全活動を行う組織。3.11の震災において、歴史資料のレスキュー活動を継続して行っており、大きな活躍をしています。
そのレスキューされた扁額、屏風を、東洋絵画修復ゼミの4年生が中心となって保存処置を行いました。扁額は15点、屏風は5点あり、傷みの程度はバラバラですが、津波を被った爪痕はすべてに確認できます。襲ってきた海水よる水染み。塩の結晶の痕。近くの製紙工場から流出したパルプ屑の付着。濡れたことによるカビの痕。破れなどの損傷。
数十年経っている作品ですので、茶色くやけてしまってすでに劣化は生じていたのですが、今回の被災でさらにダメージを受けてしまいました。
今回TRSOより助成を受けた活動として、扁額作品の1点の本格修復を行い仕立て直しました。他の作品は、現状よりも損傷劣化が進行しないように保存処置を行いました。そして、作品が所蔵者に戻ることで、地域の文化遺産を通じて復興の一助になれることを願っております。
実は唯一残った蔵は、地域の希望と多くの協力によりは壊さずに保存することになり、今修復が進められています。
震災から救助された作品です。長く後世に伝えていくためにも、適切な保存や修復を行うことが重要になります。学生たちが被災した作品に向き合い、修復と保存に取り組んで頑張っています。
所蔵者に選んで頂き本格修復する作品を決定しました。
◎作品の概要
「満盛流霞」
形状:扁額装(へんがくそう)
※扁額とは、横長の額装でよく書院や座敷の鴨居に掛かっている。
組成:絹本墨字
作者名:日下部鳴鶴
寸法:額全体 縦544㎜×横2240㎜ 、本紙 縦410㎜×横1960㎜
※本紙とは、書画が書かれている紙や絹のこと。
縁(へり):金箔地台紙
本紙は絹地に力強い墨の文字が書かれています。本紙の周りには金箔地の台紙が貼ってあります。扁額は横の長さが2mを超えるかなりの大きさです。当初は威風堂々した作品だったことを伺えます。
被災による水染み、塩の結晶の痕、パルプ屑の付着、破れなどの損傷があります。
本紙の茶色のやけは長い年月を経た劣化です。ひどい破れの金箔地台紙は経年の劣化に、被災のさらなるダメージが追い打ちを掛けたようです。痛々しい状態です。
今回はすべての作品を同様な修復することは厳しいので、残りの19点の扁額、屏風はそれぞれの傷みの状況に応じた処置を行いました。将来の本格的な修復や額の仕立てができるまで、劣化が進行せずに保管できるようにしました。
作品の処置は、最初に行うことは20点の作品すべて同じです。
1.写真撮影
作品の状態を画像で記録します。
修復前の状態を確認しながら、処置を進めていくので画像の記録は重要です。
2.状態調査
作品の構造、組成、寸法、損傷状態などをカルテに記録します。
作品を知るために、いろいろな検査をしていきます。お医者さんのカルテと同じです。
3.縁木(ふち)の分離
扁額の構造は、パネルに縁木が釘などによって付いています。その縁木を外します。
釘が錆びていたりしますので、作品を傷めないように慎重に行います。
4.作品の表面の処置
パルプ屑や虫糞などを、本紙の表面を傷つけないように注意をしながら除去していきます。
カビの痕のある部分は、エタノール水溶液で殺菌をします。
墨字と落款に薄いニカワ水溶液を筆でなぞって、落ちないように止めていきます。
5.本紙の分離
パネルには、本紙とその周りには装飾としての金箔や銀箔の台紙や裂(きれ)が貼ってあります。そのパネルから本紙を外します。
6.本紙の洗浄
作品は津波を被って、本紙の内部まで塩の結晶やいろいろな汚染物が染み込んでいます。それらの汚染物をできるだけ取り除くために、本紙の上から少しずつ蒸留水を流して洗浄します。1回毎に塩分濃度や汚染物の濃度を確認して、値が小さくなるまで行います。
以上までの処置後は、それぞれの作品の状態に応じて、さらに処置を行っていきます。
Ⅰ.損傷が小さな作品は、洗浄後乾燥だけで終了です。
Ⅱ.洗浄により裏打ち紙が剥がれてしまった作品や、本紙がバラバラになっている作品は、裏打ち紙を剥がして、新たに裏打ちをしました。
※ 裏打ちとは、本紙の裏面に補強のための紙を貼ること。東洋絵画の修復や装丁には欠かせない工程。
学生らは、今作品の最終調整をしています。本格修復の「満盛流霞」も額装への仕立てに入っています。とても頑張っています。
企画展「レスキューの先へ」では、保存と修復が終了しました作品の展示を致します。
学生たちが、被災した作品の修復と保存に取り組んできた成果をどうぞご覧ください。
以上
報告者:三浦功美子(美術史・文化財保存修復学科 准教授)