5月25日、東北芸術工科大学で、オープンキャンパスが開催された。
文芸学科でも学生たちとともに高校生&保護者のお相手をしたけれど(多数のご来場ありがとうございました!)、なかでも仙台の高校生と、伊坂幸太郎や宮部みゆきの話が出来たのが嬉しかった。まあ、僕が伊坂さんの『ラッシュライフ』、宮部さんの『理由』『本所深川ふしぎ草紙』の解説を担当していることを知らなかったようだけれど(前者は読んでいるみたいでしたが)。
高校生たちと話をするのも面白かったけれど、合間をぬって、会場に置かれた学生たちが紹介する本を眺めるのも楽しかった。高校生たちに読んでほしい本がたくさん並んでいて、そこには短い書評もついていて、なかなか書ける学生もいて頼もしかった。
個人的には、片桐はいりの『グアテマラの弟』(幻冬舎文庫) を“発見”した。女優としての活動は知っていたけれど、文筆家としては知らなかった。いや、どうせ女優の片手間仕事(顔で書いた芸能本)でしょうと甘く見ていた。でも、活字を追っていったら、やめられなくなり、しばし読みふけってしまった。いやあ、うまいね! この人。エッセイスト片桐はいりの文章をもっと読まなければと思った。
そのほかでは、同僚の先生方の「教員の本棚」が興味深かった。文字通り、先生方が過去に影響をうけ、現在も身近におかれている本たちで、1人15冊という決まりで、それぞれの個性がうかがえて、なるほどなるほどと思った。
ちなみに、僕の「教員の本棚」は以下。コメントと15冊のリストです。
小学校四年の時に江戸川乱歩の少年探偵団ものに魅せられて小説に夢中になり、六年のころにはエラリー・クイーンやヴァン・ダインなど本格ミステリを読んでいたが、中学では家の本棚にあった世界文学全集をあさり、特にヘミングウェイの『武器よさらば』に感動。でも高校では福永武彦の『忘却の河』と出会い、一転して日本文学に。辻邦生、森内俊雄、吉行淳之介、野坂昭如、三島由紀夫、石川淳と日本文学にどっぷりとはまり、大学では日本文学科を専攻した。しかし別名義で本格ミステリを書いていた福永武彦の弟子筋(?)から結城昌治のハードボイルドを手にして一変。ハードボイルドにはまり、とりわけ結城昌治が影響をうけたロス・マクドナルドにノックアウトされて、日本文学と並行して、本格的に海外ミステリ(エンターテインメント)の渉猟を開始した。
あれから40年。小説は読めば読むほど面白い。日本および海外の小説のみならず短詩型の文学や評論などにもたくさん影響をうけた。リストアップした15冊の半分は座右の書であり、残り半分は忘れがたい本である。
・福永武彦『忘却の河』(新潮文庫)
・吉行淳之介『暗室』(講談社文芸文庫)
・小川国夫『生のさ中に』(角川文庫)
・立原正秋『暗い春』(角川文庫)
・結城昌治『あるフィルムの背景』(角川文庫)
・開高健『夏の闇』(新潮文庫)
・森内俊雄『短篇歳時記』(講談社)
・笠原和夫・絓 秀美・荒井晴彦『昭和の劇 映画脚本家・笠原和夫』(太田出版)
・道浦母都子『無援の抒情』(岩波現代文庫)※歌集
・岡井隆『「赤光」の生誕』(書肆山田)
・アーネスト・ヘミングウェイ『武器よさらば』(新潮文庫)
・ロス・マクドナルド『ウィチャリー家の女』(ハヤカワ文庫)
・ティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』(文春文庫)
・リチャード・スターク『悪党パーカー/怒りの追跡』(ハヤカワ・ミステリ)
・池上冬樹『ヒーローたちの荒野』(本の雑誌社)
以上が掲載された文章とリストだが、実は、結城昌治に関しては、最初『暗い落日』(角川文庫)をリストアップしていた。ところがいざ本棚を見たら、ない。自宅のどこかにあるはずだが、あちこちの山を掘り返さないと見つけられない。時間と労力がもったいないので、仙台の萬葉堂(どでかい古本屋。古本マニアの聖地。ジャンル別アイウエオ順に並んでいるので、さしづめ県立図書館みたい)や、山形の香澄堂書店でも探したのだが(そのほうが簡単)、でも見つけられない。
『暗い落日』に関しては講談社文庫版と、それを基にした中公文庫版もあるが、僕はどちらも認めない。『ヒーローたちの荒野』にも書いたことだが、結城昌治は亡くなる前に、物語の時代背景(戦後の混乱が残っていた昭和30年代の背景)をそのままにして、古い用語と貨幣価値をあらためたから、いびつな世界になってしまった(数千億円の大富豪の娘が2階建てのアパートに住んでいて、親子電話でよびだされ、高級車ブルーバードに乗っている・・なんてどうみてもおかしい)。何よりも鍵となる老人の憤怒と後悔が、1980年代まで普通に使われていた言葉(現在では差別用語)を通して語られるのに、新しい言葉に直したものだから、なんかよそゆきの感情になり、作り物染みてしまった。
仕方がないので、『あるフィルムの背景』(角川文庫)にしたけれど、警察小説の名作『夜の終る時』でも、スパイ小説の古典『ゴメスの名はゴメス』でも、渋い連作『死者たちの夜』でも、玄人の人気が高い『幻の殺意』でもいい(ただし全部角川文庫版。学生のときに夢中になって何度も読み返したので)。
実は、コメントにもあるように、三島由紀夫に惚れ込んでいたので、リアルタイムで読んだ『豊饒の海』四部作(『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』)をリストアップしたのだが、大学までもっていくにはあまりに重く(『昭和の劇』も分厚くて重い)、文庫本に変更するには寂しく(豪華絢爛な単行本の装丁がいいからね)、愛着のある立原正秋の『暗い春』にした(いくらでも二番手三番手四番手がいる)。
ちなみに、『豊饒の海』四部作、それから福永武彦の『死の島』(上下巻、河出書房新社)、辻邦生『背教者ユリアヌス』(中央公論新社)が、高校時代に読んだ忘れがたき新刊本で、三つとも、あまりの面白にさに「結末などないほうがいい!」と思ったほどである。『死の島』も『背教者ユリアヌス』もとても分厚くて、いつまでも読み終わらない幸福(それは残り頁の厚さを手で確認することでもある)をとことん味わうことができた。いまでは二作とも容易に文庫本で入手できるけれど、文庫本では物語の厚みを体感できないので、ぜひ古本の単行本を求めてほしい。『死の島』の単行本には、物語の時間を整理したカレンダーの栞もついていて、過去と現在の往復がより明確に確認することができる。長い独白、小説内小説、三つの結末など小説の方法に挑戦した、戦後最大の実験作の一つでもある。
そういえば、いま思い出したのだが、『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』『死の島』『背教者ユリアヌス』はみな、大学に上京したときに山形から持っていった本である。北烏山のアパートでも何度も読み返した。
さて、いまの大学生たちは何を部屋に持ってきたのだろう。そして来春大学に入る高校生たちは、何をもって山形にくるのだろうか。ちょっと聞いてみたいものだ。