「ランティエ」7月号の特集は「今野敏の世界」で、ベストセラー作家今野敏と新鋭作家の今村翔吾が対談をしている。
今野敏は昨年作家生活40周年を迎えたベテランのミステリ作家で、今年5月まで日本推理作家協会理事長をつとめていた。今村翔吾は「羽州ぼろ鳶組」「くらまし屋稼業」シリーズでベストセラーを記録し、今年一月『童の神』(角川春樹小説賞)で直木賞候補になり、惜しくも賞を逃したが、真藤順丈の受賞作『宝島』に次ぐ高い評価を得た。文壇でもっとも注目されている若手作家だろう(※今村さんを7月28日の東北芸術工科大学のオープンキャンパスにお招きします。午後12時からトークショーあり。詳細は後日。午後2時からは今村さんは山形小説家・ライター講座の講師をつとめます)。
二人の対談はとても面白いのだが、いちばん驚いたのは、このくだりだろう。
今野 俺は決めてないよ、結末。
今村 犯人も決めてないんですか?
今野 決めてない。いや、大まかにこいつにしようかなというのはあるけれど、布石を打っているうちに、どう考えてもこっちを犯人にしたほうが面白いってなると、振り返って齟齬(そご)がないかどうか調べて、拾える布石があれば拾って、そうすると、あたかも最初から考えていたかのように、物語ができる。すごいどんでん返しですねなんて言われるけど、当たり前だ、俺だって知らなかったんだから(笑)。
今村 道理で面白いわけだ(笑)。
「すごいどんでん返しですねなんて言われるけど、当たり前だ、俺だって知らなかったんだから(笑)」がおかしい。というか、結末も決めないで、35シリーズ(!)何百冊も書けるのだからたいしたものである。
今野敏の発言を聞いて驚いた人もいるかと思うが、ストーリーを何一つ決めずに書いていく作家は少なからずいる。昭和の流行作家(という言い方があった)は月産500枚とか600枚とか、なかには1000枚、2000枚という作家もいたので(一時期月産2000枚だったのが勝目梓で、素晴らしく見事な純文学的自伝『小説家』によれば、多忙で鬱病にもなった)、いちいちプロットを決めて書くなど時間的に無理だろう。ぶっつけ本番で小説を書きはじめ、想のおもむくまま物語を展開させて巧みに着地した。プロ作家となればそんなことはなんでもなくなる。
ストーリーを決めないで書く作家としては池波正太郎や北方謙三が有名だろう。5月の「せんだい文学塾」と「山形小説家・ライター講座」の講師を務めてくれた『バッテリー』で有名なあさのあつこさんも、実はストーリーを決めないで書く作家の一人だ。いかにストーリーを決めないで小説を書くのかを詳しく語ってくれたが(詳細は6月下旬公開の山形小説家講座のホームページをご覧ください)、これは何年も訓練を重ねたゆえに会得したもので、安易にとびつかないほうがいい。
といっても、学生や小説家講座の受講生を見ていると、プロットを決めて書くのが苦手な人がいる。人それぞれの書き方があるので、プロットを決めて書くことがベストとはいわないが(そのかわりキャラクターや設定やテーマなど様々なことは押さえておくべきだが)、少しでも決めて書いたほうがあとあと楽である。全部を決める必要はないし、前半だけでもいいから決めたほうが終盤であまり迷うことはない。プロット作りが苦手な人でも、書き方やアプローチを教えれば、問題をクリアできる。理論が頭にあれば、困ったときにどうすれば対処すべきかが見えてくる。そのために大学では理論を教えている。
先日から、大学のゼミでは、ジェフリー・ディーヴァーの短篇をテキストにしている。現在、世界でナンバーワンのどんでん返し作家といったら、誰もがディーヴァーをあげるだろう(あと数十年たってもディーヴァーはナンバーワンだろう)。四肢麻痺の科学捜査官リンカーン・ライム・シリーズ(『ボーン・コレクター』『ウォッチメイカー』)や、いかなる嘘も見抜く尋問の名手(別名“人間嘘発見器”)キャサリン・ダンス・シリーズ(『スリーピング・ドール』『ロードサイド・クロス』)が有名だが、長篇のみならず短篇の名手でもあり、短い枚数の物語のなかに仕掛けが詰まっていて、どんでん返しの切れ味たるや抜群である。
学生たちに、これはどんでん返しの名手の短篇であり、最後に大きなどんでん返しがあるから、それを頭に入れてだまされないように推理して読みなさい、と事前にいっておくのだが、誰もがころりとだまされる(プロの評論家ですらだまされるのだから当然だが)。え? そういうオチなの!? と驚いている。一読したあと、伏線そのほかの確認のためにもう一度読み返して、一つ一つの細部にうなり、これはすごい! と感嘆している。エンターテインメント、とりわけミステリ系の作品を書きたいと思っているなら、ツイストやどんでん返しは必須で、どのように仕掛けるのか、その方法とは何かを、細部を通して実感しないといけない。
もちろん今野敏クラスになれば、どんでん返しも書いているうちに思いつくかもしれないが、それもまた長年の経験(とくに読書量)があるからこそ。学生や小説家志望者はたくさんのサンプルを読んで、その方法を学んだほうがいい。どんでん返しにもパターンがある。どんでん返しの作家はディーヴァーばかりではなく、ほかにも多くの作家がいて、読者を愉しませる(騙す)技を磨いているのだ。その技に触れるのがいちばんだろう。