「木と向き合うこと、子どもたちと向き合うことを制作の糧に」芸工大で彫刻に出会ったアーティスト

木を彫ったときにしたたる樹液、広がる香り、表われる年輪や節、亀裂に生々しい“生”を感じ、木と対話するように作品を創り出している、彫刻家の佐野美里さん。犬をモチーフとした作品の数々は、置かれた場所、同じ空間にいる人の日常に佇み、滲み出すような存在感を放っています。
佐野さんが拠点としているのは仙台市太白区にある建築事務所の共同オフィス。アトリエは資材置き場の中にあります。卒業後、地元宮城県で震災に遭った家族のそばにいたいという想いから、東北を活動拠点にすることを決意した佐野さん。塩竈市の農家の蔵の一角を借り、畑を耕すおばあさんの日常の姿からエネルギーを得て作品を生み出したり、塩竈市の商店街にある店舗の中に1帖間程のスペースを借りて、地域の人々に助けられたりしながら制作を続けてきました。「最初はどこで制作すればいいのかと不安がありましたが、知り合いから紹介されてアトリエが決まることが多く、今は安心していられます。支えられていると感じると力が湧いてきますし、こういったスタイルをだんだん楽しめるようになってきました」と、笑顔で語る佐野さん。塩竈市の杉村惇美術館で個展を開いたり、多賀城市でワークショップを開くなど、土地の人々や環境から刺激を受けると共に、つながりを大切にしながら創作活動を続けています。

©SHIOGAMA SUGIMURA JUN MUSEUM OF ART

何かを創りたい、美術を学びたい、という想いを持っていた佐野さんが彫刻の道を選んだきっかけは、本学のオープンキャンパス。高校の美術部在籍中に制作してきた絵画やオブジェを、担当者に見せて相談したところ彫刻コースを薦められ、そこから本格的に彫刻を学びはじめました。学生時代は知識を身につけることで頭がいっぱいで、余裕が出てきたのは大学院に進学してから。「小中高とずっと自分の気持ちを伝えるのが億劫で、それを取り繕うのも苦手でした。でも、木と向かい合い彫刻をしているうちに、作品自体が素直であればそれが自然な自己紹介になると思えるようになったんです。彫刻は私にとって、やればやるほど積み重なる自己肯定でありポジティブになれるきっかけ。どれだけ木に向き合えるか、どれだけ自分を高められるか。それに気づけたら、どこにいてもどんな状況でも創作は続けられると感じています」。院生時代は屋久島や鹿児島に一人旅を経験。何でもない日常の時間の中で人や動物たちが輝く姿を見つめたこと、多様なジャンルを学ぶ同級生、先輩、後輩との出会いは創造の力となっています。

もともと人に教えることも好きだった佐野さんは、学生時代に教員免許も取得。現在は特別支援学校で講師も務めています。働き始めてから4年間、子どもたちと真摯に向き合い続けてきました。創作の傍らにできるほど易しい仕事ではないものの、子どもたちの存在や過密なスケジュールが創作意欲を刺激し、新たな作品へと向かわせているそう。「子どもたちにはキラキラとした滲み出る可愛らしさがあって、そこで受け取ったものは作品に影響しています。展示会やワークショップを通して親御さんとお話しできたり、作品を見てくれた子が美術館に興味を持ってくれて、表情がまた違った輝きになったり。学校で教えることと彫刻が相互に作用しています」。講師の仕事が好きで、嬉しい時も悲しい時も無理なくどちらも頑張れる、という佐野さん。芸術的な感性を持ちながら社会人として講師を務め、創作を重ねていく姿は自然体で、これからどのような作品を創作していくのか目が離せないアーティストの1人です。

 

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