自作の版画で30年以上も年賀状を作っているという伏見さん。我流の版画を改めてしっかりと習ってみようと公開講座を受講し、全6回の講座を通して版画の伝統的な技法とより生き生きとした表現力を身につけたそうです。今回は講座で初めて制作した作品1枚と、受講後も手を加え続けた作品3枚について、講師の中村先生に寸評していただきました。
版画は、一度仕上げた作品に手を加えることや色の乗せ方や紙を変えることで違う作品として表現を楽しむことができる、親しみやすい芸術のひとつです。伏見さんは、奥様と登山した時にスケッチした吊り橋のある風景を版画にしましたが、講座後も色を重ねたりしながらご自分の見た風景に版画を近づけていく工夫をされたようです。中村先生は「最初のものと比べると、どんどん良くなってきていますね。木漏れ日が心地よい空気感や、ほっと一息ついている気持ちが伝わるような、一枚の絵になってきていると思います。」と作品を評価しました。作品が持つ一体感は、ふわりと黄色を纏った木々の緑、黒っぽいだけでなく木陰が映りこんだ急流の岩肌から醸し出されています。
「講座で先生に"色を重ねなさい"と言われたことを思い出して、探りながら色を置いていきました」と語る伏見さんですが、その探究心には中村先生も感心。現在はデジカメなどで撮った写真を基に版画をする人も多い中で、伏見さんのように、スケッチによって「感じた気持ち」を描いていくことは上達の近道だといいます。たとえば、真ん中に描かれたブナの木肌に入れられた平刀によるぼかしの技術は講座で習得したもので、吊り橋とブナの質感の違いを上手く表現しています。これは最初にはなかった工夫で、伏見さんの「もっとブナらしく、自分が見たブナはこうだった」という気持ちから生まれています。「イメージに近づけるためにどうすればいいか、という気持ちで手を動かすと、道具と材料が表現を助けてくれるんです」と、中村先生は、彫刻刀を使うことを目的とした表現ではなく表現するために彫刻刀を使う、ということの重要性を示唆しました。
「最初の講座では、農作物や海産物のスケッチをやったのですが、大量の藁半紙と墨、太い筆を預けられて"とにかく描け!"と言われたので戸惑いました。」と伏見さん。書き直しや細かな形状を写しとることができない状態で、中村先生は対象の内側から放たれている存在感、描き手がイメージする素材の味や自然な形をつかんで欲しかったといいます。伏見さんの一回目の作品にはそれがよく表れています。「このイカ、つるんと柔らかい手触りでふっくらとしていて、内蔵がしっかり入っている感じがするでしょう?細かい所よりも大きな捉え方で、感じていることが大切なんです。細い筆でカッチリと外側の線を描いてしまうと、その形をなぞるように彫刻刀で彫り進んでしまい、平坦な作品になります」と中村先生が語る通り、伏見さんの作品からは素材の瑞々しさが伝わってきます。
講座で教わったという彫刻刀の使い方や、紙を湿して刷るやり方はそのまま伏見さんの作品に表現手段として柔らかに反映されています。「木版を彫るだけでなく、紙や木版の準備で色の出方が変わるというのは驚きでした。彫っている時と、それを刷り出した時のイメージが違うのが面白いです。」と感想を語る伏見さん。今回は、絵の具と水の混ぜ方や彫り跡の大胆な所と細かい所の差をつけることなどのアドバイスを受け、さらに創作意欲が高まった様子です。中村先生は「版画は印刷では表現できない手触りや、同じものでありながら違う表現ができるという良さがあります。伏見さんが登った山々の、季節の画集を作られてはいかがですか?版画は感覚でやっている部分が大きいので、間をおかずこれからも是非続けてくださいね。」と伏見さんを激励しました。
公開講座をきっかけに版画の世界をより深く楽しみ始めた伏見さんの、今後の作品が楽しみです。