「つるや肘折ホテル」のご主人、柿崎雄一さんは、〈ひじおりの灯〉プロジェクトの立ち上げ時から関わっている地元における中心的な人物。2007年、開湯1200年祭を機にスタートしたこのプロジェクトも今年で4回目。「イベントというよりは温泉街の年中行事として恒例化してきましたが、最初の年は、本当に大変でした。」と当時を振り返る柿崎さん。その年の3月に初めて芸工大の先生と打ち合わせをして本格的にプロジェクトが動き出したのは4月。開湯祭のある7月までのわずか3カ月という慌ただしさの中で事が進んでいったと言います。当初は戸惑いがちだった温泉街の人たちも回を重ねるごとに積極性を増し、より協力的に参加してくれるようになりました。
特に、学生たちの頑張りに刺激を受けた青年団の若者たちの活動が昨年ぐらいから盛んになり、今年は自ら絵灯ろう作りにも挑戦。青年団の有志が芸工大に出向いてワークショップ的に指導を受けて作り上げた灯ろうが旧郵便局の軒先に飾られました。また、〈ひじおりの灯〉のインフォメーションブース兼カフェ&バーとして期間限定でオープンした屋台〈肘折黒〉の運営にあたったのも地元青年団の若者たちです。かつては年輩の湯治客だけが目立った温泉街に学生たちがやって来て、地元の人々や温泉客と交流を深めて活気をもたらす様子はまさに格好の起爆剤になったに違いありません。
4回目の〈ひじおりの灯〉とは言っても、作品を手掛ける学生のほとんどが毎年入れ替わるため、毎回新鮮。取材スタイルも変化しており、それが絵灯ろうの仕上がりにも見事に反映されていると言います。今年は学生たちがそれぞれ担当の旅館や商店を割り当てられ、その旅館や店の人から話を聞くことからスタート。コミュニケーションを深めることで学生たちの肘折温泉への興味も深まり、学生と地元の人々の距離もぐっと縮まっていきました。おじいちゃんやおばあちゃんから肘折の歴史や自然の話を聞いて絵にしてほしい、肘折の魅力を感じたまま好きに描いてほしい、さまざまな声に応えてバリエーション豊かな36基の絵灯ろうが完成しました。
7月24日には、作画者の解説を聞きながら灯ろうを一つ一つ観賞して回る夜のトークイベント『肘折絵語り・夜語り』が行われ、浴衣姿の湯治客をはじめ、地元の人々も含め、たくさんのギャラリーが集まりました。丁寧に聞き取りが行われたことで、柿崎さんも知らなかったような肘折話が学生たちによって語られ、感動もひとしおだったようです。
このプロジェクトを通して学生たちにとっても肘折温泉は特別な場所となったのでしょう。〈ひじおりの灯〉の期間中には、家族を連れて温泉を訪れる学生の姿が目立ったと言います。わが子が逗留して描いた絵灯ろうを眺め、親交を深めた旅館や商店の人と言葉を交わす親御さんたち。その光景を目にした柿崎さんは、"これは観光ではなく交流だ"と実感したと、とてもうれしそうな表情を見せてくれました。
「このプロジェクトでは、予想以上の大変さと期待以上の喜びを味わうことができました。どんなカタチであれ、芸工大さんとの連携はずっと続けていきたいですね」と柿崎さん。来年の〈ひじおりの灯〉はもちろんのこと、さらに新たな連携にも大いに期待したいところです。