様々な素材が使われているポップアート作品の修復をしている、石井千裕さん(左)と宮城加奈子さん(右)。※青森県立美術館蔵

卒業研究として、身につけた技術と知識でポップアート作品の修復に取り組んでいます。

歯ブラシ、ガムテープ、メザシ。様々な素材を修復・補修し、作者のオリジナリティを100年後に残します。

絵画面の絵具が浮き上がり、ひび割れを起しています。剥離が進まないように、絵具を絵画面に止めるように処置を施します。

芸工大の文化財保存修復研究センターでは美術館などから依頼を受け、絵画作品の修復を行っています。本年度、美術史・文化財保存修復学科を卒業する石井千裕さんと宮城加奈子さんが卒業研究として手がけているのは、青森県立美術館から依頼された『とある玩具店のショーウィンドウケース(兵器工場「キャラクター」)』と、『とある玩具店のショーウィンドウケース(軍医と戦闘機と負傷者難民「キャラクター」)』の二作品。修復士を目指して美術史を学び、作品に直接触れる機会を大事にしたい、と立体作品修復研究室で学んできた2人は、試行錯誤を重ねながら4年間の集大成へ取り組んでいます。

カビを培養し薬品への反応を確認してから行われたメザシの処置。

作品の修復には様々な技術と知識が必要とされます。まず2人が考えたのは、構造の強化。依頼された作品は木枠が釘や接着剤で不安定に接合されていて、壁にかけて展示することが困難な状態であることから、作品をしっかりと支えるアルミフレームを作成しました。次に取り組んだのは、絵具の剥離止め、埃やカビのクリーニングを行う、絵画面の修復です。宮城さんは、「作品が制作された当初の外観から遠ざからないように気をつけています」と、修復の際の注意点を挙げました。

接着面を強化しフィルムをピンと伸ばす作業も細心の注意を払って。

一つずつ検証と修復を重ねていく繊細な工程の中には、判断の難しい部分もあり、石井さんは作品裏に貼付けてあるガムテープや段ボールを作品以外の部分として剥がすか、作品の一部として一緒に処置するかを非常に悩んだといいます。作品や作者に対する理解と配慮が必要であることを感じた2人は、作者の林田嶺一さんを訪ねるために北海道へ2度足を運びました。そこでは、林田さんのポップアートへのこだわりや、作品が制作された環境、当時使用していた道具、劣化の原因の鍵となる保存環境を知ることができ、大変実りの多いものだったそうです。「どういう人が作ったかを知ると、手法を想像することができ、修復のイメージがしやすくなります」という宮城さん。石井さんは「自分の作品を(修復の)実験台にしてくれ、と言われとても力づけられました」と語り、作者のオリジナルを極力残したい気持ちを新たにしたそうです。

絵画の裏面に取り付け、構造を強化する2人手作りのアルミフレーム。

ポップアート作品の特徴的な部分でもありますが、この作品には様々な印刷物や既存のものが使用されていて、劣化を抑える工夫はなされていません。錆び付いた水道の蛇口、崩れ落ちそうなメザシの干物、戦闘機の写真…。それら一つひとつの劣化を抑えていく処置を施していきます。メザシについては、薬品を塗布してカビが生えない対策をとることは決まっていましたが、薬品の種類や分量が適正でない場合は変色する可能性もあることから、慎重に実験を繰り返したそうです。2人は今まで学んできたこと全てを注ぎ込むようにして作品に向かい合っています。

4年間で学んだことには一つも無駄がないという宮城さんは、卒業を控えた現在も修復に面白さとやりがいを感じています。「研究室では、実際に作品に触れ多角的に物事を見ることを学びました。作品に触れると、美術史についてもしっかり学んだつもりでしたが、まだまだ知識が足りないことを実感します」と、大学院へ進み、更に勉強を重ねる意向を示しています。一方、「作品が残るということは、自分の処置も残るということ。今できる限りのことを施し、100年後に評価される『恥にならない処置』を心掛けています」と語る石井さんは、修復を通して自身に"引き出し"が少ないことを実感。卒業後は建設業に就いて、現在修復に使用されていなくても使用が可能な、丈夫で劣化しない素材や道具について知識を広げたい、と修復に新たな可能性をもたらす意欲を見せていました。

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