2010年度卒展に洋画コースの阿部一樹さんが出品した作品『かつて君を変えたものを いつか僕が遺すために』は、4年間の学生生活で出会った人や自分の成長が作品イメージに重ねられています。大学という、自分にとって大事に思える箱の中で、様々な出会いによる反応と変化がおきて、その箱を突き破る翼をで広い所へ飛び立つ様を表現しました。"変えたもの"と"遺すもの"は、全く違う出会いであり、それを作品にすることでひとつの"出会い"を提供したいという想いが込められたプライベートな作品だといいます。
人寸の5倍の大きさで創り上げた作品は迫力があり、そのダイナミズムを感じてもらうために卒展時にも屋外での展示を望んでいましたが叶わず、今回のgg17号のカバー撮影を機に実現することができました。「ggの表紙に載りたいという気持ちもずっとあったので、嬉しいです」と語る阿部さん。偶然通りかかったこども芸大の子どもたちが、興味津々で中を覗き込み、足の部分に乗ったり、箱の中に隠れたりして遊んでいる様子を見て、「作品に遊び所があるのはいいですね。子どもたちがキャッキャと言って楽しめるような、一般の方にリアクションをもらえる作品になったと思います。卒展の時も、記念写真のスポットとなっていたりして嬉しかったですね」と、作品を空間に置くことで生まれる人々の反応や流れに楽しさを感じていました。
洋画コースに在籍しながら敢えて立体作品に挑戦したのは、在学中に行った個展もきっかけになったそうです。展示会場までの誘客も作品空間の一つととらた演出を施しました。「日常に作意的なものを混ぜ込むという狙いで、個展の会場と日時を記した箱をいくつも構内に設置しました。自然に空間に溶け込んだもので、気にとめる人が少なかったかもしれません。ある意味では狙い通りでしたが(苦笑)」。平面だけでなく空間を使って見る人にしかけていくことに面白さを感じた阿部さんは、今回の作品へ取り組むことを決めました。
制作当初は、もう一回り大きくする予定でしたが、予算と設置場所の関係で縮小。立体作品を制作する大変さを実感したといいます。「プラスチックを加工する作業は室内ではできないので、外でテントを張って行いました。体力的にきつかったですね。一年くらい前から練っていた構想が頭の中にありましたが、イメージを形にしていくのは大変でした」と、当時の苦労を振り返りました。また、立体表現をすることで、立体感を描き出す絵画が偉大な発明だという再確認にも至ったそうです。今回の作品でこだわった部分は、ジーンズのディテール。ジーンズの生地のような凹凸が付くローラーを自作し、パテを薄く伸ばして転がし繊維一本一本が浮き出ているようなリアルな質感を作り出しました。
現在、阿部さんは中学校の美術教師として教鞭をふるっています。入学当初、教師になることは全く考えていなかったそうですが、2年次に教員免許課程を選択し、子どもと関わり自分の作品以外のものと向かい合う中で、うまくいかないと感じていた問題を乗り越えたそうです。「アーティストとしては感覚が乏しいらしい、ということに気がついてきた時期でした。自分が学んできたことを活かせる道として教師になりたいと思うようになりました」。在学中に学んだことは、絵を描くことやそれについての様々な技術。しかしそれ以外のことの方が大きい、と感じている阿部さんの心情が『かつて君を変えたものを いつか僕が遺すために』に反映されています。