新しい東北のイメージを創り出す「山形ビエンナーレ」
プログラムディレクターが語るプロジェクトの本質とは

プログラムディレクターの宮本武典准教授が山形ビエンナーレでキャスティングしたのは、それぞれの分野で活躍しながら東北とのつながりを持ち、芸工大と共にプロジェクトを行ってきたアーティスト。山形の風景の中で育った絵本作家の荒井良二氏をはじめ、東北に縁のある作家たちです。「自分の故郷としての東北を表現しているアーティストや、自分ごととして東北に向かい合っているアーティストを主軸にキャスティングしました。それは、これまで芸工大が行ってきた地域での活動や復興支援の流れの中で築いてきたアートの可能性、社会貢献を集約し、共に東北各地でプロジェクトを進めてきたアーティストとフェスティバルをすることが、これからの東北でそれぞれの事業を深めていくことにつながると考えたからです」という宮本准教授。また、芸術監督でもある荒井氏が「外から与えられた東北のイメージを変えたい」という想いを抱いていたことも、東北に縁あるアーティストと内側から創っていく方向性を決定づけました。宮本准教授は「荒井さんの絵を見た人が、東北出身なのにカラフルですね、と言ったことがあったそうです。東北のイメージは、灰色で真面目で何かに耐えている感じなんですね。でも実際はそうではありません。冬が長い分、春の光が降り注いだときに色がついて見えるし、夏には緑がぱっと鮮やかに見えます。荒井さんの絵を見ていると、東北の人にはより強く色彩を感じる力があるのではないか、と思うんです」と語り、与えられたイメージのまま生きるのではなく、自分たちの東北のイメージを表出させることが可能な作家に声をかけ、山形ビエンナーレのプログラムを構成していきました。

メイン会場となる文翔館で荒井良二氏が展示するのは、第一回目の山形ビエンナーレを象徴する東北に入っていくための門。8月24日にせんだいメディアテークで行ったプレイベントで公開制作した『みちのおくだ門』も実際にくぐることができます。瀧山や千歳山など荒井氏の記憶の中の山や、ギターを鳴らす母と子を描いた門は8台以上もあり、門の一つひとつには小説家のいしいしんじ氏が短編小説を書き添えます。「いしいさんは、日本各地を巡りその場で小説を書いていく小説家。文脈ではなく、日常の中にある言葉に感性を光らせ高めていくアーティストです」。宮本准教授は、子どもたちが歩き回り、遊んでいる中で制作していく荒井氏と、それを見ながら即興で小説を書き上げていくいしい氏の制作風景が、山形ビエンナーレを象徴する一場面だったと話します。

「プロジェクトFUKUSHIMA!」を立ち上げ、福島を盛り上げる活動をしている和合亮一氏は、震災前から福島の自然を言葉にしている詩人。小説家の井上光晴さんが開いた山形文学伝習所での講座が文学を志すきっかけになったといい、和合氏の詩集には、山形の地名、蔵王の風景が登場しています。ファッションブランド spoken words projectの飛田正浩氏は、「キッズアートキャンプ山形」で行った『新訳“てぶくろ”』で衣装を担当。今回は、和合氏の言葉をデザインした衣服を参加者自身がスタイリングし、参加者の言葉から和合氏が即興で詩をつくるというイベントを行います。“鬼”をテーマにした、詩とファッションが共同制作について宮本准教授は「東北の今を表現する深い作品になるのでは」と、期待しています。

「美術大学が主催する芸術祭として、新しい発見をもたらすものであって欲しい」という想いから、現代美術の難しさを感じさせない、誰でも入りやすい入り口をつくることを大事にしたという宮本准教授。トラフ建築設計事務所の「WORLD CUP」では、文翔館正面広場にサッカー場をつくり「新しいサッカー」を楽しみます。もともとは山形の空き地をどう面白くするか、から始まったスポーツの企画が、トラフ建築設計事務所のアイデアと結びつきました。ドーナツ型のフィールドで、ゴールの位置や人数、ルールを参加者同士で変えながら自由に頭と体を動かす遊びは、サッカーができない人も気軽に参加できるものになっています。

文翔館中庭では、料理創作ユニットGomaが、山形各地の家庭に伝わる保存食をテーマに、東北の食の知恵を五感で楽しめる場“貯蔵庫”を開設。「直径8メートルの梅干しを干すザルを天井にした小屋の中では山形の食の知恵に出会えます。ワークショップを行う他、干す、漬ける、という保存食の行為をテーマにした小さなアトラクションもあり、食の間口を広げる切り口になるでしょう」。また、文翔館内には、人気写真家の梅佳代氏が山形市内の小学生や中学生の日常を撮影した作品を展示。平澤まりこ氏が描いた山形のポストカードから好きなものを選び、自分なりのガイド本を作って街めぐりへ出かけるという、わくわくする企画も。

ビエンナーレ山形は、山形に住むアーティストを知る機会でもあります。やまがた藝術学舎では、山形の魚市場で働きながら絵画を描き続けているスガノサカエ氏の作品の全容を、芸工大の卒業生による企画で展示します。「スガノさんは、描きたいという衝動だけで制作を続けてきた方。それが若いクリエイターに刺激を与え、70歳近くになってから求められて世に出てきたということは、大事にしたいストーリーです」という宮本准教授。山形で育まれたアート、それを応援する若い才能が見所のひとつになっています。また、山形に住む山伏の坂本大三郎氏と龍山を登るツアーについては、「自然と人間との付き合い方をもう一度問い直すというプログラム。山を畏れ、敬い、現在過去未来について考えるという体験の場として、山を体感します」と、山形ビエンナーレのコンセプト“山をひらく”に直接通じるものであることを述べました。

地域課題と向き合い、アートプログラムをすることで地域の内側から変化が訪れた「肘折の灯」「キッズアートキャンプ山形」は、この芸術祭のひとつの姿とも言えます。キャンパス内に展示するドキュメントからは、参加して感動する、クリエイションが持つ力を知ることができます。宮本准教授はプログラム全体を通し、「大上段に構えることなく参加して、アートは楽しい、と感想を貰えるようなプログラムを用意しています。東北の内側から生命力を表出させていくアーティストたちに触れ、“面白かった”ではなく“楽しかった”という身体的な感想を得てくれたら成功と言えるのではないでしょうか」と語りました。

言葉、音楽、スポーツ、ファッション、自然。私たちの日常の中にアートの感性をプラスして高めていくアーティストたちのプロジェクトは多彩で、全ての入り口はこれからの東北へとつながっています。

g*gのビエンナーレ特別号は、ビエンナーレ会場にて100円で販売しています。紙面記事も充実の内容ですので、ぜひご覧下さい。

山形ビエンナーレ2014は、2014年9月20日〜10月19日までの開催です。詳しくはこちらのオフィシャルサイトをご覧下さい。

 

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