2年前に廃校となった旧上山市立宮生小学校が、教員や卒業生らが運営するアトリエ「工房 森の月かげ」として生まれ変わりました。現在の参加メンバーは、三瀬夏之介(日本画コース教授)、大山龍顕(文化財保存修復研究センター講師)、浅野友理子(歴史遺産学科副手)、佐々木優衣(東北文化研究センター職員)、久松知子(大学院日本画領域2年)、山口裕子(大学院日本画領域博士課程出身)。今後は原高史(グラフィックデザイン学科准教授)の入居も決まっています。
「工房 森の月かげ」立ち上げの発端は、大山講師が保存修復の場として大きな作品を運び入れることができる所を探していた際、上山市立宮生小学校から廃校後の利活用を打診されたこと。その後、保存修復の案件がなくなった折に、三瀬教授との話の中で共同アトリエ構想が生まれたといいます。上山市や教育委員会とのやりとりを重ね、新校舎の職員室は市民の緊急避難場所として使い体育館は市民が活用、いくつかの教室をアトリエとして利用していくことが決まりました。「上山市も我々も前例がないことで戸惑う部分がありましたが、これから脈々とやっていくことで相乗効果が生まれお互いに活性化していけるでしょう」と語るのは三瀬教授。参加メンバーは、2015年4月のオープンに向けて、旧校舎に残る椅子や机をアトリエとなる新校舎の教室に運び、中庭の草刈りをし、制作に使用する画材などを運び込んで準備を進めていきました。夜になると周囲が真っ暗になる怖さにも徐々に慣れてきた7月、「工房 森の月かげ」は地域の人に向けてお披露目会を開催。消しゴムハンコを使ったうちわ作りや青空絵画教室で、地域の方々との交流を図りました。訪れたのは地域住民や旧上山市立宮生小学校の卒業生たち。慣れ親しんだ教室がアトリエへと変貌したことに驚きの声をあげる小学生や、懐かしい場所に活気が戻ったことを喜ぶ地域住民の声が寄せられました。
「山形を拠点としている割に、これまで山形の人たちと交流することはあまりなかったように思います。私は福島県喜多方市に入って制作活動をしていたので、山形の地域で顔が見える誰か、というのが思い浮かばないんです。お披露目会で多くの方々に初めて出会い、それが変わりました」という久松知子さん。久松さんは、第18回岡本太郎賞で準グランプリにあたる岡本敏子賞を受賞、第7回絹谷幸二賞でも準グランプリにあたる奨励賞を受賞している、現代のアートシーンで活躍する注目の作家。今後は、同じように制作をする仲間たちの存在や環境の良さを力にしながら制作に専念し、来年春にはここでの成果を見て欲しい、と熱意を語りました。
卒業後、院展に出品するなど日本画家として活動しつつ仙台の絵画教室の講師も務めている山口裕子さんは、ギャラリーや個人とのつながりを大切にしながら、人の暮らしに寄り添う作品制作に取り組んでいます。「私の博士課程の研究テーマが『人の暮らしと自然を結ぶ日本美術』でした。この場所でも、地域の人とつながりを持ってワークショップを開催したり、外に出て学びながら作品が作れたらいいですね」と語り、自分自身ばかりではなくワークショップの参加者も豊かな体験をする場として工房が存在することを展望しました。
洋画コースの卒業生で、現在は歴史遺産学科で副手を務めながら民俗学や文化人類学などに興味深く関わっているという浅野友理子さんは、出身地である宮城県に戻らず工房に入ることを決めたといいます。「これまで、その土地特有の食文化などを題材に制作をしてきましたが、まだまだ山形に刺激を受けたいという想いで山形に残ることを決めました。お披露目会に来てくださった地域の方からお話を聞いたりすることはとてもいい刺激になります。これからの制作に活かしていきたいです」と笑顔で語りました。
「工房 森の月かげ」は、校歌の中の一節「鎮守の森の月かげに」から名付けられました。「工房」と銘打ったのは、参加するメンバーが自ら外に出てリサーチし、歴史に学び、土地や作品を開いていくことが制作と密接に関係していることを踏まえ、色々な人たちが行き来するプラットホームのような場所にしたいという想いからだといいます。三瀬教授は「制作中にふと窓の外に目を向けると、風のざわめきや稜線の美しさに高級別荘で制作しているような錯覚に陥ることがあります。大変に贅沢な場所です。この場所が必要な人は、東京の人でも外国の人でもここに来ればいいし、必然性を持って居る場所が中心になると思っています。僕らはここで、フラットに自然体で制作をしていきます」と語り、アートと地域社会の2つの柱を持って活動していく方向性を示しました。大山講師は、地域にとってどんな場所にしたいか、という質問に対して「僕らは美術をやる人なので、単純に地域の方々が望む姿になるとは思いませんが、意外性があって面白い、という場所にはなるのではないでしょうか。市民の方々に向けてアートイベントを開催することは最初の目的にも掲げているので、積極的に接点を持ち交流していきたいですね」と答えました。地域の方々に中庭を開放し、しだれ桜のお花見会を地域の人と楽しむことや、来年開催する山形ビエンナーレに向けての活動も考えているそうです。県内にいくつも存在する廃校や倉庫の利活用の一例として、また大学卒業後の生き方として、そして地域と大学の関わり方の1つの試みとして、今後の展開がますます楽しみです。