大震災の夏、肘折で考えたこと。

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3.11以降、東北の温泉地は苦境に立たされています。
風評被害で首都圏からの客足が完全に止まり、山形・宮城などの昔からの常連客も温泉旅行を自粛。規模の大小に関わらず、どの温泉地も「戦中、戦後のようだ」と形容されるくらい閑散としていました。(一部、被災地の復旧工事に携わる業者さんで賑わったところも例外的にあったようですが)旅館によっては、地震で源泉自体が影響を受けて、お湯が止まってしまったところもあります。
被災された方々を受け入れた温泉地もありましたが、その賑わいも一時のことでしたし、被災者受け入れは「震災で苦労している方々がいるのに、のんびり湯治なんて申し訳ない…」という心理を生み、かえって客離れが進んだと聞きます。温泉だけでなく、旅行代理店、飲食・物販業、交通会社も含め、東北の観光産業の打撃は本当に深刻なもので、現在もまだ恢復したとは言えない状況です。

それでも震災から7ヶ月が経過し、3.11直後の暗澹たる見通しよりもはやく、山形は平穏な日常を(表向きは)取り戻しました。紅葉シーズンを迎えて、肘折温泉郷をはじめ県内の温泉地は、以前よりは下まわるものの、多くのお客を迎えて賑わうことでしょう。沿岸部や福島県内の痛ましい状況を考えると複雑な心境ですが……

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『肘折絵語り・夜語り』(8/7)

今年で5回目の点灯となる『ひじおりの灯2011』も、実は開催自体が危ぶまれまれていました。しかし、地元・肘折地区のみなさんの尽力もあって、例年よりも規模を縮小して、無事、点灯することができました。

まず、点灯期間を縮小しました。例年、7/13の開湯祭にあわせて点灯していたのですが、それを半月縮小して、8月からはじめました。これは大学の再開が震災の影響でゴールデンウィークまでずれ込んだため、学生たちの充分な製作期間が確保できなかったのが理由です。『ひじおりの灯』では、例年5月のGWに学生たちの取材旅行をおこなっています。
会期がずれたことで、湯治客のみなさんから「今年は灯籠がないんだね、楽しみにきたのに。残念」、肘折地区のみなさんからは「開湯祭に灯籠がないと寂しいねぇ」といった声がたくさん聞かれました。『ひじおりの灯』は、すっかり肘折温泉の年中行事として幅広い世代に定着していることがわかりました。

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毎晩9:00に消防団がおこなっている「火の用心」の夜回りを描いた灯籠。

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また、震災の影響で、灯籠の制作にかかる予算が大幅減となったため、新規の灯籠の数を例年の2/3としました。これまでの『ひじおりの灯』では、前年度の灯籠絵はすべてきれいに剥がして保管し、灯籠の木枠に新しい絵を張り替える慣しでしたが、今年は前年好評だった灯籠を保存・そのまま再設置しました。
自分の灯籠が展示されると聞いて、去年『ひじおりの灯2010』に出展した卒業生たちも遠方から時期をあわせて肘折を再訪、お世話になった宿の方々との再会を喜んでいました。そんな風景も良いものです。
『ひじおりの灯』に参加したことをきっかけに、肘折温泉の魅力に触れて、個人的にリピーターになるOB・OGが増えています。今後の『ひじおりの灯』は在学生だけでなく、過去に灯籠絵を描いた卒業生たちにも幅広く声をかけ、彼らが年に一度、再会できる場にしてもいいのかなと、震災をきっかけに思いはじめました。

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今年、『羽賀だんご店』の灯籠絵を描いた仙台在住の版画家・佐藤真衣さん(写真上)は、毎年『ひじおりの灯』に出展してくれています。昨年は『西本屋旅館』の灯籠を制作。肘折温泉でも彼女の新作を楽しみにしている人が多いのです。
今年のポスターは彼女が描いた金魚風呂の灯籠を使っています。

それから、学年歴の大幅変更のため、点灯期間が学生の授業と重なり、灯籠の点灯とお客さまへの解説を担当する「案内人(学生ボランティア)」を置けなかったのです。しかし、そこも肘折青年団の若者たちが支えてくれました。彼らの活動の起点は、昨年から設置をはじめた屋台『肘折黒』です。

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Twitterの公式アカウント@hijiorinohiや、WEB『肘折青年団日誌』での情報発信も青年団が主体的に取り組んでくれています。これまで学生や教員の声ばかりが新聞・テレビなどのマスメディアで紹介されてきましたが、現在はソーシャル・メディアを通して「地元の、一人ひとりの声」から『ひじおりの灯』がひろがっています。そのことで共感のレヴェルもあがっているように感じます。Twitterをはじめた昨年から、遠方からわざわざ足を運んでくださるお客さまが明らかに増えました。
「きれいな灯籠を観に」と同時に、「街づくりに情熱をもって取り組んでいる人々に会いに」行くことが旅の目的になる――肘折青年団による屋台『肘折黒』やWEBの活用は、『ひじおりの灯』にそんな新しい魅力を与えてくれています。

東日本大震災という非常時下で、縮小開催された2011年の『ひじおりの灯』。しかし、肘折のみなさんの声を聞くと、夜の温泉街は灯籠を眺めながらそぞろ歩く湯治客が絶えず、夏祭りも都会に出た若者たちがたくさん帰省して、例年より賑わっていたそうです。
厳しい自然(豪雪)に耐え、また自然の恩恵である〈温泉〉を中心に、絆や歴史を守り続ける肘折温泉の佇まいが、震災を経験した私たちにはより魅力的に感じられるのです。震災によるダメージは確かに続いているけれど、この夏の『ひじおりの灯』は、私たちがこの先も東北で暮らし続けていく上で、「何が必要か?」「何が大切か?」を改めて気付かせてくれたと思っています。

宮本武典(美術館大学センター主任学芸員)

本年度 『ひじおりの灯』終了 〜 ありがとうございました

早いもので、もう9月下旬…!!

ご報告遅くなりましたが、先月8月31日をもって、今年の『ひじおりの灯』が無事に終了を迎えました。

ご協力して頂いた肘折地区&肘折青年団の皆様、灯籠絵作者の皆さん、作画指導の先生方、肘折温泉まで足を運んで見にきてくださった皆様、本当にありがとうございました。

そして会期中、現地・肘折温泉に<案内人>として滞在し、灯ろうの管理やツイッターでのつぶやき、お客様との交流をおこなった芸工生&卒業生の皆さんにご助力いただきました!

『ひじおりの灯』に関わって頂いたすべて皆様に、この場を借りて御礼申し上げます。

最後に会期が終わるまでの盛り上がりの様子、こちらでご覧になれます!

『ひじおりの灯』ツイッター
『肘折青年団日誌』(地元・肘折地区青年団の活動紹介ブログ)

『ひじおりの灯』の灯ろうは毎年、
春の5、6月に学生たちが肘折温泉の招待で2泊3日の合宿取材をおこない、
その成果を灯ろう絵にしてお返しするというもの。

出来あがった灯ろう絵は庄内町にある建具店さんの手によって八角形の木枠に表装され、
その後、肘折温泉に運ばれてはじめて灯りをともします。

今回の展示期間は8/2〜31というギリギリ1ヶ月ない長さでしたが、
その間にもたくさんのお客様&肘折地区の皆さんに灯ろうを楽しんで頂くことができました。

毎日、お天気の具合を見ながら灯ろうの出し入れをして下さった旅館・商店・飲食店の皆様に、感謝感謝です。ありがとうございました!

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また、会期中に夜の温泉街を賑やかにしていたのは
肘折青年団の皆さんが運営する『cafe&bar 肘折黒(ひじおりくろ)』。

温泉街の中心部に位置するカネヤマ商店さんが夜にお店を閉めた後、
その前のスペースに移動式の屋台が出現!
お酒やノンアルコールの飲み物などが売っていました。

宿泊のお客様や肘折の皆さんもあつまって、
わいわい色んなお話しに花を咲かせていたようです。

さらに今年度は、前回に引き続きオリジナルうちわを肘折温泉で販売して頂きました。

人や動物が仲良く温泉に入っている素敵なイラストは、
今回えびす屋旅館さんの灯ろう絵を描いた卒業生・望月梨絵さんの手によるもの。

反対面には、肘折地区の皆さんによる『ひじおりの灯』への想いをあつめた
〈ひじおりコトバ〉が寄せられています。
卒業生・役野友美さんに聞き書きをして頂きました。
役野さんは、〈ひじおり旅の手帖〉の制作メンバーでもあります。

デザインは毎回『ひじおりの灯』DM・ポスターのデザインをして頂いている田宮印刷・FLOTの鈴木敏志さんです。 たくさんの皆様のご協力を頂いて、今年も『ひじおりの灯』を運営することが出来ました。どうもありがとう御座いました!

美術館大学センタースタッフ/立花泰香

灯ろう紹介〈3〉

 

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『地蔵菩薩たち』 若月公平(2008年招待出品)

第3回目は、共同浴場・上の湯とその周りの灯ろう達をご紹介!
ガイドマップでは26番周辺になります。

上の湯に飾られているのは版画コース教授・若月公平先生の作品です。
2008年に制作された時から、毎年『ひじおりの灯』に登場しています。

肘折温泉のご本尊である地蔵菩薩、周辺に生息する杉林などが、銅版画の綿密なタッチで描かれています。
その上をぐるりと囲むようにあるのは、肘折に古くから継承されている <地蔵講> を象徴する、大数珠。
下には、肘折地区の全世帯主のお名前が書き込まれています。

お湯とその神様、肘折に生きる人々との今も昔も変わらない関係を教えてくれるような作品です。
灯りをともすと、盆灯籠のように内側から黄色や緑の灯りがふわっと広がります。

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『西本屋・金魚風呂』 佐藤真衣(2010年出品)

今年の『ひじおりの灯』ポスターでお馴じみ、版画卒業生・佐藤真衣さんの昨年の灯ろうです。

この灯ろうが飾られている西本屋旅館さんには、お風呂に入りながら金魚が眺められる金魚湯があります。

日中でもその鮮やかさに目を奪われる灯ろうの金魚たちですが、暗くなった夜、灯りをともすとさらに迫力が…!
金魚の身体の部分だけが光って、遠くから見ると空中を泳いでいるような眺めです。

『肘折幻想』 三瀬夏之介(2009年招待出品)

上の湯のほぼ真正面に位置する丸屋旅館さん、
軒下には日本画コース准教授・三瀬夏之介先生の灯ろうが飾られています。

温泉街一帯を流れるお湯の湯気のような、もしくは肘折のカルデラ盆地を生んだ火山の噴火のような…もくもくとした蒸気の奥に、温泉街の街並みが描かれています。

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『賀登屋の日』 今枝加奈

丸屋さんのお隣、賀登屋旅館さん(別館・優心の宿 観月)には日本画を専攻する大学院生・今枝加奈さんの作品が飾られています。

館内にある湯治客用の炊事場の様子と、周辺で見つけたさまざまな植物たちの姿が、スケッチと写真をもとに描かれています。
覗きこむと、植物の花びらや葉っぱ一枚一枚が丁寧に描写されていて、
炊事場にいたってはコップ、食器、電子レンジ、ガスコンロ、歯ブラシなど…!細かい所まで再現されています。
八面体の灯ろうの中には〈賀登屋〉の文字も入って、旅館の看板の役割も担っているようです。

美術館大学センタースタッフ/立花泰香
(写真提供:肘折青年団)

灯ろう紹介〈2〉

前の記事で紹介した早坂豆腐店さんの周りの旅館では、こんな灯ろうたちが飾られています。

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『おつかれさまです。ようこそ亀屋旅館へ。』 千葉さやか

亀屋旅館さんの玄関先を彩るのは、印刷関係のお仕事をしながら木版で作品制作を続けている卒業生、千葉さやかさんの作品です。

亀屋さんはいつも宿泊部屋にこの〈亀の甲せんべい〉をお茶菓子として置くそうで、甲羅模様の裏側は砂糖でしましま模様になっています。
作品には必ずしま模様を取り入れているという千葉さんが、偶然亀屋さんの灯ろうを担当する事になりました。初めておせんべいに出会ったとき、「これだ!」とすぐに灯ろうのモチーフが決まったそうです。
赤地の背景におせんべいたちが、オモテ・ウラと可愛く配置されています。

『玉手箱・夢』 森谷いづみ

旅館・伝蔵さんのお孫さんのすやすや眠る顔を描いたのは、大学院で日本画を学んでいる森谷いづみさん。見ているととても温かい気持ちになる灯ろうです。

こちらは去年の「ひじおりの灯」出品作。今年は2010年の灯ろうのうち一部を再点灯というかたちで、引き続き展示しています。

2年続けての展示となると、80日近くも外に出し入れしていることに…!
それでも日差しや雨風、湿気に負けず、画面がピンと張っているのには驚きです。
月山和紙のしなやかさと、表具師さんのプロの張り込み技術が作品をささえてくださっているんだなあ、と実感しています。

『ご利益灯籠』 佐藤未萌

この灯ろうが飾られてある木村屋旅館さんの玄関には、旅館のご主人が好きで集めたたくさんの招き猫が置かれています。

その中には、震災の直後にお客さんが殆どいらっしゃらなくなってしまったのを常連のお客さんが気にかけて、木村屋さんに送った招き猫たちも多くあるそうです。
6月に取材に訪れた佐藤さんがリクエストされたのも、ずばり<招き猫>!

テキスタイルコース4年生の佐藤さんにとっては、「リクエストに応じて作品を作る」ことが初めての体験だったそうで、自分自身にとっても勉強になったとのこと。
福がたくさん肘折に呼ばれてきますようにと、願いが込められた灯ろうです。

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『ひじおり ららら』 望月梨絵

ゑびす屋旅館さんの軒下には、大学院グラフィック領域を修了した望月梨絵さんの灯ろうが。

ゑびす屋さんのご住人はソプラノサックスの名手!
サックスをそのまま描いてはつまらないので、肘折の冬の伝統行事「さんげさんげ」でも使われるホラ貝と融合させた新しい楽器、名付けて〈ホラックス〉を創って欲しい、というのが望月さんへのリクエストでした。

山伏のような、異国の音楽隊のような。白い装束を見に纏った人々が、自在に姿形を変えるホラックスを演奏している様子が描かれています。
時間や空間を旅しているような、不思議な作品です。

美術館大学センタースタッフ/立花泰香
(写真提供:肘折青年団)

お盆明け・灯ろう紹介〈1〉

東北芸術工科大学は1週間のお盆休みが終わりました。
例年ならこの時期、学生は長い夏休みの真っ最中なのですが震災の影響で学年暦が変わり、今日から前期の授業が再開しています。

お盆の1週間、肘折温泉は仮装盆踊り大会、灯ろう流し、奉納相撲大会、のど自慢大会と怒涛の夏祭り週間!!
肘折温泉のお湯の神様を祭る、湯坐神社(ゆざじんじゃ)の祭礼が毎年8月20日と決まっているのだそうです。

この日に向け、肘折地区の皆さんはイベントの準備で大忙し。
肘折青年団のブログ『肘折青年団日誌』に、お祭りの様子がアップされています。
<案内人>として肘折滞在中の版画コース3年生・千田若菜さん、昨年に旅館・村井六助さんの灯ろう絵を制作した大学院生・金子正人君、私スタッフの立花も肘折青年団の屋台やのど自慢、相撲大会など楽しく参加してきました。

いつもは静かでのんびり〜な肘折温泉の夜、この日は浴衣姿のお客さんと地元・肘折地区の方々が入り混じり、温泉街が遅くまで、熱気と笑い声で賑わっていました。

お祭りも終り、「ひじおりの灯」も残すところあと9日…!現在点灯中の灯ろうを、この場で紹介していきたいと思います。

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『羽賀だんご店・楽園』 佐藤真衣

大学院の版画専攻を修了したOG、銅版画作家として活動している佐藤真衣さんの作品です。

銅版画の細かいエッチング技法で描かれた肘折の動物たち。人知れず森で、羽賀だんご店のお団子やお餅を楽しんでいる様子が描かれています。
夜にあかりが灯ると、背景の和紙が明るく光って蝶の羽や草木をいっそうみずみずしくさせていました。

佐藤さん、灯ろう絵を描くのは今年の羽賀だんご店さんでなんと3作目!
昨年制作した西本屋旅館さんの金魚絵の灯ろうは、今年の『ひじおりの灯』ポスター、DMでお馴染です。今年も西本屋さんで点灯しています。

『おあげ、肘折の時を刻む』 鳥谷部恵里子

早坂豆腐店さんの軒下に飾られているのは、版画専攻卒業生、鳥谷部さんの作品です。

取材の時に見学した、油鍋の中お揚げがじっくり揚げられていく様子に、肘折のゆっくりとした時間の流れを重ね合わせたことからできた作品。ゆっくり灯ろうを回すと、お揚げが油鍋から飛び出して温泉街の空を飛んでいく様子を見ることが出来ます。最後には肘折温泉の冬の風物詩・おおくら君の口の中へと吸い込まれていきます。木版画の線がくっきりとして素敵な作品です。

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山形市も肘折も、太陽が隠れている日はすでに秋を感じる風の冷たさです。
まだ8月ですが、これから肘折温泉へお出かけになる方はぜひ長袖の上着を!
日中肘折温泉のお湯にどっぷり浸かって、夜には灯籠を眺めて楽しんでいただけたらな、と思います。

美術館大学センタースタッフ/立花泰香

『ひじおりの灯2011』やんわりと点灯中

大蔵村肘折温泉で点灯中の灯ろうアート『ひじおりの灯』。
5年目の今年は、震災の影響で半月遅れの開催となりましたが、
8/2から温泉街での点灯がはじまっています。

8/7の『肘折絵語り・夜語り』には、遠方から卒業生を含め、
たくさんの方々にお集りいただき、おかげさまで盛況でした。
元東北芸術工科大学大学院長で、民俗学者の赤坂憲雄先生や、
現在、アムステルダムから山形/石巻で滞在制作中の向井山朋子さんなど、
多彩なゲストをお迎えし、夜の湯治場に揺らめく33基の『ひじおりの灯』を、
制作者の解説付きで鑑賞しました。

また、『ひじおりの灯』では、点灯期間中に〈案内人〉として学生・卒業生が1名、
温泉街に常時逗留し、灯ろうの管理や、屋台『肘折黒』を青年団と運営しています。
現地の天候や、お客さんとの交流の様子など、
『ひじおりの灯』公式ツイッター@hijiorinohiでご覧いただけます。

さらに、今年から特設サイト+肘折青年団のブログも開設しました。

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青年団のブログでは、『ひじおりの灯』だけでなく、
肘折温泉全体の季節ごとのイベントや、日々の暮らしぶりが、
団員によるリレー形式でUPされています。どうぞご覧ください。

震災からもうすぐ5ヶ月。
復興はまだまだ先のながい道のりですが、お盆休みを利用して、
避暑も兼ねて肘折でゆったり静養なんて、どうでしょう?

スタッフ一同、あかりを灯して待ってます。

「この夏こそ湯治を」―震災と『ひじおりの灯』

蝉こそまだ鳴いていませんが、山形の気温はどんどん高くなっています。
また夏がめぐってきました。

『広島原爆の日(8/4)』『長崎原爆の日(8/9)』『終戦の日(8/15)』と、
この国に生きる私たちにとって、夏は鎮魂の季節でもあります。

今年で5年(回)目の開催となった『ひじおりの灯』は、
肘折温泉郷の盆迎え/盆送りの期間にそって点灯しており、
灯ろう絵が連なる季節には、
月山信仰の火祭や、奉納相撲、精霊流し、地蔵盆など、
地霊とヒトが、死者と生者が、今と昔が交わる地区の行事が執り行われます。

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東北にとって特別な、2011年の夏。
『ひじおりの灯』は、復興支援の動きとダイレクトにつながるものではありませんが、
灯ろう絵を描く学生たちはみな今回の震災を経験し、
また、肘折温泉も3.11直後に被災者の受け入れをおこなったことから、
湯治場の濃密な夜に灯される33基の絵物語には、
鎮魂や、希望や、ささやかな日常への愛情が織り込まれているはずです。

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2011年、夏。
大震災の哀しみ癒えぬ東北。
それでも、小さな希望がたくさん生まれている東北。
父さん、母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、子どもたち…
みんなみんな精一杯、未来にむかって生きはじめた東北。
でもちょっとここで、骨休めをしませんか?

万年雪を冠した霊峰・月山。
その麓で1200年余も続く素朴な湯治場〈肘折温泉〉に、
今年も灯籠「ひじおりの灯」を飾ります。

「この夏は、みんなで湯治にいらっしゃい。」

(2011年ポスターのリード文より)

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先週・7/8は、現在急ピッチで制作がおこなわれている、
2011年の新作灯ろう絵の〈中間報告会〉でした。

春の合宿取材以降、それぞれに作画を進めている学生や卒業生たちが、
やまがた藝術学舎に制作途中の『ひじおりの灯』を持ち寄り、
1週間後に迫った提出〆切(表装のため点灯半月前に絵を仕上げます)の前に、
それぞれの表現、技法、素材などについて情報交換をおこないました。
肘折温泉からは、つたや肘折ホテルの柿崎雄一さんをはじめ、
青年団の面々に来ていただいて、進行状況を見てもらいました。

今年の『ひじおりの灯』は、震災の影響で、
33基すべてを新作に張り替えることができませんでした。
それでも23基の新しい灯ろう絵を、温泉街で披露します。
また、歴代の参加教授陣(若月公平/三瀬夏之介/中村桂子)の作品や、
2010年に好評だった『ひじおりの灯』も、いくつかを再点灯します。

それから、点灯期間も半月短縮し、201年は8月のみの実施とします。
(例年は7/13〜8/31まで点灯)

中間報告会で印象的だったのは、「日常」感のある、緻密で具象的な作品が多かったこと。
肘折温泉の日々の営みが、画学生たちの手で丁寧に描かれています。

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示し合わせたわけでもないのに、「まねき猫」を描いた学生が3名もいたのですが、
それは、3.11以降の一時期、お客さんがまったく来ない肘折を心配して、
常連の湯治客が(客を招く)「まねき猫」を贈ってくれたからだそうです。
学生たちは取材先で、それぞれ同じようなエピソードに出会ったわけですね。
(過去4年間の『ひじおりの灯』で、まねき猫を描いた学生はいません)

震災から明日で4ヶ月。
未だ哀しみのなかにいる東北だからこそ、今年の『ひじおりの灯』には、
自分たちの足元を、地域を、風景を、日々をきちんと見つめよう、
そんな若者たちの想いが反映されているようです。

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8月7日[日]に実施される『肘折絵語り・夜語り』は、
灯ろう絵を描いた若者たちが全員、肘折温泉を再訪して、
それぞれの『ひじおりの灯』に込めた想いを語る恒例のイベント。

夜の温泉街をそぞろ歩きながら、
一つひとつの『ひじおりの灯』を作者の解説付きで鑑賞します。
絵の裏側にあるエピソードがたくさん語られ、
毎年とても盛り上がります。(その後の懇親会も!)

『ひじおりの灯』の鑑賞は、ぜひ宿泊付きで、
肘折温泉での湯治とともに楽しんでもらいたいです。
夏の朝市、トレッキング、湯めぐり、夜語り、地元の若者たちとの交流…と、
肘折で過ごすいくつもの時間のなかに、灯ろうの光があります。

8/7は僕が『絵語り・夜語り』案内人を務めます。

宮本武典(美術館大学センター主任学芸員)

大学院日本画専攻2年・稲恒佳奈さんの『ひじおりの灯』(制作途中)岩絵具で描かれる肘折生活。

日常が発光するとき―〈ひじおりの灯2006~2010〉

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 肘折温泉は歴史ある湯治場である。しかしその効能の源は温泉ではなく、この地の〈コミュニティーの力〉にあるのではないか。肘折に行きたくなるときは、きまってあのすり鉢のような集落に生きる一人ひとりの顔が浮かんできて、会いたいな、と思う。

 家族経営の小規模な湯治宿が路地にひしめき、常連客のなかには3〜4世代で通い詰めている人も少なくない。全国の温泉が地域ブランド競争によってサービスやオリジナリティーを磨き、顧客の囲い込みにやっきになるなかで、ここは普段着のまま親戚の家のような心持ちでくつろげる温泉地だ。〈湯治〉にはきっとそうした日常のままの弛みが必要で、それは今日的な観光の文脈で意図的につくり出せるものではない。

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 旅館は、そのまま湯守一家の日々の住まいでもある。他所に家があって出勤してきているのではない。たいてい玄関の脇にある居間に囲炉裏があり、仏壇や遺影があり、色とりどりのお供えもの、テレビや茶菓、お年寄りが孫と遊ぶための玩具など、いくつもの世代や時間が共存する生活空間が開かれている。
 湯守たちは温泉旅館の経営者である前に、この山間集落のつつましい生活者である。彼らがプライベートな空間を開いてくれるから、湯治客の家族の時間が交わっていけるのだ。だから通えば通うだけ離れ難くなる。それはつまり、顧客のニーズに応える旅館経営ではなく、肘折というコミュニティーに客のほうから時間をかけて参加していく、ということなのだ。

 『ひじおりの灯』は2010年の夏で、4回目の点灯を迎えた。灯ろう絵を描く30余名の学生たちは、分宿した先々で歓待を受けながら、灯ろうの図案を練っていく。4年をかけて両者の関係はかなりオープンになってきている。その橋渡し役として地元の青年団の存在は大きい。

 この年、『ひじおりの灯』には肘折地区から3灯が出展された。地区の子どもたちから2灯、そして青年団からもうひとつ。学生たちは青年団を大学の版画工房に招待して彼らの制作をサポートした。若者たちの交流は双方向で深まってきていて、リピーターの卒業生のなかには、地元青年団の一員といってよいほど、地域にとけ込んでいるものも出てきた。

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 灯ろうの点灯にあわせて公開した肘折温泉の〈ひと/もの/こと/ばしょ〉を紹介するウェブサイト『ひじおり旅の手帖』は、2009年から卒業生の役野友美さんが、肘折ホテルに住み込みで取材と編集を進めてきたものだが、これを読むと、この湯治場が古くから歌人や画家、書家などのアウトサイダーを、有名・無名に関わらず手厚く迎えてきたことがわかる。

 湯治場にやってくる人々は、どこかに傷や、痛みや、疲れや、感受性の渇きをもっている。ホスピタリティーという言葉はいかにも〈サーピス精神旺盛〉という響きをもっているが、肘折温泉のそれは痛みや歪みにより添う、あるいは湯治客が自らの内発的な力で治っていくのを邪魔しないように見守っていく、といった程よい距離感が、集落全体で習熟している。

 肘折温泉の生活感覚が、訪れる学生やアーティストに開かれていけばいくほど、灯ろう絵には幽玄や悠久、あるいは民騨や土着信仰といった〈民俗的磁場としての肘折〉は影をひそめ、人々のつながりや日々の営みに注視した絵物語が紡がれていく。

 飾らない、ありのままの肘折に接近していくことで、『ひじおりの灯』はかりそめの美に向かうのではなく、むしろ雛祭や精霊流しのように、日常の堆積がふっと発光し、肯定されるような、ある種の歳時記として地域に流れる時間に組み込まれている。
 地域に根ざしたアートプロジェクトにとって、それはなんと幸福な道行きだろうか。

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 『ひじおりの灯』の風景自体はささやかな営みであるけれども、それを支える肘折温泉というコミュニティーの魅力はこのプロジェクトによって明確に顕在化している。鋭敏な人々は、すでにそのサインを受け取っている。
 コミュニティーの(治癒)力。
 それはこれからの日本社会にとって間違いなく不可欠なものであり、と同時に、肘折がひっそりと受け継いできた〈湯治文化〉の再興を予見させるのである。(Annual Report 2010「制作ノート」より再掲)

宮本武典(美術館大学センター主任学芸員)