g*g Vol.24 SPRING 2013
長崎と佐賀の県境に位置し、陶磁器の町として古くから知られている長崎県波佐見町。工芸コース卒業生で陶芸家の長瀬渉さんは2002年に波佐見町に移住し、2005年に築釜。2006年には創業していない焼き物工場をリノベーションし、ギャラリー工房を併せ持つオルタナティブスペース、monné porte(モンネポルト)を立ち上げました。広大な敷地内には、カフェ&レストラン「monné lugi mooks(モンネ・ルギ・ムック)」や生活雑貨店「HANAわくすい」、自家焙煎コーヒー豆屋「Shady(シェイディ)」、ヨガスタジオ「梵(ファン)」、暮らしの器を取り扱う「南創庫」などがあり、ものづくりの匂いを感じながらゆるやかな時間を過ごすことができます。
波佐見町で暮らすアパートを探す際に、大学の後輩の紹介で見つけた工場跡が気に入り、工房村を構想したという長瀬さん。「後輩のご両親がその工場跡の地主で、いろいろとよくしてもらいました。工房を作ろうとは思っていましたが、魚釣りがしたくて波佐見町に来ました、と周囲の人に言っていたので、月給16万円やるから働け!と心配されて仕事を用意してくれたりして。まあ、その仕事も断って、すごく怒られたんですが(笑)」。長瀬さんが薦められたのは、公共の施設で観光客に陶芸を教える仕事でしたが、仕事として受けることは辞退。ボランティアで引き受ける代わりに、町の施設である工房を自由に使っていいという許可を得ました。2年間、ワークショップを開いて町の人と交流し、自身の制作をしながら考えたのは、後継者不足で増加する廃工場、外から人が入りにくい古い職人文化、そして一番大事な作家としての環境づくりのこと。「人が来る場所をつくって、美味しいごはんが食べられてコーヒーがあったらいいな、と思うようになりました」とシンプルな言葉で語る長瀬さん。「工芸は、人の手に渡って評価されて美術になると思っています。作って売って、という環境づくりをして、お客様にお茶を出す行為を強化した形がモンネポルトですね」。ブログやフェイスブックなどが一般化した社会では、魚や自然物を作品に表す長瀬さんの背景や制作現場をオープンにした方が作品に説得力がある、という観点も大きく働きました。そんな長瀬さんの考えと行動は町の人たちの理解と協力を得て、モンネポルトは完成しました。
モンネポルトが持つ穏やかであたたかい雰囲気に惹かれる人は多く、週末には数百人の来場者で賑わいます。人の流れができたことは嬉しく思いつつも、のんびりと過ごせるはずのロケーションで、カフェに行列ができてしまうことに違和感を覚えた長瀬さんは、新たな工房村を構想。波佐見焼きの窯元が集まる中尾山に、後継者不在で閉めることになった工場を買い取りました。「モンネポルトを立ち上げる時には、ゼロから考えようという人たちと多く出会いました。あの時の楽しさが心に残っています」と、懐かしそうに目を細める長瀬さん。新しい工房村は、ものづくりに感動した人が利用できる場所にしたい、と語りました。のどかな波佐見町の観光化していない魅力をいろいろな人に知ってもらい、そしてデザインの価値がきちんと認められるようにすること。長瀬さんはゆったりとした自然体のまま、地域文化を伝承する新たな入り口を作っています。