g*g Vol.18 AUTUMN 2011

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未来に持っていくもの、置いていくもの。
「東北画は可能か?」プロジェクト『方舟』が完成

日本画、洋画、総合美術など様々なコースの学生が参加しているチュートリアル活動「東北画は可能か?」による共同制作作品『方舟』が完成しました。描かれているのは、大地を切り裂くような岩肌の船体とその上に乗る見慣れた街、建物、人や車、田畑と山々。舟の下には荒々しい波と原発、郊外型スーパーマーケット、遙か遠くに優しい山の風景。<未来に持っていくもの、置いていくもの>をテーマに描かれた全てが朝と夜に抱かれ、壮大で鮮烈でありながら、どこか朗らかな印象の作品になっています。

左:三瀬夏之介教授(美術科日本画コース准教授)既存の日本画の枠にとらわれない、多様なモチーフや素材を使った圧倒的な表現力が高い評価を得ている。中:鴻崎正武講師(美術科洋画コース講師)UBS Art Award 2000 Finalist Japan、第13回青木繁記念大賞展 大賞等受賞。右:『方舟』の原案を手がけた、松崎江莉さん(美術科洋画コース3年)

このプロジェクトの企画運営をしている三瀬夏之介教授は「東北画」について、「日本という大きなくくりではなく、今住んでいるこの東北という場所に必然的に立ち上がる美術ってなんだろう?という観点から立ち上げたプロジェクトです。東北のイメージを投影して、この画材を使ってこのように描けば東北画、というものではなく、"東北に住んでいたこと"で出力される表現、ということです。こういった圧力をかけることで何かが生まれてくれば、九州でも外国でも、どこに行っても描けることになると思う」と、説明しています。共に企画運営をしている鴻崎正武講師は「芸工大には全国各地から学生が集まってきますが、なぜ東北を選んできたのかがとても気になっています。学生一人ひとりが感じていること、ルーツなどを現代的に変換していけば面白いことができるのではないでしょうか」と、このプロジェクトにエネルギーを感じ、多くの学生が参加することを期待しています。

『方舟』の原案を出した洋画コース松崎江莉さんは、現在の社会が政治、経済、文化など全てのものが中央を意識したものになっていることから、多中心主義の社会構造の提案として「東北画」を捉えています。「東北という場所に来て、ここにいるからこそ描ける絵があると思いました。そして、方舟というテーマをもらい何を残したいかを考えた時、物だけでなくある場所の全てが必要だと感じました。伝統文化は大事だから残そう、というのではなくその伝統が育つ土壌がなければいけません」。私たちを囲む生活を一塊にして残していきたいと考えた松崎さんは、地面ごと削り出したような船体に自然と人工物を乗せた図案を描き出しました。

左から三瀬教授、青木みのりさん(洋画コース2年)、渡辺綾さん(日本画コース4年)、松崎江莉さん、相馬祐子さん(版画コース3年)、須賀智美さん(日本画コース4年)、鴻崎正武講師。青木さんは次作『東北山水』から参加。「大きな絵なので、遠近感や高低差を説得力ある感じでだすのが大変です」と語る。

全体としての迫力もさることながら、『方舟』の中には、細かく観察すると楽しい要素が沢山散りばめられています。勇壮な山の中にうっすらと顔が描かれた箇所もそのひとつ。日本画コース4年の渡辺綾さんは、可愛らしい表現をするエリアを担当し、何気なく描いた山に顔をつけました。「山の妖精の"やまごん"です。舟に乗っているのは子どもで舟の外で見送っているのはお母さんという設定。お母さんはいらないから置いていくのではなく、いずれ旅をして戻ってくる時の目印になる存在として描いています」と、優しく楽しい印象の絵柄の提案だけでなく、"置いていくもの"に新たな意味を付加しました。

画面中央の桜を美しく描いたのは日本画コース4年の須賀智美さん。絵の全体を見渡し満遍なく筆を走らせた須賀さんは、大人数が参加する作品『方舟』の接着剤的な役割を担ったそうです。「自分が描いた所が消されていたり、昨日決めたことと違うことになっていたり、共同制作ならではの経験をしました。自分の想い通りにはいきませんが、自分がここまで、と決めたラインよりもっと上、もっと上、ということが起きるので、絵に対する想いが膨らんでいきました」という須賀さん。松崎さんも同様の感じ方をしたようで、「自分のビジョンに他者が参入して、別のビジョンが見えてくるのがおもしろい、しどいけど」という言葉を、制作に携わったメンバーが制作についてアイデアや想いを伝える、制作ノートに残しています。

『方舟』の制作は、2月から取材を行い、映画や本からイメージを得たりディスカッションをしたりしていましたが、東日本大震災で制作は中断を余儀なくされました。学校が開かれたのは4月中旬。それから3週間足らずで本格的な制作に取りかかり仕上げたというこの作品について、版画コース3年の相馬祐子さんは、描くことの嬉しさを強く感じたといいます。「震災直後はずっと家にいて、それから落合のスポーツセンターでのボランティアやスマイルエンジン、福興会議に参加している時もずっと描きたいと思っていました。こんな強い気持ちになったのは初めてです」という相馬さん。仙台市出身の渡辺さんは断水した中、色鉛筆で絵を描き続け、『方舟』の大きな画面に向き合った時は絵を描けないという抑制から解放され「助かった」と思ったそうです。

『方舟』における震災の影響は隠しようもありませんが、それは「ただ描きたかった」という純粋な気持ちの発露として強く表れています。三瀬教授は「あの時の気分、空気を刻んで残したということ、アートとして身体性をもって記憶に残していくことは美術の大事なことだと思います。今後も長いスパンで何をすべきかを考え実行していきたいですね」と、語りました。強い存在感で「あなたはどうする?」と問いかけてくる作品『方舟』は、10月1日から11月23日まで会津・漆の芸術祭、10月22日から30日まで奈良・町家の芸術祭で観ることができます。

「東北画は可能か?」が二つの芸術祭に参加 
会津・漆の芸術祭2011 ~東北へのエール~
奈良・町家の芸術祭 HANARART
詳しくはこちらをご覧ください。

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