取り壊されるその前に
司会
ところで、 山形の蔵には何か特徴がありますか。
山畑
それが面白いんですよ。江戸文化の系譜である店蔵と、北前船と最上川舟運によってもたらされた上方文化の蔵座敷が、この山形の地で交流しているんです。これは、二十数年前に山形県が行った調査報告書にも記載されています。全国的に地域づくりに生かしているのは店蔵が多いですが、山形では敷地の奥にある蔵座敷や荷蔵が多い。店蔵だともともと通りに面しているから使いやすいのに比べ、蔵座敷や荷蔵は道路に面していない。商用への転用が難しいのはそのためです。
蔵が数多く残っているのは、幸運にも山形市では大地震や水害が少なかったからです。江戸の文化も京都の文化も入ってきてる全国的にも珍しい町ですから、住人自身が買い物でもお茶でも十分楽しめる町になるといいですよね。それが結果として、町に観光客を呼ぶきっかけとなれば……。
竹内
蔵座敷は生活の場であり、昔は冠婚葬祭の場でもあった。それだけに、蔵座敷に今でも暮らしているおばあちゃんが亡くなったときどうするかがターニングポイントとなります。蔵主さんの選択としては、維持費も大変だし、処分して駐車場にしてしまおうとなりがちです。蔵座敷はこうやって敷地の裏手にひっそりと建ってひっそりと消えていくから、地元の人たちも意外とその存在に気が付かない。 とにかく建物の維持費は間違いなくネックとなっていますね。
司会
蔵を地域文化資源と考えるならば、行政がある程度の維持費を負担すべきという考えもあるのではないでしょうか。山形県金山町のように、町で産する金山杉を使った金山型住宅を建てると補助金が下りる例もあります。
山畑
行政が明確に蔵という私的財産を公共的に価値のある建造物とみなして、 保存するという強い意志があれば可能でしょう。ただ、現在の厳しい税収のなかでの実現は難しいかもしれません。
竹内
蔵の維持で最も経費が嵩むのは外壁。漆喰の補修です。屋根の多くは金属葺きですから、建築から数十年もたつと葺き換える必要が出てくる。せめて蔵に関する固定資産税を減免するなどの措置があれば、保存状況はだいぶ違ってくると思いますよ。
だけど、保存するには行政の対応を待つよりも、蔵主さんが「うちに蔵があるのはいいことだ」と誇りを持つ方が確実です。もともと蔵はステイタスの象徴だったんですよ。なのに、維持費の問題などがネガティブに捉えられて、厄介者のようになっています。これでは仮に補助制度があったとしても、めんどうな手続きをして補助金をもらうよりも壊した方が簡単だとなって、いずれはすべての蔵が取り壊される運命となります。
山畑
景観法や登録文化財での優遇措置を利用するという方法もあります。登録文化財になると固定資産税が減免されます。築後50年たつと登録条件の一つを満たすので、 おそらく山形市内にも登録できる蔵があるはずですよ。
竹内
蔵のある町並み景観や蔵を利用したお店の雰囲気が楽しめれば、一般の人たちも蔵がある町に住んでいるという誇りが生まれるでしょう。すると、蔵は個人の所有物でありながら共有財産となる。町にそんなキャパシティがあってもいいと思います。
司会
きちんと手入れをするとして、 蔵の耐用年数はどれくらいなのでしょう。
竹内
程度によります。左官屋さんによると、メンテナンスのための手入れと、綺麗にするための手入れは根本的に違うのだそうです。もとの姿に戻して綺麗にするには1000万円単位の金額が必要だけど、メンテナンス目的ならそれほどでもない。重ね塗が必要でない程度の痛み具合なら、負担も軽くて済む。つまり、どれくらいお金を掛けるのかは、その空間をどう使うかによるんです。蔵オビハチも正面の漆喰を塗って屋根を葺く補修に留めたおかげで、歩けば床がギシギシ鳴るという古さがいい具合の、たまらなく味のある空間となった。こんなふうに、まず蔵主さん自身が蔵の魅力に気づきさえすれば、私たちも使い方や保全のための提案やお手伝いができます。
山畑
意外だったのは、若い人が「古いのがいいね」といってくれたこと。蔵主さんが最も気づいていないところを若い人たちが評価した。でも、ただ古いだけじゃだめです。手入れされて丁寧に掃除されるなど、大切にされていることがすごく大事。そんなに難しい話ではないでしょう。ふつうに新しい建物を綺麗にしてるのと同じことですからね。
・・・その5へつづく
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