こんにちは。「ひじおりの灯」、お盆シーズンは帰省した皆さんが見に来てくださったり、16日からは「湯座神社祭礼」行われたりと、とてもにぎやかでした。そんなお盆も過ぎ、吹く風と足元から鳴る虫の音に秋の訪れを感じる肘折。
点灯も残すところあと3週間ということで、写真とともに、少しずつ今年の「ひじおりの灯」の様子を振り返ってみたいと思います。
まずは、点灯初日に同時開催された『肘学』イベントから!
会場となった共同浴場上の湯2F。座布団とともに、湯の上で語らいました。/Photo: Hiromi Seno(Flot)
かつて湯治場は、お湯に浸かって身体を癒すだけでなく、地元の人と湯治客をつなぐ交流の場でもありました。この『肘学』は、〈湯治文化〉や〈伝統文化〉、また肘折温泉に関することなどをテーマに講師をお呼びし、地区の人も湯治客の人も一緒になって考える場を作ろうと、地元肘折青年団の皆さんが企画した場です。その第1部では、「d design travel」編集長の空閑理さん、そしてホスト役に山伏でイラストレーターの坂本大三郎さんをお迎えし、「山と温泉とロングライフデザイン」をテーマに、取材で出会った「山」と「温泉」にまつわる土地のロングライフなモノ・コトについてご紹介いただきました。
編集長と山伏とクマ
現在、空閑さんが編集長を務めるトラベルガイド「d design travel」は、“ロングライフデザイン(長く愛されるデザイン)”をテーマに、47都道府県それぞれにある、「その土地が持つメッセージを伝えていること」「価格が手頃であること」「デザインの工夫があること」など、その土地に長く続く個性やらしさをデザイン的観点から選びだしてまとめた、旅の本です。
「感動しないものは取り上げない。本音で、自分の言葉で書く」「ロングライフデザインの視点で、長く続くものだけを取り上げる」「取り上げた場所や人とは、発刊後も継続的に交流を持つ」といったポリシーのもと、必ず自分たちの足で歩き、見て感動した場所だけを紹介されているそうです。昨年の秋には念願の「山形号」が発刊され、記事中ではひじおりの灯の様子もご紹介いただき、また、大三郎さんもその土地のキーマンとして登場しました。(何より、その表紙となったのが大三郎さんの灯籠絵「森」でした!)
大三郎さんの灯籠絵「森」(2013)とd design travel YAMAGATA EXHIBITION(2014)
何を取材するかという具体的なイメージは決めず、まず土地に飛び込み、その土地に暮らす人に出会い、その土地を知ることからはじめる。「山形号」の取材でも、「明日、山伏が湯殿山に登る…」という知らせを受け、ついて行ったら、湯殿山での滝行に参加してしまったそうです!(しかも、その滝は撮影厳禁。内容は他言厳禁)
空閑さんも参加した「ひじおりの灯 2014」のワークショップ「カミさまホトケさまを彫る」/Photo: kohei Shikama
空閑さんは「山形号」の取材中、とても「山形らしい」ことに出会ったといいます。その一つが、山伏文化が身近にあるということ。
山岳信仰が残る他の地域に比べ、山形で山伏文化が身近なのはどうしてなのか。大三郎さんは、その理由の一つとして、修験の場が残っていることが大きいのではないかとおっしゃいました。たしかに、山形に暮らしていると、「昨年行った修行で・・・」とか「今度修行に行く」とか、身近な人たちからそんな話を聞く機会があります。空閑さん自身も「山形号」の取材中に修行に誘われるなど、今まで取材された県ではなかったことに驚かれたそうです。
古くにあった文化としてそれを学びとるのではなく、今を生きる人が自分のこととして捉える山伏文化。それを身をもって現しているのが大三郎さんであり、そういった場所があるということは、貴重で山形らしいことなのだと改めて思いました。
温泉ついても、全市町村すべてにあるというのはとても珍しいそうです。山形県内、どの町に行っても温泉に入れる。どんなに安い宿に泊まっても、とりあえず、お風呂は温泉。実際、山形号の取材でユースホステルやゲストハウスに泊まった際も、しっかりと温泉に浸かり、一日の疲れを流すことが出来たとおっしゃっていました。
一年のうち、約半年は取材に歩いているという空閑さん。今回もはるばる取材中の滋賀県からお越しいただきました!
「山」と「温泉」にまつわるロングライフなモノとコト。話は山形を飛び出し、富山と大分へ。
「山」つながりでご紹介いただいた「富山号」は、先のナガオカ編集長に代わり、空閑さんが編集長になった最初の号(!)だそうです。立山の山の中にある家具屋さん。黒部ダムへ向かうトロリーバス。断崖絶壁の展望台で食べるカレーとおいしいコーヒーの話。山伏と薬売り。立山の山稜に建つホテル。映画「春を背負って」。
立山連峰や黒部峡谷など、今も豊かで美しい自然が生きる富山県。富山は、そこに在る豊かな自然を、みんなのものとして美しく残していくことができる県だといいます。特に立山は古くから立山修験と呼ばれる山岳信仰が息づく山で、かの有名な富山の薬売りは立山修験の山伏とも深い関係があるのだそうです。山や温泉の文脈をたどると、つい出会ってしまう山伏の存在。ここ富山にも山伏たちの足跡がありました。
空閑さんがはじめて出会った“山伏”が、大三郎さんだそうです
「温泉」つながりでは、大分県。古い伝説によると、肘折温泉は大同二年(807年)に豊後の国(今の大分)よりやってきた源翁により発見され開湯したと伝えられていて、ここ肘折の誕生ともつながりがある(?)土地です。
ワニ園やカバ園、ラムネのような炭酸泉に浸かれる湯など、大分には脈々と湧き出る温泉を利用したユニークな取り組みや場所があります。
大分の温泉、と聞いて想像するのは、温泉街から湯けむりが立ちのぼるあの風景。あれは「鉄輪温泉」という湯治場の風景なのだそうですが、そこにはその湯けむりを利用した面白い調理法があるそうです。その調理法とは、「地獄蒸し」。湯治宿にある地獄(=あつあつの源泉)から湧き出でるミネラルたっぷりの蒸気で食材を一気に蒸しあげると、いつもの食材がぐんと美味しくいただけるそうです。調理場には、「ほうれん草 2分」など蒸し時間の目安も表示されていると聞き、ますます心惹かれます。
湯治場にある魚屋さん、肉屋さん。散歩ついでに「こんにちは」と顔を出し、その日食べる食材を調達。温泉に入る前に食材を地獄釜にセットし、湯上りにできたてほやほやの食事を楽しむ。温泉から湧き出るエネルギーをポジティブに活用した、湯治場の栄養万点なご飯です。
少し話がずれますが、同じく湯治場である肘折にも、古くから自炊の文化がありました。持参した炊事道具を旅館の縁側に広げ、七輪や火鉢を使ってつくる食事。持ち込んだお米を炊き、温泉街の周辺で摘んだ山菜やきのこ、商店で買った食材を調理したほかほかのご飯は、たいそう美味しかったのだろうと思います。自炊をするものがあれば、「何をつくっているのですか?」とのぞき込むものもあり、湯治客同士の交流の場として多くのつながりを生んでいた縁側の自炊文化。
以前よりは少なくなったようですが今も湯治中に自炊をするお客さんはいて、中には自前の自炊セットを持ち込み、肘折の朝市で食料を買い込む方もいらっしゃるそうです。
山を越え遠く離れた土地に骨休めに来たのに、なんだか普段の顔が覗いてしまうような湯治場での自炊。湯に浸かるとともに、その土地のもので作った食事で、流れる季節のなかに身体をほぐしていく。そこから生まれる、よそ者同士のつながり。こうして湯治場肘折で育まれ長く愛されてきた自炊の文化は、ロングライフなモノコト、なのかもしれません。
後半は、「自分のふるさとにあるロングライフデザイン」について。参加者の皆さんも交え、故郷に息づくロングライフなデザインのモノ・コトに思いを馳せます。「椎葉村の神楽」に「青森のりんご箱」、「瀬戸内海の島と島をつなぐ渡し舟」、「定規山の箒」、「温泉マーク」、「鎮守の森」・・・。故郷を離れて山形で暮らしているという方も多く参加していたこともあり、みなさんの幼少の頃の記憶をひも解きながら、その暮らしのそばにあったロングライフなデサインに出会うことができました。
そして、最後、山形生まれ山形育ちの男性に発表いただいたのが「芋煮」。芋煮の話になると、つい牛肉か豚肉か醤油か味噌か、なんて言い争いをしたくなりますが、ここで大三郎さんから突っ込みが入ります。なんと、芋煮はもともと魚(ボウダラ)を煮ていたという説があるのだそうです。牛肉、豚肉、醤油、味噌。なんて争いを気にも留めないようなボウダラ、魚、すごいです。奥深き、芋煮。
「地元のことなのに出てこない・・・」とじっくりと考えてから話しはじめる方が多かったのが印象的でしたが、今回のトークは、それぞれの故郷・土地のことを改めて考えるきっかけになったように思います。
空閑さんや大三郎さん、そして『肘学』にご参加いただいた皆さんのお話を聞きながら、いくつもの土地を旅した気持ちに。そして、その土地で長く続いてきたロングライフデザインや風景に出会う旅に出掛けたくなると同時に、自分たちが暮らす土地をじっくりと耕しながら、すでに出会っていたもののロングライフな一面に気付いたり、そこにある暮らしの風景を愛でながら日々を過ごしていきたくなりました。
空閑さん、大三郎さん、ご参加いただいた皆さま、どうもありがとうございました。
「d design travel」は最新号の京都号まで、現在16冊が発刊されています。来る秋を、どうぞお好きな一冊を片手にお楽しみください(湯の上、湯治しながら読む「山形号」もオススメです♨︎)
(美術館大学センター事務局 鈴木淑子)