先日、天童市のとあるランチが、ひさびさにとてもおいしく実に満足だったと妻が語りました(自分だけいいなあ、と聞きながら)。その満足感は、単に味のうまさだけではないようでした。
前菜から感動したとのこと。話だけ聞いていてもわからないというそぶりをしたら、実演見せてくれました。
トマトとタマネギとドレッシングだけのものだったそうですが。
通常は、トマトを皿にはこんな風に横に並べますよね。
ところが、その店で最初に出た皿には、何と!トマトの積み木(トマドの石垣)のように積まれていたというのです。
タマネギをかけると、雪だるまのよう。
一体、どのようなトリックで、こうなるのか?
みなさんも、台所で実験してみてください。
このランチの満足感は、この店のシェフの感性と技によるもののようです。
ふと、研究室の丸テーブルには、先週、ここで学生が打ち合わせをしていた時に、一人の学生がつくっていった、ネフ社のセラの積み木の造形が、そのままになっていました。
この形は、セラのいくつかのパタンを紹介したポスターにはありません。その学生の独自の感性による造形です。
造形のセンスは、私たちの身の回りや生活や仕事やビジネスの、もっと思わぬいろいろなところに生かすことができそうです。
みなさんも、思わぬ生かし方をされた方は、紹介ください。
松田道雄 dagashiyamatsuda@gmail.com
夜のニュースで、福島県南相馬市の小学校の給食の食材がないことが報道されていました。パンと牛乳と果物だけなど。子どもたちは、「お腹すくけど、がまんしなないと。」「被災地の人は、おにぎり一個しか食べれないことを考えると、がまんしないと。」なんとも切ない気持ちになります。
私一人で、あの地域のすべての学校給食に充分な食材を提供することはできません。政治と経済の力と技で何とかしてもらいたい。
未来を生きる子どもと若者たちには、お金がない時でも(だからこそ)、時間がない時でも(だからこそ)、ファーストフードやチンの食品ではなく、限りなく自分で原料から調理して食べる、たくましい創造力を培ってほしいと思います。
賢治が農民芸術論を唱えたことに対して、私は、人間の生命的根源である「食べること」そのものに芸術的創造性を同時に息を吹き込むことを提唱します。
将来も、この心がけは、子どもや若者に何かしらの機会や方法で、体験提案していきます。
写真:焼いたパン(袋を見間違えて薄力粉を入れてしまって…あとで…)と手づくりジャム。つくったヨーグルト・アンド・ジャム。農家からもらったセロリで三種。 ちなみに、ここで自分がつくったのは、恥ずかしながら、失敗したパンだけ。
自分も、まだまだ食民芸術の力量は、まったく足りません。
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