松田道雄研究室

駄菓子屋楽校 ~愉快で,楽しく,どこからでも創造する生き方と社会づくりの活動記録~
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2011-08-18

まだ実現ならない、だがしや楽校とは?


だがしや楽校という活動を10年ほど前に始めて、その後、現実世界における、私が思い描いただがしや楽校は、世界中のみなさんが、それぞれのイマジネーションで行なってもらいたいと思い、私自身はやめて、考えと思い(思想)は、本に表現することにしました(『駄菓子屋楽校』など)。
その後、全国各地のみなさんが、本を読んでくださり、問い合わせがあったり、みなさんのところで行なわれたりなされています。
今も、このブログを読んでくださる方々から応答をいただき、世の中に種をまくと、どこかそこかで芽が出て、どなたかが育ててくれたりしてくださると感じます。
最も、よく尋ねられる「だがしや楽校とは何か?どのようにするのか?」という問いへの返答として、ひとまず、ここで、次のように述べておくことにします。
だがしや楽校3か条です。

私自身が行なった、だがしや楽校は、私自身、そして、これに参加する人が、みな、立場や職業や仕事を超えて、一人の人間としてつき合い合う創造的な場は可能か?という問いへの試みです。
抽象的には、自分の生き方と社会のあり方を問い詰める活動の原型体験をしたい、という哲学的な体験です。

具体的には、それは、子どもの遊びからの進化系です。大人が個人の余暇の自立して自己責任による「遊び」として、その場に集い合う。これを第一の基本に私は考えました。それゆえに、当時、中学校教師・大学院生だった私も、これは、職場から離れた、一人の市民・人間としての自己の遊びの延長として、行ないました。
もし、これが、自分の仕事の一部、授業、イベント、役職や会合として、行なえば、他の方は、対等な立場で参加することはできなくなります。
また、そのような仕事の一部としてしている場合は、仕事でないときにはしないことになるので、「えっ、だがしや楽校していないんですか?」と、他者は拍子抜けをくらってしまいます。
残念ながら、これは、簡単そうに見えて、最も大人ができないことでもあると思います。
その意味で、私が知っている、だがしや楽校で、最も当事者の人間存在の遊びとして、毎月定期的に、だれもこなくても行なっている、だがしや楽校は、東北芸工大前の公園で東海林さんが行なっている、らくがき・だがしや楽校でしょう。
この意味性では、だがしや楽校の共感性を探すのは、個人が職場や仕事と離れて、何か社会の場で開いて自立的にだれかと定期的に行なっているような活動です。
そうでない場合のだがしや楽校は、正確に言えば、
だがしや楽校の手法を生かした〜。ということになるのでしょう。

次に、最低異なる次元・要素・人が混在する「小さな世界」をつくる、ということです。
私が最初に試みたときには、大学は、1つではなく2つにチラシ置く。文系と理系、体育系とアート系など、異なる分野が共存するようにする。高齢者にも声かけて、子どもと若者と大人と高齢者の4世代が共存する場にする。日本人と外国人がそこに集う。そのために留学生会館に行って、個別にチラシを渡しました。子どもの遊びとともに、大人の仕事の部分もある。ボランティアと商売が混在する。教育学者、民俗学者、人類学者、経済学者、政治学者、社会学者、心理学者など、複数の異なる専門の学者が語れる…
そのような、「小さな世界」「小さな地球」をつくろうとする私自身は、最も中立的な空気のような存在でなければなりません。
これまで見渡してみて、私の役割をしようとする人は…?
よく、コーディネーター養成講座のようなことが、行政でよくありますが、最も、有効なコーディネーター学習は、これでないかと思います。
コーディネーターとは、まったく異質の人を集めること、未知の人を出会わせること、新たなことを生み出す人です。私の身の回りでは、まだ、この人はコーディネーターだね、という人には出会ったことがあるかなあ?

最後に。この活動自体も遊びとして、いろいろ同時に異なる条件や場で試みるということです。学問にしても、あらゆる知的好奇心は、比較体験です。
私がだがしや楽校をした時には、駄菓子屋のある公園とともに、駄菓子屋がない公園でもしてみました。第2土曜日をだがしや楽校にしたら、第4土曜日を、公民館でのてらこや楽校と名づけた集いもしました。
外のだがしや楽校だけでは、自分の屋台に来る人との流動的なやりとりで、じっくり語り合ったり、教わったり、学んだりということには不向きです。そこで、公民館の中でじっくり遊び学びつくり合う場も、平行して実験しました。こちらは、現在、高齢者や主婦のみなさんなどが主に、元木公民館で、おしゃべり手芸の会として、一つのテーブルを囲んで、異なる技芸を学び合いながら、語り合っています。
だがしや楽校は、その形式だけが単独に存在するのではなく、補完し合う形式と共存することで、効果と意味性が出てきます。コミュニティの場づくりを考える際の基本になります。
さらに、だがしや楽校やてらこや楽校でもできないこともあります。それは、実際に大人の働く現場に出向くことです。人を集めるのではなく、こちらから、いろいろな人がそこにいるところに出向く。ワークツアーズと称した、体験ツーリズムも実験して行いました。
残念ながら、だがしや楽校を語る方で、このようないろいろな比較体験をして、その意味性を広く考えようという方もまだいません。
また、自分の職場や仕事にも生かすことも必要です。私の場合には、中学校の授業で、国際交流の集いをだがしや楽校形式で行なったり、PTAの方々の職業をだがしや楽校形式で体育館で体験し合ったり、経済の体験学習を行なったり、という試みもしました。さらには、隣家の畑に隣接する校庭で畑を耕し、ちょうど、駄菓子屋のおばあちゃんと子どもの共生関係性を、学校でもさりげなくつくろうと試みたり。
このような職場への応用は、企業などさまざまな現場でも生かすことができます。(具体的なアドバイス提案もします。)

だがしや楽校と名乗る必要もなく、その心と形を生かすことは、無限にありますが、そのように愉快に創造的に活動なされている方は、いらっしゃるでしょうか。
私自身は、まだ、そのような方には、出会っていないように思います。
私の感性と共感なる方とは、きっと、のり蔵さんのスイカドームを見て、「愉快な未来の村の駄菓子屋のようだねえ」と感じてくれる方かもしれませんし、畑を「賢治の駄菓子屋」と名づけても汲み取ってくれる方でしょう。
(もちろん、人それぞれの感性の集合体が世界なので、異なる感性もたくさん見せてもらいたいと思います。)

いずれにしても、だがしや楽校は、まだ、始まったばかり、と言えますね。

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