4月から、新たな活動スタイルづくりのためにほぼ毎日書くようにしてきたブログを書く時間を減らし、本の原稿を書く時間を増やしつつあります。
明日の予定だけを紹介しますので、興味ある方は、見学にいかがでしょうか?
明日は、つくりたいと手をあげた総合美術のマキさん・マミさんを連れて、中山町の穂積繊維さんに行き、2人がカーペットを1枚作ってきます。ジャズセッションのような即興性とチームワークが鍵になるように思いますが、一日がかりで、どんな作品が出来上がるのか、その作品は、10月の十字屋の展示会に展示されます。販売のビジネスモデルづくりの可能性も穂積さんとしてきます。さらには、穂積さんのワークショップ体験のビジネスモデルづくり。さらには、工場とアートと体験ツアーのビジネスモデルづくり。…
写真は、7月にスモモ調査に行った際に、アイさんがちょっとだけ体験させてもらった様子です。
明日の2人の作品づくりを楽しみにしています。
私は明日、その現場が着想の仕事場です。
連日、山形も30度を越す夏の暑さですが、不思議なことに、植物のほうは、ちゃんと季節のリズムで秋の風景になっています。「賢治の駄菓子屋」に行く小経沿いに、「村長」さんがみなが景観を楽しめるようにと植えている、ひまわりはすっかり枯れて、コスモスが満開です。
畑では、この夏、虫の食堂になってしまっていた、ブロッコリーに、ショウリョウバッタの親子がいました。子どもをオンブしているバッタを見たのは、もしかすると、子どもの頃以来かもしれません。
子どもの頃によく見かけた記憶があるのは、周囲がバッタがいるような草むらがまだある環境だったのか、大人になれば、仕事場などは、バッタが住む場所とは無縁のところを行き来するようになったのか…
この写真に、もう一匹、別のバッタ(トノサマバッタ?)も写っているのがわかるでしょうか?
子どもの頃によく見つけることができた「小さい秋」。大人社会の中でも見つけることができるような環境づくりをすれば、大人ももっと、物欲や金銭欲とは異なった生きることの豊かさを感じる社会になるのかもしれませんね。
2002年に世に出した『駄菓子屋楽校』の大きな提案の一つに、デジタル社会の生き方があります。(もう一つは高齢化社会、もう一つはマニュアル化する社会です)。その回答として、デジタルとリアルを行き来する両生類のような生き方を提案しました。当時、クリック・アンド・モルタルということばが言われていましたので、それにならって、クリック・アンド・ダガシヤ!と題しました。
今は、スマートフォンの時代になり、タッチ・アンド・ダガシヤです。
これが、まず、私のだがしや楽校でつながる人との間で、ようやく実現することになりそうです。これまでも、だがしや楽校のHPを制作運営してくださっているコバヤシさんに相談しながら、HP、メーリング、みんなのブログなど、いろいろ試みてきましたが、線香花火がぼとっと不完全に落ちる状況でした。
以前から、コバヤシさん、だがしや楽校コーディネーターのジンさんが、SNSの有効性を指摘してくださっていましたが、本日、ようやく、さっそく開設なりました。
フェイスブックに、だがしや楽校に「井戸端」または、「いどばた」または「イドバタ」がつくられました。だがしや楽校を自分も行なって、各地のだがしや楽校に出られている方と、日頃からもネットで交流できるようにしたいというみなさんは、どうぞ、ご参加ください。この井戸端は、実際に屋台を出そうとする人、出してみたい人、自分の持ち味や関心ごとを探求している方々などの、具体的な井戸端会議の場になればと思います。
具体的なイメージは、前日に紹介した、そもそも自分の関心ごとをみなでおしゃべりしながらお互いにつくり出していく、ハンズインカフェ(おしゃべり手芸)のみなさんなどが、このネット井戸端にご参加なされることを思い描きました。
しかし、ここで、駄菓子屋論からのネット論の特徴が提案されます。
現在のネット上のソーシャル・ネットワークは、大賛成として各方面で取り上げられていますが、何でも一長一短があります。
制作に没頭しなければならない作家・職人・科学者、目の前に赤ちゃんが見つめている子育て中のお母さん、別にネットのつきあいを必要としない人など、ネットの画面を見る以上にすべきことがある方はたくさんいます。私も昨年から2作出版原稿作成があるので、本当は没頭したいのですが、まずは、しくみづくりまで、こちらを優先しています。
しかし、今回の大災害のような地域を越えて移動する必要が出る場合や、より地球レベルで活動を日々広げたいなどの場合には、ソーシャルネットのつながりは不可欠です。それは、エジプト革命のように、これまでの組織の拘束性も解き放ってくれます。
ということは、ソーシャルネットに参加しない人(むしろ、こちらの人のほうが、潜在可能性のあることをしている可能性が高い)を認めつつ、それらの人とも、ネット以外の方法でつながりつつ、ネットとリアルを融合させた、本当のゆるやかなつながりとコミュニティが、どのようにすればできるのか、これからが、クリック・アンド・ダガシヤの、あり方が、どのように実現できるのかのスタートになります。
私の現在のスタンスは、はじめに言っておくと、自分の考えは、だれにも開く形で、このブログに書き、フェイスブックの、だがしや楽校の井戸端には、あまり頻繁に顔を出すようなことはないと思います。それは、日常の顔の見える井戸端会議にもそんなに熱心に顔を出さないのと同じです。
それは、自分の仕事として、一人で考える思索の時間が最優先だからです。毎日のブログも、そのためには、時間をとらないようになっていくつもりです。
このネットの井戸端ができて、私も安心して、自分の考えづくりにさらに集中し、そこからよりよい考えが浮かんだら、ネットの井戸端にコメントや提案をさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
フェイスブックで何もしないのも芸がありませんので、自分の写真を更新していきたいと思います。こんな感じに。
今日の撮影者は、マキさん。大学の芝生で育ったかわいい尾花沢スイカ(以前トロ箱スイカで紹介した)を割ったところ、なんと甘み抜群でした。スイカでオッパイの提案は、ミクさんです。
ちなみに。スイカを食べたのは、おまけで、していたことは、アートワークショップのアイデア会議です。何度も話し合ってきましたが、ひょいと、ひょうたんからコマが出るときがあります。創発性と言いますが。今日がそうでした。
「わくわく美術館」をつくる「わくわくガールズ」。
なんじゃそれ?ですよね。 それは、来週23日に実践されます。4人+1人助っ人は、それに向けて、1週間、準備がんばりましょう。
百花繚乱の形容は、例えば、世界史では、1900年前の世紀末ウイーンの様相などがよく表現されます。
花咲くハンズインカフェ、花畑ハンズインと言ってもいいような光景が、先日の杉並区のすぎなみ大人塾「だがしや楽校的社会の作り方」講座と、世田谷区総合支所「人間とデザイン」講座で見られました。
その一例をちょっとだけ紹介します。まずは、午前の杉並区の講座。これは?みなさんに分けっこいただきましたが、子どもの駄菓子のおまけと当たりつきの楽しさ自体を手作りしたものです。さあて、いただいたものには、何が入っていたかな? 子ども時代のワクワク感を、大人だって今から自分たちで作り出すことはできますね。
なんと、手作りのジンジャーエールも持参くださり、みなさんで、夏のお疲れ様と後半の発展を期待して、「かんぱーい!」。残暑もふきとびました。
講座が終わっても、なかなかみなさん、見せっこが続きましたが、ハンズインカフェを、最もストレートに実践なされたものを見せていただきました。カフェやレストランで、注文の飲食が出てくるまでの間、テーブルにある紙ナプキンで、なんと、クラフトをして楽しまれるのだそうです!
これにも脱帽です。次回、みなさんに、あらためてご披露してください。
紙ナプキンでつくったマツタケまで!!お見事です。
4月に山形に戻ってから毎月1回、公民館で始めている「おしゃべり手芸の会」が、小さなさなぎの中で変態の準備をしているように、少しずつ変容しています。
まず、私が主導でなく、受講者のみなさん主体になってきたこと。
次に、学生が、公民館での集いと、そこから生み出されるモノを地域のお店に展示するコーディネーターになりつつあることです。添付は、その学生、ハルナさんがつくったチラシで、現在、置いてくれる店やスーパーに当たっているところだそうです。
どこかの店に、前回の「葉っぱのバッタ」が展示なったら、連絡がくる段取りになっています。言うのは簡単ですが、まめに足で歩いて、こまやかに交渉して、ちゃんと展示なるようにすることは、大変な労力です。
そのような微細で地道なことによって、意外で異なる分野を結びつけていく役割こそが、コーディネーターです。
公共の場の公民館で人々を集うようにし、どこでも衰退が話題にでる地域のまち中の商店を、まちなか店先プチミュージアムにする、一つの地域でできれば、全国に汎用展開できます。
みなさんのところでも、どうでしょう?
9月、このブログ掲載もペースをゆるやかにします。その分の時間を、1年前から計画していた、ある本づくりにエネルギーを注ぐためです。くしくも、その本は、私にとって、もう一つの被災地支援活動にもなるものです。
なんとか早く出したいものです。といっても、これはチームプレイで行っています。
1ヶ月遅れの夏休みになったキャンパスには、学生の姿はあまりありませんが、今日は、総合美術コースのアトリエの中は、いつどこから集まったのか、学生の人だかりでした。
写真の一番奥のほう(アトリエの一番奥)で、カメラマンの方がこられて、学生の作品の写真とりをしてくださっていました。
昨日のブログで紹介した、10月13日〜18日に、山形市の十字屋デパートで開かれる、東日本大震災報道写真展に併設する、本コースの展示会の折込広告に掲載される写真とりです。
新聞のチラシは、だれでも最もよく見慣れているものですが、それに載っている写真は、どのようにしてとられて、どのように配置レイアウトされるのか、あらためて問われると、はたとわかりません。それは、広告をつくる側の立場になった時がないからです。
社会のさまざまな現場に参画するということは、それをつくりあげている立場からそのしくみを学ぶことができるということです。
日頃、最も見慣れている広告チラシはどのようにしてできるのか、チラシのデザインとは、どのようなことに気をつけているのか、これから勉強できるのが楽しみです。
明日、新聞の折込チラシに載せる写真をとるために、カメラマンの方が下見にこられました。
何の広告? 大学の授業の成果です。
10月、東日本大震災・報道写真展全国巡回の山形展示が、十字屋デパートで開かれます。それに関連して、その第2会場で、本コースが、企画展示をまかされました。これも、6月に、デパートのショウウインドウディスプレイにアプローチしていたことが、巡り巡って、今回の企画に発展しました。同時に、それを紹介するショウウインドウのディスプレイも、それ自体を作品として行なうことになりました。
今日は、副手の齋藤君が、当日、本コースが関わった共同企画の商品の写真どりのうちあわせを、カメラマンの方としました。すももしょうゆ、スイカロール、スイカのういろうとプリン…
1ヶ月後のことですが、広告チラシ作成とともに、本コースでも、学生がそれぞれ作品制作をアトリエで始めています。
社会のあらゆる現場が教室になる、ことばだけでなく、本当になりつつあります。
展示の全体タイトルは、どうなるのでしょうか? すべて学生中心に進んでいます。
この4月、ゼロから活動を始めて、前期が終わりました。前期の個々の活動成果を通して、改めて、私が、これからの社会づくりと、若者に提案する生き方としてたどりついたのは、「愉快で、共に楽しく、どこからでも創造する」ということに集約されます。
これは、駄菓子屋研究を通してこれからの文明・社会・生き方を論じ提起した拙著『駄菓子屋楽校』に通じます。そのための未来社会をつくる人間の根源的な活動の原理は、人間活動論として、学際的研究を試みていくことを提案しています。
アーツ・アンド・コミュニティは、イギリスの産業革命期のウイリアムモリスのアーツ・アンド・クラフツという生活芸術運動に習った、コミュニティをつくる媒介としての芸術活動、コミュニティを豊かにする芸術という願いで、ブログ名とチュートリアル名をつくって前期始めました。その思いと方法論は、まったく駄菓子屋楽校と合致します。
いよいよ、大きな世界観に統一して、活動をさらに展開していきたいと思います。
そういうことで、ブログ表紙も、衣替えです。
さて、新たなダガシヤ・ボランチャー的活動の試みを紹介します。みなさんも、以下の呼びかけに参加したいという方は、どうぞ。
さっそく、1号を、長野県上田市の方に送ります。
種っこ便って? 夢の種まき楽校
種っことは、種の分けっこを、略したことばです。
種は、最も小さな成長の原型です。種は、成長すること、育てること、次世代のたくさんの実りを生み出すこと、地球・生命・子育て・教育・経済・科学・人生など、人間活動の象徴でもあります。
分けっこは、分け合うことです。お互いに自分が持っているもの(モノ・技術・労力・お金・気持ちなど)を他者に分け合うことは、人間が社会集団として生きていく際の最も重要な行ないです。
種っこ便は、種の分け合いを通して、実際に各地に豊かな大地の花や実りを生み出しながら、それを介して、たくさんの人との豊かなつながりをつむいでいくことを夢見て、お互いに郵送し合います。そして、日常の気軽なつながりをつくるために、文字や画像による情報などのやりとりはメールで行います。
インターネット時代は、電波で流せる情報は何でもどこからでもだれとでもやりとりできます。でも、電波で物体を送ることはできません。そこで、情報のメールと物体の送付を組み合わせて、人のつながりづくりが実質的な生活・地域の豊かさづくりにもなるようにしていこうという願いも込めています。
どんな種を送ればいいでしょうか? 例えば、
? 自分の地域の特徴的な野菜や草花や果実の種
? 自分が育てた野菜や草花の種
? 自分が食べておいしかった野菜や果物の種
? 何かちょっとしたウンチク語ることがある種
…
お互いに、いろんな視点で身の回りの種を探してみましょう。
種っこ便でつきあう方々と日ごろメールで交流する中で、思わぬ考えや活動など、いろいろな夢の種も育っていくかもしれませんね。
手と口を同時に動かしながら、ゆるやかに人づき合いをつくりつつ、自分の関心事や生きがいもふやしていくことができる一つの場の方法論として試みている、おしゃべり手芸の会(東京では、ハンズインカフェと呼んでみていますが)が、少人数の中でも、ふつふつと発酵しつつある感じです。
1 受身の講座から脱却し、主体的学習への変容
「先生って、何も教えないんだねえ。自分たちでしなくちゃいけないの?何か、教わりたくてきたのに…」
「先生から何か自分でできることを持参しましょうと言われたから、本屋で探そうかと思って」
2 日常のコミュニティの広がりの誘発の場
「近所のスーパーで、この会の人とばったり会って、立ち話して…」
3 身近な素材の活用と生活を豊かにするものづくり
「みんなで、お金をかけないでリサイクルのものや自然のものなどを持ち寄ってできるといいねえ…」
4 生活・子育てなどの文化を継承していく女性文化の世代交流の場
「女子学生にとっては、いろいろなおばさんの話を聞く機会があることで、将来の自分の人生の知恵の無形の貯えになります(学校では教わる機会がない)」
今日の会のメインは、図書館から借りた本にあった、街路樹のシュロの葉を使ったバッタをつくってこられた方のバッタづくりを通して、上記の要素の世間話もごった煮のようになされました。
それにしても、葉っぱを使って、こんな立体造形を、もともと、一体、だれが始めにつくったんでしょうか?
オリガミは、日本から世界にほこる手芸文化ですが、その起源は、葉っぱでいろいろ作った造形からきているんじゃないかなあ。
熱帯は、たくさん大きな葉っぱはあるけど、熱すぎてつくる気になれず、寒帯は、針葉樹だから、造形はできず、四季の変化のちょうどいい中で、その時々の葉っぱの利用を生み出したのが、日本文化の一つの源流でもないかと、私は世間話をしました。
オリガミの起源と日本の葉っぱ活用文化、これはりっぱな研究になりますね。どなたかしませんか?
もう一つ、みなさんのところ(公民館とか講座とか店とか家とか)で、お互いに、このような手づくり品を物々交換して、展示(販売)の交流もいかがですか?
なさりたい方は、連絡ください。
dagashiyamatsuda@gmail.com 松田道雄
ちなみに、ここ元木公民館は、職員のみなさんがとてもユニークな発想をお持ちです。100円ショップで買ったものでつくった、くす玉。なんだか、庶民感覚の現代芸術公民館といった感じです。ぜひ、毎日、飾ってもらいたいとお願いしました。次の作品も楽しみにしています。
4月から報告し始めたこのブログ、衣替えの準備をしているところです。
アイデアを思いついて練り上げる場面は、大きくは、一人でもくもくと思案する場合と、他者とのやりとりの状況の中で生み出す場合があります。駄菓子屋楽校の思想などは、前者です。多くは前者ですが(古今東西の大思想などはそうでしょう)、後者の場合もあります。
今日は、フィールドワークの中で、後者の場面で、一つのアイデアが形作られ交渉してきました(もともとの原案は事前に考えていきましたが)。
朝、大学の公用車を借りるために本館に入ろうとすると、建物横に、こんな実がたくさんなっていました。この実は何の実? 知っている人は教えてください。
フィールドワークに出かけると、思わぬ未知の人に出会い、未知の世界を体験することができます。今日もそうでした。
もりわじんさん(HPには生命形態作家とあります)という招き猫造形アーティストの方の家に、ひょんなことからお邪魔しました。この自宅も作品とのことで、壁面の2つのネコは、東洋のネコと西洋のネコをあらわし、東洋と西洋の融合をはかることをめざしているとのことです。(説明を聞いてわかりました。)
庭には、火の広場がつくられていて、ここで火を囲んで夜、お客さんと楽しむのだそうです。穴を深くほって石を積むことで、火がよく燃えることを発見したそうです。
太古から現代までの融合も感じます。
家の中も見せていただき、2階のゲストルームは、ネコの壁面の内部になっていました。
制作している わじんさんの風貌は、なにやら、生くさいガンジーという感じでしょうか?なんとも愉快な方です。
目的地は、最上川をながめながら制作して暮らしていらっしゃる、風流なわじんさんの家の対岸です。橋をわたった先にあるのが、村山市の伝承館。ここで、9月23日、10月、11月と、福島から移住されている子どもさんたちとのアート・ワークショップをする下見に、学生代表のハルカさんとマキさんを連れてきました。
肝心の、現場を見てのワークショップの構想は?
花澤先生、すみません。あとは、学生たちのうちあわせの時々に、経過を報告するそうですので、よろしくお願いいたします。
私のほうは、というと。何ともつまらないものばかりに目が行きますが、どうして、クルマの進入止めは、魚なのでしょうか? これも、だれか知っていたら教えてください。 他の生き物の造形はあるのでしょうか?
今日の記事の主題の肝心のアイデアの中味は? それも、9月23日前日の22日に、まず実現なるかどうか、まず楽しみにして、実現なれば報告したいと思います。そのキーパーソンは、地元のパン屋NOUKAの佐藤さん兄弟です。
第1回目、実現しそうであれば、ハルカさん、いい名前をつけて、総合美術コースの特徴としての活動モデル(非マネー・ビジネスモデル、またはコミュニティワークモデル)に伝統的にしていってください。
大学に戻ると、副手の齋藤君とマミさんとシオリさんが、明日からの中山町の農機ショーに出す、スモモしょうゆのラベルデザインと、デザイン一覧パネルの作成をしていました。
仕事がなくて困っている人もたくさんいる中、どんどん仕事が生み出されてあふれるようになっている本コースでは、アート&デザインカンパニーを来年度あたりに学生ベンチャーで立ち上げてもいいんじゃないかと、世間話をしました。
とにもかくにも、ユニークな仕事をしている人もたくさん地域にもいるようですし、これからの若者には、どんどん新たな仕事をつくり出していってもらいたいと、親世代の私は願っています。