松田道雄研究室

駄菓子屋楽校 ~愉快で,楽しく,どこからでも創造する生き方と社会づくりの活動記録~
*
2011-09-10

広告の勉強


1ヶ月遅れの夏休みになったキャンパスには、学生の姿はあまりありませんが、今日は、総合美術コースのアトリエの中は、いつどこから集まったのか、学生の人だかりでした。
写真の一番奥のほう(アトリエの一番奥)で、カメラマンの方がこられて、学生の作品の写真とりをしてくださっていました。
昨日のブログで紹介した、10月13日〜18日に、山形市の十字屋デパートで開かれる、東日本大震災報道写真展に併設する、本コースの展示会の折込広告に掲載される写真とりです。
新聞のチラシは、だれでも最もよく見慣れているものですが、それに載っている写真は、どのようにしてとられて、どのように配置レイアウトされるのか、あらためて問われると、はたとわかりません。それは、広告をつくる側の立場になった時がないからです。
社会のさまざまな現場に参画するということは、それをつくりあげている立場からそのしくみを学ぶことができるということです。
日頃、最も見慣れている広告チラシはどのようにしてできるのか、チラシのデザインとは、どのようなことに気をつけているのか、これから勉強できるのが楽しみです。

2011-09-08

折込広告チラシ


明日、新聞の折込チラシに載せる写真をとるために、カメラマンの方が下見にこられました。
何の広告? 大学の授業の成果です。
10月、東日本大震災・報道写真展全国巡回の山形展示が、十字屋デパートで開かれます。それに関連して、その第2会場で、本コースが、企画展示をまかされました。これも、6月に、デパートのショウウインドウディスプレイにアプローチしていたことが、巡り巡って、今回の企画に発展しました。同時に、それを紹介するショウウインドウのディスプレイも、それ自体を作品として行なうことになりました。
今日は、副手の齋藤君が、当日、本コースが関わった共同企画の商品の写真どりのうちあわせを、カメラマンの方としました。すももしょうゆ、スイカロール、スイカのういろうとプリン…
1ヶ月後のことですが、広告チラシ作成とともに、本コースでも、学生がそれぞれ作品制作をアトリエで始めています。
社会のあらゆる現場が教室になる、ことばだけでなく、本当になりつつあります。
展示の全体タイトルは、どうなるのでしょうか? すべて学生中心に進んでいます。

2011-09-07

種っこ便、1号出発


この4月、ゼロから活動を始めて、前期が終わりました。前期の個々の活動成果を通して、改めて、私が、これからの社会づくりと、若者に提案する生き方としてたどりついたのは、「愉快で、共に楽しく、どこからでも創造する」ということに集約されます。
これは、駄菓子屋研究を通してこれからの文明・社会・生き方を論じ提起した拙著『駄菓子屋楽校』に通じます。そのための未来社会をつくる人間の根源的な活動の原理は、人間活動論として、学際的研究を試みていくことを提案しています。
アーツ・アンド・コミュニティは、イギリスの産業革命期のウイリアムモリスのアーツ・アンド・クラフツという生活芸術運動に習った、コミュニティをつくる媒介としての芸術活動、コミュニティを豊かにする芸術という願いで、ブログ名とチュートリアル名をつくって前期始めました。その思いと方法論は、まったく駄菓子屋楽校と合致します。
いよいよ、大きな世界観に統一して、活動をさらに展開していきたいと思います。
そういうことで、ブログ表紙も、衣替えです。

さて、新たなダガシヤ・ボランチャー的活動の試みを紹介します。みなさんも、以下の呼びかけに参加したいという方は、どうぞ。
さっそく、1号を、長野県上田市の方に送ります。

種っこ便って?         夢の種まき楽校

種っことは、種の分けっこを、略したことばです。
種は、最も小さな成長の原型です。種は、成長すること、育てること、次世代のたくさんの実りを生み出すこと、地球・生命・子育て・教育・経済・科学・人生など、人間活動の象徴でもあります。
分けっこは、分け合うことです。お互いに自分が持っているもの(モノ・技術・労力・お金・気持ちなど)を他者に分け合うことは、人間が社会集団として生きていく際の最も重要な行ないです。
種っこ便は、種の分け合いを通して、実際に各地に豊かな大地の花や実りを生み出しながら、それを介して、たくさんの人との豊かなつながりをつむいでいくことを夢見て、お互いに郵送し合います。そして、日常の気軽なつながりをつくるために、文字や画像による情報などのやりとりはメールで行います。
インターネット時代は、電波で流せる情報は何でもどこからでもだれとでもやりとりできます。でも、電波で物体を送ることはできません。そこで、情報のメールと物体の送付を組み合わせて、人のつながりづくりが実質的な生活・地域の豊かさづくりにもなるようにしていこうという願いも込めています。
どんな種を送ればいいでしょうか? 例えば、
? 自分の地域の特徴的な野菜や草花や果実の種
? 自分が育てた野菜や草花の種
? 自分が食べておいしかった野菜や果物の種
? 何かちょっとしたウンチク語ることがある種
   …
 お互いに、いろんな視点で身の回りの種を探してみましょう。
 種っこ便でつきあう方々と日ごろメールで交流する中で、思わぬ考えや活動など、いろいろな夢の種も育っていくかもしれませんね。

2011-09-04

ユニーク公民館


手と口を同時に動かしながら、ゆるやかに人づき合いをつくりつつ、自分の関心事や生きがいもふやしていくことができる一つの場の方法論として試みている、おしゃべり手芸の会(東京では、ハンズインカフェと呼んでみていますが)が、少人数の中でも、ふつふつと発酵しつつある感じです。

1 受身の講座から脱却し、主体的学習への変容
「先生って、何も教えないんだねえ。自分たちでしなくちゃいけないの?何か、教わりたくてきたのに…」
「先生から何か自分でできることを持参しましょうと言われたから、本屋で探そうかと思って」
2 日常のコミュニティの広がりの誘発の場
「近所のスーパーで、この会の人とばったり会って、立ち話して…」
3 身近な素材の活用と生活を豊かにするものづくり
「みんなで、お金をかけないでリサイクルのものや自然のものなどを持ち寄ってできるといいねえ…」
4 生活・子育てなどの文化を継承していく女性文化の世代交流の場
「女子学生にとっては、いろいろなおばさんの話を聞く機会があることで、将来の自分の人生の知恵の無形の貯えになります(学校では教わる機会がない)」

今日の会のメインは、図書館から借りた本にあった、街路樹のシュロの葉を使ったバッタをつくってこられた方のバッタづくりを通して、上記の要素の世間話もごった煮のようになされました。

それにしても、葉っぱを使って、こんな立体造形を、もともと、一体、だれが始めにつくったんでしょうか?
オリガミは、日本から世界にほこる手芸文化ですが、その起源は、葉っぱでいろいろ作った造形からきているんじゃないかなあ。
熱帯は、たくさん大きな葉っぱはあるけど、熱すぎてつくる気になれず、寒帯は、針葉樹だから、造形はできず、四季の変化のちょうどいい中で、その時々の葉っぱの利用を生み出したのが、日本文化の一つの源流でもないかと、私は世間話をしました。
オリガミの起源と日本の葉っぱ活用文化、これはりっぱな研究になりますね。どなたかしませんか?

もう一つ、みなさんのところ(公民館とか講座とか店とか家とか)で、お互いに、このような手づくり品を物々交換して、展示(販売)の交流もいかがですか?

なさりたい方は、連絡ください。
    dagashiyamatsuda@gmail.com 松田道雄

ちなみに、ここ元木公民館は、職員のみなさんがとてもユニークな発想をお持ちです。100円ショップで買ったものでつくった、くす玉。なんだか、庶民感覚の現代芸術公民館といった感じです。ぜひ、毎日、飾ってもらいたいとお願いしました。次の作品も楽しみにしています。

4月から報告し始めたこのブログ、衣替えの準備をしているところです。

2011-09-02

アーティスト・イン・ワークステイ


アイデアを思いついて練り上げる場面は、大きくは、一人でもくもくと思案する場合と、他者とのやりとりの状況の中で生み出す場合があります。駄菓子屋楽校の思想などは、前者です。多くは前者ですが(古今東西の大思想などはそうでしょう)、後者の場合もあります。
今日は、フィールドワークの中で、後者の場面で、一つのアイデアが形作られ交渉してきました(もともとの原案は事前に考えていきましたが)。

朝、大学の公用車を借りるために本館に入ろうとすると、建物横に、こんな実がたくさんなっていました。この実は何の実? 知っている人は教えてください。

フィールドワークに出かけると、思わぬ未知の人に出会い、未知の世界を体験することができます。今日もそうでした。
もりわじんさん(HPには生命形態作家とあります)という招き猫造形アーティストの方の家に、ひょんなことからお邪魔しました。この自宅も作品とのことで、壁面の2つのネコは、東洋のネコと西洋のネコをあらわし、東洋と西洋の融合をはかることをめざしているとのことです。(説明を聞いてわかりました。)
庭には、火の広場がつくられていて、ここで火を囲んで夜、お客さんと楽しむのだそうです。穴を深くほって石を積むことで、火がよく燃えることを発見したそうです。
太古から現代までの融合も感じます。

家の中も見せていただき、2階のゲストルームは、ネコの壁面の内部になっていました。

制作している わじんさんの風貌は、なにやら、生くさいガンジーという感じでしょうか?なんとも愉快な方です。

目的地は、最上川をながめながら制作して暮らしていらっしゃる、風流なわじんさんの家の対岸です。橋をわたった先にあるのが、村山市の伝承館。ここで、9月23日、10月、11月と、福島から移住されている子どもさんたちとのアート・ワークショップをする下見に、学生代表のハルカさんとマキさんを連れてきました。
肝心の、現場を見てのワークショップの構想は?
花澤先生、すみません。あとは、学生たちのうちあわせの時々に、経過を報告するそうですので、よろしくお願いいたします。

私のほうは、というと。何ともつまらないものばかりに目が行きますが、どうして、クルマの進入止めは、魚なのでしょうか? これも、だれか知っていたら教えてください。 他の生き物の造形はあるのでしょうか?

今日の記事の主題の肝心のアイデアの中味は? それも、9月23日前日の22日に、まず実現なるかどうか、まず楽しみにして、実現なれば報告したいと思います。そのキーパーソンは、地元のパン屋NOUKAの佐藤さん兄弟です。
第1回目、実現しそうであれば、ハルカさん、いい名前をつけて、総合美術コースの特徴としての活動モデル(非マネー・ビジネスモデル、またはコミュニティワークモデル)に伝統的にしていってください。

大学に戻ると、副手の齋藤君とマミさんとシオリさんが、明日からの中山町の農機ショーに出す、スモモしょうゆのラベルデザインと、デザイン一覧パネルの作成をしていました。

仕事がなくて困っている人もたくさんいる中、どんどん仕事が生み出されてあふれるようになっている本コースでは、アート&デザインカンパニーを来年度あたりに学生ベンチャーで立ち上げてもいいんじゃないかと、世間話をしました。

とにもかくにも、ユニークな仕事をしている人もたくさん地域にもいるようですし、これからの若者には、どんどん新たな仕事をつくり出していってもらいたいと、親世代の私は願っています。

2011-09-01

フィールドワークの9月


学生は、約1ヶ月の夏休み(9月休み)にようやく入りました。
私のほうは、この9月は、後期に向けたフィールドワークの月です。
昨日は、同じコースの花澤先生から誘われて、天童市の田麦野という地区で野外で芸術展をしているところを、3年のマミさんも誘っていきました。

やや!これは? 地元に伝わる、べんべこ太郎という伝説の犬が飛び出してくるような立体作品が廃校のグランドにありました。

巨樹は、どこにもあり、その土地のランドマークにもなっています。この地区のランドツリーは、この木です。


田んぼとそばの花のパッチワークのような光景です。

もう工事が終わった、近くのダム工事現場から出土した、東京ドーム何倍分もの太古の粘土。この利活用の一部として、地元の休耕田にこの粘土を敷き、ハス畑が道路わきにできていました。
もっと大きな面積でしたら、ハスとレンコンの里になっていたかなあ。
地方の里山は、どこもますます人口が減って、学校も廃校になっていっています。そのような地域をどこをまわっても、ちょっと外から来た者には、「ああ!いいところだなあ」と、一時の癒しになります。しかし、その土地に住む人にとっては、どうかと考えてみると…。

同行したマミさん。さて、どんな心象スケッチを描いてくれるでしょうか? ふらっと歩き・さらっと描く・私の心象スケッチ。これが、後期、たくさんふえていきます。

今日は、ビジネスの現場。アイさんとマナミさんが、猪俣商事さんが、本コースとの共同制作によってつくられたしめ飾りを持参して、スーパー・ヤマザワに商談する現場に同席しました。
自分のデザインが採用されたアイさんは、りっぱにスーパーの担当者にプレゼンをしました。

さて、結果は?
3つの見本がすべて採用されました。さらに、このような共同開発の取り組みを来年度以降もできたらいいなあ、という未来の展望まで話をいただくことができました。
パチパチパチ。
取り引き成立ですが、次に、さっそく、この商品に購入の命を吹き込む、商品説明書と店内展示のPOPをつくるという作業課題も確認しました。
学生がどんな思いで、どんなプロセスで、この商品をつくったのか? それがこの商品の命だと、副部長さんが的確に指摘してくださりました。なぜなら、これは、これまでのしめ飾りではない、新たな商品だ、ということで一致なったからです。
帰る前に、物流倉庫の中も見学させていただき、大型スーパー、コンビニ、ネットショップなど、現在の消費経済を支えている胃袋のしくみを学ぶことができました。
12月1日。県内外のヤマザワ・スーパーに、この商品が並ぶまで、まだまだ道のりはあります。
ちなみに、この商品の売り上げの一部は? 何に使われるでしょうか? お楽しみにしてください。
この時間、コースでは、別の学生代表が副手の齋藤君と、10月の十字屋デパート企画展の詳細打ち合わせに行っていました。
私たちの夏休みは、休みではなく、制作と活動に没頭する時間のようです。
明日は、また別の学生と村山市にフィールドワークに行ってきます。

2011-08-31

思い出の夏の光

今日で8月も終わりですね。
みなさんは、この夏いかがでしたでしょうか?
たった今、毎月末締め切りの『社会教育』(全日本社会教育連合会)の10月号の連載、「発想する!授業」副題は、「生涯にわたって社会のいたるところで学ぶための方法序説」Lesson65を書き上げ送ったところです。
この長い副題は、『理性を正しく導き、もろもろの知識の中に真理を探究するための方法序説』(通称『方法序説』)という題名の本を著したルネ・デカルトに、長さだけまねしたものです。
何年か後には、できるだけ後世の役に立てるようなものに、まとめたいと思っています。
今号は、社会を教育で直に活性化させていくための方法論として、「駆けまわる経験主義学習論」のモデルを提示しました。
私からは、身近なこの夏の光を紹介します。

これは?!
なんとも抽象的なモダンアートのようなピンボケですが。山形市の花火大会を、悠創の丘から眺めてとったものです。ベンチには、仙台から来たという若いアベックの人が見ていました。

こちらは、今、大学キャンパスの夜、毎年恒例のライティング・オブジェの作品群が光っています。
夏の思い出の光になるようですね。

2011-08-29

駄菓子屋的芸術論


私が駄菓子屋を研究したことから、現代社会やまちづくり、新たな活動や若者の教育などに発展応用できること(アイデアのヒント、着想の種)は、たくさんあります。それらは初版『駄菓子屋楽校』に、てんこ盛りに入れ込みましたが、そもそも、教育者や研究者や商売人はいても、活動家という人はほとんどいないので、それらのアイデアは、まだ、眠っているものがたくさんあります。
この4月から、自分で書いたことは自分で実行していくことに心決めたので、着実に活動し始めています。
その中の新たな一つも、始めました。
種はすでにまいた活動で、芽が出てきた段階です。
それは、地域をフィールドワークしながら、現在のまち中から駄菓子屋的要素を見つけ出して、そこを何か生かすことができるかどうか、そこからなにか学ぶことができるかどうかを試みる活動です。
私が駄菓子屋に着目したのは、40歳前後ですので、今の20歳前後の大学生が、その意味性をすーっと感じることはなかなかできないでしょうが、小さな頃に食べた味が大人になってわかるように、今、体験しておくことで、のちにそれが何か影響されることがでてくるのではないかと思っています。
総合美術コース2年の、後期フィールドワークの授業の作品づくりの一つとして、地域を歩いて、自分なりの見方で見た世界を自分なりの表現で描くアートマップをつくります。そのフィールドワークを、9月の休み中にそれぞれ行なうように提示しました。
自分で自分の地域を歩いてもよし、他地域から来ている学生は、山形市内周辺なら私がおおまかに案内することにしました。
さっそく、先発3人組と出かけました。まずは、いつのまにか口コミで広がり、いつも昼前には売り切れるという、あんびんもちだけの小さな店です。翌日には硬くなるので、その日だけの賞味期限です。
店主のおばさんに尋ねると、もとは会計事務所に勤めていたけど、このような店をしたくてゼロから始めたそうです。もちのつくり方は、他のお菓子屋さんに教えてもらおうとしたけど、教えてもらえなかったので、自分で独学でつくり始めたとのこと。
おばあちゃんや大人にとっての駄菓子の役割。そして、個人経営で自力で営み、自分のできる範囲で行なうこと。それらからも、駄菓子屋マインドを見い出すことができます。
そして、人間と人間としてのつき合いによって、こちらの店にも、学生が何か、モノ(小作品・小商品)を置いてもらう相談もできまました。
店の看板もおばさんの手づくりだそうです。

次に、どら焼きで有名になった老舗のお菓子屋さん。それから、明治時代の県庁(文翔館)を自分たちで見てまわり、近くの「高校生の駄菓子屋」に集合しました。駄菓子屋的居場所は、年代によって変わります。
子どもにとっての駄菓子屋を、若者から大人までみんなが見る必要はありません。重要なのは、その視点で見直すと、それぞれ、自分たちにとっての駄菓子屋的場所は、どこなのだろうか、それらがなければ、それぞれに応じて、再生する試みをしてみよう、ということだと思います。
その点で、高校生にとっての駄菓子屋が、新たにここにできていました。
どんどん焼き。岩手出身のミホさんも、仙台出身のミチルさんも、アリサさんも、初めてとのことでした。

この店の駄菓子屋的特徴のさいたるところは、ポストイットに、自由に落書きをして、貼られているところです。これは、以前にもブログで紹介しました。
そこで、自分たちもかいていこう、と提案したら、何とまあ、表現をメインに学習している美大生は、たいした集中力で感心しました。


私が、今回の小さな旅で、最も感じたことは、この笑作品です。これは、まったくの大作や、正規の授業の作品ではなく、まさに、駄菓子屋的作品ですが、自分の技量で、わずかな手間で小さな安価でだれかをほっとさせたり和ませてくれる作品をつくって他者にその心を与えることができることこそ、普通の活動とともに、あったらいいなと私が思う駄菓子屋文化的活動です。
さっそく、このどんどん焼き屋さんで、この駄菓子屋的らくがきアート展を提案したところ、店主のおばさんも大賛成してくださいました。
後期、10月あたりに、軽くやってみますか。

最後に、もう一軒。おじいさんのせんべい屋さん。私もひさしぶりに訪ねました。手づくりでせんべいを焼いています。小麦粉と砂糖で焼く、九州から伝わったというせんべいです。大正時代からの二代目で、もし、このおじいさんがやめれば、この店もなくなってしまいます。スーパーやコンビニができる前、40年ほど前は、山形市内にも、かりんとう屋や、せんべい屋や、あめ屋など、八百屋や魚屋と同じように、たくさんの個人商店がありました。駄菓子屋もその中の一つです。
個人商店文化は、もうなくなっていくのでしょうか?
そして、みな、組織社会文化の中で、サラリーマンになるのでしょうか?
個人の創造性を表現しようとする芸術活動の基本は、組織文化以前の個人商店文化に共通の土台があるのではないかと思いますが、それも、個人商店的芸術ではなく、組織文化的芸術に、しらずしらず変容しているのかもしれません。
科学なども同じでしょう。
ここ、すみたやさんには、たくさんの焼き印があり、それを見せてもらいました。

そうそう。ここに、私があつらえた焼き印もありました。私が人生勉強の座右の銘にしていることば(半分造語)です。これをせんべいに焼いてもらって、私は、このせんべいを人生勉強の「教科書」に用いています。
みなさんのところでも、人生勉強の教室を開いた際には、私がうかがうときに持参するのは、この「食べ合う教科書」です。

駄菓子屋文化の未来社会と自分の人生への意味合い。
現代の女子大学生には、どこまで感じてもらったかわかりませんが、私が駄菓子屋文化体験で伝えたいことは、大きな組織社会が機能しなくなったり、自分が一時的に順応できなくなったときに、大きな組織社会にたよらずとも、個人対個人の創意工夫した思いやる関係性づくりの中で生きていくことができる「もう一つの生きる力」です。それは、現代社会では、非常用電源的な意味合いしかないようにも見えますが、じつは、こちらこそが、最も生きる根源的な力ではないかと、私は考えています。

2011-08-26

駆けまわる経験主義

今日で、ほぼ前期の通常授業が終了しました。5月から始まった授業で行なってきたことが、今週も、次々に展開して、私が担当する分野フィールドワーク論の学習成果のような状況でもありました。
初版『駄菓子屋楽校』(新評論、2002年)に、かつて、教室の中を「這いまわる経験主義」とひやかされて消滅した、戦後の経験主義教育論を、社会の場さまざまな場と教室をネットワークとしてダイナミックに創造的につないでいく「駆けまわる経験主義」と提示した概念を、いよいよ、専門職として実践して、「人間活動論」という新たな学問領域を創出していく事例が、次々にわきおこってきたということが言えます。
(そこでの私の役割は、コトと人と技術とモノをつないでいく、花粉媒介者:ポリネーターです)。

8月23日(火)10月13日〜18日まで、山形市の十字屋デパートの特設会場で本コースが企画展を総合プロデュースさせていただくことになり、1年から3年までの代表メンバーが、現場の会場視察と担当者うちあわせをしました。
一般市民が利用する消費空間、デパートで、本コースの総合展示・共同開発商品販売を、本コース学生が総合力で行なう学習が、後期初めにすぐあります。

山形市内でも最も人通りのある通路のショウウインドウも、広報のために関連してディスプレイすることになりました。
翌日の授業では、学生たち自身でこの企画運営のための会議が開かれ、我々教員は、たちまち見えない日陰の存在になりました。

8月24日(水)この日は、前回ブログで紹介した、しめ飾りの最終見本検討会と、その後、スイカの箱のデザイン修正検討を、ダンボール会社、版下会社、インク製造会社の担当者が来訪されて、学生もその交渉現場を参観しながら行いました。まさに、企業の社会実習の場が教室で行なわれた感です。実社会では、計画通りにきれいごとにコトはなりません。いかに、修正・交渉・改善・新生していくか、の絶えざる反復です。
8月25日(木)
東根市のお菓子屋さんが、スイカスイーツの商品見本を昼に持参し、十字屋デパート販売に向けて、とりあえずの包装デザインを、ドームハウスのプレゼンデザインの中から使用させていただきたいと、検討しました。蓄積しつつあるデザイン群も、貯蓄資本として、いろいろ活用することができつつあります。

この日の夜、プロジェクトルームで、書道を習っているハルカさんが、ひたすら習字をしていました。十字屋デパートでも展示販売する、中山町商工会が企画した、スモモしょうゆのラベルデザインの商品名の題字です。

一体、何字、書いたのでしょうか?
翌日、その膨大に生み出された文字の中から、一つが選ばれていました。ラベルデザイン会社への入稿作業も、教員指導のもとで学生が行います。

8月26日(金)この夏、本コースがデザインした、ドームハウスと箱のご縁で、スイカ結夏の生産者尾崎さんとスイカドームの藤井さんが、お昼トラックにスイカを積んで来校してくださいました。今週で、スイカの収穫も無事、終わったそうです。
来年は、東京の高級スーパー、関東のスーパーなどからの直接取引の依頼も生まれ、来年のさらなる共同展開が大いに楽しみになってきました。まさに、あの時の「困った!」コトが、災い転じて福となす。次の展開にステップすることができたのです。決してあきらめず。すべてに感謝。スイカの枝葉と実のように、これからも、どんどん社会に広がっていくことでしょう。
学食で、急遽、即興のスイカ展示とふるまいの場が生まれました。学生のみなさんの即興的な場づくりができるふるまいも立派でした。
尾崎さんは、スイカをたたいて、おいしいスイカの見分けかた実演も。来年からの年中行事にもなりそうですので、来年のスイカアートカフェは、どんな風になるのか、今から楽しみです。

あんなに大きな、あれだけたくさんのスイカを持参提供してくださり、私たちがありがたいばかりなのですが、尾崎さんからも帰りに、ご縁のおかげさまで楽しかったと感謝されました。
一体、この互恵関係はどのようなからくりなのでしょうか?
この関係原理こそが、新たな共生社会をつくり出していく理論の核心です。
これが、チームの中での私の専門担当分野の役割・仕事です。後期には、これらの事例を題材に、その原理(人間活動論)も講義で明かしていく予定です。
ここでは、私の立場から見た、今週の仕事(授業)風景を紹介してきましたが、それ以外にも、来訪者との別の打ち合わせや個別学生対応もさまざまあり、また、別の先生方は、専門実技指導や講評会などにあたられていました。

岡田先生、花澤先生、齋藤君、講師の先生、大学スタッフの方々、学生のみなさん、実社会のみなさま、前期チームワーク、まことにお疲れ様でした。ありがとうございました。

明日から、2年生後期フィールドワーク論に向けた山形めぐり実習を開始します。

2011-08-24

2012年賀正・祈りの形


大震災によってJR復旧しない山形に3月31日の夜に着き、4月1日から東北芸術工科大学に勤務して、ゼロから人づき合いを始めて、私の研究室への最初の訪問者になってくださった、尾花沢市でしめ飾りをつくられている猪俣商事さん。
その猪俣さんから、まったく今までのしめ飾りの概念を超えた、斬新な発想のしめ飾りを、東北の未来への復興をも祈って考えてもらいたい、という、私の役割である、本コースへの最初の依頼があってから、しめ飾りのつくり方もフィールドワークし、何度もやりとりをして、ようやく、最終段階の見本を、今日、猪俣さんが持参しての検討会をしました。

総合美術コース3年生で、このしめ飾りデザインに挑戦したのは4人。合計で60もの基本形のアイデアスケッチから、最終的に猪俣さんが選んだのは、アイさんの3つの基本形です。これに職人のおばあさんたちが装飾をして店頭販売する案を持参してくれました。アイさんの3つの作品は、それぞれに、音・匂い・動きというテーマで、祈りを形づくったとのことです。
ここから、さらにデザインに磨きをかける検討です。まず、猪俣さんが持参されたのが、今生育している稲穂。これをどのように、どのくらい配置するか?

さらに、巻く紙は何色のどのような紙にしたらいいか?…。いろいろ、こまかなところを吟味していきます。こうして、今日の検討で最終改善をした商品見本を、翌週かその後、県外外のスーパーのバイヤー(仕入れ担当者)に、猪俣商事さんが持参して、商品提案・商談してくるそうですが、そこに、我々学生も同行して立ち会って説明の補足をしつつ、商品開発と流通の現場も実体験で学んできます。
生産者の猪俣さんがOKを出しても、仕入れて消費者に販売する店が採用しなければ、商品にはなりません。道のりはまだまだ続きます。商品の契約がなれば、次に、店頭に並べてくれる店に、この商品を説明するPOPをつくります。
これらも、すべて、この4人が最後まで、2012年賀正しめ飾りプロジェクトとして、行ないます。
東北の若者(美大生)による、人々の生活の復興と自分たちが生きる新たな未来への祈りを形づくった商品開発の学習。もしかすると、その後、50年、100年、500年後まで、発展継承されていくかもしれない、新たな未来への人間の文化創造の試み。着実に前進しています。
夏の余韻もまだある今、さまざまな生産現場では、この冬の商品づくりが真っ盛りです。
私たちは、未来を祈りつつ、未来を創造していきます。
みなさんのところの店でも販売してもらいたい、という要望があれば、
http://www.shimekazari.net/
(有)猪俣商事(山形県尾花沢市)さんに、問い合わせしてみてください。

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