2018-02-27
新丁の家 改修設計のご報告
本学プロダクトデザイン学科非常勤講師を務める山形出身の建築家・井上貴詞氏が山形県上山市の古民家「新丁の家」を改修設計し、その庭も含めた外構を建築・環境デザイン学科OGの工藤まいが設計しました。去る2017年11月、その「新丁の家」の内覧会と関連イベントを開催いたしましたので、改修設計の経緯とともにご報告いたします。
このプロジェクトは、上山市の街なかの羽州街道沿いに残る、江戸末期に建てられた旅館建物が空き家となったものを、若い施主様が購入し、施主様が中心となって自分たちで古民家内に残された家財等の撤去処分をおこない、そこから清掃、部分解体、調査、土台等の構造補強、そして改修工事に至るまでの再生の物語です。
前面道路からみた改修後の新丁の家
空き家となっていた上山の古民家を施主様が購入されたきっかけは、元々施主様ご夫妻が好きな映画の舞台が古い旅館をシェアハウスにしたもので、「自分たちもこんな旅館建物に暮らしたい」と夢見ていたそうです。夢の実現のために実際に中古物件を探していたところ、タイミング良く売りに出ていたこの物件と出会いました。空き家となってからは日が浅かったものの、江戸末期に建てられたといわれる古い物件のため、施主様は実際に購入すべきかどうか相談するため、井上氏の事務所を訪ねました。物件購入に至る前には、井上氏と工藤、施主様で何度か現地を見に行き、話し合いを重ねながら晴れて物件購入に至ったという流れです。
玄関前から眺める改修前の新丁の家
敷地はおよそ150坪と中心街にしては広く、建物はかつて旅館として使われた客室部分と住居部分、その奥には蔵座敷が続く構成となっています。改修前の庭には20m以上続く隣地のコンクリートブロック塀と、長い間剪定されていない樹木があり、それらが建物への日当たりを遮って庭と建物を暗くしていました。一方で蔵座敷の縁側から見える大きな木々と無造作に置かれた自然石を見ると、前の家主が緑ある空間を住まいに取り入れ、季節感を大切にした様子が伺えます。井上氏と工藤は、過去の履歴をある程度は残しながらも、新しい家主となる施主様の日常生活に寄り添い、また周辺環境にとけこみながら、地域と共に新たな歴史を刻んでいくような建築と庭への再生を目指しました。
改修前の庭:隣地ブロック側にグミ、カキ、イロハモミジ等が並び、樹木が敷地内をトンネルのように覆っていました
改修設計の前に建物の清掃を施主様を中心にご親戚や友人知人等、その都度協力者を募って行ない、掃除をしながら新しい住まいのイメージを膨らませ、大量の荷物を整理しながら再利用できそうな物を吟味していきました。何より建物が古いため、修理箇所も多く工事は工夫を重ねることが多くありましたが、なるべく元の建物を活かしながら、現代の生活ができる間取りに改修しました。
庭の方針も既存樹木や場内の石はできるだけ残すこと、上山市に適した材料をつかうこと、生活に使える庭とすること、をコンセプトとし、また改修前の暗い印象を払拭するため、明るい葉色の新規樹種を取り入れることや、雨水排水設備では雨水が大地に自然浸透し、建築と周辺環境に負荷を与えないよう人工構造物を必要最低限におさえました。
改修後の庭:可能な限り既存の樹木と資材は再利用
長年剪定されず繁茂した大木のカキ、カリンは、建築内部を暗くするため伐採
座敷倉:座敷倉の改修内容は畳の入れ替えのみ
細やかな格子欄間は施主様が丁寧に清掃、襖絵も当時のままです
改修後の1階リビング:梁や引き戸は当時のまま
現代の生活スタイルに合わせ個々の部屋をワンルームに改修
建物と庭の改修工事が完成した後の2017年11月には建物の内覧会に合わせて、再生した建物空間をつかって、上山市在住の家具職人・土澤修次郎氏(旧・生産デザイン学科OB)による無垢材家具の展示や、上山市の廃校利用のアトリエで活動を続けている浅野友理子氏(歴史遺産学科副手)、是恒さくら氏(大学院地域デザイン研究領域OG)、藤原泰佑氏(大学院洋画領域OB)、山口裕子氏(大学院日本画領域OG)による作品展も行いました。
来場者は2日間で延べ300人近い人数が訪れ、建築関係者以外にも、上山の近隣の方や、前の家主の友人、かつての旅館時代にこの家で遊んだことがある方、など想像以上に「新丁の家」にゆかりがある方が足を運び、施主様や工事関係者が知らない当時の話をしてくれました。
ある60代の女性からは「小さい頃、この客室に上げる階段で転んだの。」
80代の男性は「ここには前共同浴場があってさ」
などそれぞれが過去を懐かしみ、一般公開をしてくれた施主様に大いに感謝する声が寄せられていました。
内覧会時の2階客室:床の間には浅野友理子氏の作品を展示、襖絵も既存のままの状態
内覧会時の1階玄関:広い土間スペースに隣接する部屋に山口裕子氏の作品を展示
内覧会時の1階リビング:地元家具職人、土澤修次郎氏の木工家具の展示(奥)、地元出身グラフィックデザイナー 土屋勇太氏による温泉手ぬぐいの販売、その他庭で採取したハーブをつかい手作り菓子のふるまいを行ないました
井上氏の事務所では内覧会のアンケートを行っていたのですが、その中で「残してくれてありがとう」と書いてあるアンケートがありました。利便性を追求しすぎるため、町並みが急速に変わってしまう現代において、風景が変わらぬことへの感謝と敬意が込められた一言でした。愛するまちの風景が残ることは、個人の記憶を大切に補完し、個々の存在を肯定することにつながっているのではないかと思います。
「新丁の家」が現代に適応する姿で残すことができたのは、地域が持つ力(そもそものポテンシャル)、施主様の強い意志、設計者の熱意と根気、腕の良い職人さん達の理解と、携わったメンバーの「何とか原形を留めて残したい」との意識が一つになり実現できたのではないでしょうか。
風景の成り立ちに理由や意味があるように、デザインは総合的に丁寧に解いていく必要性があります。建築や庭は一定の時間で消費する物ではなく、現代の生活様式に適応するように変化を受容しながらも、土地の独自性を出しながら脈々と続いていくものだと考えます。
土地の独自性は人のこころに寄り添う力をもち、人の生活を豊かにする支えとなります。まちの風景を受け継いだ新丁の家では、住む人と、それを囲む上山のまちが、ふたたび穏やかな時間の流れをつくり出し始めています。そのような場所を、今後も意識的に大事にしていきたいです。
工藤まい