2011-09-27
早戸温泉石積み実習 第2回の報告(廣瀬俊介)
福島県大沼郡三島町早戸区(佐久間源一郎区長)で、9月13日(火)から17日(土)にかけて、今年も私たちの施工実習を受け入れていただきました。「現場」は、地元の方々が只見川左岸の草地から樹林へと通されてきた「早戸温泉遊歩道」です。なお、今年3月に発生した福島第一原子力発電所の事故による放射性物質拡散に対しては、福島県による空間放射線量測定値0.10μsv/h*1と群馬大学の早川由起夫教授がまとめる地図に示された値0.125~0.25μsv/h*2を比較しつつ、滞在期間が5日間に過ぎないことを考えあわせて、廣瀬が実行を決めました。
設計施工作業は、本学教員の廣瀬、渡部が学生有志13名を引率し、昨年と同じくランドスケイプデザイナー、田賀陽介氏に当研究室招聘講師として技術指導と監理を担当いただく体制で行いました。今回は1年生4名、2年生3名をメンバーに迎えましたが、残る6名が前回の経験者であり、学生代表を務めた4年生の菅拓哉君を他の5名が助けながら日を重ねるごとに全員の連動が向上されたこともあって、人数が多かった昨年を超す量の仕事がこなせています。
当地は、今年7月末に発生した「平成23年7月新潟・福島豪雨」の被害に遭っています。只見川上流に位置する只見町では、28日から30日までの3日間(72時間)に700.0mmの降雨が記録されました(観測史上1位)。これに際して、同町の11集落が一時孤立状態となり、自衛隊に救助要請が出されています。三島町に隣接する金山町に気象庁が置く地方気象観測所も、7月28日の1日合計降水量204.0mm(観測史上1位。同2位が昨年の実習後に当たる2010年9月12日の106.5mm)、1時間最大降水量41.0mm(観測史上2位)と、きわめて大きな観測値*3を報告しています。
早戸温泉遊歩道も川の水かさが増えて冠水し、電源ダムによって川底にためられた砂や粘土が広い範囲を覆うなどの被害を受けました。幸い、当地に暮らす方々は無事でしたが、皆さんは2004年から普請をし、草木を植え、手入れをしてきた遊歩道の姿が変わり果ててしまったことに喪失感を覚え、私たちが再び訪れるまで「何も手がつけられなかった。」そうです。
田賀氏、菅君と私は、今年8月17日(水)、18日(木)と当地を訪れ、遊歩道の被害状況確認と、今回整備方針の設定、およびそれに基づく資材(当地にある木石を用いることが基本であるため、砕石のみ購入しています)の積算を行いました。流水に裏込め石をかき出された石垣、同じく流水に洗掘された道の部分に砕石を込めて補修するほか、粘土や砂はそのままに置き、排水をよくしつつ遊歩道を元のように歩きやすくする工事を行うことを、佐久間区長に提案し、承諾をいただきました。
経費と労力は、昨年と同じく同区と大学が話し合い、ほぼ等しい価で交換できるように調整をしています。施工の専門家ではない私たちは、今年の場合、災害復旧と整備の展開のために無償で労力を提供します。また、交通費は廣瀬、渡部の研究費から支出します。これに対して、早戸区の方々は体験宿泊施設と湯治場での宿泊と温泉への入湯を無償としてくださいました。加えて、食費は参加者が3000円を払い、学生が交代で炊事することにしていますが、初日と最終夜はそれぞれ歓迎会と慰労会として区の方々からご馳走を受けました。このような「経済」を、私たちは相互に工夫しながら成り立たせようと図っています。
今回は、さらに重要な経験ができています。作業を、早戸区の佐久間建設工業株式会社と一部共同で行えました。前回も同社の石積み職人秦虎雄氏のご指導をいただていますが、今回は学生と職業人が工区は分けながら同時に働き、小型重機のみを扱う私たちにできない地均し他の作業を、必要に応じて中型重機を駆る同社の方々にお願いするといった、人力施工と機械施工の組み合わせの可能性を試し、効果を実際に土地のかたちに現して確かめることができました。
機械には大がかりな仕事が行えます。人はより細かな仕事を得意とします。機械ばかりを工事に用いれば、結果は粗くなると共に、単純に仕事の量ではかなわない人が働く機会が減ります。しかし、機械と人の手を効果的に組み合わせれば、より丁寧な仕事が可能になり、より人が働く機会を増やせます。経済学者のE. F. シューマッハーは、このような考え方を「中間技術」と呼んでいます。人間的で、生態学的で、経済を持続可能にもする考え方ではありませんか。*4
地山の土留めと排水を目的とした石垣の補修と改良が一段落してから、流水が立ち木の幹に巻きつけた落枝やゴミを取り除きました。落枝は、これも土留めと排水に用いるそだ柵の材料となります。それと併せて、災害の爪痕が地区に住まう方々の目に入らないように少しでも努めたいという気持ちがありました。
今回参加メンバーのほとんどが、田賀氏が代表を務めて廣瀬、渡部両研究室に事務局を置く、東日本復旧復興支援チームとして宮城県石巻市雄勝町ほかで瓦礫を整理しながら「風景の修復」を図る活動を重ねてきた経験から、私たちは自然そのように考え、行動するに至りました(当チームの活動については、機会を改めて報告をいたします)。
多量の粘土に覆われた、小さな谷を道が下って上がる箇所では、水を集めて地面の下に染み込ませてから川側へ抜く、長さ約11m、幅0.7m、深さ0.3mの排水路をもうけることにしました。この排水路は道の中央につくるため、周囲から集めた大小の石を排水の妨げにならないように置き、そのまわりに砕石を込めて、遊歩に訪れた方々が滑らずに踏んで歩ける舗装路の用も足すようにしています。
この箇所の川側には、以前は草木に覆われたただ見下ろすだけのところであったのが、流水に運ばれた明るい灰色の砂がたまり、木立の中に小さな広場ができていました。田賀氏はこの「砂場」を遊歩道に沿った休憩地点とすることを発想し、私たちは砂を押さえて雨を川に染み出させるために、スギの葉を裏込めした(土くれや小石、落ち葉や小枝を濾して水だけを通します)そだ柵を各所にこしらえました。
他の箇所でも、雨水を土地に還しながら余分は川へ流し下ろし、地面を干して歩きやすくすることを基本に補修と改良を行いました。成長のそう良くないスギを伐って林床に入る光と風をわずかながらも増やし、伐ったスギの丸太は道に斜めに埋め込みます。水は硬い物に当たるとそのまわりのやわらかいところを掘りますから、雨水は丸太に沿って土を掘り進み、川へと至ります。直線の丸太は、木材を得るためにそう植えられたスギの列と呼応するように、人が見て何らか構成されていると感じる風景を生みます。私たちはそれも計ります。
私たちは、現実の土地と生物と暮らし手の生活や思いを大切に、さまざまな意味で人々の土地利用が持続できるように最小限手を加え、その上で必要があれば、絵画や彫刻の訓練を通して培っている造形思考、造形感覚を用いて土地のかたちを調える、デザインを実践しています。
滞在5日目の9月17日(土)には、午前9時より佐久間区長へ、遊歩道を巡りながら各所で整備の意図を報告する会を持ちました。学生にとっては、改めて自分たちがここでどのような意味を持つ作業をしたのか振り返り、理解を深めて貰う機会となるように、とも考えました。
手で石を積み、丸太杭を土に打ち込み、木の枝を倒木から伐るなどして得た上に杭へ編みこむ……等々の作業は、材料の出自と性質、工法、構造を体感、体験しながら学ぶことに他なりません。同時に、自分が木の幹に巻き付いた落枝やゴミを取り除くことや、石垣や柵を場所に付すことで、その瞬間瞬間の風景や場所の印象の変化を体感、体験できます。
これは廣瀬の私見ですが、こうした土地利用に必要な諸知識、技術を解体して、座学を主に授業をする一般的な大学教育の方法は、すべてが悪いとは言いませんが学ぶ側の理解と習得をかえって阻害することにつながってはいないでしょうか。私としては、講義と演習と実習の配分と構成を、今後も工夫してゆきたい考えです。
報告を聞き終えた後で、佐久間区長は「川の対岸から施工現場を見返してみるのもよい経験になるでしょう。」と、只見川右岸の三更集落へ、佐久間建設工業株式会社の星賢孝常務取締役と案内をしてくださいました。私たちは、手でふれながら、そして時に高所から見下ろすなどしながら、遊歩道の風景を経験してきました。しかし、最後にまた別の視点から、「客観視」をするかのように風景を経験することの大切さを体感できました。
終わりに、今年7月の河川増水による被害は受けていない施工箇所の現在をご覧いただきます。石を積んだ透き間から吐かれた水を一度受ける、垣の下の溝に生える草花はツリフネソウです。ツリフネソウは「山地の湿原に生える一年草*5」とのことですが、人の手が入れられたところでは古い石垣の透き間や下にも生えるのを、近くは会津坂下町、少し遠くでは栃木県日光市で、私は見ています。
1時間最大降水量41.0mm(2011年7月28日)、同34.5mm(2010年9月12日)という豪雨に遭っていてもこの石垣が崩れていないことは、石がよくかみ合っていて、水がよく吐かれていることの証明になります。しかし、それだけでなく、ツリフネソウの健やかな花は、通水が計画通りに実現していることを風景に添えて見せているかのように思えます。
佐久間源一郎区長をはじめとする早戸の皆様、佐久間建設工業株式会社の皆様、今回も貴重な機会をありがとうございました。そして、田賀陽介氏の素晴らしい「棟梁」振りに対しても、お礼を申し上げます。学生の皆さんもお疲れ様でした。暑い中、大変な働きぶりでした。これからも、早戸の方々との人間関係を大事に育んでゆきましょう。
*1 福島県「環境放射能測定結果?三島町役場」 http://wwwcms.pref.fukushima.jp/
*2 早川由起夫「放射能汚染地図(四訂版)」 http://kipuka.blog70.fc2.com/
*3 気象庁ホームページ「気象統計情報」
http://www.jma.go.jp/jma/menu/report.html
*4 E. F. シューマッハー『スモール イズ ビューティフル?人間中心の経済学』
(小島慶三ほか訳、講談社、1986年)236 – 238頁を参照
*5 小林隆『会津の花』
(小荒井実監修、歴史春秋社、2004年)37頁より引用
早戸温泉石積み実習参加者
■企画 / 設計 / 施工
廣瀬俊介(東北芸術工科大学 建築・環境デザイン学科 准教授)
■運営 / 設計 / 施工
渡部 桂(東北芸術工科大学 建築・環境デザイン学科 講師)
■設計 / 施工 / 監理 *土地利用と空間造形の重要なアイデアを提供
田賀陽介(廣瀬研究室招聘講師、田賀意匠事務所)
■施工
菅 拓哉(東北芸術工科大学 建築・環境デザイン学科 4年) *学生代表
渋谷隆太( 〃 大学院 デザイン工学専攻 1年)
野呂光平( 〃 )
佐々木愛奈( 〃 廣瀬研究室所属 研究生)
志村ちあき( 〃 )
佐藤 海( 〃 建築・環境デザイン学科 4年)
遠藤直人( 〃 2年)
武田 直( 〃 )
千葉翔也( 〃 )
小田島 萌( 〃 1年)
笠原隼也( 〃 )
菅原かずさ( 〃 )
依田聡太( 〃 )
廣瀬俊介