先日、山形市内にも雪が降りました。山形の冬が近くまで迫ってきています(ザワザワ
大豆は葉が枯れてから収穫するもので、今年はもう少し先に計画していましたが…、
雪が降り始めては困るので急きょ前倒しすることにしました。
実際、畑で収穫してみると収穫するタイミングが遅いくらいでした。収穫する時を見極めるのは難しいです。。。
今回は、手作業で大豆を収穫し、畑に隣接している小屋に干す作業までを行いました。
干す際には、茎から葉を落として干すのですが、葉をとる作業もなかなか大変でした…。
少ない人数でしたが、時間と労力をかけて作業を終わらせることができました。
今年度も、美味しい味噌を仕込めるように、思い入れのもてる味噌になるよう、
丁寧な作業で工程を進めていきたいと思います。みそ活からでした。
記:コミュニティデザイン学科3年 冨田恭平
こんにちは。
昨年に続き、今年の夏も長い距離を歩きました。五日間ほどで200km。
新潟県新発田駅から群馬県吾妻郡蛙トープまで。
メンバー三人。私、松浦暁。佐藤純一。助さん。
スタートは19日の23時頃。夜を徹して歩きました。
道中、コンビニのおじさんからおすそ分けを頂きました。ありがとうございます。
まずは、新津駅で休憩。その後、温泉を目指してそれぞれ歩きました。
今年は、昨年の2倍程の距離を歩きましたが、大体はそれぞれのペースでノルマの距離を歩くようなもので、あまり一緒に歩くようなことはありませんでした。
温泉には少し早く着き、朝ご飯と仮眠をしつつ待っていました。
近所の年配の方々がよく利用するようで、早い時間からおじいちゃん、おばあちゃんが来ていたのが印象的。
いろいろ話していたら、おばあちゃんからお小遣いを頂き、お風呂上りにソフトクリームをみんなで頂きました。
その後、これからの進み方について話し合い。一日地図一枚のノルマを設定して、それぞれのペースで歩くことに。
ここからは、本当にそれぞれで行動することになりました。
始め、マクドナルドを休憩にみんな使ったのでそこで合流しましたが、その後は私が独走を続け、結局蛙トープまで一人っきりでした。
新潟はかなり長かく歩いていました。五日間歩いた内、四日間は新潟を歩いていたように思います。
一日目と二日目の区切りはあまりないのですが、後々携帯のアプリで歩行距離を見たところ、70kmほど歩いていて自分でも驚きました。
一人で歩いていたのと興奮していたのか、基本的に長時間休憩したり寝たりしなかったためだと思いますが。
三人でスタートしたものの、結局一人で歩いていたようなもので、会話というものができないので黙々と歩いていました。
ただ、町を通って行くわけです。その町の様子やら自然環境やらがよく見れたのは良かったと思います。
その地域に住んでいる人たちの普段の生活を見たり、それによって想像したり出来たことが今回の旅の大きな収穫です。
肌と目を通して、日常の空気と雰囲気を感じ取り、想像して、自分もその日常の一部となってそこに住む人たちが感じている事や、景色を見てみたい。そんな事を考えながら、自分の知らない道や町に入っていくのが、とても楽しいと感じます。
さて、今回歩いていた期間はとても天候が悪く、一日目二日目は雨模様で結構降ってました。
夜は割と寒く、持ってきていたダウンを着て歩いていました。
中盤から、終盤にかけては標高が高くなっていき日中でも寒かったりしました。息が白くなっていたところもありました。
また、新潟を歩いていて思ったのはバス停が小屋になっているのです。冬季の対策なのかもしれません。
私が歩いていた区間は大体が小屋になっていてとが閉まるようになっており、ベンチもおいてあって、というとてもありがたい仕様になっていました。
所々、休憩に使わせていただきました。
新潟は、温泉が多くあるように思います。歩いていて、地図を見ていると温泉のマークがちらほら。
歩いている途中は定期的にお風呂に入る事はできないので、入れるときに入ってを洗いつつ疲れを取る事をしていました。
なので、今回の旅は割と快適に過ごせたように思います。安ければ300円くらいで入れますし。
道の駅とかにもあったりして、結構使わせていただきました。
長時間歩いていると、どうしても膝と足に痛みが効いてきます。一回歩き出せば、ある程度良くなるのですが、一旦休憩して歩き出しの数歩がかなり痛いのです。
なので、温泉でよく揉みほぐしたり、柔軟運動をしたりするのですがあまりよくはなりません。
そんなこんなで、スキー場やら温泉街がある越後湯沢で、56℃ほどある足湯があったので入ってみると、足の痛みが一気に軽くなり凄く気持ちがリフレッシュされました。長時間持続するわけではありませんが、それでもそこからさらに登っていく感じだったのでありがたかったです。
今回、新潟から群馬に入るのに使ったのは三国街道を通り、三国峠を越えていく道のりでした。
四日目、23日の午前に越後湯沢に着き、二時間ほどの休憩をとって三国峠を目指して歩き始めました。
三国峠付近になるとほとんど国道の狭い道で、人が歩くようには想定されておらず、割と車に怯えながら歩いていました。
トンネルも多く見えてきて、1km越えるトンネルなんかはとても長く感じながら歩いていました。
夜、峠を越える前の最後の休憩を、温泉の座敷でしていたのですが、他にきていたお客さんが小熊を見たといっていて、不安になりながら、21時頃出発。
ここから本当に真っ暗な道を歩いて登って行きました。
夜中、一人で歩く危険性は分かっていたものの、どうしようもないので半ばやけくそになりながら歩いていましたね。
途中、両脇の茂みからパキパキ聞こえたときはどうしようかとも思いましたが、無事に三国峠の県境のあるトンネルまで行き着き、少しご飯と休憩を挟んで歩き始めました。トンネルはかなり長く続いていましたが、途中に県境を見たときは本当に嬉しかったです。車も通っていたので、あまり長くは居れませんでしたが。
県境を過ぎ、トンネルを抜けるとそこからいっきに下り坂。50あるカーブを数えながら降りて行きました。
ここまでくると、あと少しという気持ちになって心に余裕も持ててきました。コンビニまで頑張ろうと思って、歩いていましたがなかなかコンビにを見つけることが出来ず、結局5時頃にコンビニで朝食と休憩をとりました。
割と長い時間休憩を取ってから、蛙トープに向けて出発。
群馬まで入ったし余裕だと思っていましたが、ここからが本当に辛かったです。蛙トープのある地域に入るまで一つ山を越えなければいけなかったのですが、ここまでほとんど寝ることをしてこなかったので、眠りながら歩いたり、立ち止まって眠るということがあって、なかなか前に進まず。かつ、足の方にも割と痛みが来ていて、痛みに耐えながら前に進むけれども、所々、意識が飛んで気付いたら眠っていたなんてことが起こっていたので、結局山を越えたのが14時頃。そこから、道の駅に行くまでで、多分一時間くらい。そこから、蛙トープに行く道で迷い、道行く人に蛙トープの場所を教えていただき蛙トープに着くまで40分くらいかかりました。
因みに、蛙トープは大学の農芸をやっていた飯塚さんのおじいさんとおばあさんが住んでいた場所で、いまは飯塚さんのお父さんとお母さんと飯塚さんが住みながらお店をしているところです。蛙トープの手前に下り坂があるのですが、蛙トープの前に飯塚さんが待っているのが見えたとき、迷っていた不安に解放されて、足の痛みとか、ここまでの疲れとかを忘れて、走っていました。そのときは反射的に走っていて、思い返してみると本当に痛みやら疲れがなかったのを不思議に思います。
飯塚さんは走ってくる私を見て、あれは違うなと最初は思ったそうです。
Jさんと助さんは時間に間に合わなそうだったので、急遽電車で。助さんは居合道関係の用事が出来て、福島にそのまま帰って行きました。
Jさんは17時頃蛙トープに到着。私は寝ていましたが。
そのあと、みんなで温泉に。疲れをとって、飯塚さんの友人と晩御飯を食べました。
結局、完歩したのは私だけでしたが、二人も170km程は歩いていて、助さんに関しては初めてでよくこんな距離を歩いたなぁと思います。
今回の旅のことはこのくらい。来年は300kmを想定しています。
最後に。
歩いて旅をすることは、近代、現代と科学が発展して車や電車、飛行機などの交通手段によって長距離を短時間で移動することが可能になり、日常でも本来備わってる脚を使い移動することが少なくなってきたいまの時代だから意味が生まれてくる行為だと思う。歩行という最も原始的な移動手段を用いたこの旅は、本来のヒトの持つ能力を再認識させ、呼び起こさせてくれているとおもう。
蛙トープのリンク貼っておきます。気になる方見てみてください。